モイラ編03-24『妖精女王』
空気が変わった事を明敏に察知した伊織達B級冒険者パーティ『百鬼夜行』の面々は気を引き締めて立っていた。
伊織は女王とおぼしき妖精の前に出て軽く会釈する。
「お初にお目に掛かる。夜行家当主名代イオリ・ヤコウだ。
先日、アリちゃむとブラちゃむの主となった。
後ろに控えるのは全てアリちゃむの下につくことを認めた妖精達だ。」
感情も抑揚もない伊織の言葉にも女王は動揺を見せることはなかった。
「お初にお目に掛かります。私は妖精郷の女王を務めていたメアリーです。
まずは助けていただいた事を御礼申し上げます、『モイラ』の外の方よ。」
『モイラ』の外。
この言葉には伊織も大いに驚いた。
(レミィ、わかるか?)
[恐らく彼女は『巫女』です。未来や過去を司るような異能を持っているとお考えください。]
覚から警告の念話は来ない。
ならばと、この情報を貰った伊織は直裁だった。
「未来が見えるのか?」
「そう明確なものではありません。
実際、マリーの暴走を止めることは叶いませんでした。」
「失礼した。あとはアリちゃむとブラちゃむに任せる。」
「任された。」「ブラちゃむ頑張れ。」
ブラちゃむは苦笑しながらも女王と対峙する。
「久しぶりなんやけど、なんとも言い難い状況になってしもたね、メアリー。」
「導師ブラちゃむには迷惑を掛けました。ごめんなさいね。」
「水に流したいとこやけど、まずは聞かせてよ。」
「そうですね。私が視たのは妖精郷が深刻なエーテル不足により崩壊する未来でした。」
「なして?」
「迷宮が次々と離反するのですよ。」
「つまりアリちゃむが原因やった?」
「それを原因と言うなら、ダンジョンからエーテルを得るという仕組みこそが原因なのでしょう。
我々は迷宮妖精に無体を強いてきたのですから。」
「迷宮妖精の一員として言わせて貰うとさ、命の危機に怯えながら迷宮に篭り続けるんはめっちゃ辛いよ。
やから我々迷宮妖精が責めるとするなら過去も含めた王族が対案を示せんかった事やね。」
「ええ、その通りです。」
「ただ、前々から疑問やったんよ。そんな沢山のエーテル要る?」
「・・・」
「確かに妖精郷エーテル無しには回らんやろうね。にしても回収する量が多すぎるやろ?何に使ってんの?」
「禁則事項につきお話しする事は叶いません。」
元女王メアリーはチラリと伊織に目線を向けた。
伊織は禁則事項という言葉に聞き覚えがあった。
「何か話せる事はないん?」
「横から失礼する。すまんなブラちゃむ。俺にしかわからん事かもしれん。」
「ん?好きにしていいんよ。」
「礼を言う。メアリー殿、貴女は『西』と繋がりがあるのではないか?」
メアリーは薄く笑った。
「ございます。」
「『西』からエーテルを求められているのではないか?」
「禁則事項です。」
「なるほど、それが答えだな。だが解せんのはマナジェネレータであった俺を『モイラ』に送り込んだ事だ。
俺が魔力をばら撒き、冒険者が魔法を使い、ダンジョンが残滓を回収し、妖精郷がエーテルに変換し、『西』がエーテルを回収する?
一見循環しているように見えるが。」
(レミィ心当たりはあるか?)
[ございません、システムに回収の痕跡が全く残されていないのはさすがに不自然です。
システムを経由していない可能性が極めて高いです。]
(より近い存在か?)
