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モイラ編03-15『大陸西海岸』

大陸西海岸にて。


「百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。」


伊織は視界一杯に広がる青一色に感嘆した。


「ありちゃむも直に見るのは初めてなんだよ。でっかいなあ。」

「クラも。でっかいねえ。」






それからしばらく、三人は無言で海を見詰めていた。






「あ、クラゲだ。スライムみたい。」


タマは打ち上げられたクラゲを棒切れでつついている。

エーテルスライムのニジタマはクラゲ如きと一緒にされた事にご立腹だ。


「さて、脱け殻を見つけると言っても何処を探したものかな。」

「蟹なら岩場かな?」

「ふむ、視界内に岩場は見当たらんな。いや、北の方にうっすらと黒く見えるあれが岩場か?」


このあたりは細かい砂地の海岸だった。


「岩場があるかどうかはアリちゃむにもわからないんだよ。」

「しばらくロクを走らせてみるか。」


一行は再びロクに乗り込み、海辺の景色を楽しんだ。


「外の世界は刺激が一杯だなあ。」

「妖精郷にエーテルを仕送りしているという事は、エーテルが不足しているのか?」

「うん。妖精はエーテルがないと生きていけないんだよ。」


「なるほど。ダンジョンは自然に存在するには不自然な構造物だしな。謎が解けたよ。」

「宝箱が自然に生成されるってよく考えたら変だよね。」

「うむ。だがそれを言ってしまえば宝箱の中身が生成されること自体が変ではないか?」

「あれ?確かにそうだね。」

「ありちゃむには当たり前だからよくわからないんだよ。」


「ともあれ、せっかくの機会だ。外の世界を満喫するといい。」

「うん、そうだね・・・」

「どうした。不安か?」


「うーん、うまく言えないんだけど、ああ、私は不満なんだ。

狭い世界で生きることを強いられるのが。」

「なるほど、理解できるな。

俺は8年間、病気で外に出られない生活を強いられた事がある。

その時は思ったものだ。何故俺だけがこのような目に遭うのかと。

俺は教育(・・)のおかげで理不尽に対する耐性があると思っていたんだがな。

それでも世の理不尽を憎悪した。そして俺は理不尽に抗い続ける事を選んだよ。」


「今は元気になったの?」

「うむ、色々な人に世話になってな。

俺と共に来い、アリちゃむ。

お前の羽はどこまでも飛べるのではないか?」


「羽なんて足の代わりにしか使ってなかったんだよ。

そうか、私は自分の意思でどこにでも行けるんだよね。

そんな当たり前の事にどうして気づかなかったんだろう。」


「そうだ。己の人生を他者に委ねるのは悲しい人生だ。

失敗も後悔も自身の選択の結果でありたいと俺は思う。

俺のようになれとは言わんが、お前は俺の配下になったんだ。

配下には人生を謳歌して欲しいと願っている。」


「でもダンジョンが無くなるのは勿体ないね。」

「わざわざ捨ててしまう必要もないのではないか?

