序章:デスゲームは突然に
短めの序章からはじめますが、このあと続けて第一話も投稿しますので、是非チェックお願い致します。
西の空に、火星の二つの月が浮かぶ。
薄紅の空気の中、風が石畳をなでる。都市の広場には、クエスト掲示板を覗く者、露店を覗く者、そして……訓練場で弓を引く一人の少女。
「おーっし、当たれーッ!」
結が放った矢は、かすかに逸れて標的の脇をすり抜けた。
「うぐぅ……惜しい!」と悔しそうに叫ぶ結に、隣でログを見ていたケンタが苦笑する。
「弓道家ってそんなに一喜一憂しちゃダメなんじゃないのか?引く前にまず精神ゲージを意識しようか。ほら、心が乱れると狙いもブレる」
「むっ……あれだよあれ、風だよ! 火星の風ってクセあるから!……ほら、重力も地球と違うし!」
ケンタは肩をすくめ、視線を空へ向けた。
……その時だった。
広場の空間が、一瞬“バグった”。
正確には、空気が乱れ、ノイズが走るような違和感が全身に走った。
周囲のプレイヤーたちが立ち止まり、視線を彷徨わせる。
広場の空気がピシリと裂けた。
風が止み、音が遠のき、空の一点が染みのように黒ずんでいく。
そこに、黒い球体が浮かんでいた。
脈動するように光と影が反転し、見る者の奥に何かが“刺さる”。
名乗られたわけでもない。
言葉も、演出も、メッセージ窓すらない。
ただ、それを見たすべてのプレイヤーが──
確かに、そう“理解してしまっていた”。
《監視者A》が現れたのだと。
監視者A:全プレイヤーに通達する。
その声は、鼓膜ではなく“脳”に直接響いた。
冷たく、感情を欠き、ただ事実を伝えるだけの人工的な声。
「現在をもって、『Eternal Online Fantasy』は特別運用状態に移行した」
「ログアウト機能は全ての端末において無効化されている」
「ゲーム内での死は、即座にプレイヤーの精神破壊、および脳死をもたらす」
「これは訓練でもテストでもない。本事象は現実における生死を直接左右する」
「なお、目的の詳細は非公開とする。以上」
沈黙。
空間には、誰の声もなかった。
やがて……
「えっ……ちょ、ちょっと、冗談でしょ……?」
「ログアウト……ない!?ボタンが……消えてる!!」
都市に混乱が走る。叫び、暴れる者、試しに高所から飛び降りてHPを削る者……
ガードに縋りついて「戻してください!」「エイプリル・フールイベントですよね!?」と泣き叫ぶ者まで現れ、
人の波は広場の端に向かって押し寄せ始めた。
結は矢を持ったまま硬直し、ケンタの腕をつかんで言った。
「……け、ケンタさん。これ、本当に……?」
ケンタは黙っていた。
ログアウトボタンが、グレーアウトすらしていない。ただ、“存在しない”。
そして、彼の中に旧EOFでのある出来事の記憶がよみがえっていた。
仲間が冗談交じりに言った、「この仕様、やろうと思えばデスゲームにできるよな」という軽口。
……それは、今現実になった。
「……とりあえず、落ち着こうか。まずは、状況を正確に見よう」
そう言って、ケンタは結の矢にそっと手を置いた。
「焦って矢を射るよりも、今は的を見定めるのが先だ。落ち着いて、な」
同時刻。
中央大陸の東都市、妖精島、ダークエルフの神殿、トロールとオーガの洞窟……
すべての主要拠点に、同じように「監視者たち」が出現していた。
その数は9体。
それぞれが「監視者A」から「監視者I」と識別され、
各拠点の空に、淡々とデスゲームの宣告を繰り返していた。
---観測記録:序章完了
ご一読、感謝する。あなたの観測参加は貴重なデータとなる。
読者の皆様の観測は、我々の観測にも影響を与える。
続章(第一話)も地球時間で10分後に自動的に公表される、引き続きの観測を要請する。以上
---監視者A