モイラ編03-23『妖精郷へ』
伊織の私室にて。
「ようやっと事態の全容が見えたよ。って何してん?」
妖精郷へちょくちょく偵察に行っていたブラちゃむが、こちらに戻って早々に報告にやって来た。
「アリちゃむの第2のおうちを作ってるんだよ。」
「主様の部屋の中にアリちゃむの部屋を作ったん?」
「そうなんだよ。綺麗にできたでしょ?」
「ほんとアリちゃむはこういうの得意よな。」
伊織の部屋の片隅半畳ほどのスペースはアリちゃむによって制圧されてしまった。
そこにはまるでジオラマのように小さな庭と家が建てられている。
庭には色とりどりの小さな花が咲き乱れ、中でも桜のように桃色に咲き誇る樹々が目を引いた。
庭の脇にはひっそりと小さな池まで造り込まれており、伊織がお気に入りの苔むした巌が設置されて枯山水の風情が醸し出されている。
表の花々とのコントラストが絶妙な調和を引き出し、伊織もありちゃむも納得の様相を呈していた。
「うむ、いずれは人族サイズで再現したいものだ。」
「やりすぎ問題。」
「何事も全力でやってこそなんだよ?」
「うむ。尤もだ。」
「あー、はいはい、お似合い父娘め。んじゃ報告すんよ?別に手を動かしてていいからさ。」
「うむ、結局どういう事だったんだ?」
妖精郷から転移陣に送られてきた紙。
そこには第二王女によるクーデターを何とかしてくれという第一王女の要請が記されていた。
その報酬は妖精郷からの独立と、紙切れ一枚で済ますには余りにも胡散臭い話だった。
「クーデターそのものは間違いなく事実やったよ。
んでも首謀者は第二王女でやなくて第一王女。
ほんで女王と第二王女は仲良く幽閉されてんよ。
つまりアリちゃむがノコノコ出向いとったらもれなく牢屋にご招待されてたやろね。」
「なんという策士!アリちゃむひとりだったら危ないとこだったんだよ。」
「さすがに引っ掛かってはならない罠だと思うぞ。
アリちゃむは大事な判断をするときは周囲に頼るようにな。それは悪いことじゃない。
俺も普段からレミィや覚には頼りっぱなしだ。」
「肝に銘じるんだよ。」
「うむ。しかしお粗末なものだな。」
「んで、どうすんの?」
「目障りではあるが、俺が直接的に被害を被った訳ではない。
ここは当事者であるアリちゃむとブラちゃむで判断する方が座りがよかろうな。
無論、全面的に支援するぞ。」
「それを言ってしまえば別に私も当事者じゃないんよね。アリちゃむはどうしたいん?」
「アリちゃむはパパと一緒に居られればそれでいいんだよ。
でも、このままだと安心できないよね?」
「そうだな。放置していたら何かしら次のアクションをしてくるのは間違いないだろう。」
「あっちはエーテル不足が顕在化するのも時間の問題やと思う。」
「第一王女をメッ、てする?」
「そうだな。まずは落とし所を決める必要がある。メッ、てした後にその処遇をどうするんだ?」
「普通はどうするんだろ?」
「俺のいた世界ではギロチン刑が主流だったと思うが、所詮にわか知識だからな。」
「うーん、反省するまで閉じ込めたらどうかな?」
「悪くないんじゃないか?ブラちゃむはどう思う?」
「そうなあ、女王に投げちまえばいいんじゃないか?」
「尤もではあるがそれはこちらから提案すべきではないな。
女王としては自身で決着をつけたいはずだ。
だから交渉のカードにしたほうがよかろう。」
「なるほど!そこで独立なんだね。」
「もちろんそれでもいい。何が欲しいかはアリちゃむが決めるといい。」
「うーん、欲しいものは自由だなあ。他のものは全部パパがくれたから。」
「うむ、ならばあとは第一王女を制圧する手段だな。」
「それは妖精郷との転移陣を復帰させればいい話やね。」
「作戦は?」
「突撃だけで済むさ。妖精の弱さを舐めんなよ?
基本的に初級魔法しか使えない連中ばっかだよ。」
「ならば無用な血を流す必要もあるまい。
ロクに突っ込ませて百々目鬼で制圧すれば終わりだ。」
「うん、できればあまり死んで欲しくないなあ。」
「よかろう。達成条件は不殺での妖精郷の制圧及び第一王女の捕縛だ。」
「文句無いんだよ。戦いはパパお願いしていい?」
「うむ、戦闘指揮は俺が執ろう。交渉はアリちゃむとブラちゃむの仕事だ。
無論、覚や百々目鬼、それからレミィが得た情報は即座にふたりに届ける。」
「頼もしいんだよ。」
「んじゃ決行はいつにすんの?」
「先延ばしにして先手を取られるのは性に合わん。
今晩の夕食時に周知して明日の夜明け前に夜襲だな。」
「うへ、最速じゃん。
アリちゃむに帰属した迷宮妖精達を連れてきていいか?
