日下部家の三兄弟2
2025年2月6日
『ココアを淹れよう』
「さみー」
日下部家次男、夏希はあまりの寒さに肩を震わせた。
最近気候は冬にしては暖かく、もうすぐ春かと思わせるような日が続いていたためすっかり油断していた。
薄い上着を着てきたから、冷風が体に染みる。ダウンが恋しい。
手を脇の下にはさんでなんとか暖を取ろうとするがほとんど意味がなかった。
できるだけ早歩きで家に向かう。
そのおかげで風がより冷たく感じるけれど気にしている暇はない。
救いだったのは自転車で高校に登校しなかったことだ。
理由は早く起きれたのでゆっくり道を歩いてみようと思ったから。登校は春一と一緒だった。
一方冬馬はいつも通り遅く起きてきたので自転車を使って登校したのだろう。
(ご愁傷様だな)
こんなに寒ければ、防寒着や制服はほとんど機能しない。
さすがに同情しながら、夏希は帰路を急いだ。
「ただいまー」
返答はない。春一や冬馬はまだ帰ってきていないようだ。
リビングの暖房をつけて部屋着に着替える。
部屋着は裏起毛のあったかいやつだ。こればなければ冬は越せない。それにあったか靴下も。
春一は年中半袖短パンで過ごしているので、どこかおかしいのではないかと夏希は密かに思っている。
キッチンへ行き、冷蔵庫から牛乳パックを取り出す。牛乳を鍋で温めて、マグカップに注いだ。
そしてマグカップの中にココアパウダーを入れる。さらに砂糖を追加。
これが夏希流のココアの作り方だ。
春一と冬馬には甘くしすぎじゃないかと言われるが、これがちょうどいいのだ。
少し冷ましてからココアを口に入れる。温かいココアを飲みたいがなにせ、猫舌なもので。
「あーうま」
外から帰ってきた後のココアはやっぱり最高だ。
一人ソファの上でゆったりと過ごす。
冷え切った体には余計に沁みた。
「うーさむっ」
玄関の扉が開く音がして、冬馬の声が聞こえてきた。
きっと冬馬も体が芯から冷えているに違いない。
(しょうがないな、ココア入れてやるか)
いつもは喧嘩ばかりの二人だが、今日ばかりは労ってやってもいい。
あ、でもいつもの仕返しにとびきり甘いココアを用意してやろうかな。
2月7日
『冬馬のみかん』
ピンポーン。日下部家のインターホンが鳴った。
「はーい」
冬馬がこたつから出て玄関まで受け取りに行く。今日は特に寒いというのに。
「珍しいな、冬馬が行くなんて」
と夏希。
「今日はあれが届く日だからじゃないかなー」
と春一。
いつもなら寒いと言って意地でもこたつから出ない冬馬だが、今日は誰よりも素早くこたつから出て宅配便を取りに行った。
そして大きな段ボール箱を抱えてリビングに戻ってきた。
「みかん届いた!!!」
冬馬が嬉しそうに顔を輝かせる。高校で保っているポーカーフェイスが嘘のようだ。
みかんは冬馬の大好物。ふ○さと納税で両親が頼んでいたのを今か今かと待っていたのだ。普段は見ることができない末っ子らしさを発揮している。
「よかったね、届いて」
と春一。
「早くよこせ」
と夏希。
「うっせー、ほら」
と冬馬。
悪態をつきながらも春一と夏希にそれぞれみかんを渡してくれる。もちろん自分のも忘れずに。
そしてみかんが入った段ボールは腐らないように暖房が効かない廊下へ置いた。
こたつで暖をとりながら、三人はみかんをむいていく。
春一と夏希はおへその部分からわけるようにしてむく。
冬馬はヘタの方からむく。
それを見た夏希が、
「お前のむきかたって普通じゃないよな」
と言った。
春一は冬馬が怒ってまた喧嘩になるのではないかとハラハラしたがそれは杞憂に終わる。
冬馬は自慢げに
「このむきかたが一番みかんがおいしく食べられるんだ」
と胸を張った。
なるほど、冬馬はみかんのむきかたにも相当なこだわりがあるらしい。
夏希が驚いて目を丸くしている。
冬馬はそれを見てさらに満足そうに笑った。
2月17日
『無気力バレンタインデー』
春一はリビングの机の上に顔を預けたまま動こうとしない。
今日は寒くなく、むしろ春の陽気が漂ってきているのに。
「何にもやりたくない」
そう春一は現在、無気力病を発症中なのだ。
無気力病とはもちろん本当にある病気ではない。
やる気の湧かない春一を見た夏希と冬馬が考えた病名だ。
「春にい、ここ最近ずっとあんな感じだよな」
と夏希。
「どうしたら、元に戻ってくれるだろう」
と冬馬。
しっかり者の兄がだらけているのはあまり見たことがないため二人ともどう接したらいいのか分からない。
そのため見守りに徹している。
「チョコが食べたい」
「「え?」」
「チョコが食べたい!」
今まで一言も言葉を発していなかった春一が言った。
とりあえず要望に答えておこう。触らぬ神に祟りなし。
夏希と冬馬は急いで棚からチョコレートを取り出した。
持ってきたのは三兄弟が好きなブロック型のチョコだ。
「ん」
春一は口を開けて入れろと仕草で示す始末。
やれやれと夏希と冬馬は肩をすくめた。
一つ一つ包装を取りながら春一の口の中にチョコを放り込んでいく。
この作業、意外と楽しい。
鳥に餌をやっている気分だ。
「ちょっとやる気出た」
春一がチョコを口いっぱいに頬張りながらむくりと顔を起こした。
「おおよかった」
と夏希。
「それはよかった」
と冬馬。
けれどチョコを口に放り込む手は止めない。
これが三人の今年のバレンタインデーだ。