モイラ編03-18『スライムの生態』
拠点にて。
レミィに言われるまま天狐を呼んだ。
その頭の上には当然のようにエーテルスライムのニジタマが鎮座している。
「それで、どうやって増やすんだ?」
「一般的なスライムですと魔力を接種することで分裂します。」
「ほう。面白い生態だな。タマ、試してくれ。」
「ん。」
だが、タマがニジタマに指を近づけるとニジタマはイヤイヤとするように緩やかに震える。
「いやなの?」
「ふむ。何か理由があるのか?」
「スライム側にデメリットはないはずですが。」
「一般的なスライムとニジタマの違いは何だ?」
「んー、高ランク?」
「レミィ、ランクが上がるほど分裂しにくくなるのではないか?」
「イエス、マイマスター。ですが嫌がる理由かと言われると疑問が残ります。」
「確かにそうだな。では、他の違いは?」
「んー、かわいい。」
ニジタマは喜んでいる。
「まあ、普通のスライムと違い、確かに艶やかでプリプリしたボディラインは可愛らしいが。」
「これも嫌がる理由とは考えにくいですね。」
「はっ、分裂したら体型がくずれちゃう?」
ニジタマは触手を出して横に振っている。
どうやらそれも違うようだ。
「やはり賢いな。・・・賢いのが原因か?」
「どゆこと?」
「レミィ、他のスライムに知性はあるのか?」
「スライムには多くの種類があるので絶対とは言えませんが、少なくとも知性が確認されているものはありません。」
「なるほど。ではスライムだからではなくニジタマだから嫌がっているのではないか?」
ニジタマの触手は縦に振れている。
どうやら正解のようだ。
「ニジタマ、お前、もしかして文字を認識できるのではないか?」
ニジタマ再度触手を縦に振った。
「素晴らしいな。是非ともニジタマの生態を解明したいものだが。」
ニジタマは天狐の狐耳の裏に隠れてしまった。
「主様、コックリさんしよう。」
「そうだな。それが早い。」
折角なので今後も使えるようにと綺麗な羊皮紙でシートを作成することにした。
「やはり雪女の字は美しいな。」
「すごい、お手本みたい。」
「恐縮です。坊っちゃまも書き取りの練習をしましょうね。」
「善処する。」
「まあ。」
ユキはコロコロと笑っている。
綺麗に仕上がったシートの上にニジタマを乗せる。
「では改めて質問だ。分裂を嫌がる理由を教えてくれないか?」
ニジタマはいそいそと移動を始めた。
「た、ま、と、い、つ、し、よ、じ、か、ん、へ、る」
「タマと一緒時間減る、タマと一緒の時間が減る?どういう事だ?」
「ああ、そういう事でございますか。」
「雪女にはわかったのか?」
「坊っちゃまの母ならば当然でございますわ。」
「どういう事だ?さっぱりわからん。」
「タマもわからない。」
「まあまあ。タマには妹ができたら母を取られそうに感じる姉の心境が理解できませんか?」
「あ。わかる、かも。」
「つまり、天狐の奪い合いを危惧したのか。」
触手は縦に揺れている。
「可愛らしいものだ。ニジタマ、その心配は無用だ。
分裂体はこのアリちゃむの護衛にする予定だからな。」
「アリちゃむだよ?」
ニジタマは納得したのか、再度触手を縦に振った。
「理解を得られた様で何よりだ。タマ、始めてくれ。」
「わかった。」
タマはニジタマの体をつつき、魔力を送り出す。
「妙だな。まだ嫌がっているのではないか?」
ニジタマは再度触手でコックリさんのシートに意思表示をする。
「ほう。ご自慢のつやつやボディをつつかかれるのが我慢ならんらしいぞ。」
「ばかな。」
タマはショックを受けている。
タマはしぶしぶ少し指を離し、魔力を送る。
ニジタマは魔力をぐんぐん吸い取るが、その様子に変化はない。
「特に大きくなったりという事はないのだな。」
「イエス、マイマスター。」
さらに与え続けるとニジタマがぶるりと震えた。
「タマ、ストップだ。少し様子を見よう。」
タマが指を離すとニジタマは徐々に大きく波打つように蠢き、やがて内部のコアが二つに別れる。
さらに時間が経過すると本体までも完全に二つに分かれた。
「さっきああ言ったものの、どっちがニジタマなんだ?」
「こっち。」
タマが指差した方のエーテルスライムがその指に触手を絡める。
「ほう。何故わかった?」
「え?色も形も違う。」
伊織は真剣に二匹を観察するがどう見ても同じにしか見えない。
「駄目だな。俺にはわからん。」
「イエス、マイマスター。私にもわかりません。」
「アリちゃむも無理なんだよ。」
「親にしかわからないのでしょうか。」
「ところでニジタマ、再分裂はすぐにいけるのか?」
「む、り。し、ば、ら、く、や、す、み、い、る。
無理、しばらく休み要る。かな。」
「そうか。新しいほうはどうだ?」
新しく生まれたエーテルスライムもまたしばらくは無理のようだ。
「とはいえ魔力は無尽蔵だからな。倍々に増やせると考えればこれは破格ではないか?
