日下部家の三兄弟1
2025年1月22日
『朝の占い』
ここは東京のとある住宅街。朝8時にもかかわらず日下部家は三兄弟の声が飛び交っている。仕事が忙しい両親はとっくに家を出ていた。
長男の春一がキッチンでフレンチトーストを作りながら次男の夏希に伝える。
「夏希、今日の朝の占いさそり座最下位だって」
「マジかよ、萎える」
と夏希。
「兄さんは占いなんか信じているのか? 子供っぽいな」
と冬馬。
「おい冬馬、なんだてめえ。やんのか!?」
「そんなところも子供っぽい」
「まあまあ二人とも、落ち着いて」
春一は二人を宥めるが、そのまま乱闘になる。
ヒートアップする弟二人の口に春一は完成させたフレンチトーストを突っ込んだ。
「「うまっ!」」
しかめ面はどこへやら。夏希と冬馬は頬を蕩けさせる。
小さい頃から二人を止めるのはこの方法が一番だと春一は知っている。
だから二人が乱闘騒ぎを起こしても慌てることはない。むしろそれが日常だとさえ思っている。
そして春一は満足そうに呟いた。
「「こんな奴と仲良くなんてない!」」
夏希と冬馬は口を合わせて言った。その様子を見た春一は笑うのを必死にこらえる。
(そうやって、二人の言葉がそろっちゃうところが仲がいい証拠だと思うんだけどなあ)
日下部三兄弟の日常は今日も平和です。
1月23日
『春一の奇行』
現在、夏希は五時間目の国語授業を受けている。
昼食を食べた後の国語は眠すぎる。あくびをこらえつつ、下がってくるまぶたを気合いで押し上げていた。
他のクラスメイトも同じようにしている奴が何人もいる。同じような状況に陥っている仲間がいて少し安心した。
すると眠さに打ち勝とうとしている夏希の耳に、「おーい、日下部! ちんたら走るなー!」と体育教師の大声が飛び込んできた。
急に自分の名字が呼ばれて心臓がドキッと跳ねた。
校庭を見れば、兄、春一がやる気なさそうに走っている。
(ありゃ、注意されるわ)
何だか笑えてくる。
しっかり者の兄は運動が好きではない。
(運動神経は悪くないんだけどなあ)
そのまま様子を眺めていると、春一が急に顔を上げて校舎の方を見た。
バチっと夏希と目が合う。
気まずい。見ているのがバレた。
春一は特に驚くこともなく、少し考えて、夏希に向かってウインクをした。
「うっ」
何やってんだよ、春にい!
夏希がくらっている様子を見て、春一おかしそうに少し笑った。
そうして、全速力で走り出す。
その様子を見た体育教師は「日下部、やればできるじゃないか!」と、満足そうだった。
バカだな、ちゃんとできんじゃん。
さっきまでの眠気はどこへやら。
春一の奇行に笑いをこらえる時間が続いた。
1月25日
『もふもふに囲まれて』
「しっあわっせはーあっるいてこない。だーから歩いていくんだねー」
日下部家三男の冬馬はご機嫌様子で帰路についていた。
その様子を長男、春一と次男の夏希が影から見守る。
「あいつ歌、歌ってるぜ」
と夏希。
「ね、あんなに機嫌のいい冬馬を見たのは久しぶりだよ」
と春一。
どうして春一と夏希の二人が冬馬を尾行しているか。
理由を説明しよう、それは最近冬馬の帰りが遅い理由を確かめようと結託したからである。
「やっぱり、彼女ができたのかな」
春一はそわそわしている。
「いやねーな。変人だろあいつ」
夏希はひそひそ声で答えた。
でも、他に帰りが遅くなる理由が見つからない。
「あ、あいつ曲がった」
冬馬はどんどん人気のない道へと進んでいく。
「まだ目的地につかないのかな」
と春一。
「めんどいからもう帰んない? 俺腹減ったわ」
興味を失った夏希はあくびをしている。少し飽き性なのが彼の弱点だ。
「あー可愛い!」
それから少しして冬馬の悶えるような声が聞こえてきた。何事かと思った春一と夏希は影からそっと様子を伺った。
「あれは......猫?」
冬馬がもふもふに囲まれている。
