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モイラ編03-22『クーデターと探索隊』

それからというもの、伊織はアリちゃむとブラちゃむの3人でせっせと迷宮を魔改造した。

10日ほど掛けて全20階層+ダンジョンコア部屋へと変貌を遂げたSS級ダンジョンはその名に相応しい凶悪な仕上がりになった。


なってしまった。


「興が乗って色々と盛り過ぎた感があるな?」

「これもうクリアさせる気どころか生きて返す気ねーだろ。」

「アリちゃむのおうちが殺戮ハウスになってしまったんだよ。」


アリちゃむは震えている。


「色んな罠があるなら全部試したくなるだろう?」

「組み合わせがやべーって話なんよ。」

「暗闇の中で、ベアトラップにかけて、背後からペンデュラムで弾き飛ばして、落とし穴に落として、油まみれにして、床が跳ね上がって、天井のシャンデリアで串刺しにして着火?

想像しただけで震えるんだよ。すでに途中で召されてると思うんだよ。

こんな怖い罠がアリちゃむのおうちにいっぱいあるんだよ?」


「B16Fのテレポーターを山ほど設置したフロアとか、一生出れねーだろ。」

「あれは自信作だが、頑張ればいつか出れるだろう。」

「無理なんだよ。着地した瞬間、竜に噛まれるんだよ。うまく逃げてもまた同じ部屋に飛ばされて、やっぱり噛まれるんだよ。」


「までも、そんな罠てんこ盛りフロアに着く前にB15Fのデーモン軍団で詰むかね?」

「たかだか1,000体程度だぞ?」

「パパの基準がぶっ飛びすぎてるんだよ。なんでSS級のデーモンエンペラーが10体も並んでるの?」

「戦術単位で組んでいるとああなった。」


「ちなみに主様なら攻略できんの?」

「俺一人だとどうだろうな?後日試してもいいが。」

「やるんなら身代わりの短剣を一杯出してからにしようね、パパ。」


「ちなみにクリアするだけなら、ロクの中にメメが入っているだけであっさり踏破しそうな気がする。」

「その組み合わせは反則だと思うんだよ。」


ついにメメは『神聖魔法適正』を習得して回復魔法を使えるようになった。

それだけでなく『瞳魔法』なる異能が発現し、98の目を通して魔法を発動するに至った。

さすがに多重発動こそできないが、ロクの内外で好き放題に回復魔法まで使えるようになり、いよいよ手に負えなくなってしまった。


ロクはロクで異能『野性の勘』が発現し、罠や攻撃への回避能力が目に見えて増した。

野性の火車という時点でよくわからないが、ロクをよく知る者なら唸りながらも納得してしまうかもしれない。


奈落(アビス)でもここまではないんじゃね?主様なら踏破できんじゃねーの?」

「だが俺の勘は行くなと囁くんだよな。」

「もう改造し尽くした感じがするけど、どうしよう。」


「これ以上はB15Fが抜かれてからでいいんじゃねーの?」

「そうだな。しかし妖精郷の反応が無ければ動きようがないしな。

いっそこちらからコンタクトを取るべきか?」

「パパの好きにしていいんだよ。」


「アリちゃむが間接的に支配するダンジョンも20を越えたしな。」


ぶらちゃむが調略した3人がさらに別のダンジョンを呼び込み、それらがさらに、と繰り返すうちにたった10日で15ものダンジョンが傘下に入ってしまった。

なかには国外である事を理由にこちらが保留しているダンジョンまであるのだ。


「うーん、予想以上に増えちゃったんだよ。」

「これ以上離反者が増えると妖精郷の運営にも支障が出かねんね。」

「その割にはこちらを放置しているのが解せんな。」


そんな話をしていると物質用転移陣が光り、一枚の紙が送られてきた。


「おっと、これはようやく来たんじゃねーの?」

「はい、パパ。」

「どれどれ。」


アリちゃむから手渡されたのは書式が綺麗に整えられた公文書のようだった。

読み進めるうちに伊織の表情がほんの少し曇る。


「どうやら妖精郷でクーデターがあったようだ。

首謀者は第二王女で女王を幽閉して妖精郷の中枢を支配下に置いたようだ。

この文書は第一王女を名乗る(・・・)者からで、アリちゃむの独立を許す代わりに妖精郷を取り戻す助力をして欲しいとの事だ。」


「大事なんだよ。すぐに助けてあげなくちゃなんだよ。」

「・・・」


ブラちゃむは無言で何度も読み返し、ひとしきり唸った後、結論を出した。