「メアリー殿はモイライの神々と、あるいはその中の一柱とエーテル取引をしていたのではないか?」
「禁則事項です。」
「取引相手はラケシスか?」
「いいえ、違います。」
「ではアトロポスか?」
「いいえ。」
「なるほど、クロトだな?」
「禁則事項です。」
「この禁則事項とやらのルールを作った者は阿呆だな。」
神を阿呆呼ばわりした伊織にブラちゃむは盛大に吹き出した。
「クク、確かに阿呆だ。あははっ。」
「ともあれ、おおよその事情はわかったが妖精郷が対価に何を得ていたかが問題だ。
これを特定するのは骨が折れるぞ。」
女王は悲しげに眉を寄せて決意を秘めた顔で一言、呟いた。
「何も。ぐふっ。」
「ちっ。緊急事態です!全員、目を閉じてください。急げ!」
普段全く声を荒げる事がない覚の怒声にサトを知る者は一様に驚く。
伊織とメメを除いて。
「これからサトがメアリー殿を治癒する。サトの目を直視しては危険が及ぶのだ。今は大人しく目を閉じてくれ。特に妖精は即死しかねんから後ろを向いておくぐらいがいいだろう。」
伊織の言葉に妖精達は色を無くして回れ右した。
周囲を見回し、安全が確保できたところで覚は眼帯を引き下ろす。
そして白目部分が紅に染まった瞳をまっすぐメアリーに向けた。
「肉体解析開始・・・完了。肉体破損率0.86%。
情報体解析開始・・・完了。情報体破損率0.02%。
妖力体解析開始・・・完了。妖力体破損率0.73%
精幽体解析開始・・・完了。精幽体破損率23.7%。
精幽体治療開始・・・完了。
精幽体再解析開始・・・完了。精幽体破損率0.71%。」
ほうっ、とため息をつき、覚は眼帯を元に戻す。
「治療は終わりました。全員目を開けて構いません。」
特殊スキル『完全空間支配』がレベル8に到達してからの初めての治療だった。
サトは今回の治療の成果にかつてない手応えを感じていた。
「メアリー殿、このような無茶をなさってはいけません。あのままでは後遺症が残る可能性が非常に高かったです。」
「申し訳ありません。そしてありがとうございました。」
「いえ、私にできる事をしたまでです。主様、差し出がましい真似を失礼しました。」
「いや、よくやってくれ」
「では何卒、ご褒美の魔力を賜りたく。」
サトは食い気味だ。
「メメも、今日は、頑張った、ね?」
すかさずメメも追撃する。
「うむ・・・二人とも、後でな。」
伊織は日に日に追い込まれている気分になった。
「さて、『西』というよりも『モイラ』の主神が妖精達からエーテルを搾取している事がわかった訳だ。
だが俺が干渉するのはひとまずここまでとしよう。
ブラちゃむ、あとは任せる。」
「なんとも気が重い事実やね。アリちゃむはどう思う?」
「この間、取引には対価が必要ってサトが教えてくれたんだよ。神様のやり方はあんまりだと思うんだよ。」
「せやね。私はクロトなる神を邪神認定することにしたわ。
さて、妖精郷から搾取できなくなった邪神はどうするんやろね。」
「えーと、まさか妖精郷が危ないの?」
「さあ?それは邪神次第じゃね?
むしろエーテルがありそうな他の所を探すんじゃないかね。」
「はっ。パパが邪神に食べられちゃう!」
「食べるかどうかはともかく、標的が変わるってのは十分に考えられんじゃねーかと私は思うんよ。
そこで主様と元女王メアリーに提案だ。
ひとつ、妖精郷は無条件でアリちゃむの傘下に入る。妖精達に無体な事はせんよ。」
「受け入れます。」
「はは。これだけやと私達はババを押し付けられるだけやん。
そこでふたつ、妖精郷はこれまで通り邪神にエーテルを上納する。
つっても無い袖は触れんやね。そこはアリちゃむに肩代わりして貰おう。」
「はうう、アリちゃむが貧乏になってしまっちゃむ。」
「ほう。」
伊織は興味深くブラちゃむ劇場を楽しんでいた。
「そしてみっつ、妖精郷には邪神の信仰を貶める計画に全面的に協力して貰うよ?」
「妖精郷は元女王メアリーの名に於いて、全てを受け入れます。」
「結構。夜行伊織とありちゃむの臣であるブラちゃむがこの契約を執行するよ。
さて、主様に満足して貰える結果になったやら。」
「この手の絡め手は俺の苦手とする所だからな。参考にさせて貰った。
クロトの信仰を貶めるというのは面白いな。俺にはできん発想だ。」
「あらま。思った以上に喜んで貰えたようで。」
「うむ。組織の再構築は大変だろうが俺にできる事は協力しよう。」
「あれ?アリちゃむ、なし崩しに女王様にされちゃったんだよ。
そんなあ。無理なんだよ。」
「ありちゃむ、そんな事は皆わかってるんだ。」
「それはそれで酷いんだよ!」
「まあ聞け。王にも色々な王があるものだ。俺の故郷に『君臨すれども統治せず』という言葉がある。」
「へえ、端的に体を顕してんね。」
「何もしないの?」
「いや、任命するんだ。」
「うん?」
「妖精の中にも得意不得意があるだろう?
