モイラ編03-13『遊びに行こう』
新居にて。
伊織が食堂で朝食を摂っていると正面に百々目鬼が座った。
「夕べは、お楽しみ、でした、ね?」
メメの『目』は24時間365日、伊織に張り付いている。
伊織はもちろんそれを知っているし、その上で昨晩の風呂の一件だろうと察して先手を打つ事にした。
新居ができた事と昨晩の大浴場の一件は、少なからず伊織の精神に影響を与えていた。
「今晩は俺とメメでお楽しみしないか?」
「!?」
前髪で隠れたメメの金色の瞳が驚きで見開かれ、ふわふわしたクリーム色の髪は緩く巻き上がった。
そしてそれを隣で聞いていた村雨がお茶を吹き出した。
「お主ついに性欲に目覚めたか?穢らわしい性獣めが。」
「いや、残念ながらまだだ。というか、いつか目覚めるものなのか?」
「なんじゃ、妾の勘違いじゃったか。」
「ところで仮にも主である俺を性獣呼ばわりした件だが。」
村雨は脱兎の如く逃走した。
反射的に村雨を追いかけようとする伊織をメメが呼び止める。
「む、村雨、より、お風呂、ね?ね?」
「ああ、今晩は一緒に入ろうな。」
「うん、うん、うん。」
メメは嬉しそうだ。
そんなメメの正面で伊織はここ一ヶ月の出来事を思い返す。
「『妖牧場』」
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『妖牧場』(1507/1512)
聖水精(0/1)
炎 小精霊(50/50) 中精霊(10/10)★
水 小精霊(50/50) 中精霊(11/11)★
風 小精霊(50/50) 中精霊(9/9)★
土 小精霊(50/50) 中精霊(10/10)★
光 小精霊(50/50) 中精霊(6/6)★
闇 小精霊(50/50) 中精霊(4/4)★
無 小精霊(50/50) 中精霊(1/1)★
霊猪(65/65)
アルカリスライム(50/50)★
エーテルスライム(0/1)★
エインヘルヤル(猫獣人)(37/37)
(人族A級)(4/4)
犬塚信乃(1/1)
バティム(0/1) 中級悪魔(100/100) 下級悪魔(200/200)
パイモン(0/1) 中級悪魔(200/200) 下級悪魔(400/400)
ベリト(0/1) 中級悪魔(50/50)
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パイモンに一ヶ月間精霊を探させた結果、彼女は大量の精霊を引き連れて帰ってきた。
総勢400に及ぶ中小七属性の精霊は大人しく妖牧場に入っていった。
パイモンが言うには精霊の好む場所には明確な傾向があり、割と固まっていることが多いとの事だ。
彼女は伊織の命令を忠実に守り、周囲の環境への影響を考慮した上で最大限に連れ帰った。
褒美については各大精霊を連れ帰ってからで構わないと言い残し、即座に旅立ってしまった。
「忙しいことだ。」
倉ぼっこは神聖属性に対抗するために呪属性の布を製作した。
これには黄の首が張り切って指導してくれたらしく、覚と天狐もめでたく基本的な呪属性魔法を使えるようになっていた。
あとはクラと舞首とで仲良く人形を作ったらしいが、聞いたところによるとそのデザインに変化はなかったようだ。
尚、将門公の意見は全面的に退けられたとはマイマイの言だ。
とはいえ折角作った呪属性人形ではあるが、村雨の『玉散叢雨・聖』に一時的に対抗する程度が精一杯で、倉ぼっこ曰く雨具に毛が生えた程度の効果しか期待できないらしい。
「という訳でミスリルが欲しいんだよ。」
ふらりと立ち去ったメメと入れ替わる形で席に座った倉ぼっこが熱く語る。
「お前が必要と言うならそれを手に入れるのが主の務めだ。
が、さて、それはどこにあるんだ?」
「マスター。ミスリルを入手する方法を四通りピックアップしました。」
「さすがはレミィだ。聞こう。」
「ひとつ、アリちゃむ経由の宝箱に期待します。
当然ながら確実性はありません。
ふたつ、マスクル獣人王国にあるミスリル鉱山で違法採掘します。
デメリットはお察しください。
みっつ、奈落奥で採掘します。
こちらは高難易度で時間もかかりますが確実性は期待できます。
よっつ、大商会に買取を依頼する。
スレブ商会に仲介して貰えば可能ですが、どれだけ時間が掛かるかは不明です。」
「二つ目の違法採掘は今は時期ではないな。」
「時期が来たらやるの!?」
「誰かの命が懸かるでもしない限りはやらないだろうな。」
「うん、ないよね。安心したよ。」
「アビスは何というか、今は止めておけと俺の勘が言っているんだよな。
ひどく曖昧で済まんが。」
「やめやめ。その勘の信頼度は99%だよ。」
「ならば当面は買取を依頼しつつ宝箱を開けるのが無難か?」
「いいんじゃない?」