「どうにもあの(・・)第二王女がクーデターを起こしたってのが信じられん。」


ブラちゃむは第二王女の人となりを知っているようだ。


「どのような人物なんだ?」

「お花畑から生えたような箱入り娘やね。

妖精郷内の政治に関わってたなんて話を聞いた事もない。

私の知る人物像とは余りにもかけ離れてんだよ。」


「その文書は第一王女からで間違いないのか?」

「一応、押印は間違いねーな。

んでもこんな重要な話を紙切れ一枚で済ますかね?」


「俺もそれを不可解に感じた。仮にも一国の情勢を左右する局面だろう?」

「うーん、第三者が第一王女を騙る?どうもしっくりせんなー。」


「言ってしまえば全てが狂言である可能性すら捨てきれんぞ?」

「結局こいつだけじゃ判断できんってこったな。

ちと行ってくるわ。」

「ねえ、ブラちゃむ。それは危ないと思うんだよ。」


「確かに危険だな。とは言えエーテルスライムをつける訳にもいかんか。

メメ、見ているか?」


伊織が呼び掛けた瞬間、中空に『目』が現れた。


「メメは、いつも、見てる、よ?」

「ブラちゃむに『目』を10個ほど張り付けてくれ。できるか?」


するとすぐに10の『目』が姿を表した。


「楽勝、ね?」

「結構。護衛が最優先だ。あとの判断は任せる。」

「ご褒美、魔力、ね?」

「・・・うむ。」


これは本格的に娘が増えかねん、伊織はそう思った。


「手間かけて悪いね。よろしく頼むよ。

んじゃいってくらー。またの。」

「ああ、無理はしないようにな。」

「ほんとだよ。無事に帰ってくるんだよ。」

「はは。まかしとけって。」


ブラちゃむは妖精郷に行ってしまった。


「迷宮構築に夢中ですっかり忘れていたが、宝箱の品質もSS級まで選択できるようになったのか?」

「うん。でもS級が4日に1個でSS級だと8日に1個だけなんだよ。」

「そうか、試しにSS級で1個出してくれるか?」

「その前にこの部屋を大きくしようよ。」


「何故だ?」

「私とブラちゃむに何かあったらパパひとりだと入れないんだよ。

それに宝箱を出すには狭いし。」

「ふむ。他の人族が侵入する可能性もまず無いか。そうだな。利便性が向上するし、広げるか。」


伊織の許可が出たところでアリちゃむはダンジョンコアを操作して部屋を大きくした。


「これだけ広ければ十分だな。」

「それじゃ、宝箱出すんだよ。ほいっ。」


二人の目の前に真っ黒の宝箱が出現した。


「なんというか、これはすごい威圧感だな。ゴツゴツしているのもあるが。」

「ほんとだねえ。なんだか強そうな箱なんだよ。あけてみよ?」

「ひとつだけだし、村雨を呼ぶまでもないか。」

「ごーごー!」


伊織が宝箱を開けると真っ白な笛が入っていた。


「うーむ、見事な細工だ。しかもなんだこの材質は。象牙にしては軽すぎるな。

この大きさならアリちゃむにぴったりじゃないか?」

「うん、これきっと妖精用だよ。」

「今日は拠点に倉ぼっこ(クラ)がいるはずだ。鑑定してもらおうか。」

「そだね。行こう行こう。」


二人は拠点に向かい、B1Fのクラを訪ねた。


「あれ?主様、どうしたの?」


伊織に気づいたクラが駆け寄って来る。


「これを鑑定して貰おうと思ってな。」

「わー、すごいねこれ。鑑定する前からびんびん来てるよ。」


クラは笛を手に取り、慎重に観察している。


「これは『唯一級(ユニーク)』だね。村雨と一緒の激レアで間違いないよ。」

「ほう、それは期待できるな。」

「名前はえーっと、『ティターニアの魔笛』だよ。」

「ティターニアというとシェイクスピアか?確か妖精女王の名だったと思うが。」


「そのモデルになった妖精の女王だね。昔『モイラ』に実在したみたいだよ。」

「そんな事までわかるのか。というか、シェイクスピアが異世界人だったという説が浮上した訳だが。」

「そこまではわかんないねー。効果は笛を吹いている間は周囲の味方の全能力が中程度上がるんだって。」

「中程度というのがどの程度かわからんが、効果そのものは素晴らしいな。」


「マスター、こちらで調べたところ、50%で間違いありません。」

「レミィか。それはまた破格だな。」

「あと、使用種族に制限があって妖精種が使わないと効果が出ないね。」

「なるほど、破格なりに理由があるんだな。

アリちゃむは笛を吹けるか?」


「吹いた事ないんだよ?