内外から転移できるようになれば拘束される時間も劇的に減るだろうしな。」


「うん、特殊(Ex)スキルも無駄になっちゃうしね。

あ、そっか。人生じゃなくて仕事と思えばいいんだ。

簡単なことだったんだよ。」

「うむ。拘束され続ける人生など碌なものではないからな。」


「うまく折り合いをつけてお外を楽しめるといいな。」

「そこは全力で支援しよう。他人事とは思えんしな。」

「ありがと。主様と出会えてよかったんだよ。」

「うむ。妖精郷との関係を早く落ち着けねばなるまいな。」

「ほんとだよ。」


「マスター、岩場らしきものと魔物の群れを発見しました。」

「ようやくか。魔物の様子は?」

「是非とも直接ご確認を。」

「ほう、それは楽しみだな。」


レミィの演出には伊織はこれまで何度も楽しませてもらっている。

逸る気持ちを押さえ、停止したロクから飛び下りた。


「おお、壮観だな。」

「すごーい!」

「でっかい蟹だよ!一生分の蟹だよ!」


クラの意識は食に傾いているがそれも仕方の無い事かもしれない。

眼前には大量の巨大な蟹の群れが広がっていた。


「あんまり動かないね。」

「はい、クラ様。

受動系(パッシブ)の魔物ですのでこちらから攻撃しない限りは基本的には無害です。」


「とはいえこれだけ大きいとちょっと動いただけで潰されてしまいかねんな。」

「てことは皆殺しにしないんだね。」

「お前が俺をどう思っているのかがよくわかった。

必要がなければ俺だって誰彼構わず襲いかかる訳ではないぞ?」

「やっぱり必要があれば襲うんじゃない。」


「積極的自衛行動というやつだ。だが一匹ぐらい持って帰ろう。」

「それ絶対『夜行語』だよね。でも持って帰るのは賛成。食べてみたいよね。」

「うむ、実に期待できそうだ。」


蟹は美味い。魔物は美味い。

蟹の魔物はとても美味いに違いない。

極めてシンプルな論法だった。


「ねえ、あのでっかいの。」


大人しく見守っていたタマが指差した先には白い塊が鎮座していた。


「全く動いていないが、あれは蟹の脱け殻ではないか?」

「でっかい!見に行こうよ!」


脱け殻コレクターのセンサーがビンビンに反応していた。


「うむ、轢かれないように気を付けろよ?」


伊織とメメ、そしてタマの頭の上に乗ったニジタマはしっかりと周囲の安全を確認していた。

恐らく蟹の幼生の脱け殻であろうそれは体高1mを越える大物だった。

真っ白ながら凄まじい存在感を放っており、まるで生きているように見受けられる。


「凄い!凄い!凄いよ!」


クラは興奮のあまり語彙力(ごいりょく)を喪失してしまったが、これには伊織にも頷けるものだった。


「よくこんなに綺麗な状態で残っていたな。

レミィ、蟹の特徴はわかるか?」

「イエス、マイマスター。

C+級魔物ジャイアントクラブは群れを為すものの受動系(パッシブ)の魔物です。

仮に攻撃したとしても反撃の恐れはほぼなく、群れは散り散りに離散するでしょう。」


「草食動物に近しいイメージだな。メメ、瞳術で一体だけ『停止』させてくれるか?」

「いい、よ?」


ぺたぺたと脱け殻に触れていたメメは最も大きいジャイアントクラブに瞳術を発動する。


「レミィ、体の特徴は一般的な蟹と同じか?」

「概ね一致します。」

「そうか、確か脇の辺りをアイスピックで突くとよいと記憶していたが、試してみるか。」


伊織は棒を抜き、普段の薙刀ではなく槍状の刃を生成した。

それを蟹の脇に突き入れる。

伊織は確かな手応えを感じた。


「ジャイアントクラブの死亡を確認しました。」

「周囲の蟹も気づいていないようだな。」

「主様は情けをかける基準がわからないよ。」

「俺は人族、妖、魔物、動物の定義がひどくあやふやなんだ。

だからジャイアントクラブは一般的には魔物なのかもしれんが、俺の感覚では動物に近いな。

クラはどうだ?」


「あ、クラにその感覚はわかるよ。幼馴染みだしね。」

「メメも。おいしい、ね?」

「ふふ。そうだな。持ち帰って皆で食べよう。さぞ驚いてくれるだろう。」

「うふふ。村雨、かな?」


メメの中で誰が一番驚くかの予想が格付されているのだろう。

伊織はそんなメメの様子に気付かない振りをした。


「では、日が傾くまでは海岸沿いをのんびりと帰るか。」

「うん、ちょっと脱け殻を詳しく調べたいね。」

「のんびり、しよ?」

「海に魔法を(ほう)る。」


タマは御者台で魔法の練習をするようだ。

村雨化を回避したいという思いが伝わってくる。

果たしてそれがいつまで続くものか。

長く続けばいいと伊織は願った。


「ちちんぷいぷいー。ほいっ。」


何やら可愛らしい掛け声に振り返ると、ジャイアントクラブが毛ガニサイズに縮小されていた。


