モイラ編幕間03-03『領主様』『エーテルスライム』『アリちゃむとブラちゃむ』
『領主様』
俺はランドル・アリストロメリア。
バーンガルド王国アリストロメリア領の領主だ。
先日、俺の預かり知らぬ所でうちの筆頭魔法師と冒険者が揉め事を起こしたとの報告を受けた。
その後にわざわざエレオノーレが出張って尻拭いしたと言うから驚いたものだ。
「して、ピロリ内務官。そのイオリ・ヤコウなる者について何かわかったのか?」
普段であればたかがB級冒険者如きにリソースを割くなどありえない。
だが貴族の遣いを鼻で笑い、エレオノーレを顎で使うというのに興味を惹かれた。
何もないのであればそれでいい、その程度の認識だったのだが。
「はい。先日、アリストロメリアA級ダンジョンに潜ったとか。」
「ほう、奴はダンジョンシーカーであったか。
しかし其奴はB級であろう?」
「はい。パーティーランクもB級です。」
「解せんな。エレオノーレめ、何を隠している。」
「彼らがダンジョンに入った日に通達があったようです。曰く・・・」
ピロリ内務官はダンジョン入口で衛兵が叫んだ内容を余すこと無く伝えた。
「奴らに手出ししただけで冒険者資格を剥奪だと?そのような事が可能なのか?」
「私もそれが気になって規約を読み返しましたが、確かにギルマスの権限に含まれていました。」
「ほう。そんなカビが生えたようなルールまで持ち出したということか。」
「彼らの風体から異国の者であろうことは間違いないでしょう。ですがどういった立場であるかを聞いたところで守秘義務を盾に頑として口を割りません。」
「あのエレオノーレがなあ。
愛人にして囲い込みでもしたか?
だが異国といっても大陸には我がバーンガルド王国、ローゼンベルガー帝国、グレイス・モイライ聖国の三大国に及ぶ国は他にあるまい。」
「はい。念のためマスクル獣王国やアーカーシャ諸国連合にもあのような衣装がないか当たってみましたが見つかりませんでした。」
「そうなるともう海の向こうしかないではないか?」
「もしくはお伽話にある勇者の星ですかな?」
「馬鹿馬鹿しい。そんなに簡単に勇者が見つかるならばスラムにも転がっているであろうよ。」
二人は意外と真相に近付いてはいた。
「以上ですが、調査を継続しますか?」
「少なくともエレオノーレの思惑が見えるまで続けよ。」
「はい。」
「ウォルナット伯爵のほうはどうだ?」
「戦狼団もとい洞窟団の首領と副首領の証言は得られておりますが確実な証拠はございません。」
「ちっ。いい加減あの臆病小蝿の息の根を止めたいが、上手くいかんものだ。
・・・そういえばかの賊どもを捕らえたのもイオリ・ヤコウであったか。」
「はい。」
「褒美を取らすという名目で一度会ってみるか?」
「・・・」
「どうした、反対か?」
「いえ、彼らについて調査するほど、名状し難い気味の悪さを感じておりまして。」
「随分と抽象的ではないか。」
「あれだけの規模の賊を壊滅させる戦力。その拠点を更地にした魔法行使力。
あのエレオノーレがいきなりB級で登録し、さらには特例まで与えてA級ダンジョンに入らせる。
全てが異質ではありませんか?」
「そうだな。大型新人の枠には入りきれんと見える。
やはり一度会おう。上手く取り込めれば使い途もあるかもしれん。」
「ではエレオノーレ経由で話を通しましょう。」
「よかろう。」
数日後、領主はイオリ・ヤコウがアリストロメリアA級ダンジョンを踏破したと聞いて内務官の尻を叩く。
だがエレオノーレはそんなピロリの相手をせずのらりくらりとその追求をかわしていた。
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『エーテルスライム』 side ニジタマ
ニジタマの朝は早い。
夜明けと共に目を覚まし、流れるようにして主の鼻と口を塞ぐ。
「・・・」
「ふっ・・・!ぶふっ、ぷはーっ。
あ、もう朝?おはよ、ニジタマ。」
賢いニジタマは新しい主が魔法以外に関してはポンコツな駄狐であると早々に悟った。
そして周囲への欺瞞が成功していると思い込んでいる事も、ニジタマは知っていた。
お布団上でボーッとする主のトリミングもニジタマの仕事だ。
もふもふとした八本の尻尾が萎びた大根のようにならないように、触手を生成して丁寧に鋤く。
「ありがと、ニジタマ。」