でもパパを強くできるなら練習して使えるようになりたいんだよ。」

「アリちゃむは親孝行だね。それじゃ、笛を入れるケースを作らないと。」

「わーい。パパ、この笛もらっていい?」

「ここで駄目と言える空気ではないだろう。だが、アリちゃむが使うべきなのも事実だ。

しっかりと練習するようにな。」


「おー、パパらしい事言ってる気がするよ。」

「そう揶揄(からか)ってくれるな。まだ慣れんよ。」

揶揄(からか)ってなんかないよ。似合ってる似合ってる。」

「そういう事にしておこう。」


「じゃ、ありちゃむ、ちょっと付き合ってよ。ケースにする素材を一緒に選ぼ。」

「うん。パパ、ちょっと行ってくるんだよ。」

「ああ、納得いくものを選ぶといい。ところでベリトはいるか?」

「隣の部屋にいるはずだよ。」

「そうか、ではまたな。」


伊織隣も部屋に向かうと何やらベリトが唸っていた。


「失礼する。何やら悩んでいるようだが?」

「む、坊主か。なに、ソロモン王の指輪を再現できんか考えておったのじゃ。」

「ソロモン王というと、ベリトたちのかつての主だったか。」

「そうじゃな、お主と違い奔放な王であったわ。」


「それで、その指輪とは?」

「悪魔と契約し、契約した悪魔を召喚する代物じゃ。

お主に必要な物ではあるまいよ。」

「確かに俺は歩くソロモン王の指輪とも言えるな。」

「ただの思考実験じゃから気にせずともよい。して、何か用があるんじゃろ。」


「本題とは別の疑問なんだが、一般的な中位悪魔(デーモン)とベリトのようなソロモンの悪魔との違いは何だ?」

「元々我らはソロモン王によって召喚された悪魔君主(デーモンロード)悪魔将軍(デーモンジェネラル)よ。

その後に進化を果たしたものが72柱おるだけの話じゃよ。」


「ベリトは元智天使ではなかったか?」

「よく覚えておったの。

智天使が堕天して堕天使、即ち悪魔となるのじゃ。」

「つまりベリトとパイモンは元天使で、バティムは生粋の悪魔なんだな。」

「然り。」


伊織はバティムだけがいかにも悪魔らしい(・・・・・)事に納得した。


「なるほど、悪魔の進化は多様性に富んでいるのだな。」

「まあの。全員がバラバラに進化しおったし、そういうものなんじゃろうて。」


「では本題の次元跳躍の可能性について聞きたい。グリモワールはそれを可能にしているだろう?」

「可能か不可能かで言えば可能じゃ。そもそもお主もそうしてここに来たであろうに。」

「継続性の話なんだ。要は魔方陣で好きなときに接続したい。」


「魔方陣とは回路じゃ。」

「うむ。」

「では、グリモワールはなぜ紙きれでなく書なのじゃ?」

「それは・・・まさか、立体か?」


「然り。書そのものが積層型立体魔方陣と呼ばれる代物じゃ。」

「途方もない難易度ではないのか?」

「いや、方向性は似ておるから難易度そのものはそうでもない。」

「では何が問題なんだ。」


「お主は陣ひとつのために分厚い本一冊書き上げたいか?

