手紙とアラン・ドロン
暑い中、片づけを続けて一旦、片づけを終えたのは夕方だった。
急な雷雨で外は土砂降りだった。
大急ぎで洗濯物を取り込んだが、洗濯物は少し濡れてしまった。
「あ~ぁ、濡れちゃったわ。家の中で干さなくっちゃ……。」
独りだからか、それとも年齢を重ねたからか、独り言が増えたように思う。
家事の時など一々言葉に出してしまっている。
それに気づいて恥ずかしくなる時がある。
片付けた後で「これは何だろう?」と思った物は、菓子箱以外何もなかった。
あの菓子箱だけが一抹の不安を掻き立てていた。
娘が来てくれる土曜日を指折り数えて待っている。
夫の何が……何かが……私の知らない何か……それを知りたいけれども、知るのが怖いのだ。
夫とは職場恋愛だった。
同期入社で、初めて会ったのは同期会だった。
同期で宴会をした時に、私の隣だったのが夫。
夫とはその同期会が付き合うきっかけになった。
家の電話に夫から電話が架かってきて、初めて二人だけで会った。
デートと呼べるような時間ではなかったように思う。
私の頭の中には夫が居なかったから……。
私のその時の頭の中は「今日の洋画、絶対に見ないと! アラン・ドロンだもの。」と、テレビで放映される洋画のことばかり考えていた。
そして、そのことを覚えているのは、夫に長い間、言われ続けたからだった。
「お前、初めてのデートだと、俺は気負って行ったのに……
お前ときたら、アラン・ドロンしか言わなかったよな。」
「そうだった?」
「そうだよ。『今日、アラン・ドロンの映画、テレビでやるの ♡ 』って……。
俺と一緒に居るのに、お前はアラン・ドロンばっかりだったぞ。」
「そうだったけ?」
「忘れたとは言わせないぞ!」
「許してよ。」
「いや、俺は傷ついたんだから、な。」
「もう、何十年も前のこと言わないでよ。」
「許して欲しかったら……今夜、ビール1本、な。」
「ビールが飲みたかったからなの?」
「ビール1本だ!」
「もぉ~、いいわよ。ビール1本ね。」
「おう。」
夫との会話を思い出す度に、「あんなこと言っておいたくせに、こんな手紙、大切にして!」と亡き夫に対して腹立ちが募った。