「・・・」
ニジタマは主の感謝の言葉を聞くのが好きだった。
話しかけられることが、金色の瞳で見つめられる事が好きだった。
自然とニジタマの表面が柔らかく波打つ。
「ふふ。返事してくれなくても、なんとなくわかるようになった。」
プニプニと自慢のボディつつかれるのはあまり好きではない。
「はい、ご飯だよ。」
「!」
だが指先から与えられる魔力は甘露のように甘く、これがまた美味いのだ。
毎朝のご飯はニジタマの生き甲斐だった。
ニジタマがご飯を食べると次は主の番だ。
主はニジタマをむんずと掴むと定位置に乗せる。
初めは肩に乗せたり胸に挟んだりと困った主だったが、ニジタマが自力で移動すると自然とそこに乗せてくれるようになった。
ニジタマはタマの頭の上が好きだ。
主に騎乗しているという感覚がとても心地よかった。
だが主の正面に座るあの男はいただけない。
何故か今の主と『魔力紋』が同じだが、あの男は怖い奴だ。
いざとなれば身を挺してでも主を守らねばならない。
二人が食事を摂っている間にもニジタマはしっかりと警戒を続けていた。
そんなニジタマの様子を覚は不思議そうに眺めていた。
今日はダンジョンに行かない日なので主は自由行動だ。
この主に自由を与えると碌な事にはならないとニジタマは知っていた。
一人で買い物に出掛ければ迷子になって泣き出す。
庭で修行をしようとすればすぐに日向で眠る。
読書しようとすればすぐに飽きてニジタマ自慢のつやつやボディをつつき出す。
『Exどじっこ』なる残念な異能を持っているらしいが、ニジタマからすれば異能『駄狐』が最も相応しいと思った。
ともあれ、この駄主をなんとかするのがニジタマの使命だ。
どうやら主は『玉遊び』なる練習をするらしい。
エーテル体であるニジタマには造作もない事も、肉体などという不自由な軛に縛られた主にはひどく難しい事らしい。
だがニジタマは根気強く主の成長を助けるのだ。
ニジタマは今日も主の手本になるように魔力玉を操った。
「すごいすごい。ニジタマは上手だねー。いいこいいこ。」
「・・・」
なぜこの駄主はすぐに幼児退行するのか、ニジタマにはわからなかった。
だが自慢のつやつやボディを優しく撫でられるのは好きなのでニジタマは寛大に許した。
練習という名の休憩が終わると昼寝の時間だ。
日向でだらしなく大の字になる主の額に乗りニジタマはナイトのように主を守る。
今のところは敵に遭遇してはいないがいつ犬や猫が襲ってくるかわからない。
ニジタマが守ってやらねばすぐに泣き出してしまうだろう。
やがて日が落ちるが当然ながら主は目を覚まさない。
ニジタマは流れるようにして主の鼻と口を塞いだ。
「・・・」
「ふっ・・・!ぶふっ、ぷはーっ。
あ、もう朝?おはよ、ニジタマ。」
この主につける薬が無い事がニジタマは悲しかった。
「あ、夜か。夜ご飯食べに行こ。」
だがニジタマは嬉しそうに肉や野菜を頬張る主を見るのが好きだ。
またあの男に警戒しなければならないがそれは自分の仕事であって主の仕事ではない。
ニジタマは奮起した。
「それじゃ、体を拭いて寝よう、ニジタマ。」
主の体を拭くのはニジタマの仕事だ。
体表の老廃物をこそぎ取るなどニジタマにかかれば造作もない。
数十の触手を操るなど、ニジタマには息をするように容易いことだ。
時折主が変な声を上げるのは解せないが、特に問題はないだろう。
「それじゃ、おやすみ、ニジタマ。明日も宜しくね。」
主はニジタマに口を寄せる。
毎晩の事なので何かの儀式なのだろう。
主の美しい金色の瞳が最も近づくこの瞬間は好きだ。
主が寝入るとニジタマは主の額の上に乗って休息する。
明日はダンジョンに潜るらしい。
主の下手くそな魔法が少しでも上達することを祈りつつ、ナイトは眠りについた。
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『アリちゃむとブラちゃむ』
アリストロメリアA級ダンジョン B11F
本来存在しないはずの階層の自信専用の小さな部屋の中でアリちゃむは生の実感を噛み締めていた。
「うふ。うふふ。生きてるんだよ。」
九死に一生を得た。
しかも本来ではあり得ないような僥倖まで得た。
「ふふふ。ついてるんだよ。」
ダンジョン運営とエーテルは密接な関係にある。
そしてエーテルを稼ぐというのは口でいうほど簡単ではないのだ。
