カイタ 本選で戸惑う-3
そうだ、オレは今は獣だ。人間にはなりえない。
なのに、どこかで願っている。あの苦しさの前の日々に戻るこちはできないのか、と。
2本の足で歩いた歩道。
嘘くさすぎて逆に広告元へ注文してみたくなったり、小さな一言ににやけてしまったり、くだらないと思いつつついつい読み進めた雑誌。
既読を待ってたスマホ。
やっちまったお詫びに買った、ちょっといいアイスクリーム。
叱ってる途中で思い余って流した涙。
崩れ落ちる向こう側にいた守りたかった誰か。
そうだ、オレは人間でいた間誰かを守りたかった。あの安らぎとあたたかさをもう一度、2本の腕に抱えたい。
オレは誰だったのか。そして、そこにいたのは誰だったのか。誰を守りたかったのか。無事だったのか。守れたのか。
思い出せない。ときどき、硬い結び目が解けるように思い出せることはある。でも、完全に思い出せない。悔しい。
思い出せなくて悔しいよりも、途中で退場してしまったことが悔しい。オレだけ新しい生活が、生命が手に入ってしまったことが悔しい。一緒にいてほしかったヤツがオレにはいたんだ。それなのに、なんで、ひとりだけのうのうと生きているんだ。
リュースはオレに繋がる手綱を素早く引いた。
「カイタ、行こう。」
土と岩に混じった綱の匂いに、目を覚ました。
今、悔しがってどうする。オレは求めていけないものに何度も心を乱してどうする。
今、腕からこぼれていったものをもう一度求めたところで、この砂と岩の床にあるはずはないんだ。
4本脚の爪をくぼみに食い込ませ、尻尾側に重心を寄せ、前脚をグッと伸ばした。
鼻から胸で大きく息を吐き出す。
畜生、そうだ、オレは文字通り畜生、獣じゃないか。なんだかわからない獣として、突き進むしかないじゃないか。
幸い、オレの相棒はオレのことを信じて、自分の人生を賭けて生きていこうとしているんじゃないか。
重心を頭に寄せ、後脚を蹴り上げて息を吸う。
この信頼に応えることは、今のオレがやりたいことだ。昔食べたうまいアイスクリームが忘れられなくて、目の前の飯にありつけないやつは駄犬か負け犬だ。
マズルの付け根のほこりを舌でこそげ落し、喉の奥へ放り込む。
この土と獣の匂いの中に、前より効く鼻を突っ込んで、前より鋭い力で咥えて離さなければいいんだ。
オレはもう一度すくい上げる。
オレを見つめる相棒は、覚悟の決まった顔に見えた。