終活
私も、息子も、娘も涙がなかなか止まらなかった。
他の手紙を見る勇気はなかった。
大内晴臣さんと愛子さんの二人だけの世界を覗き見るようで出来なかった。
「さぁ、お昼ご飯にしましょうか。
鱧を贈って頂いたから、鱧の湯引きと鱧の照り焼き、作ったのよ。
食べるでしょう?」
「うぉ―――っ! 鱧、頂きます。」
「勿論、頂くわ。」
ダイニングのテーブルに鱧の料理を並べて、すまし汁と煮物を出した。
息子も娘も美味しそうに食べている。
その姿を見て思った。
色々なことを決めた方がいいかのしれない、と……。
「死」はいつやって来るか分からない。
夫は職場で倒れた。
それは、あまりにも急だった。
私が死んだら、どうして欲しいのかを子ども達に伝えておかねばならないと思った。
そのまえの介護についても……。
子ども達と話をして決めておかないといけないと思ったのだ。
きっかけは夫の急死。
そして、今日、息子に読んで貰った大伯父・大内晴臣の恋文。
死ぬ前に伝えておかねばならないと思ったのだ。
「食べている時に悪いけど……。」
「何?」
「私のこれからのことをちゃんと書面で残しておきたいの。」
「これからのこと?」
「そうよ。介護とか……その先の死んだ後とか……。」
「止めて! 嫌よ。お母さんの死なんて考えたくもない!」
「めぐ、お母さんのために避けられないことだと思うよ。」
「お母さんのため?」
「そうだよ。決められることは決めていれば、もし介護が必要になったとしてもオ
ロオロせずに居られると思うよ。
俺達子どもがオロオロしたら、困るのはお母さんだからね。」
「……分かった。」
「その時は、あなた達の配偶者にも同席して欲しいのよ。」
「そうだね。全く無関係じゃないからね。」
「分かった……。でも、今じゃないでしょう?」
「近々ね。」
「……そう……。」
「大内晴臣さんの恋文、死地に向かう人だから書けた恋文よね。」
「……うん。」
「あの恋文を読んで貰って、思ったのよ。
私が子どもに残せる物は何だろうって。
少しでも早くそれを明文化したいと思ったのね。私………。」
「そうなんだ……。」
「お父さんは急だったから、お父さん自身が『こんなこと有り得ない!』って思っ
てると思うわ。
私はそういうことがないようにしたいの。」
「分かった。」
「私の考えが纏まったら来て欲しいの。」
「うん。来るよ。」
「私も来るわ。」
「もうすぐ、お盆ね。」
「うん。」
「そうね。」
「お父さんの新盆ね。」
「そうだね。」
「うん。そうね。」
「お父さん、あっちで誰と話しているのかしら?
大伯父さんとも話しているかしら?
お義父さん、お義母さんとも今頃……賑やかなのかしら?」
「楽しく宴してたりして……。」
「否、お母さんが居なくて困ってるよ。」
「そうだわ。きっと!」
「大丈夫よ。お義母さんが居るから。
終活って言葉が無かったけれども、終活をちゃんとしてたお義母さんの後姿を思
い出して私も終活を進めるわね。」
「うん。」
「………。」
「今日は、本当にありがとう、ね。
助かったわ。」
「本当に良かったよ。お父さんの浮気疑惑が晴れて!」
「うんうん。」
「もうすぐ、お盆。
そして、広島、長崎があって……終戦記念日ね。」
「そうだね。今年は今までと違うように見えるんだろうな。」
「うん。私も……。一人一人に人生があったって思えるようになったわ。
大内晴臣さんの恋文を知って………。」
「そうね。」
次に子ども達に来てもらう時には最低限のして欲しいこと、残す物を記しておこう!と意気が上がった。
私の周囲と比べて早い終活の始まりだった。