直接見せておきたいんよね。今後のためにも。」
「違いない。事実を目の前に突きつけてやれば今後やりやすくなるだろう。
襲撃を数日遅らせるか?」
「いや、問題ない。暇なもんなんよ迷宮妖精なんて。」
「ふむ。拠点に妖精用のラウンジを用意してもいいな。」
「アリちゃむおうちでもいいよ?」
「そこは俺の部屋でもあるんだが。」
「駄目?」
「・・・余り騒がしくしないなら構わん。」
ブラちゃむは二人の様子を見て随分と父娘らしくなったと感心した。
「んじゃ行ってくら。今晩までに全員引っ張ってきてやんよ。
まじでアリちゃむの家に集合させていいん?」
「夜行に二言は余りない。」
「オーライ。んじゃ、またの。」
「いってらっしゃーい。」
「アリちゃむは手伝いをしないのか?」
「邪魔をしないのもアリちゃむの仕事なんだよ。」
「そうか。それは俺もよく採用する手法だな。」
「うん!」
翌朝には襲撃をするにも関わらず、二人はのんびりとジオラマの手入れを始めてしまった。
「冬には雪を降らせたいが、そうすると符術で気温を調整する必要があるな。
雪女にも協力してもらうか。」
「そんな事ができるんだね!」
そんなふたりに妥協の二文字は無かった。
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ーーー
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アリストロメリアSS級ダンジョンにて。
翌日、丑三つ時。
「さて、全員乗り込んだか?」
火車はレベルが70に到達したことで特殊スキル『快適車』のレベルが8に到達し、これによって室内の広さが512畳とよくわからない広さとなっている。
冒険部門全員と迷宮妖精を50人程を乗せたところでどうという事は無かった。
「アリちゃむへの帰属を悩んでいる者までも連れてくるとは、見事な判断だ。」
「せやろが?ブラちゃむは褒められて伸びる子やからね。」
「アリちゃむも!」
伊織は冒険組5名の面々を見回す。
「うむ。
夕食時にも伝えたが、襲撃は基本的に火車と百々目鬼を中心に行う。
他の者の役割はは不測の事態に備える事と第一王女の捕縛だ。
最も危険なのは転移直後だ。気を抜かないように。
それから、不殺が勝利条件である事を忘れるな。
メメ、主役はお前だ。頼りにしている。」
「御意に。」
「メメに、お任せ、ね?」
「楽なお仕事じゃの。とっとと終わらせて二度寝するのじゃ。」
「マイマイは妖精郷を見るのが楽しみ!」
「タマは眠い。」
すでに調整を終えている転移陣を起動する。
周囲に光が溢れ、軽い酩酊感が治まると同時に百々目鬼は98の不可視の『目』をロクの全周に飛ばした。
「いない、よ?」
「まさか罠すらないとはな。」
警戒しつつロクから降りるが何の気配もない。
伊織の後ろに控えた覚も眉根を寄せている。
「何の反応もありません。」
「よし、御者台には俺が乗る。サトは中で待機してくれ。」
「御意に。」
伊織の両肩にはアリちゃむとブラちゃむが乗っていた。
「ではブラちゃむ、道中の案内は任せる。」
「おう、大船に乗ってやんよ。」
ブラちゃむの指示のもと、『透過式汎用結界』によって透過と消音・消臭・魔力遮断・気配遮断の効果を付与されたロクは軽快に空を駆ける。
空を飛ぶ馬車に乗った迷宮妖精達一行は窓に齧りついて絶句していた。
やがてひときわ背の高い建物が視界に入る。あれが王城だろう。
「転移陣は城から離れているんだな。」
「そりゃ逆侵攻なんてされたらたまんねーっしょ。」
「うむ、利便性より安全性を重視しているんだな。」
「ねえ、ブラちゃむ。『妖精視』を持ってるのは女王様だけなの?」
「んー、少なくとも第二王女は持っとらんね。第一王女はわがんね。」
「『妖精視』とは何だ?」
「精霊を視認できて、不可視を看破できるんだよ。」
「ほう、俺は『精霊視』を持っているがそちらが上位互換なんだな。」
「マスター、妖精女王の瞳をよく観察してください。恐らく『妖精視』が発現します。」
「それはいい。不可視の看破は生命線になり得るし、是非とも欲しいな。」
「イエス、マイマスター。」
「うーん、そんなほいほい取得できるもんじゃねーんだが。」
「そういう体質のようだ。」
「キャー!誰か、助け」
遠くで女性の叫び声が聞こえた。
「第一王女の声で間違いないけど、なんやろね。」
「ロク、声のした方に急いでくれ。」