むしろ増やしすぎて『栗まんじゅう問題』のようにならないよう気を付けなければな。」
「イエス、マイマスター。」
「では、新しいエーテルスライムはアリちゃむの与力とする。直属の部下として可愛がってくれ。」
「うん、かわいいんだよ。よろしくなんだよ。」
元々が手のひらサイズのニジタマと妖精とのサイズ差は無いに等しい。
「我々の知る最小の魔物ではあるが、このサイズの魔物は稀少なのか?」
「いえ、虫系の魔物でしたら結構いますね。あとは魚系にも多いです。
他はたまにいる程度でしょうか。」
「そうか。ああ、そうだ。二匹いると紛らわしいからな。
あとでいいからアリちゃむも名前をつけてあげてくれ。」
「今つけるよ。ニジタマは虹色のタマだったよね。
ニジアリだとなんか語呂が悪いなー。
アリタマにしよう。ね、君の名前はアリタマなんだよ。」
アリタマと名付けられたエーテルスライムは機嫌良さそうにゆらゆらと揺れている。
「折角文字による会話ができることがわかったのだ。
性質や性能を把握しておこう。
雪女はコックリさんシートをもう一枚作ってくれ。」
「承りましたわ。」
それからステータスを表示させ、時間をかけてなんとか聞き出した。
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種族:エーテルスライム・スライム族
名前:ニジタマ 0歳
レベル:1 EXP:(0/5)
異能:『全属性適正』『物理半減』『全属性耐性』『全状態異常耐性』
『脱兎』『隠蔽(全)』
『エーテル体』『知性体』『大食い』『分裂』『保管』
祝福:なし
称号:なし
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『脱兎』敏捷補正50%
『隠蔽(全)』匂い、魔力反応、気配などを隠す
『大食い』燃費小-
『体内保管』対象を体内に格納する
『エーテル体』
『知性体』本来知性がない種族に知性が宿る
「異能が多いな。さすがはS級魔物だ。」
「二匹に差はないね。」
「レミィ、解説を頼む。」
「イエス、マイマスター。
特殊スキルはありません。
『全属性適正』はあらゆる魔法に適正を持ちます。
『物理半減』は物理攻撃を受けた際の損害を50%軽減します。
『全属性耐性』は物理以外の攻撃を受けた際の損害を25%軽減します。
『全状態異常耐性』は全ての状態異常に掛かりにくくなります。
『脱兎』は基礎値の敏捷に50%補正を得ます。
『隠蔽(全)』匂い、魔力反応、気配などを隠します。
『エーテル体』により体がエーテル体で構成されます。
『知性体』により本来知性がない種族に知性が宿ります。
『大食い』は燃費が少し悪くなります。
『分裂』は二体に分裂できます。再分裂には時間と魔力が必要になります。
『体内保管』は対象を体内に格納する事ができます。
以上です。」
「アリタマ、『体内保管』を試してくれ。」
アリタマはアリちゃむに飛び付いて食べてしまった。
「なるほど、保管か。」
ありちゃむは目をパチクリさせながらも不思議そうに周囲のジェルをつついている。
どうやら呼吸までできるようだが、さすがに声は出ないらしい。
「アリタマ、アリちゃむの声を出せるようにできるか?