「アリちゃむの妖精魔法か。便利なものだな。」

「妖精にとってサイズ差は死活問題なんだよ。」

「確かに。妖精目線では世界はより大きそうではある。」

「じゃ、蟹はクラが持っていくね。」

「蟹、戻すの、村雨の、前で、ね?」


またしてもメメが何か企んでいるようだが、伊織はこれも当然聞かなかった事にして脱け殻を担ぎ上げた。

ロクを走らせるとすぐに日が傾く。

水平線に落ちていく紅い夕陽は幻想的だった。


「では、ダンジョンで地図を回収して帰宅するぞ。

ロク、全速で飛んでいいぞ。」

「トベナイ カシャハ タダノ カシャダ」


ロクはよくわからない事を言って飛び立った。

きっと座敷童子の影響だろう。

グリフォンの全速を越えるロクの速度ならば到着も一瞬だ。

音速こそ越えていないものの、本気を出せば亜音速に届き得るかもしれないというのが伊織の評価だ。

ロクの謎生態ぶりに拍車が掛かる。


「ほら、これが大陸の地図だよ。ちちんぷいぷい~、ほいっ。」


豆粒サイズの地図が立派な羊皮紙の地図に変貌した。


「これは随分と細かいな。全てのダンジョンが記載されているのか?」

「うん、あとは関連する人族の街だよ。」

「なるほど、アリストロメリアもあるな。ダンジョンと密接に関わる街ということか。」

「そうそう。」


「これは非常に有意義な情報だ。相応の魔力を渡そう。」

「わーい。ボーナスなんだよ!」

「それとは別に防衛に必要な分も渡すから役立ててくれ。」

「太っ腹!あ、そうだ。新種族を追加できるようになったんだよ。

選べるけど、何か好みはある?」


「防衛向きのものがいいのではないか?

万一の際にはとにかく時間を稼いでくれればいい。

あとはロクで飛び込んで俺達で殲滅する。」

「頼もしすぎて震えるんだよ。でも不死系は怖いから嫌だしなー。」


ふと伊織が閃く。


「悪魔系はどうだ?こっそりと俺の配下を配置できるが。

あいつらなら死んでも死なんから使い勝手がいいと思うが。」

「死んでも死なんって、なんだかすごいパワーを感じる言葉なんだよ。」


伊織は『妖牧場』について説明した。


「それは凄いよ!かなりお高いけど悪魔系にするんだよ!

きっと元が取れると思うんだよ。」

「死体が消えるのは誤魔化せるか?」

「こっちの悪魔も消えるように設定できるから大丈夫なんだよ。」


「そうか、問題なさそうだな。

うちの悪魔は『百鬼夜行』の影響で死亡しても『一回休み』扱いになるとはいえ、その復帰速度はまだわかっていない。

その辺りを確認して運用してくれ。」


「わかったんだよ。こっちはA級悪魔の高位悪魔(グレーターデーモン)を召喚できるようになったんだよ。」

「それは重畳。

とりあえず中級悪魔(デーモン)100体 下級悪魔(レッサーデーモン)200体をアリちゃむの指揮下に置くとしてだ。

指揮官として高位悪魔(グレーターデーモン)10体分の魔力をおまけしてやろう。

あとで召喚しておけ。」

「そんなに!?」


「言い忘れていたがアリちゃむも百鬼夜行の影響下にあるからな。

たとえ死んでも『一回休み』だ。

おめでとう。いつの間にか死の恐怖から卒業できたな。」

「・・・」


ありちゃむは思考が追い付かずフリーズしている。


「悪い事は何一つ無いから安心していい。俺が死んだら百鬼夜行の守護は無くなるがな。」

「わかったんだよ。」


つまり伊織だけは死なせてはならない、己の心の平穏の為にも。

アリちゃむはそう解釈した。


「百鬼夜行の能力は秘密なの?」

「そうだな、だが、そろそろいいか?もう最低限の基盤も整ったしな。

なにか利用できそうなのか?」

「他のダンジョンを引き込む手札になると思うんだよ。」

「ほう。よかろう、好きにして構わない。」


迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)は迷宮内では破格の能力を持つとはいえ、それでも戦闘能力は並みでしかない。

見つかってしまって酷い目に遭わされるのではないか。

その恐怖は迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)である限りは決して逃れられない。


その運命から逃れられるという一筋の蜘蛛の糸。

縋らずにいられるだろうか?

アリちゃむは懐柔策の成功を確信した。

すぐに隣のクリちゃむに接触しよう。






そしてごく近い将来、迷宮業界においてアリちゃむを頂点とする一大勢力が誕生する事となる。

______

ちゃむだよ? >_(:3」∠)_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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