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モイラ編01-07 『春雷』

[マイマスター、村雨様がクイーンと交戦を開始しました。]


レミィからの報告を聞いた伊織は返事をする間も惜しみ、弾かれるように飛び出した。


[200m先の三叉路を右へ。

5件目の建物の裏に回り込んで下さい。]


レミィの誘導に従って無心に走る。

道中のゴブリンどもは全て無視した。


「見えたぞ!キングはどこだ?」

[キングは動いていません。距離にして200mです。]


レミィからの報告の直後、鈍い音と共に小柄な人影が吹き飛び、耳慣れた(・・・・)叫び声が聞こえた。

村雨はあばら屋の壁に大穴を開けながら飛び込んでいった。

あの程度で物理障壁が砕けることはないだろうが、それでも無視できないダメージを受けている可能性がある。


(レミィ、目一杯の情報を送り続けろ。取捨選択と優先度設定は俺がやる。)

[イエス、マイマスター。]


ここに至って素材云々(うんぬん)、経験値云々(うんぬん)といった話はもういいだろう。

一切の加減なく、速やかに終わらせよう。

伊織の判断は早かった。


「おい、大女。お前の敵はここだ。

《神意ありてこそ人成るは 人ありての神になり》

《物理障壁結界》《魔法障壁結界》《絶縁結界》」


とはいえさすがに捕虜を巻き込むのは忍びない。

ぐったりとしている三人の女性に村雨を巻き込んで、半球状の結界を展開する。

それは真言まで使用した極めて強固な結界だった。

絶縁結界は電気を無効化する最高難度の結界であり、伊織の知る限りではこれを使用できる術者は双子の姉でもある彩葉(いろは)しかいない。


クィーンが伊織を視認し、いきり(・・・)たって大木を振りかぶる。


「遅い。《電撃》」

「ぐぅあぁああああ!!」


この程度で死ぬはずがないだろう。

ある意味そういう信頼のもと、即座に追撃する。


「遊んでいる暇はない。悪いがもう退場だ。

《神意ありてこそ人成るは 人ありての神になり》《電撃》」


まだ起き上がることができていないクィーンの脳天に真言を乗せた電柱のような電撃を叩き込む。

その頭部は半分溶け落ち、全身はビクビクと痙攣し、すぐに動かなくなった。


[ゴブリンキングが逃走を開始しました。]

「今は無視でいい。まずは煩わしい羽虫を駆除しよう。

広範囲術式を展開するぞ。範囲を指定してくれ。」


[半径700mで九割を巻き込みます。全域となりますと1000mです。]

「早いな、さすがレミィだ。だが、やりすぎ(・・・・)たらすまん。」


練習はおろか試し撃ちすらしていないぶっつけ本番だ。


[マスター?]


レミィの声を黙殺し、速やかに詠唱を始める。


「《神意ありてこそ人成るは 人ありての神になり》《絶縁結界》」


まずは自身に絶縁結界を張った。

自爆して死んでしまうような道化を演じる訳にはいかない。


「《神意ありてこそ人成るは 人ありての神になり》」


ここまでは何度も使用した詠唱だがここからは未知だ。

直感(・・)は発動すると言っている。

だが発動が必ずしも成功を意味するものではない。


「《汝、布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)(もっ)葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定せしめよ》」


夜行家で用いる月読命(ツクヨミノミコト)の真言に()を司る『建御雷神(たけみかづち)』の逸話をなぞらえることで術式を増幅させる。

伊織の全身から膨大な魔力の束がとぐろ(・・・)を巻き上げながら吹き上げる。

空間が歪むほどの濃厚な魔力が暴走し、はち切れそうになった瞬間、伊織は呟いた。






「《春雷(しゅんらい)》」






正一位の雷神の力は絶大(・・)だった。






瞬間、世界が『白』で満ちた。






鼓膜が破れかねないほどの轟音が響き渡り、音速を越える衝撃波が放射状に広がった。






あちこちから煙がたち昇り、あらゆる家屋は倒壊して原型を留めておらず、激しく燃え上がっている。

視界内のゴブリンのほとんどが炭化(たんか)し、溶け落ち、見るも無惨な(かばね)(さら)した。

レミィが逃走を報告したゴブリンキングもしっかりと巻き込まれており、爆心地から遠く離れているにもかかわらず即死した。


[神の怒り(ディエス・イレ)・・・マ、マスター・・・今のは・・・?]


