モイラ編03-14『グリフォン放牧』
アリちゃむに案内されたのは10F最奥の隠し階段を降りた先、本来存在しないはずのB11Fだった。
伊織は数百年間秘匿されていた真実と向き合うことに軽い高揚を覚えていた。
妖精サイズの小さな通路を抜けると一面の緑と色とりどりの花々が一行を歓迎した。
「境界の長いトンネルを抜けると花園であった、といった所か。美しいな。」
「すごーい。ここがダンジョンの中だなんて信じられないよ。」
「きれい、ね?」
三者三様に驚く様にアリちゃむは嬉しくなった。
「うふふ。気に入ってくれたら嬉しいんだよ。
私達妖精が育てる花々だからね。みんなにはちっちゃいだろうけどね。」
「うむ、この濃緑色の苔は実に見事だ。巌に宿る幾千年に渡る息吹を感じるだろう?」
「主様、じじむさい。」
「じじ。」
「おい、マイマイは何処だ。黄の首を呼べ。」
「はいはい、伊織おじいちゃん、先に進みましょうね。」
アリちゃむはいつか伊織と苔談義をしようと決意した。
「アリちゃむのおうちは女の子してて可愛いなー。
クラは憧れちゃうよ。」
「しばらくは共に行動することだし、色々と教わってはどうだ?」
「ねね、アリちゃむ。クラのお部屋を可愛くするの手伝ってくれる?」
「もちろんなんだよ。アリちゃむが可愛くしてあげるんだよ。」
「うむ。これを見て見ろ。幻想的でありながらも自然と現実の調和が」
「それはもういいんだよ、主様。ほらほら、歩いて歩いて。」
クラはすぐに足を止めようとする伊織の背中をぐいぐいと押す。
幼馴染みで気安いクラだからよかったが、これが伊織至上主義者あたりなら夜になっていたかもしれない。
「着いたんだよ。左の魔方陣から『エーテル用』『無生物用』『生物用』なんだよ。」
「記憶した。」
「はやっ!」
「だが分析には時間が掛かるな。レミィはどうだ?」
「少々お待ちを・・・無生物の転移装置でしたらすぐにでも擬似的に再現可能です。」
「条件は?」
「距離は無制限ですが、次元跳躍をするとなるとさらに解析が必要です。」
「幻妖界には届かないか。」
「研究をさらに進めるまでは別途で外部動力が必要ですが、幸いB級魔石で事足ります。
最終目標は周囲の魔力を取り込む事で動作可能にするといった所でしょうか。」
「重量や体積はどうだ?」
「魔方陣上に完全に乗りさえすれば関係ありませんね。
転移というより空間の入れ換えと考えれば宜しいかと。」
「それだ!閃いたぞ。俺の方はもう少し時間を掛ければ生命体の転送を可能にできると思う。
ただ、魔方陣そのものは大規模になるな。縮小の目処は立たん。」
「それは朗報ですね。あとは次元跳躍ですが。」
「そっちは難題だな。サンプルが欲しいが、期待できまい。」
「悪魔召喚・・・バティム達を魔界から召喚する『グリモワール』は解析できませんか?」
「あれは完全にブラックボックスだな。だがグリモワールを作った者なら?」
「一度バティムらに確認してみる事を提案します。」
「そうしよう。」
「クラ、早速と言いたい所だが、休み明けに物質用転移陣を試作するから手を貸してくれ。」
「うわーん。生殺しだよー。」
「そう言うな。俺もすぐにでもやりたいんだ。」
「むー。」
「アリちゃむ、お陰で色々と解決できそうだ。礼を言う。
本来は宝箱を生成して貰う予定だったが、それは物質用転移陣が完成してからでよかろう。
まずは新拠点とB10F隠し部屋を繋ぐとしよう。
受信用と送信用に分けるべきか?
安全面を考えると双方で許可を出す必要があるか?
