モイラ編01-06 『宝刀村雨と犬塚信乃 』
ーーー『妾は妖刀村雨。』
ーーー『お主を斬って、忌って、鬼って、Killのじゃ。』
およそ300年前、宝刀村雨は世に出た。
製作者はおろか、それまでの出自は杳としない。
村雨は足利家にて宝刀として扱われていたが、紆余曲折を経て足利家の近習『大塚匠作』の孫にあたる『犬塚信乃戍孝』の手へと渡る。
余談ではあるが彼は「元服まで性別を入替えて育てると丈夫に育つ」という言い伝えに従い、幼少期は女性として育てられたという。
その後『信乃』は7人の仲間とともに安房里見家初代・里見義実の娘『伏姫』に仕えた。
信乃は伏姫によく仕え、お家の存亡を懸けた大戦でも村雨を用いて獅子奮迅の活躍を見せた。
百人を斬る大立ち回りが民の語り草になるほどであったという。
その結果、見事に大戦に勝利を飾り、その褒美として里見家の五女浜路姫を妻とすることを許され、東条城主に叙された。
その後は浜路姫との間に二男二女を儲け、幸せに暮らしたという。
その後、宝刀村雨は犬塚家の家宝とされていたが、ある時、これが幻妖界へと流れた。
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8年前『幻妖界』にて
「ねね、これが流れてきたお宝なんだよ。」
「すごい妖気だね、クラ。すぐにでも九十九神になるんじゃ?」
『クラ』と呼ばれた少女は『倉ぼっこ』という妖だ。
倉で生まれ、倉に住む。
それは座敷童子とよく似た性質を持つ。
クラは極度の人見知りだが、少年とは同い年という事もあって物心がつく前から仲良くしていた。
この日は彼女の『倉』に現世から九十九神候補が流れ着いた。
折よく少年が居合わせており、クラは嬉しそうに少年にその刀を披露する。
「えーと、『宝刀村雨』だって!すごいよ、名前に宝がついてるお宝だよ。」
「宝刀にしちゃ随分物騒だけど。妖気がだだもれじゃないか。」
倉ぼっこは幾つかの特技がある。
その一つが手に取った物の様々な情報がわかる、というものだった。
「ねね、抜いてみようよ。」
「え、大丈夫?」
「だって、抜かないと『刃』を見れないよ?」
「なら、危ないから僕が抜くよ。」
「伊織はクラが怪我しちゃイヤ?」
「もちろん嫌だけど、僕のほうが刀には慣れてるから。」
(《対物結界》《対魔結界》)
少年は手慣れた様子で自身と少女の体表に薄い膜のような結界を貼る。
さらに二人の周囲にも半球状の結界を貼った。
これは倉に余計な被害を出さないようにしたかったからだ。
「上手だねー。ありがとね。」
「これぐらいできないと罰がひどいんだ。
抜くよ?ちょっと離れてて。」
「私も伊織が怪我しちゃイヤだからね!」
「・・・」
少年は鍔のない簡素な直刀を拾い上げ、1cmほど柄を引く。
すると村雨の刃からどろりと妖気が溢れる。
すると、どこからともなく声が聞こえた。
「妾は・・・村雨・・・里見を・・・」
「なんか元気ないね?」
「んー、呪縛されてる。中の妖気が変質してるよ。
相当殺して、相当時間が経ってそう。」
「どうにかできそう?」
「うーん、とりあえず喰わせてみよう。」
「えー、どういうこと?」
伊織はおもむろに鞘を抜き放ち、刃を自らの掌で握りしめた。
「ひゃぁあああ!」
クラが叫ぶが伊織は全く意に介しておらず、ぽたぽたと流れ落ちる血をよそに、村雨を見つめていた。
その視線に熱はなく、とても8歳児が取る行動ではなかった。
「狂いたくないなら喰え。」
「あぁ・・・美味いのじゃ・・・。」
「僕がお前の主になってやる。」
「主・・・?
