モイラ編幕間03-01『ダンジョンマスター』
『アリストロメリアA級ダンジョン B11F』
アリストロメリアA級ダンジョンは全10階層であり、最下層のB10Fにはダンジョンボス『オークエンペラー』が鎮座しているというのが通説であり、数百年間信じられてきた常識である。
そんな常識を嘲笑うように本来は存在しないはずのB11Fでその存在は蠢いていた。
その体躯は揚羽蝶のように雄大で、引き締まったバストはまるで大地に聳えるアスパラガスのような存在感を醸し出している。
そして凶悪な雀蜂のような背中の羽は余裕を見せるかのように滑らかにパタパタと動き、その優雅な飛行を支えた。
「これは酷いんだよ。とんでもなく厄介なのが来てしまったんだよ。」
彼女の住処は僅か半畳ほどの広さではあるが、それについて彼女に不満はない。
むしろ広すぎると移動も掃除も大変なのだ。
そんな彼女だが目の前の水晶玉に写る映像を見てうんうんと唸っていた。
「『完全空間解析』ってヤバ過ぎ問題なんだよ。私、見つかっちゃむ?
あの子、アリちゃむを殺すために生まれてきたの?」
雀ほどのサイズの彼女は迷宮妖精という、太古に妖精から分岐した極めて珍しい種族だ。
迷宮妖精という種族全体で数多のダンジョンを管理し、そこで得られたリソースを『妖精郷』に還元するというのが彼女達の役割だ。
ダンジョンに関して尖りに尖った彼女達の特殊スキルもまたやはりダンジョンに由来するものだ。
そのおかげで彼女は唸っているのだが。
つまりダンジョンフェアリーはダンジョン内限定ではあるが、対象のステータスを丸裸にする事ができる。
「何、この人達。全員やばすぎて震えるんだよ。
レベル90越えとかこんなとこにいちゃダメなんだよ。」
このまま頭を抱えていても無為に時間が過ぎるだけだ。
そう判断した彼女は親友に助け求める事にした。
「ブラちゃむ!やばい!殺される!助けて!」
「え、アリちゃむ?」
「時間の問題!やっばい看破スキルを持ってる子がいるんだよ!」
「まずは落ち着け。」
「う、うん。」
「んじゃ、基本に帰ろね。どこまで抜かれてんの?」
「えっと、履歴では一昨日1Fを抜けて一度帰ったみたいなんだよ。
昨日にまた来て、1日で5層抜かれて、今B6Fにいるんだよ。」
「そのイカれた速さは何なん。下手すりゃ今日中に来るんじゃ?
とりまダンジョンと侵入者のデータ送って。」
「用意してるからすぐに送るんだよ。はい。」
「どれどれ・・・あー・・・これは駄目かもしれんね。」
「えーん。アリちゃむは死にたくないよー。」
「捕まって拷問されて、奴隷にされて、売られて、変態に買われて、エロ同人みたいに・・・」
「いやー!」
「いっそ低層に転移して逃げ回れば?」
「無理。100個ぐらいの『目』が全階層でエーテルスライムを探し回ってるんだよ。」
「は?なんでエーテルスライム?」
「知らないんだよ・・・」
「アリちゃむが召喚したんじゃないなら命令も聞かないか。」
「命令できるならとっとと捕獲させて『目』を低層から逸らせたんだよ。」
「まずは定石通りに進行速度を遅らせよう。」
「パニックで頭がまわんないんだよ。」
「B6Fの別パーティを崩壊させてぶつけよね。上手くいけば一旦帰還するかも。
そしたらB11Fを完全隔離する時間ぐらいは稼げるんじゃない?」
「ブラちゃむ天才!B7Fからジェネラルのパーティを突っ込ませるんだよ。」
「ちゃんと数人は逃がすよう指示しよね。」
「・・・指示したよ!やったー、これで安心なんだよ!」
「いや、せいぜい五分五分だろうね。戻らなかった時の事を考えよう。」
「うーん、階段で守る?」
「足の遅いアルカリスライムはどうせ追い付かれるからそれでいいけど、他は全部最下層のボス部屋に集めよう。」
「総力戦かー。」
「相手は索敵が完璧すぎるから部隊を分けて奇襲しようにも確実に対応してくるだろうしね。
結局は各個撃破されて無駄にするだけかな。」
「うん、わかったんだよ。」