いや、もっといい方法が・・・」
「主様、考えるのも三日後からにしようよ。」
「む、そうだな。」
「役に立ったならよかったんだよ。あ、そうだ。
ブラちゃむから主様にプレゼントがあるんだよ。」
「ブラちゃむから?どういう事だ?」
「ブラちゃむもいずれは主様の配下になりたいんだって。」
「それは重畳。だが別に贈り物など無くとも構わんのだがな。」
「グリフォンなんだよ。」
「なに?直ぐに案内してくれ。可能な限り早く、だ。」
「ちょ、ちょっと待ってね。ありちゃむのお着替えとか用意するからね?」
「おっと、俺とした事が逸ってしまった。すまんな、ゆるりと準備するといい。
グリフォン達は逃げはしないからな。うむ。」
伊織はそわそわしている。
アリちゃむは急いで荷物を鞄に詰め込むと、伊織の元に飛んで戻った。
「終わったか?よし、では行こう。」
「主様、ステイ。」
「うむ・・・」
「オトウトヨ ステイノ ミチハ ケワシイ」
ステイに関して一家言あるロクの言葉は重い。かもしれない。
ともあれ、見たことのない幻想生物に心が弾むのも無理はないだろう。
そして伊織の望みは叶う。
「クエェェエエエ!?」
アリちゃむの異能でB1Fの隠し部屋に転移した瞬間、奥にいたグリフォンの一部が暴れ出し、残りが地に伏せた。
「驚かせたか?」
「怯えてるんだよ。」
「それって、主様に?」
「それと、メメにもだよ。」
「生存本能って凄いんだねえ。でもクラはか弱いんだからね。
クラを食べちゃダメなんだからね?」
のんびりと会話するクラとアリちゃむだが、グリフォン達はそれどころではない。
己を一瞬で殺し得る存在が突然目の前に転移してきたのだ。
閉鎖された室内で、二体も。
結果、パニックに陥った者は暴れ出し、腰を抜かした多くは地に伏せてしまった。
「暴れちゃ、目っ、ね?」
このままでは狂乱したグリフォンが怪我をしてしまうと判断したメメは速やかに緊縛させて拘束した。
このグリフォン達はすでに主の所有物だ。
メメには主の所有物が傷が付くのを見過ごす事はできない。
「よくやった、メメ。」
「メメ、でかした、ね?」
「20体はいるようだが。」
「うん、ブラちゃむが好きに使ってって。」
「ふーむ、非常に有難い話だが、どうしたものか。」
「マスターに提案があります。」
「レミィか。是非頼む。」
「イエス、マイマスター。
グリフォンは非常に賢く、言葉を理解します。
まずは上下関係を明確に認めさせて下さい。」
「やってみよう。」
伊織は一番近くで伏せているグリフォンに向かった。
「俺に従え。悪いようにはせん。」
「ク、クエェ。」
グリフォンは立ち上がり、改めて頭を床に擦り付けた。
どうやら従属の姿勢らしい。
満足した伊織は次々に従属させていった。
そして残り二体になったところで思案する。
「お前らの拘束を解く。暴れなければ何もしない。いいか?」
グリフォンは恐怖に染まったつぶらな瞳を伊織に向けている。
「メメ、解いてくれ。」
「うん、解いた、よ?」
二体のグリフォンは拘束が解けた事に気付くとすぐに頭を床に擦り付け、従属の意思を見せた。
「うむ、いい子だ。」
「ではここからが提案です。
まずはアリストロメリアの街から西にある森の奥に彼らを待機させます。
そこで放し飼いにしつつ騎乗訓練をします。
最終的には航空騎兵として運用してはいかがでしょうか。」
「『透過式汎用結界』でもそれだけの範囲はカバーできんな。
早々に見つかって討伐隊が送られるのではないか?」
「森の入り口は2ヶ所に限られるので私とメメ様で容易にカバー可能です。
遭遇する事無く待避可能でしょう。
それに万一S級冒険者と遭遇したとしても、A+級のグリフォンならば容易に退避可能です。」
「ほう、グリフォンはA+級なのか。
しかしそれだとレミィとメメに負担が掛かるな。
一時的にはそうするとしても、移住先を検討する必要があるだろう。」
「イエス、マイマスター。
マスターが生物用転移陣を開発された暁には未踏の秘境、あるいは未開拓の島を探しましょう。」
「ふふ。冒険らしくて実に俺好みだ。レミィの案を採用する。
とりあえず全個体それぞれに結界を貼ろう。
まあ、丸一日は保つから森につくまでは問題なかろう。
せっかくだ。ロクの飛行も試してみるぞ。」
「オレサマ ヒコウキ デビュー」
一行はアリちゃむが開いた隠し出口からダンジョンを脱出した。
「さすが、ダンジョンマスターだけあって何でもアリだな。」
「アリちゃむだけに。」
「上手い事を言うではないか。座布団がないのが残念だ。」
ロクがグリフォンの一団を率いて空を飛ぶ姿は壮観だった。
伊織の貼った透過結界を看破できる者が見ればの話ではあるが。
「しかしこの堕狐は心配になるほど堕落しきっているが大丈夫だろうか。」
「魔法だけは大丈夫じゃないかな。」
「果たしてそれを大丈夫と言っていいのか甚だ疑問だが。」
「ふぇ。」
天狐は目を擦りながら徐々に現実を悟り、徐々に尻尾達が立ち上がる。
萎びた大根が水を吸って再生する様子を早送りにしたらこうなるのかもしれない。
伊織は益体の無い事を考えていた。
「ようやくお目覚めか。」
「主様、これは違うの。」
「何が違うんだ?」
「夜遅くまで魔法を練習してたの。」
「そうか。それで?」
「寝不足だったの。」
「だろうな。」
「それで、寝てたの。」
「終わりか?」
「むう。タマは悪くない。」
「そうだな。主としてはやることをやっていれば何も言わんし、今日は休日だ。」
「うん。」
「だが友人としては心配だ。魔法以外に興味があるものは無いのか?」
「油揚げが食べたい。」
「『モイラ』にも豆はあるし作れるんじゃないのか?