色々と切り詰めながらどうにかこうにか遣り繰りして、なんとか余剰を絞り出してちょっとづつ妖精郷に送る。
それを長年やってきた。
そんな日々が根本から覆る。
「やってやったのです。ダンジョン王にちゃむはなる!」
「よう。盛り上がってんな?」
「あ、ブラちゃむ!アリちゃむは生き残ったんだよ!」
「おう。こっそり覗いてたから知ってるよ。」
「え、見つからなかった?」
「ばれてんじゃね?でも今更だろ。」
「それもそうだね。」
「それで、生き残ったんはいいけど、これからどうすんの?」
「どうって、協力して魔力を貰うんだよ。」
「ふーん、信用できんのかね?」
「もう開き直っちゃったんだよ。失うものはない、って。」
「確かに。振り切って選択するにいいタイミングかもしれんね。」
「だから信じるしかないんだよ。ブラちゃむはどうする?」
「信用を度外視すればい話じゃね?でもうちは遠いからな。」
「距離ばかりはどうしようもないよね。」
「そう、だな。」
「なにかあるの?」
「いや、それより妖精郷には何て言うんだ?」
「ありのままを全部ぶちまけるんだよ。」
「開き直ったらある意味無敵やんね。」
「そうそう。どうにもならなくなったらもう離反するんだよ。」
「てか、そうせざるを得んよな。」
「うん。主様に逆らったらアリちゃむの命が捥げるんだよ。」
「違いない。もし妖精郷から離反することになったら裏から手を回してやるわ。」
「妖精郷の動きだけでも教えて貰えると助かるんだよ!」
「そうだな。S級迷宮から刺客が送られる可能性も否定できんからな。」
「でもさ。そうなったとして私に到達できるかな。」
「訓練の様子を見たけど、あの教官やべえ。マジ震えた。」
「でしょでしょ。あんな人がごろごろしてるんだよ。」
「ある意味、最強の護衛を手に入れたんじゃね?」
「考え方次第では確かに護衛みたいなものだよね。」
「というか、逆進攻してS級迷宮を落としても驚かんね。」
「やりかねない気がするんだよ。」
「アリちゃむんちから一番近いS級迷宮ってどこなん?」
「クリちゃむの迷宮なんだよ。」
「クリちゃむっつーと、獣系やっけ?」
「うん。フェンリルを頂点にしてバイコーンとかケルピーとかいるだよ。」
「うーん、無理じゃね?」
「うん、フェンリルでも主様にワンパンされかねないと思うんだよ。」
「S級とは。」
「うちだと傷一つつけれなかったんだよ。ブラちゃむのとこだとどう?」
「うちは地形で有利を取るコンセプトだから魔物の質は一段落ちるよ。」
「グリフォンで強襲するのも難しいよね。」
「まず奇襲はカウンターされるっしょ。
待ってたら射程外から一方的に殴ってくるっしょ。
隙が無さ過ぎるんよな。」
「あー、味方になってよかったー。」
「アリちゃむ、アドバイスだと思って聞いて欲しい。」
「どしたの急に真面目な声して。」
「割とマジな話なんよ。
連中との関係はとにかく太くした方がいい。
何かあっても見捨てられないぐらいの価値を見せつけるべきだ。」
「そだね。最悪、妖精郷がアリちゃむの討伐を決めても守ってくれるかわかんないよね。
また怖くなってきちゃったんだよ。」
「守るものがないって言ったばっかじゃん。
まずは新しい主に相談しなよ。駄目ならごねにごねて条件を引き出せ。
そのためにも他のダンジョンを引き摺り込もう。
すぐにでもクリちゃむと接触して派閥を作るべきだ。
クリちゃむと決別したら上手いこと誘導して新しい主をぶつけてしまえ。
私も最終的にはそっちに参加するけど、さっき言ったように今は情報を集めるからさ。」
「ブラちゃむが頼もし過ぎてアリちゃむ泣きそう。」
「泣くのは落ち着いてからな?
最悪の事態を想定して下準備だけは進めておこう。
私もいくつか信用できる迷宮に声かけてくるからさ。
あと、グリフォンを10体・・・いや20体そっちに送るから主に献上するといい。
とにかく足掻け。」
「わかったんだよ。アリちゃむ頑張るんだよ。」
「んじゃ、また何かあったら連絡してな。」
「うん、またね、ブラちゃむ。」
「またな、アリちゃむ。」
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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