プロローグ
辺りは真っ暗で何も見えない。不気味な空間の中には、俺と見知らぬ少女だけが立っている。
「ねぇ、君は誰?どうして、俺はこんな所に…」
「………」
少女は何も答えない。俺と少女の間には、長い長い沈黙だけが流れていた。見た目からすると、恐らく中学生くらいだろうか。
(全く見に覚えはないけど…もしかして俺、この子になんか悪いことしたかな…?)
そんな考えを浮かべて、頭を抱えていると…突然、少女が一言呟いた。
「………けて…」
「……えっ、何?」
「…私たちを、助けて。貴方にしか頼めないの。この夢の中に、囚われた私たちを…」
少女はそう言うと、顔を上げて俺の目を見つめた。しかし、不思議と少女の顔はよく見えない。段々と意識が遠のく。まるで、夢から覚める時のように……
「……佐々波、起きろ!!」
「ふぁっ…!?あ、先生…」
「…授業中に居眠りするなと、何度言ったら分かるんだ!!そんなに赤点が欲しいか!?」
目が覚めた直後に目に飛び込んで来たのは、見慣れた教室と先生の怒りの表情。周りからはクスクスと笑う声と、呆れたような溜め息が聞こえる。新作のゲームを夜遅くまでやっていたせいか、また俺は居眠りをしてしまったらしい。
「居眠りをしていた佐々波に問題だ。1600年、徳川家康を中心とする軍勢と、石田三成を中心とする豊臣方の間で起こった戦いは何だ?」
「え!?え~っと…応仁の乱!」
「お前、それしか覚えてないだろ。もちろん不正解だ……じゃあ、隣の氷坂!」
「…はい。関ヶ原の戦いです」
居眠りをしていた罰か、クラス全員の前で大恥をかいてしまった。
「琉唯、何であの問題分かるんだよ~」
「涼太が馬鹿なんだよ。どうせ夜更かしして居眠りしたんだろ」
「うっ……それは…そうだけど…」
授業が終わり、昼休みになった。俺はいつも通り廊下で、親友の氷坂琉唯と話している。真面目なこいつは俺と違って、もちろん授業中に居眠りなんてしない。しかし、俺は説教される覚悟で、先程見た夢のことを話した。
「中学生くらいの女の子?」
「そう。やたらと不気味な空間でさ、"私たちを助けて"って…」
「ふーん…お前の事だから、ゲームのやりすぎでそんな夢見たんじゃないのか?」
「流石にそこまでゲーム中毒じゃない!本当に、いつも見る夢とは違ったんだよ!」
そう説明しても、当然信じてはもらえなかった。いつもの俺の妄想だろうと、笑って済まされるだけだ。
「こんな安っぽい怪談みたいな話なんて、琉唯が信じるわけないか…」
「そうだな。そろそろ昼休み終わるぞ」
琉唯はそう言うと立ち上がり、俺を置いて教室へと向かった。
「置いてくなよ~!本当なんだからな!」
「あー、分かったよ。俺が同じ夢でも見たら信じてやるって」
そんな風に、ふざけた会話で終わる。この時の俺たちはまだ、そう思っていた。