豆腐を作れればあとはそう難しくはないはずだが。」
「作って?」
「阿呆。この姫様根性は明らかに玉藻前の血筋だな。
鈴鹿御前キャンプに放り込むか?」
「のー、さー。いやいや。」
「それより主様、森が見えてきたよ。」
眼前には巨大な山脈と森が広がっていた。
「そういえば『モイラ』で平原以外を見るのは初めてかもしれんな。」
「あれ?アリちゃむだ。こんにちわ。」
「こんにちわなんだよ、タマ。」
「外の景色がおかしい。え、なに、飛んでる?」
「目覚めなかったらここに天狐を置いて帰るのもよかったかもしれないな。」
「ひどいすぎる。」
「レミィ、このあたりでグリフォンの餌は捕れるのか?」
「あ、ダンジョン生成された生き物は基本的には補食しないんだよ。」
「ほう。エネルギーは魔力なのか?」
「そうなの。だから自然吸収量が少なかったら補充してあげなきゃだね。」
「気を付けるとしよう。うちの面々は魔法操作ができるから構わんが・・・」
「魔石でもいいけど、いずれは補給用のデバイスを用意すべきだろうね。考えとくよ。」
「うむ。倉ぼっこは立派に成長したな。」
「えへへ。クラも自信がついてきたんだあ。」
「結構な事だ。」
「タマは?」
「尻尾が増えて外見こそ立派になったが、最近は村雨化していないか?」
「まさか、あの、村雨?」
「他におらんだろう。」
タマは震えている。
「それは、まずい。ほんとに、まずいすぎる。」
「そうだな。だから友人として心配している。」
「わかった。心を入れ換える。」
「うむ。」
一方村雨は仲良くなった厨房のお姉さんから貰ったおやつを食べ過ぎてヘソ天していた。
「マスター、あの崖が目印になりそうです。
グリフォン達の棲家としても申し分無さそうですがいかがでしょう。」
「そこにしよう。」
「鳥の・・・獣?」
「グリフォンだ。後ろの窓を見てみろ。」
「わあ!かっこいい!」
鷹のような上半身と獅子のような下半身のグリフォンは確かに鳥のような怪物かもしれない。
だがその体躯は全長で5mを越える。
目をキラキラと輝かせるタマを尻目に一行は高度を下げ、崖へと降り立った。
「ここならば確かに見つかり辛いかもしれんな。」
「ご飯いらないなら狩りもしなくていいし、安全なんじゃない?」
「アリちゃむはどう思う?」
「うん。グリフォンが好む地形だと思うんだよ。いいと思うよ。」
「よし、専門家からの太鼓判が出た事だし、ここでいいだろう。」
伊織はグリフォン達に自衛を除いて人族への攻撃を禁止させた。
あとはなるべく見つからないようにして好きにしろと、フワッとした命令だった。
この命令が後日、伊織にとって一つの転機となる。
「では帰るとしよう。ところでアリちゃむ。ダンジョンに棲む甲殻類は脱皮をするのか?」
「脱け殻!」
「補食しない生き物は代謝しないんだよ。ダンジョンにいる水棲系魔物で補食するのは多分いないと思うんだよ。」
「しょんぼり。」
「では脱け殻を探すならやはり川か海しかないか。まあ、当たり前の話なんだが。」
「脱け殻が欲しいの?」
「クラの趣味だよ。」
「このまま真っ直ぐ西に進んだらすぐに海なんだよ?」
「なんだと。」
「うん、間違いないんだよ。あ、この大陸の地図あげようか?」
「是非とも!なぜ俺はこの質問をしなかったのか。慚愧に耐えん。」
「それじゃ、帰りにダンジョンに寄ってね。」
「わかった。その前に海を確認しよう。レミィ、時間は大丈夫だろう?」
「イエス、マイマスター。余裕をもって大丈夫です。」
こうして一行は海へと飛び立った。
現世において夜行本家周辺から出たことがない伊織にとって、それは生涯における初めての海だった。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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