似たような魔方陣ばかりを延々とじゃ。」

「やらざるを得んからな。それに、一ヶ所でいい。今後も増える事はないだろう。」

「相手方の陣はどうするんじゃ?」

「それはレミィから座敷童子に・・・すまん、レミィ。」


「お気になさらず。どうぞレミィを頼ってください。」

「では、ありがとうと言い直すべきだな。」

「恐縮です。」

「そういう事なら我が弟子に積層型立体魔方陣の基礎を叩き込んでやろう。」


「弟子?」

「あ・・・ふん、倉ぼっこ(クラ)じゃ。」

「そうか、あいつもよい師を得たな。今後もよくしてやってくれ。」

「わかっておるわ。クラ(アレ)は天才じゃ。儂の全てを叩き込んでやるわい。」

「期待している。」




ーーーーー

ーーー




ベレトとの会話を終えて自室に入る。


「マスター、大事件です。」

「なぜいつも事件の方から寄ってくるのだろうな?」

「よい事件ですので今回は大歓迎ですよ。」

「よい事件などどいうものが存在するのか?」


「ふふ。実は放牧していたグリフォンがゴブリンの集落を駆逐したのですが、それによってマスターの経験値が増えました。」

「いや、まて。理解が及ばない。・・・つまり俺は配下の経験値をピンはねしているのか?」

鈴鹿御前(スズ)様をはじめとした訓練組の経験値については適用されておりません。」

「違いがあるとすれば・・・魔物か?」


「イエス、マイマスター。

私も同様に推察し、解析した結果、配下の魔物が稼いだ経験値の半分をマスターが吸収していることが判明しました。

そしてそれはB級冒険者パーティ『百鬼夜行』のメンバー全員に均等分配されています。」


「それは朗報だな。だがメンバー全員というのは解せんな。」

「パーティはギルド内のデータベースに登録されます。そしてそのデータはシステムに筒抜けなのです。」

「今更だがシステムを信用していいのか?」

「『モイラ』にいる限り信用せざるを得ない、いえ、信用するしないに関わらず使うしかないと言うべきでしょうね。」


「システムは『西』が開発しているのだろう?」

「イエス、マイマスター。」

「首輪をつけたいのは分かるが、それを絞められると敵わんな。」

「それについては現在は攻性防壁を展開して対策していますが、マスターが対『西』を想定するならばいずれは根本的な対策が必要になるかもしれません。」


「レミィ、君はもう完全に『西』に対して吹っ切れたのか?」

「イエス、マイマスター。マスターの敵は私の敵です。」

「そうか、頼もしく思う。しかし、グリフォンの件はどうしたものか。」

「積極的に狩りをさせますか?」


「うむ。だがそれなら魔法を使える者を騎乗させたいな。回復までできるとなお良いのだが。」

「妙案かと。『西』の天使を『妖牧場』に取り込めれば適任なのですが。」


レミィは随分と過激になってしまったが一体誰の影響なのか。


「回復魔法は使えんが、『妖牧場』内で選ぶなら中位悪魔(デーモン)が適任か。」

「精霊は難しい命令を理解できませんからね。

それでしたらアリちゃむ様に依頼して高位のデーモンを召喚してはいかがでしょう。」


「妙案だな。

グリフォンは20体か・・・では、スリーマンセルを基準にして全6班、S級悪魔将軍(デーモンジェネラル)6体、A級高位悪魔(グレーターデーモン)12体で小計18体。

あとは小隊長と副隊長にSS級悪魔君主(デーモンロード)2体の合計20体でよかろう。

上位指揮権をレミィに委ねたいが負担はどうだ?」


「是非とも私にお任せください。ついでに秘境や無人島を調査します。」

「そうだったな。ならば2分隊にわけて東西それぞれで探索させてくれ。」

「イエス、マイマスター。」

「では俺はアリちゃむを連れて早速召喚しに行くとしよう。」


「お待ち下さいマスター。

兵装と擬装を発注してはいかがでしょう。」

「そうだな。武器については突撃槍(ランス)で統一するよう一本だたら(タラ)に指示しておいてくれ。他は全て任せていい。」

「イエス、マイマスター。」


その後アリちゃむにその話をしているとブラちゃむが一時帰還した。

ブラちゃむにも同様の話をしたところ、彼女はノリノリでグリフォンを増産しようと言い出した。

またしても悪乗りした三人は結局数日を費やして部隊を5倍にまで膨らませてしまう。


その話を聞いた一本だたら(タラ)は声無き悲鳴を上げ、早々に自作することを諦める。

そして粛々と信頼できる工房へ発注を飛ばした。

下町の鍛冶屋と革工房は好景気に沸いたという。

このあたりから鍛治師業界の新人(ニュービー)としてタラの知名度は徐々に上がっていく。


そして中隊長に任命されたレミィはひとり、口許を綻ばせていた。






A+級グリフォン100体

A級高位悪魔(グレーターデーモン)60体

S級悪魔将軍(デーモンジェネラル)30体

SS級悪魔君主(デーモンロード)10体


結果、一国を滅ぼしかねない10の暴威(ぶんたい)が静かに野に放たれた。

______

ちゃむだよ? >_(:3」∠)_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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