いよいよ
息子・晴貴と娘・恵は10時少し前にやって来た。
私は義弟から贈って貰った「鱧」を料理して待っていた。
「鱧」は、湯引きと照り焼きにした。
二人とも大好きな「鱧」料理だ。
「お母さん、どう? 体調は……。」
「いらっしゃい。」
「体調は?」
「それなりに……。」
「あまり良くないってことか。」
「あのね、いらっしゃい、って言ってるのよ。」
「あぁ、こんにちは……って、可笑しくないか?
今までは、ただいま、って言ってたぞ。俺……。」
「もう、どっちでもいいでしょう。
それよりも、お母さん、例の菓子箱! 見せて!」
「はいはい。」
リビングであの菓子箱を二人の前に出しました。
「これなのよ。」
「開けるよ。」
「どうぞ……。」
「住所が書かれてないけど、宛先の名前はお父さんだね。」
「そうね。晴久だもんね。」
「読むよ。」
「ええ、お願い。」
「前略
初めてお手紙を差し上げます。
私の祖母の遺品の中から出て来た手紙です。
祖母の大切な方からの手紙だそうです。
祖母は太平洋戦争の頃に赤紙を書くことをしておりました。
書くための書類を見て、その中に結婚を約束している方の名前を見つけたので
す。
その方の名前は、大内晴臣さんでした。
晴久さんのお父様・晴道さんのお兄さんです。
祖母は愛する人を死地に追いやったとの想いから逃れられないままに、その命を
終えました。
大内晴臣さんが戦地へ赴かれる前に、ご両親様の前で祖母は頭を下げて頼んだそ
うです。今すぐに結婚させてください!と……。
それを拒んだのが、大内晴臣さんでした。
理由は、祖母の人生に責任が持てない。とのことだったと……。
『もう死にに行く自分には貴女を幸せにすることが出来ない。』と……。
祖母は、大内晴臣の子を望みましたが、最後まで肌を合わせることなく戦地へ…
祖母は大内晴臣さんの戦死の知らせを晴臣さんのご両親から聞いたそうです。
この手紙の束は、大内晴臣さんからの手紙です。
戦地から送って来られた手紙です。
大内晴臣さんのお心を知ることが出来ます。
祖母はこの手紙を最期まで大切にしておりました。
亡くなった今、この手紙を私どもが持つことは許されないと思いました。
祖母は親が決めた結婚相手と結婚するまで、大内のご両親様、それと弟様と交流
しておりました。
弟様へ送ろうとしましたら、帰って参りました。
それで、申し訳ないのですが、調べさせて頂きました。
ご子息がいらっしゃることが分かった時は嬉しかったです。
これで、本来持ってしかるべきお方の手元に手紙を返せます。
急に見知らぬ者からの小包が届いて、さぞ驚かれたことと存じますが、何卒お許
しいただきますようお願い申し上げます。
晴久様ご家族の皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
敬具」
「お母さん……。」
「お父さん、浮気してなかったよ。
この手紙の束、この手紙、古いよ。」
手紙の束を取り出すと、その下に葉書がありました。
「お母さん、この葉書、お母さんがお父さんに送った年賀状だよ。」
「お父さんへ? 私が?」
「ほら、見て。昭和だよ。」
「本当。この年賀状、プリントゴッコ……で……私が作った……。」
「お母さん、お父さん、浮気なんかしてなかったんだよ。」
「うん。……そうね……。」
涙が出て止まりませんでした。