残す物
息子夫婦は子どもを嫁の実家に預けて来てくれた。
娘夫婦は子どもを婿の実家に預けて来てくれた。
有難いことだった。
子どもが居ると難しい話は出来ない。
子どもが居ない方が話も進む。
「ありがとう。来てくれて……。
これを読んで頂戴。
あっ、大丈夫よ。4部あるから、一人1部ね。」
「これ? お義母さん、自分の死後のことまで……。」
「ええ、大切なことよ。お父さんのように急な場合もあるでしょう。
だから、私が死んだ後のことも、それまでの介護が必要になった時のことも
書いたのよ。
このようにして欲しいの。」
「介護は実子で! って、当たり前のことですよね。」
「そうよ。だけど、書き残しておかないとね。」
「まぁ、そうですけれど………。」
「ただね、夫婦としての協力をそれぞれの夫婦でして欲しいのよ。」
「それは、どういう意味ですかっ!」
「単純よ。例えば、実子が介護のことの相談とかで忙しくなった時、それを分かっ
てあげて欲しいの。」
「そんなの当たり前じゃないですかっ!」
「その当たり前が難しくなるのよ。私の経験だけどね。
舅の介護でお父さんが忙しくなった時ね。
私の親の具合も悪くなったの。
分かっているんだけどね。お父さんに助けて欲しいって思ったのよ。
でもね、無理なのよ。お父さんも限界だったと思うの。心も身体も!
そんな時にね、夫婦として、どうあるべきか……だと思うのね。
そういう場合の助け合いって、それぞれの夫婦で答えを出して欲しいのよ。」
「お義母さん、伺ってもいいですか?」
「はい。どうぞ。」
「お義母さん達はどうされたんですか? 教えてください。」
「私たち夫婦はね、話し合ったの。喧嘩腰になりながらね。
それで、結論は、お互いに助け合える時には助け合う。
でも、今は無理だから、お互いに言葉で支え合おう!って決めたのよ。」
「言葉で、ですか?」
「そう、言葉。『ありがとう。』を細やかなことでも言い合おう!って……。」
「例えば、私が夕飯を作ったら、お父さんは『ありがとう。』って言ってくれた
のよ。
後片付けをお父さんがしてくれたら、私が『ありがとう。』って……。
それまで、疎かになってたのよね。
『ありがとう。』って言われないよりも言われた方がいいわよね。
それから、私の親が退院した時、お父さん車を運転してくれてね。
本当に嬉しかったの。嬉しかった………。
『ありがとう。』って、私も親も言ったわ。
お父さん、照れてた。」
「いいですね。『ありがとう。』って言い合える夫婦って……!」
「お母さん、分かったよ。僕は分かった。」
「私も分かったわ。お母さん……。」
「綾さんは? どうかしら?」
「いいんじゃないですか。実子でして貰うのは当たり前ですから。」
「綾、お前……。」
「何よ!」
「お義姉さん、いいのなら、署名捺印しませんか?」
「署名捺印? どうして?」
「お義母さんの想いに賛同したって意味で……効力があると思いますけどね。
何もしないよりは、実子で介護するということが決定するのですから……。」
「そうね、分かったわ。でも判子……。」
「持って来てるよ。」
「凄く手回しがいいじゃないの!」
「お母さんに言われてたからね。持参する物として判子!って。」
「へぇ~~っ。私だけ蚊帳の外?」
「綾さん、蚊帳の外にしたわけじゃないと思うわよ。
貴女が忙しいからじゃないかしら?」
「そういうことにしておきます。」
「じゃあ、署名捺印で、今日の話は終わりですね。」
「ええ、そうね。」
私はもう1部の文書を出して、そこに署名捺印して貰った。
死後のことについても文句はないはずだ。
二人の子どもで法定相続するという文面だったからだ。




