モイラ編03-19『物質用転移陣と生物用転移陣』
拠点にて。
地下の薄暗い倉庫付近で三つの影が蠢いていた。
拠点の主である伊織、後学のためにとの事で倉ぼっこ、そして魔方陣学に最も精通したクラの師匠こと悪魔ベリトだ。
「とりあえず物質用転移陣と生物用転移陣はこれで完成だ。」
「結局、送受信で分けなかったの?」
「ああ、どうしても結構な広さになるからな。
重複などのエラーが起きた際にも対応してあるし、運用上は問題ないはずだ。
現状だと渋滞するほどの量ではないしな。
いずれは物流拠点としてのハブをあちこちに作ればいい。」
「そんなにほいほい作れる物じゃないと思うんだよ。」
「うむ、これならばちゃんと動くじゃろう。若僧の癖にやりおるわ。」
「いや、物質用転移陣は俺ではなくレミィの仕事だ。
とはいえベリトのお墨付きは頼もしいな。」
伊織は念入りに最終確認をし、満足げに頷く。
「では、アリストロメリアダンジョン最下層の転移陣と接続する。」
アリストロメリアダンジョンの最下層であるB11Fには元々アリちゃむが妖精郷と遣り取りしていた転移陣がある。
それと接続し、双方から転移するのが今回の実験だ。
「よし、まずは接続成功。レミィ、アリちゃむに宝箱を転送するように指示してくれ。」
「イエス、マイマスター。」
程なく魔方陣の中央から魔力光が溢れ、宝箱が姿を現した。
「あら、かわいい。」
「あちらの陣は妖精用じゃろう。当然じゃな。」
宝箱は当然ながら妖精サイズに縮小してある。
「物質用転移陣の受信に成功した。こちらからひとつだけ返送する。」
「マスター、受け入れ準備完了です。」
「・・・転送完了。」
「・・・受け入れ成功です。物質用転移陣の稼働は成功です。
おめでとうございます、マイマスター。」
「ああ、半分終わりだ。次は生物用転移陣をテストする。送ってくれ。」
「・・・送信完了しました。」
魔方陣のから魔力光が溢れ、小さなスライムが姿を現した。
「念のため確認するが、お前はアリタマだな?」
アリタマは機嫌よく触手を縦に振っている。
「受信成功。再度送り返す。準備してくれ。」
「・・・受け入れ準備完了。」
「・・・送信完了。」
「・・・受信完了です。実験は全て成功しました。
おめでとうございます、マイマスター。」
「ああ、レミィもよくやってくれた。
君に褒美を与えることが出来ない事が慚愧の念に堪えん。」
「ふふ。お気持ちだけで充分です、マイマスター。」
「いずれ顔を会わせたときにまとめて払ってやる。」
「期待しておきます、マスター。」
「あとはクラ達の仕事だね。」
「ようは外部から燃料を供給すればいいのであろう。ちょちょいのぱーじゃ。」
「ああ、付随して陣の縮小までやってくれると満点だ。
特に生物用転移陣だな。」
生物用転移陣はそれだけで直径5mを越えている。
人ひとりを送るには少々大袈裟ではあった。
「うーむ、そっちは簡単にはいきそうにないのう。腰を据えてやるかの。」
「うん、頑張るよ!」
「期待している。
では、アリちゃむとアリタマもこっちに来てくれ。
宝箱を元のサイズに戻して貰わねばな。」
「宝箱と聞いて!妾、推参!」
「村雨か。どこから聞き付けて来たのやら。まあいい、好きにしていいぞ。」
「わーい。」
アリちゃむが戻ってきて10個の宝箱を開けたが、残念ながらミスリルは得られなかった。
「妙じゃな。伊織の豪運を以てしても出んものかえ?」
「運なんてあやふやなものだろう。」
「じゃがオリハルコンとやらは二つもでておるぞ?」
「アリちゃむ、これらの宝箱にもランクがあるんだったな?」
「あるんだよ。今回は全部A級宝箱なんだよ。
でも確かになんか変な感じがするんだよね。」
「専門家の違和感は無視できんな。詳しく話せるか?」
「うんと、まずオリハルコンってそうそうでないはずなんだよ。
というか、今回出たアイテム全部そうなんだけど。」
「つまり、A級宝箱の中でもレアなものばかり出たと言う事じゃな?」
「そうそう。」
「やはり伊織の運が悪さをしておるのじゃ。」
「甚だ心外ではあるが、本当にそういう事なのか?」
「マスターの運が良すぎて上振れし過ぎたという事ですか。」
「じゃあ、Bランク宝箱に変更してみる?」
「その前に確認したい。
以前、宝箱には種類があると言っていたな。
ダンジョンランクによって生成できる宝箱に制限があるのではないか?」
「そだよ。C級迷宮ならC級まで、B級以上も同じ感じなんだよ。」
「ならば変更は保留しよう。B級ダンジョンを傘下に加えればよい話だ。」
「それなら近日中に返事を貰えるよ。手応えはあったから大丈夫だと思うんだよ。」
「アリちゃむのダンジョンをS級にはできないのか?」