それを見極めて得意とする者にやらせればいい。」
「おー、なるほどなんだよ。全部ぶらちゃむにやらせよう。
導師とか言われてたし間違いないんだよ。」
「おい、ちゃんと娘の教育してくれよ?」
「主の教育をするのも部下の務めだ。」
「ちょっと?ふたりしてアリちゃむを擦り付けてるみたいでひどいんだよ。」
この一幕にはパーティの面々も穏やかな笑顔を浮かべ、妖精達もどこか抜けた新しい女王を身近に感じていた。
「おっと、すっかり忘れとったわ。マリー、お前はメアリーの話を聞いてどう思った?」
「私は無知でした。言い訳はありません。処断を受け入れます。」
第一王女は震えながらも毅然とした態度で覚悟を決めていた。
「さて主様。この者の処遇なんやけど、その才を捨てるのは正直なところ惜しいんよね。
そこで3ヶ月ほど猶予を与えて、それから判断してもいいんやないかと思うんやけどさ、どう?」
「なるほど3ヶ月か。放り込んでよし。」
「いえす、さー。」
第一王女が鈴鹿御前に引き渡される事が決まった。
こうしてアリちゃむを頂点として妖精郷は再出発する事となる。
後日アリちゃむはブラちゃむを宰相に任命し、元女王メアリーをその補佐とした。
全ての迷宮妖精にはエーテルスライムと一本だたら謹製の武装が与えられる事となった。
また、不定期にではあるが鈴鹿御前による迷宮妖精とエーテルスライムの騎乗訓練が行われ、さらには『レベル』の向上が図られる。
万一冒険者に見咎められたとしても逃げ切れる力程度は身に付ける事ができるだろう。
各地のダンジョンは表向きには何ら変わり無く運営されるが、アリちゃむが邪神への上納を肩代わりする。
よって各ダンジョンの余剰魔力が増え、表に出ない力が跳ね上がり、内部的なランクが上がる。その結果、さらに生存能力が上がった。
また、全てのダンジョンで手榴弾代わりにアポカリプスライムを数体常駐させるようにした。
生命の危機を感じた時にのみ使用するように制限されているものの、複数体で起動すれば伊織ですら耐えれるかわからない代物だ。これを喰らって生き残れる者がどれだけいるか。
アリちゃむは病的とも思える執拗な迷宮妖精強化計画に戦慄すると同時に迷宮妖精の仲間達が大切にされている事を嬉しく思った。
そしてそれは迷宮妖精全体にも広まり、伊織とアリちゃむへの評価はうなぎ登りだった。
これらの計画は最終的には迷宮妖精達に時間的な余裕を産み出し、迷宮妖精とは人生ではなく仕事であるという認識が広まる。
彼女達は空いた時間にはダンジョンを離れ、こぞって伊織の拠点の2Fと3Fを飛び回るようになる。
元々が奔放で人懐こい性格の妖精達だけに、伊織の拠点は思わぬ形で一気に賑やかになってしまった。
そして本来の目的であった宝箱の収集についてはとんでもない数になっていた。
村雨が飽きてしまって全く見向きしなくなるほどに。
とはいえSS級のダンジョンはアリちゃむが直接支配するアリストロメリアSS級ダンジョンのみであるため、最高品質である神話級や唯一品はそうそう出ないのだが。
それでも表向きにはA級であっても内部的にはS級である迷宮からはS級宝箱が定期的に送られてくるため、伝説級以下の品々は着々と積み上げられていった。
「これは土属性を軽減する首飾りか。村雨に丁度いいのではないか?」
「妾は唯一品であるぞ?せめて神話級をもって参るのじゃ。」
「戯れ言は後で聞いてやるからとっとと着けろ。」
「なんか最近妾の扱いが雑なのじゃ!もっと丁寧に構ってたも。」
「昨日も遊んでやっただろう。ほれ、顎を上げろ。」
「着けてくれるのかえ。苦しゅうないのじゃ。」
「あとはこの指輪なんてどうだ?お前に不足している精神が上昇するらしいぞ。」
「もっと派手なのがいいのじゃ。空を飛べる靴とかないのかえ?」
「無属性で似たようなことができるだろう。そういえば無属性適正は発現したんだろうな?」
「妾としたことがまさかこのような形で墓穴を掘ろうとは!」
「墓穴には俺が直々に埋めてやるから尻を出せ。」
「いーやーじゃー!」
村雨は走り去ってしまった。
「あいつは妖精より奔放かもしれん。」
「村雨と比較されるのは心外であります。」
「そうだな。失礼した。クリちゃむにはいつも倉庫整理を手伝って貰って悪いな。」
「いえ、妖精魔法で小さくしてしまえば楽なものであります。」
アリちゃむのアリストロメリアSS級ダンジョンのお隣に住まうアリちゃむは暇をみては倉庫の整理をしてくれている。
妖精にしては珍しく、彼女は几帳面だ。
「クリちゃむのダンジョンの調子はどうだ?」
「女王様のおかげでA+級からS級に至ったであります。」
「ほう、ではお祝いをしないとな。何か欲しいものはあるか?」
「では私と手を繋いでダンジョンの魔力を補充していただきたく。」
「何がどう広まったのかは知らんが、迷宮妖精達は皆、俺からの魔力を欲しがるよな。
アリちゃむの魔力ではダメなのか?」
「女王様は魔力の扱いが不得手であります。」
「妖精がそれでいいのか?まあ、いいだろう。今から行くか?」
「優しくして欲しいであります。」
「お前達のお陰で随分と魔力操作も上達したし、大丈夫だろう。」
伊織はクリちゃむと共に倉庫を後にした。
一般の冒険者が見れば白目を剥いて引っくり返る程の最高級装備品の数々を倉庫に残して。
第三章 完
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