玉散叢雨(たまちりのむらさめ)』による霧の効果により、雷が地に落ちようとする指向性を散らし(・・・)、地上のすべて(・・・)のものに全方向(・・・)から雷撃を作用させる結果となった。


震え上がるレミィの声を意に介さず、伊織は分析していた。


「概ね予想通りではあるが、『玉散叢雨(たまちりのむらさめ)』がいい仕事をしてくれたな。戦術級の術式としては上々だろう。範囲もまだまだ取れそうだ。

(もっと)も、何もかもを巻き込んでしまうがな。」


伊織は捕虜となっていた三人の娘達と村雨の無事を確認なしがら感情なく呟く。

淡々としたその様子にレミエルはさらに恐怖を覚えたが、今は他にやるべきことがあると無理矢理意識を切り替えた。


伊織は躊躇(ためら)うことなく村雨へと歩み寄る。


「見てられんな。何があった村雨。」


「貴様・・・今の面妖な術は貴様か!何者だ!」

「俺は村雨の友達の夜行伊織だ。お前は村雨ではないのか?」


「妾は・・・ぐぅ、違う!俺は犬塚信乃だ!」

「さて、俺の知る限り、犬塚信乃は数百年前に死んでいるはずだが?」


「ぐぅ・・・俺を謀るか、悪鬼め。」

「ふむ、話にならんな。」


(レミィ、何かわかるか?)

[結論から申し上げると二通り考えられます。

犬塚信乃の霊魂が村雨様に憑いていた。()しくは村雨様本人が犬塚信乃の記憶を想起(そうき)した。

いずれにせよ、獣人族への暴行を見たことが引き金になったと推測します。]


(同感だが、どう特定する?)

[私にお任せいただけますか?]


レミィとは知り合って日が浅い。

特に問題視しなかったものの、知り合った経緯には胡散臭いものがあった。

だが今までの遣り取りで彼女に害意はなく、(むし)ろある種の切迫感をもって誠実すぎる対応をしてくれている。

その能力にも驚かされることが多く、伊織はレミィに対して一定の信頼を置いていた。


伊織に逡巡(しゅんじゅん)はなかった。


[任せる。何があっても俺がなんとかする。好きにやれ。]

[・・・全力を尽くします。]


レミィはこの短い遣り取りに、少なからず伊織から認められているという実感と、それに伴う高揚を確かに感じていた。

これは天使として業務を遂行していた時には感じることができなかったものだ。

それは業務内容の多くが個で完結していたこともあるが、レミエルの中で変化しているなにか(・・・)が喜悦を訴えていた。


この期待に応えなければ座敷童子(ツヴェルフ)の代理たる資格はない。

レミエルは奮起した。


「音声のみにて失礼します。私は貴方の目の前にいる夜行伊織のサポートをしております、レミィと申します。」

「・・・」


「どうやら混乱されているご様子。我々に敵意がないことは理解できますか?我々は貴方が何者であるのかを解決する手助けができます。また、貴方が欲しているであろう情報を提供する用意があります。」