口元のジェルを移動させてくれればいいんだが。」
アリタマはもぞもぞと波打つ。
「声が出るんだよ!」
「おお、すごいな。アリタマ、無理はしていないか?」
アリタマは機嫌よく触手を縦に振る。
「うーむ、エーテルスライムは妖精との相性が抜群ではないか?」
「アリタマとアリちゃむはズッ友なんだよ!」
伊織はアリタマに触れ、ふと閃く。
「保管できるなら、騎乗もできるんじゃないか?」
早速試してみると、やはり普通に乗れた。
どころか体に綺麗にフィットして、その乗り心地は抜群のようだ。
「あはは!早い早い!」
アリタマはアリちゃむ乗せてかなりの速度で駆け回っている。
「俺の結界には一段劣るものの、常時隠密行動できるのは大きいな。
あの百々目鬼がニジタマの捕獲に苦労した訳だ。」
「イエス、マイマスター。
防御性能も申し分ありませんし、マスターが仰るように妖精の護衛には最適です。
あとはレベルさえ上げれば磐石と言えるでしょう。」
「レベルか。やはりダンジョンで魔物をまとめて焼き払うのが高効率ではあるだろうが。
いや、アリちゃむの様子を見るにダンジョンフェアリー達自身のレベルも上げるべきだな。
それだけで生存率が上がるだろう。
という訳で、鈴鹿御前に丸投げだ。伝えておいてくれ。」
「イエス、マイマスター。」
「それより、勧誘のネタがひとつ増えたな。エーテルスライムは様子を見つつ増産しよう。
だが、念のためアリタマを含めた分体は今後も『妖牧場』に登録しておくぞ。
何かあったときや魔力が枯渇しそうになったときにも喚べるしな。」
念のためにアリタマにもう一度アリちゃむを保管させ、その状態で招聘したところアリちゃむまで含めて召喚、及び送還することができた。
これはエーテルスライムさえ『妖牧場』に登録していれば擬似的にあらゆる物を転移可能になったという事だ。
サイズに制限があるとはいえ、応用が利きそうな事実に伊織は満足した。
とはいえ伊織にしか扱えない上に一回当たりに数分を費やすので万能とはいかないが。
「主様、普段はタマが魔力あげてる。」
「うむ、普段はそれで構わない。あくまでも緊急用だ。
それから、しばらくはどんどん増やして各ダンジョンマスターに配布する。
次の分体はブラちゃむとクリちゃむ用だな。」
「勧誘が捗るんだよ。」
「うむ、強力な手札に成り得るだろう。是非とも活用してくれ。
ところで、さっきからひとり静かだが。」
獏は静かに舟を漕いでいる。
「スヤは俺が部屋まで運ぼう。解散してくれ。」
伊織はスヤを部屋に運び、地下にいる一本だたらに会いに行った。
「タラ、居るか?」
「よう、主様。珍しいじゃん。どうした?」
タラの頬は煤で汚れている。
「精が出るな。どれ、顔の煤を拭いてやろう。」
「え、いや、待って。今ちょっと、ほら、汗かいてっから。」
「汗は自分で拭け。」
「いやそうじゃねえって!あわわ。」
伊織はタラの言葉を気に留めず、煤を取った。
「あー、もう。・・・汗臭いだろう?」
「なんだそんな事か。全く匂わんぞ。
それにスズにしごかれればそんなことは気にならんようになる。」
「さすがにそこまで女を捨てたくねーな。てか、何か用があるんじゃ?」
「ああ、最近は人が増えただろう?」
「ああ、狸まで含めると100人を越えるのも時間の問題だろうね。」
「そこで馬車を作って欲しい。」
「わざわざ俺に言うって事はそういう事だよな?」
「無論、現代技術を可能な限り再現して欲しい。」
「無茶言ってくれるぜ。ようやく旋盤、スライス盤の目処が立ったってのによ。
まあいい。サスからリムからアブソーバーまで完っ璧に仕上げてやんよ。
でも時間かかるぜ?」
「ああ、無理を言っているのは理解している。
それからもうひとつ無理を言うと、サトが隣の土地を購入予定だ。」
「くっそ忙しくなるじゃねーか。へへ、漲ってきたぜ。」
「豆狸達を上手く使って手抜けるところは手抜いてくれよ?」
「あいつらも使えるようになってきたからな。頼りにしてんよ。
スズによる訓練の成果には戦慄するぜ。」
「現地人の雇用は必要か?」
「ドワーフの鍛治師を含めて各職のエキスパートをサトに要望してるが芳しくねーな。
まあ、そんなに急がなくてもいいわ。」
「そうか、俺も方でも機会があれば積極的に勧誘するとしよう。」
「助かる。用件はそんなもんか?」
「そうだな。邪魔をした。」
「ふん、もっと顔を出してくれてもいいんだぜ?」
「そうなのか?邪魔をするのも気が引けてな。」
「たりめーだ。現場としては上役には状況を把握して欲しいからな。」
「伊織に会いたいだけじゃろうに。何を取り繕うて」
「悪いな、主様。ちょっと村雨とお話ししてくるわ。またな。」
しばらくすると村雨の悲鳴が物悲しく響き渡った。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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