地べたに寝転がり、ちゃんとレジャーシートまで敷いて、猫に埋もれている。レジャーシートなんてどこで買ったんだ。
「冬馬のやつ。こんな趣味あったのか」
と夏希は驚く。
「そうだね。でも冬馬はああ見えて動物好きだし。なんか納得かな」
その後春一と夏希はコソコソとその場を撤退した。
冬馬が猫の毛まみれで帰ってきた様子を見た二人が笑いを堪えていたのは、また別の話である。
1月26日
『ランドセルの思い出』
「わー懐かしい」
自分の棚の整理をしていた長男、春一は一つのアルバムを取り出した。
アルバムを開くと春一、夏希、冬馬の幼少期の写真がずらりと並んでいる。
「これは俺が5歳の時の写真かなあ」
写真の中の小さな春一は、大きめのランドセルを背負って目尻に涙を浮かながら不満げな表情をしている。
この時、春一はあと一年小学校に入学する時期だった。
しかし弟である夏希と冬馬はまだ幼稚園生で、親に甘えられる時間も春一よりは多かった。
それがどうしても嫌で、悲しかった。
当時の春一は感情が爆発してしまい、ランドセルを買う店で
『ぼくは、しょうがくせいには、ならない!!』
と泣きながら駄々を捏ねたのである。
今となれば恥ずかしいけれど、いい思い出だなと思ったりもする。
けれど、当時の春一は本気で嫌だったのだ。
だから購入するランドセルを不貞腐れながら決めて、家に帰っても機嫌は直らなかった。
すると家の和室の隅で泣いている春一のもとに、夏希と冬馬がやってきた。
『おにーちゃん、だいじょうぶ?』
と夏希。
『......だいじょうぶじゃないよ』
と春一は泣いている顔を隠しながら答えた。
『じゃあ、これあげる』
と冬馬。
冬馬が差し出してきた紙を春一は素直に受け取った。
そこには” ずっといっしょだよ " と幼児のつたない文字で書かれてあった。
その手紙が嬉しくて、春一の機嫌はすぐに回復した。
その紙を春一は今でも自分の部屋に保管している。
こういう思い出に触れるたび、手のかかる弟たちだけど、それでもいいなと、春一は思うのだ。
1月29日
『春一と夏希の覗き見』
「好きです! 私と付き合ってください!」
「ごめんなさい」
日下部三兄弟の末っ子、冬馬は放課後校舎裏に呼び出されて告白されていた。
相手はクラスメイトのショートカットの女の子。
冬馬に振られた女子は、目尻に涙を浮かべている。
一方で冬馬は内心うんざりしていた。
もちろん女子に告白されていることではない。そこまで最低ではないと自覚している。
うんざりしているのは物陰から告白現場を見ている、兄二人にだ。
「ねえ、夏希。冬馬また告白されてるね」
と春一。
「な、やっぱあいつモテるんだなー」
と夏希。
(二人とも、聞こえてるからね!?)
この二人はどこからか聞きつけて、冬馬の告白現場を見に来るのだ。
正直言ってストレス。
だって考えてみてよ。兄弟に告白現場を見られるんだよ?
気まずい、気まずい。
冬馬に振られた女子がその場を去って冬馬は一人きりになる。
「あーよかった。振ったんだね、冬馬」
と春一。
「じゃあ、真冬に報告しにいくか」
と夏希。
真冬とは日下部家の近所に住む、女子の名前だ。冬馬とは同級生で幼馴染。
真冬がどうしたと言うのだろう。
冬馬は首をかしげた。
......
「それにしても冬馬は、いつ真冬が冬馬のことが好きだって気づくんだろう?」
と春一は首を傾げた。
「告るまで永遠にじゃね?」
と夏希は返す。
「真冬、冬馬にアピール頑張ってるのにね」
春一と夏希は告白現場の結果を真冬に報告しにいく最中だ。
二人は真冬が幼い頃から冬馬に片想いしていることを知っている。
だから、盗み聞きすることは悪いことだとわかっていながらも、つい協力してしまうのだ。
「本当、冬馬って鈍感だよな」
真冬の想いが届くのはいつになるのか。
道のりは遠そうだと二人は思うのだった。