「いいだろう・・・聞かせてくれ。」


疲れ果てた様子で項垂れているが、感情的には少し落ち着いたようだ。


「まずはお互いの認識の齟齬(そご)を確認しましょう。貴方のお名前を聞かせて下さい。」

「俺は犬塚信乃だ。」


「性別は?」

「男だ。」


「身の丈は?」

「五尺六寸(168cm)だ。」


「貴方の目に前にいる夜行伊織の身の丈は六尺(180cm)です。

私には貴方は身長四尺半(135cm)ほどの女性に見受けられます。

貴方はこれをどう思われますか?」

「小さい・・・小さすぎるな俺は、俺は・・・。」


伊織を見上げる瞳は不安そうに揺れている。


「心を落ち着けて下さい。まずは落ち着いて、ですが目を逸らさず、現状を認識しましょう。我々は貴方の混乱の回復を望んでおり、その協力に労を惜しみません。」

「・・・すまない、手間をかける。」


こういった繊細な遣り取りは伊織の苦手とするところだ。

だが当の本人にその苦手を克服しようとする気は微塵もなく、今後も困ったらレミィに任せようと他力本願極まりないことを考えていた。


「お辛いとは思いますが目を逸らしても何も変わりません。少しづつ現実を見つめましょう。」

「ああ、わかった。」


「その()は貴方のものではない。ここまでは認識できましたか?」

「・・・理解した。」


「その体は村雨という少女のものです。」

「村雨・・・懐かしい名だ。」


「その少女についてお伝えします。

数年前、『犬塚信乃』という者が所有した『宝刀村雨』は、貴方の目の前にいる夜行伊織の元へと流れました。

そこで宝刀村雨は九十九神へと変貌し、体を得ました。

村雨様は今なお自身の主は『犬塚信乃』であると明言しています。

貴方は『宝刀村雨』の元所有者の『犬塚信乃』ではありませんか?」

「ああ、間違いない。」


「つまり、今も貴方の体の中に本来の持ち主である『村雨様』の精神がいます。

目を閉じて、心の内面を想像してください。」

「わかった。」


「貴方の中には貴方を主と慕う少女がいます。

彼女は貴方を共に戦い、貴方を守る、貴方にとても近しい存在であったはずです。

彼女の温もりを感じませんか?」

「・・・わからない。口惜しいが、私にはわからぬ。」


「そうですか・・・貴方にとっては残念な知らせになるかもしれません。

貴方は村雨様が想起した存在である可能性が高いと推察します。」


「・・・俺は、いや。犬塚信乃はいつ、どうやって死んだのだ?」

「犬塚信乃は東条城主となり浜路姫との間に二男二女を儲けたとの伝承が残されていますが、その晩年は伝わっていません。」


「東条城・・・浜路姫・・・知らぬな。

そうか・・・だから俺には記憶がないのだな・・・

得心した。村雨にこの体を返したい。俺はどうすればいい?」

「少女達への暴行という、強いトラウマが刺激されたことが原因であるのは間違いないでしょう。

現状では時間をかけて心の回復を待つ以上のことはできないでしょう。」


「なんということだ・・・俺は本当に駄目な主だな・・・」


伊織にもレミィにも、がっくりと項垂れる村雨(シノ)に掛ける言葉が見つからなかった。

重苦しい空気にその場の全員が苦い思いを抱いていると、それは起こった。




村雨(シノ)()いた(ムラサメ)から淡く光る『玉』が(あらわ)れ、ふわふわと宙を漂った。

村雨(シノ)は目を見張って叫んだ。


輪廻の八魂(りんねのやつだま)ではないか!何故村雨に・・・」


その玉に目を凝らすと、『孝』の字が刻まれている。


[マイマスター、警戒を。]

(ああ、どういう意図かわからんが第三者(・・・)がいるな。)


伊織はコト(・・)が起きても即時対応できるよう警戒しつつ、様子を伺った。

玉は村雨(シノ)の周囲を漂い、ゆっくりと村雨(シノ)の中に入った(・・・)


「ああ、そうか。そういうことだったのか。」


村雨(シノ)は何かに納得したようにしながら、静かに涙を流している。

伊織はそんな村雨(シノ)の様子に警戒を一段階落とす。


「何が起こったんだ?」

「悪いが俺には時間がない。詳しいことは村雨に聞いてくれ。

世話になった。恩を返すことができないのは心苦しいが、貴殿らの活躍を祈っている。

さらばだ。」


村雨(シノ)はそう言い残すと、糸が切れたように倒れた。


伊織は半球状に貼り巡らせていた結界を解除し、村雨を抱き起こす。

全身が土に(まみ)れて(すす)けた顔にため息をついた。


「まったく、このお転婆め・・・『妖気活性』」


村雨の体は肉体ではなく妖気、すなわち魔力で形成された『魔力体』だ。

体内の魔力を活性化することで自然治癒を早めることができる。

10分ほどそうしていると、村雨はゆっくりと(まぶた)を開いた。


村雨は伊織に介抱されていると気づくと、小さな両手を伊織の首に回して抱きついた。

体が小刻みに震えて嗚咽を(こら)えている。

伊織はなにも口にすることなく村雨の背中を優しく(さす)り、言葉を待った。


しばらくそうしていると、少しは落ち着いたのか村雨はぽつぽつと語り始めた。






伏姫(ふせひめ)様がな、助けてくれたのじゃ。」

______

ちゃむだよ? >_(:3」∠)_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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