「え?魔力が沢山必要なんだよ。今の調子だとなんと、たったの20年ぐらいだと思うんだよ。」
「遅いな。」
「待てんのじゃ。妾は今、Sランクの宝箱を開けたいのじゃ。」
「えー。そう言われても無理なんだよ。」
「ここにマナジェネレータなる者がおるのじゃ。」
「己の主を顎で使おうとする根性はあとで叩き直すとして、その案そのものは悪くない。
要は魔力があればよいのだろう?」
「そうだけど・・・なんだか貰ってばかりで悪いんだよ。」
「この男がそのように甘い訳がなかろう。
後々、馬車馬のようにこき使うに決まっておるわ。」
村雨は順調に尻叩きカウンターを回し続けている。
「まるで輪の中を走るハムスターだな。」
「なんじゃ?」
「なんでもない。
それにアリちゃむは現地に於ける一の臣であり、今後は迷宮妖精の頂点に君臨して貰わねばならない。
箔付けは必要であろうよ。」
「そう?わかった。全部任せるんだよ。」
その後、アリちゃむに『ちちんぷいぷい』して貰って『ダンジョンコア』のある部屋へと案内された。
クラとベリトは魔方陣を研究する為にその場に残り、何故か村雨はそのままついてきてしまった。
「わはは。ちんまくなって楽しいのじゃ。」
「物には触れるなよ?」
「にゃはは。それは振りか?」
「いや、ひとつでも何かに触れたら即座に尻叩きを清算する。」
「?」
「ちなみに今は137回だ。尻がもげなければいいがな。」
「この外道め!いやじゃ、いやじゃ!許してたも。」
「ここを出るまでに大人しくしていれば20発は免除してやろう。」
「わかったのじゃ。」
村雨は神妙に頷いた。
「これが『ダンジョンコア』なんだよ。
これに魔力を注いだらダンジョンが色んな事をできるようになるんだよ。」
伊織の目の前には台座の上に水晶玉のようなものが宙に浮いている。
「俺が注いでも問題ないか?上書きしなければいいんだが。」
「普通はそんな事は有り得ないんだけど、でも主様だしなあ。
・・・嫌な予感しかしないんだよ。」
「やはり念のため、アリちゃむが注ぐべきだな。」
「わかったんだよ。どうすればいいの?」
「簡単なことだ。俺と手を繋げばいい。俺がアリちゃむに魔力を送るから、それを横流しするだけだ。」
「えへへ、手を繋ぐなんて初めてなんだよ。ちょっぴり恥ずかしいんだよ。」
「では妾も繋いでやるのじゃ。」
「それだとコアに触れないのではないか?」
「む、そうじゃな。じゃが、妾だけ仲間はずれは嫌なのじゃ。」
「ほれ、俺の手を握ればよかろう。」
「仕方ない、伊織の手で我慢するのじゃ。」
カウンターが一つ回る。
それぞれがしっかりと手を繋ぎ、伊織がゆっくりと魔力を解放する。
「うわー、とんでもない魔力量なんだよ。」
「ところでどれぐらい時間が掛かりそうだ?」
「うーん、3日ぐらい?」
「待ってられんな。どんどん出力を上げるぞ。」
「えっ?」
伊織は宣言通り魔力を解放し続ける。
そして三人の周囲で火力が逆巻き、そこかしこでパンパンとラップ音が鳴り始める。
「うるさいのじゃ。伊織はもう少し放出する魔力に頓着すべきではないのかえ?」
「む、最近では全く意識しなかったな。」
「魔力量が無制限になった弊害じゃの。」
「いい機会だ。コントロールを学ぼう。」
伊織は放出する魔力の指向性に意識を集中した。
「はうう、こそばゆいのです。」
全身の魔力を一定方向に流しつつ、アリちゃむと繋いだ左手の蛇口をほんの少し広げる。
「うひい、あははは、うひひひひっ。」
同時に『ろくろ』手を添えるように想像して丁寧に魔力の渦を整える。
「あうっ、しょれ、らめっ、しょれは、らめぇなのぉ。」
「まだいけるな。」
完全に集中しきっている伊織は無意識に五感をシャットアウトしていた。
魔力の渦へ体の奥にある魔力をさらに注ぎ込み、速度と精度を上げ続ける。
「あうあうあう、おかひく、なっひゃう、なっ、あうっ。」
びくんびくんと痙攣するアリちゃむを見てさすがに不憫に思った村雨は空いた手で伊織の脳天にチョップした。
「阿呆、やりすぎじゃ。アリちゃむが酔っぱらいみたいになっておるのじゃ。」
「む?おっと、すまん。完全にトランスしていた。」
「はう、はう、はう。」
アリちゃむは息も絶え絶えで腰を抜かしていた。
「しばし休憩しよう。悪かった。反省する。」
「全くじゃ。妾の尻叩きをもっと減らすべきじゃ。」
「それは別問題だな。」
「ぐぬぬ。」
「大丈夫なんだよ。最後は何だかとっても気持ちよかったんだよ。
アリちゃむは新しい世界の扉が開いた気がするんだよ。」
「そうか?なら続けてもいいが。」
「いや引き返せなくなる予感がするのじゃ。止めておくがよかろ。」
「村雨がそう言うならしばし休憩するとしよう。」
ともあれ、なんだかんだで数時間後にはアリちゃむの迷宮は無事にアリストロメリア『S級』ダンジョンへと進化を果たした。