「では今日は急ぎでやることもないしアリちゃむの所に遊びに行くか。
レミィはサトに本件を伝言してくれ。」
「イエス、マイマスター。」
「ダンジョン最下層に遊びに行く人は主様ぐらいなんじゃない?」
「何を言っている、クラも行くんだぞ。」
「え、クラはちょっとやる事が、ね?」
「どうせアイテム製作に関わる事なんだろう?」
「そうだけどー。」
「三連休と通達したはずだ。やむを得んな、罰は尻叩きで」
「行きます!クラは妖精を見たくなったよ!」
「よろしい。準備は?」
「このままでいいよ。」
「では、参るか。」
クラを伴ってロクに乗り込むとそこには先客がいた。
堕落しきった狐娘が腹を出して大の字で寝ている。
メメはタマの周囲に色とりどりの花を飾り付けている。
タマの額の上ではエーテルスライムがくねくねと動いている。
混沌とした状況に怯むこと無く伊織は声を掛けた。
「今からアリちゃむの所に遊びに行くが、メメも行くか?」
「行く、よ?」
「この堕落しきった狐娘はどうしたものか。」
「うーん、部屋に連れて行く?」
「いや自己責任だな。想像力が欠如していると言わざるを得ん。放置でいい。」
「酷い。」
「そうか?クラは優しいな。」
「うふふ、目覚め、たら、びっくり、ね?」
タマが目覚めるまでメメの『目』が張り付くことが確定した。
アリストロメリアA級ダンジョン入口はロクの快速を以てすれば近所と言って差し支えない。
何の問題もなく到着した一行はアリちゃむから貰った鍵を使って最下層に転移した。
ボスの目の前に。
「ぶもぉぉおおおお!」
「アサゴハン! オレサマ オマエ イタダキマス!」
最初に動いたのは当然ながらロクだったが、最初に効果を発揮したのは馬車の中のメメだった。
外の音を察知して即座に展開した48の『目』から麻痺がばら蒔かれ、室内の魔物30体を一瞬で制圧してしまった。
ロクが動きを止めると伊織を先頭にメメとクラが降りる。
堕落しきった狐娘は騒動にも気付かず、ヘソを天井に向けていた。
エーテルスライムは主を守ろうと主の額の上に聳え立っていた。
「メメ、よくやった。ロクもよく知らせてくれた。」
「うふふ、入れ食い。」「ウマイッ!」
「メメは頼もしいなあ。」
伊織とクラが粛々と首を刎ね、メメが目からExpを吸い、ロクが齧る。
そこかしこに首の無いオークの遺体が転がっていた。
「わーっ!大丈夫!?」
慌てて飛び出してきたアリちゃむに伊織は優しく微笑む。
クラはその明らかな作り笑いに反射的に目を逸らした。
「鍵を使って転移した瞬間を狙うとは、よく考えたものだな?」
「ちちち、ちがっ、違うんだよ!?」
「夜行ジョークだ。どうせ手違いなんだろう?」
「・・・」
「あまり面識がない人に夜行ジョークはよくないとクラは思うんだ。」
「そうか?」
「こ、こっ、今度こそっ、死ぬっ、かと、思った・・・」
「確かにダメみたいだな。反省する。」
「最下層の転移位置を変え忘れてたんだよ。次に来るときは大丈夫にしておくからね。
あ、宝箱が出たんだよ。」
「手間を掛ける。箱は村雨も居ないし、クラが開けたらどうだ?」
「わーい。おったから、おったからー。ひらけー、ごま!」
ぱかりと開いた宝箱の中には何やら用途のよくわからない道具が入っていた。
「お・・・おおお!これはお宝だよ!」
「一体、何に使うんだ?」
平らな台の上に大小様々な図形が描かれており、それとは別にペトリ皿のような透明の器がいくつか付随していた。
「んーと、素材の属性を測定できる道具だね。」
「ほう、倉ぼっこなら使いこなせるか?」
「うん、そんなに難しいものじゃないからね。
生産部門の全員が使えるようになると思う。これは捗るなあ。
よし、帰って魔石の再分類から始めようかな。」
「それを使うのは休み明けまで禁止だ。」
「ひどいっ!」
「阿呆、気持ちはわかるが一流を目指すならばオンとオフを切り替えろ。」
「はーい。」
「役に立ちそうなのが出てよかったんだよ。
ところで今日はどうしたの?」
「実はミスリルが必要になってな。
入手しようにも時間がかかりそうなんだ。
もし宝箱から出るなら手っ取り早いだろう?」
「確かにそうだね。ただ、鎧なんかを作るほどの量は出ないんだよ。」
「クラはどの程度必要なんだ?」
「うーん、まずは素材の特性を把握する実験が必要で・・・マイマイの首用のブローチを三つ分だから・・・いっぱいあるといいね!」
「だ、そうだ。」
「それぐらいなら大丈夫だと思うんだよ。最低でも1kg分はあるからね。」
「レミィ、ミスリル1kgの金銭的価値はわかるか?」
「1gで銀貨1枚(1,000円)とご記憶下さい。」
「なるほど、金貨10枚(100万円)か。思ったほどでもないな。」