「ハイヨー シルバー!」
ロクは上空から最も高い搭のような建物に飛び込んだ。
その中にはあられのない姿でひっくり返った蛙のような格好をした妖精がいた。
周囲を見回すが何の気配もない。
「ビンゴだ、主様。第一王女で間違いない。」
「なるほど、不審者の侵入に驚いて声を上げた訳か。」
「うふふ、びっくり、してた、ね?蛙、みたい、ね?うふふ。」
「犯人はメメだったんだな。よくやった。」
「えへへ。」
「さすがにこの格好は一国の王女に相応しいとは言えんだろう。」
「御意に。」
サトは近くの椅子に第一王女を座らせた。
その様子を見ながら伊織は周囲に『透過式汎用結界』を展開した。
これでどれだけ騒いでも周囲に漏れる事はない。
「メメ、城内の様子は?」
「全部、おっけー、よ?」
「うむ。ではサト、妖精達を全員下ろしてくれ。」
サト一度ロク戻るとすぐに妖精達を引き連れて降りて来た。
「では口だけ動かせるようにしてくれ。」
「できた、よ?」
「ぶ、ぶ、無礼者!私を妖精郷第一王女と心得ての狼藉か!」
「お前がクーデターの首謀者と心得ての狼藉だが、俺の機嫌次第で即座にお前の首を刎ねる。
お前の代わりは第二王女が居るしな。俺としてはどちらでも構わない。」
伊織の声色、内容、表情の全ての冷徹さに、第一王女は目を大きく見開いて絶句した。
「・・・」
「理解が得られたようで嬉しく思う。城内はすでに制圧済みだ。
助けは来ない。それを踏まえた上で俺の配下と交渉してくれ。」
伊織がチラリと目を向けるとアリちゃむもまた目を見開いて絶句していた。
(パパ、話が違うんだよ!殺しちゃ駄目なんだよ!)
(生きているではないか。問題なかろう。)
(そうだった。最近のパパは優しかったけど、元々残虐人族だったのを忘れてたんだよ。)
(その評価は初めてだな。)
「こんな形で再開するってのもわかんねーもんやの、マリー。」
「貴女は!どうして導師ともあろう方がこのような無体を!」
「主様から聞いた通りなんよ。クーデターの首謀者を引っ捕らえに来た。そんだけなんよ。
「主様?貴女まで妖精郷を裏切ったの?」
「そうな。私は裏切り者だ。そこは言い訳せんよ。
んでもお前は違うやろ?なあ、マリー。なんでこんな血迷った真似したん?」
「・・・」
「おおよその状況はわかるんやけど、お前の動機だけが釈然とせんのよ。なるべく悪いようにはせんから話してみ。」
「・・・お母様は女王の座を退位なさると仰いました。」
「何?」
「しかもよりによってその座をその迷宮妖精に明け渡すと・・・」
第一王女の視線はアリちゃむに固定されている。
「え?・・・ええっ!?アリちゃむなの?なんで?」
「知りませんわよ。私にはそんな暴挙、理解できませんわ。耄碌したのではなくて?
だから私が女王の座に就く事にしたのです。それなのにこんな・・・」
「なるほどなあ。これ以上は女王陛下に伺うしかないね。どうしよ?」
「当初の予定通りだ。ケツは拭いてやるからアリちゃむとブラちゃむの好きにしろ。」
「へいへい。きれいきれいしてもらわんとね。
私は女王陛下と第一王女殿下を連れてくからさ、皆は玉座・・・やなくて第一応接室で待ってて。
アリちゃむは場所わかるやろ?」
「多分!」
「まあ、誰かわかるっしょ。んじゃまた後で。」
ブラちゃむはヒラヒラと手を振りながら出ていった。
「マリーは覚が運んでくれ。百々目鬼は引き続き警戒を。行くぞ。」
搭を降りてしばらく歩いた所にひときわ大きな建物があり、そこに第一応接室があった。
中は広々としており、妖精達50人を引き連れていても十分な余裕がある。
全員が入室したところで伊織は妖精達に声を掛ける。
「この中ですでにアリちゃむの配下である者とこれから配下になる予定の者は俺のパーティメンバーの後ろに控えてくれ。まだ迷っている者はそのままで構わない。全容解明後に再度訊ねるつもりだ。」
伊織の言葉に多くの妖精がフラフラと飛んだ。
やがて落ち着いたかと思いきや、ひとり、またひとりと移動し、結局全員がアリちゃむの下につくことを認めた。
これには伊織も驚いたがそれを表に出す事はなかった。
そうしてしばらく無言で待つと二人の妖精を引き連れたブラちゃむが現れた。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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