「はー、さいっこーに気持ちよかったんだよー。ありちゃむはまたやって欲しいなあ。」
「ああ、また一人犠牲になってしもうたのじゃ。」
「痛いよりよほどマシだろう。そんなことよりお前は自分の心配をしたらどうだ?」
「いやじゃ、いやじゃ、妾は痛いのは嫌なのじゃ!」
「いい子にすればいいだけ話だ。」
「それができれば苦労はせんのじゃ。」
「やれやれ。」
「わーい、S級魔物召喚とS級宝箱の生成ができるようなったんだよ!」
「うむ、詳しく聞かせてくれるか?」
「もちろんなんだよ。
オーク系は・・・残念だけどS級魔物はいないんだよ。
でも消費魔力が減ったんだよ。
スライムは・・・アポカリプスライム?」
「アポカリプスとは、黙示録か?」
「ヤバイ匂いがプンプンするのじゃ。」
「えっと、小型のスライムなんだけど、自爆したら部屋毎吹き飛ぶんだって。アリちゃむのおうち、壊れない?」
「それをS級にやられたら大惨事になりそうだが。レミィ、情報はあるか?」
「ございません。どうやら新種のようですね。」
「俺がいるときに実験しておくべきだろうな。」
「でももう魔力がすっからかんなんだよ。これは補充が必要なんだよ。」
アリちゃむは嬉しそうに伊織に手を差し伸べる。
「よかろう。それぐらいはサービスしよう。
悪魔系はどうなんだ?」
「えっとS級悪魔の悪魔将軍なんだよ。」
「ではB10Fの適当な部屋に全種一匹づつを並べ、しかる後にアポカリプスライムを自爆させるか。」
「お主、さらっと酷い事を。」
「無論その自覚はしている。だが立場がそれを強いるのだ。」
「ふん、わかっておるわ。」
「じゃ、手を繋ぐんだよ。」
伊織は二人と手を繋ぎ、魔力を注ぎ込む。
「はうー、あぁ~、気持ちいいんだよー。」
「うーむ、妾にはよくわからんのじゃ。」
「村雨側には魔力を流していないのだから当たり前だろう。」
「ぐぬぬ、ちょっとだけアリちゃむが羨ましいのじゃ。」
「すぐに終わる。」
S級2体分の魔力ともなると膨大な量の魔力ではあるのだが、先程扱った魔力量と比較すると些細なものに感じてしまう。
「じゃ、試してみるね。」
「レミィ、観測は問題ないか?」
「イエス、マイマスター。滞りなく。」
「よし、アリちゃむ。アポカリプスライムを起動してくれ。」
「アポちゃん、自爆してー。」
瞬間、爆音が響き、部屋が縦に揺れた。
「おい、階層が別のフロアは次元が断裂しているはずだよな?」
「あ、B11Fだけは同じ次元なんだよ。B10.5Fみたいな感じ。」
「という事は物理的距離そのままという事か。
凄まじい威力だったろうな。」
「イエス、マイマスター。観測が終わりました。」
「聞こう。」
「生存は悪魔君主とオークエンペラーのみです。
状態を鑑みるに、先日赤の首が放った『天雷』を一段階落とした程度の威力と推察されます。
属性は爆発属性です。」
「高位悪魔ですらも即死したのか。アポカリプスライムはどうだ?」
「消失しました。」
「確かダンジョンマスターはダンジョン内では好き放題に転移させられるんだったな?」
「魔力が大赤字になるから普段はやらないけど、魔力次第ではできるんだよ。」
「どこにいてもピンポイントで爆撃可能か。強すぎるな。」
「転移即自爆とかされたら悪夢なのじゃ。」
「なりふり構わないダンジョンマスターとダンジョン内で遣り合うのは自殺行為だな。
アポカリプスライムを連続でぶつけられたら俺でも耐えれるかどうか自信ないぞ。」
「でも、そんなに魔力が潤沢な迷宮があるとは思えないんだよ。
余った魔力は妖精郷に送らないとばれちゃうからね。」
「そうか、それを聞いて少しは安心・・・
いや待て、妖精郷はダンジョンが保有する魔力を認識しているのか?」
「うん。あれ?言って無かったかな?」
「いや、問題があるか考えてみたが、やはり大丈夫だろう。
こちらの保有する魔力を遠隔操作されることはないよな?」
「うん、それは無理なんだよ。それはダンジョンマスターだけの権限なんだよ。」
「ならば安心だ。
魔力は残しておいたから、念のためS級を召喚しておけ。
それから、アポカリプスライムを転移で発動する魔力は常に残しておけ。
不穏を感じたら躊躇なく使っていい。」
「最強のおうちになってしまった気がするんだよ。」
「ダンジョンはS級が最高なのか?」
「SSまでは確認されてるんだよ。現存はしないみたいだけど。」
「ほう。」
伊織の広角が僅かに上がり、アリちゃむはドキドキした。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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