「クラは主様の金銭感覚が壊れてきてる気がするよ。」
「イエス、マイマスター。以下、余談です。
アダマンタイトは1gで銀貨10枚(10,000円) 1kgで金貨枚(1,000万円)
オリハルコン 1gで金貨1枚(100,000円) 1kgで金貨枚(1億円)
つまりミスリル100とアダマンタイト10とオリハルコン1がそれぞれ等価です。」
「偶然か?作為の匂いがするが。」
「不明です。現世におけるダイヤモンドのように管理されている可能性は否定できません。」
「まあいい。日緋色金はどうなんだ?」
「惑星『モイラ』において日緋色金は産出されません。
あれは恐らく幻妖界でしか産出し得ない鉱物です。」
「そうか。持ち込めるといいんだがな。話は変わるが転移陣の解析はどうだ?」
「申し訳ございません。やはり最高難易度の魔方陣の名は伊達ではないようです。」
「さもありなん。あと何個か観れれば再現できそうなんだがな。」
「転移陣を見たいの?」
「ああ。もしかしてあるのか?」
「『妖精郷』への転送装置があるんだよ。エーテル用と物質用と妖精用の三つだよ。」
「是非とも拝見したいが・・・サイズ的に厳しいか?」
「ちっちゃくしてあげようか?」
「なんだと・・・そんな夢のある魔法があるのか?」
「うん、妖精魔法なんだよ。」
「大変結構!是非ともお願いしたい。」
「あい。抵抗しないでね。」
「うむ。結界は解除した。さあこい!」
「ちちんぷいぷーい。ほいっ。」
伊織は小さくなってしまった。
「ほう、衣服や装備まで小さくなるのか。戦闘で使えそうだが。」
「結構簡単に抵抗されちゃうんだよ。それじゃ、みんなにもかけるよ?」
メメとクラ、それからロクまでも小さくなってしまった。
そしてよくわからないことに別次元にあるはずのロクの部屋内までもが。
何かに悪用できるかもしれないと伊織は思った。
「妖精魔法ってすごいねー。主様でも再現できない?」
「うむ。一から十まで理解できん。一応記憶はしたが、無理だろうな。」
「アリちゃむはおうちに人を案内するのは初めてなんだよ。なんか嬉しいなー。」
「余計な世話ではあるが、俗世と切り離された生活は辛くはないか?」
「それが当たり前だったんだよ。でも・・・」
「あー、一度知ってしまったらその当たり前が変わっちゃうよねえ。」
「そうだな。だが変化するのは悪いことばかりではあるまい。」
「うん、なんだかんだで命の危機をいっぱい感じたけど、最近はなんか楽しいなあ。」
「悪いことをしたな。だが俺の配下になったからには命の危機など無縁だ。」
「ほんと?何かあったら助けてくれる?」
「当然だ。配下を守れぬ主など存在する事すら許されない。
だが、そう言うからには何かあるのか?」
「うん、実はね・・・」
アリちゃむはブラちゃむと相談した事を包み隠さず伊織に話した。
「概ね理解した。今は妖精郷からの返事待ちという事でいいんだな?」
「そうだね、その結果次第なんだよ。」
「よかろう。夜行家当主名代の名に於いて、お前とお前のダンジョンを守護する。」
「頼もしすぎて逆に怖いんだよ。でも、命の危険を感じないって安心だなあ。」
「まずはブラちゃむの助言通りに動くといい。
そして妖精郷が武力行使をしてきたら即座に念話を送れ。
というかしばらく俺達に同行して避難してはどうだ?」
「さすがに迷惑じゃない?私、ずーっとひとりだったからさ、そういう距離感がよくわからないんだよ。」
「身の安全が最優先だ馬鹿者。迷惑もクソもあるか。」
「そうなんだ。ありがと。嬉しいんだよ。」
「とはいえダンジョンの管理もあるだろう?どれぐらいのペースで戻ればいいんだ?」
「基本的には2~3日に1回、2時間ぐらい戻れば問題ないんだよ。
最長だと1週間ぐらいなら空けても大丈夫。」
「ではその方向で進めるぞ。というか鈴鹿御前にも相談してみるか。
護衛として申し分ないし、ここで訓練もしているしな。」
「鈴鹿御前とは何度かお話したよ。優しい人だよね。」
「なんだと。」「嘘でしょ。」「ない、よ?」
アリちゃむによる衝撃的な評価に三人の反応が重なる。
普段は何事にも無関心な事が多いメメですら瞬時に反応する始末だ。
メメは98の『目』のひとつをスズに張り付ける事に決めた。
「あいつは諸手を振って現世で活動していた事があるしな。
外面を取り繕う術ぐらいは身に付けているのかもしれんが。」
「訓練と実戦以外に興味がない人だと、クラは思ってたよ。」
「それは間違いない、はずだ。」
「ここがアリちゃむのおうちなんだよ。」
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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