しの・・・妾の・・・妾の主は犬塚信乃じゃ!」
「へー、そこまで記憶があるんだ。大事な主だったのかな。」
「ならぬ・・・のじゃ・・・妾を・・・妾を折ってたも。」
「んー、どうしようか?」
「ねね、主じゃなくてお友達じゃ駄目なの?」
心配そうに様子を眺めていたクラが思わず問いかけた。
「主従を縛らないと命令に叛くことができるんだよ。」
「ふーん、でもクラと伊織は友達だよ。」
「そりゃクラとは産まれた時からずっと一緒だしね。」
「でも、クラも伊織も最初は知らない子だったじゃない?」
「クラは友達からはじめたらいい、って言いたいの?」
「うん、悪い子だったら『めっ』てすればいいよね?」
「クラはこう言ってるけど、村雨、君はどう思う?」
「友・・・主には・・・七人の・・・友がいた・・・
妾には・・・おらぬ・・・寂しい・・・」
「じゃー、伊織と私が友達になってあげる!」
「ああ・・・妾は妖刀・・・妖刀村雨なのじゃ・・・今後とも・・・よろしく・・・」
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side 村雨
現在、ゴブリンの集落にて。
「暇なのじゃ。」
伊織が飛んでいってもう10分も経ったのじゃ。
妾は寂しゅうなってきたのじゃ。
「『火車』も暇じゃろ?妾と遊ばぬか?」
「オレサマ ステイ トクイ
オレサマ ニンタイ タメサレル」
「むー、つまらんのじゃー。」
「オマエ トウメイ ミニ イケバ イイ」
「確かにバレなければ問題ないのじゃ。『火車』は頭がいいのじゃ。」
「オレサマ テンサイ ヨク イワレル」
「では妾も参るのじゃ。ロクには大物の首を喰わせてやるのじゃ。」
「オレサマ オミヤゲ ゴキタイ」
ふふん、ふん、ふーん。
伊織はどこかのー?
透過結界は術式対象者の意思でオンとオフを切り換えることができる。
村雨が暴れ始める寸前までは発見されないほうがいいだろうという伊織なりの配慮だった。
結果的にこの判断が作戦を瓦解させることになるのだが。
そしてレミィは村雨が予定外の行動をしていることを当然ながら把握していた。
だが村雨は隠密状態を維持しており、下手に我慢させすぎるより、多少ガス抜きをさせるほうが作戦に支障をきたさないだろうとレミィは判断した。
これもまた裏目に出るのだが。
二人の判断をミスと断ずるのは少々酷かもしれないが、少なくとも近い将来この二人は忸怩たる思いを抱える事となる。
(ところでレミィ、伊織の調子はどうじゃ?)
[マスターは一体目のゴブリンジェネラルを撃破し、次の目標へと向かっています。]
(うむ、さすがは伊織じゃな。
ときに、王はどの辺りにおるのじゃ?)
[村雨様の位置より11時の方向、距離700mの屋敷にてゴブリンクイーンと共に就寝中です。]
村雨のわざとらしい問いにもレミィはそつなく答えた。
[そうかそうか、あいわかった、礼を言うのじゃ。]
[村雨様もどうぞお気をつけて。]
村雨様もマスターのご活躍を見たいのでしょう。
レミィはそんなことを思っていた。
しばらくの間、てくてくと王に向かって歩いていた村雨はというと。
そろそろじゃと思うんじゃが。
なんじゃ、こんな夜更けに随分沢山の気配がするのじゃ。
なんか気になるし、行ってみるかの。
小鬼が何かを叩いておるな。
でっかい鬼はおらんのか。
うん?女子か?
なにをやっておるんじゃこやつらは。
なぜ女子の髪を振り回すんじゃ。
なぜ女子の乳を掴むんじゃ。
なぜ。
「あ。」
村雨の意識は暗転し、何かが浮かび上がった。
「この狼藉者どもが!その素っ首跳ねてくれるわ!そこに直れ!」
以前も同じ様な事があったような気がする。
いや、アレは夢だったか?
こうして首を跳ねる感覚も、肉を断つ感触も、確かにあった。
妾は・・・妾?
「『玉散叢雨』」
たまちりの・・・俺は今なにをやった?
妖術か?頭がおかしくなりそうだ。
目線が低い。この服は?
俺は何故、小娘の格好をしている?
若返ったか?
「ぐるぉおおおおおおお!」
「ちっ、こんな時に親玉か!ええい、面妖な!」
身の丈3mはあろうかという巨大な鬼がさらに巨大な大木を抱えて突撃してきた。
あんなもの防御したところで吹き飛ばされて仕舞いだ。
ならば!
「あぁああっ!」
「るぅうぁあああ!」
何とか回避はできたが、体が重すぎる。
まるで俺の体ではないかのようだ。
「おぉぉおおおおおっ!」
「ぐるぅぁああああああ!」
不味い、このままではいつか食らってしまう。
くそ、雑魚どもまで群がってきた。
ああ、一体何なのだこの状況は!
ちっ、雑魚どもがまた女に・・・なんだあの獣耳は!
「かあああああっ!くたばれぇえええええ!」
なんだ今の氷の槍の群れは。
俺が、妾が、やったのか?
助けて伊織、伊織とは誰だ、俺は誰だ。
「し、信乃だ!俺は犬塚信乃!『孝の珠』に選ばれし・・・村雨?
馬鹿な、刀だ。村雨は刀、がぁああああああっ!」
不味い、もろに食らってしまった・・・
誰でもいい、伊織とやらでもいい。
そこな娘達を助けてやってくれ。
「見てられんな。何があった村雨。」
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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