「使えるリソースはないん?」
「何故か召喚されたエーテルスライムに殆どもっていかれたんだよ。」
「どんまい。他にできることはないか。」
「あ、ミミックぐらいなら出せるんだよ?」
「一発で見破られて遠距離から嬲られる未来しか見えんけど、一応出しとけば?」
「・・・出したよ。あとはお祈りするだけなんだよ。お助けくださいモイライ様。」
「それ名前じゃないからな?」
「えっ?」
「クロト、ラケシス、アトロポスの三柱の女神達をモイライ三姉妹って言うんよ。」
「クロ様、ラケ様、アト様、お助けください。」
「アリちゃむ、もう名前忘れてそう。」
そんなアリちゃむの祈りも空しく、例の侵入者達は負傷者を回収した後も進撃を続けた。
「ねえブラちゃむ。普通怪我人を拾ったら一回帰ると思うんだよ。」
「人族には血も涙も無いやつらがおるんよ。あ、でも、あの連中は人間じゃなかったな?」
「そうじゃないんだよブラちゃむ。人族とか人族じゃないとかじゃなくてさ。
優しい心があるなら安全なとこに送ってあげようと思うじゃない?」
「オコなんじゃね?ミミックけしかけたり、スライム地獄で封鎖したりしたからさ。」
「それブラちゃむがやれって言ったんだよ?」
「決めたのはアリちゃむじゃん。」
「むぅ。困っちゃむ。って、最下層まで来ちゃったんだよ。」
「ラストバトルだなあ。」
「ねえ、勝てると思う?」
「・・・」
「ねえねえねえ。」
「まだ一回も戦ってない子いるじゃん?」
「うん。」
「百々目鬼の特殊スキルと異能見た?」
「見た。無理。助けてブラちゃむ。」
「詰んじゃったなあ。」
「どうしよう。ブラちゃむのダンジョンの情報を売ったら命だけは助けてくれるかな。」
「命だけならそんな事しなくても助かると思うけど。」
「本当に!?」
「迷宮妖精っていくらで売れるんだろ。」
「奴隷ルートも回避したいです!」
「情報を売ろうにも心を読む子がいるしなあ。アリちゃむは隠し事苦手っしょ?」
「うん。」
「妖精郷の情報、吐かない自信ある?」
「お戯れを。拷問をちらつかせてきたら秒で吐くに決まってるんだよ。」
「んだな。私でもそうする。」
「ブラちゃむ、今までありがとね。」
「おう・・・」
「ブラちゃむのダンジョンの情報だけはなんとか死守するよ、多分。」
「別にアリちゃむの命と引き換えに守れとは言わんよ。こっちは今から準備できるし。」
「あ、着いちゃった。」
「・・・最後に奇襲を掛けよう。先手を与えたら何をしてくるかわかったもんじゃないから。」
「開け・・・あけ・・・扉が開かないんですけど!」
「え、このタイミングで壊れるってマジ?」
「なんか突っかかってるんだよ。透明な何かで邪魔されてるみたい。」
「うわ、部屋の外から何かしてくるんじゃないの。」
「赤い人形が。」
「どした?」
「雷びりびりってしたら全部溶けたんだよ。」
「は?ワンパンで全滅したん?」
「オークエンペラーだけは生きてるけど、瀕死・・・だったけど死んじゃったんだよ。
あんなの、私だったらかすっただけでも召されちゃむ。」
「あー、いよいよ見つからない事を祈るしかない・・・ん?」
「じゃ、そろそろ通話切るね。何から辿られるか解ったものじゃないし。」
「待て。ひとつだけ今のアルちゃむにできる事がある。」
「なになに。なんでもやるんだよ。」
「祈るよりはましな結果になると・・・いいなあ。」
「ちょっと、そこは断言して欲しいんだよ。」
「無理。」
「ブラちゃむはこんな時でも正直だね。」
「うっせ。んで、やるんだな?」
「やるやる、教えて。」
「まずは・・・」
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アリちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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