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モイラ編03-09『踏破へ06 B10F~?』

『アリストロメリアA級ダンジョン B10F』


「あっ!見て見て!お宝箱だよ!」


どうやらダンジョンボスであるオークエンペラーを討伐することで宝箱が出現する仕組みのようだ。


「通常のダンジョンでは罠はないのですが、ダンジョンマスターが関与している以上は慎重に進める事を提案します。」

「レミィの言う通りだな。サト、観てくれ。」

「御意に。・・・これは。」

「どうした?やはり罠があるのか?」


「すみません。少々お待ちください。」


サトは宝箱に意識を集中している。

やがて納得したのか伊織に向き直った。


「お待たせしました。主様が開けてください。」

「む、宝箱を開ける係は妾じゃぞ!」

「そのような係はありません。次回以降は何も言いませんので、今回は。」

「むぅ、サトがそこまで言うなら許すのじゃ。今回だけじゃからな!」


「どうぞ、主様。」

「わかった。」


(うやうや)しく頭を下げるサトの目の前を通り、伊織は宝箱に手を掛けた。

上蓋を開くと箱の中には小さな虫が伏せていた。


「虫?」

「よ、妖精でございます。」

「おお、喋ったぞ。」


よくよく観察してみると、それは虫ではなく透明な羽の生えた小人・・・妖精だった。

その妖精は土下座をしているため、虫のように見えた訳だ。


「アリストロメリアA級ダンジョンはあなた様に降伏するのです。

なのでどうか、アリちゃむを殺さないで下さい。

私はダンジョンの管理ができるので有用です。

なのでどうか、売らないで下さい。」

「ちょっと待ってくれ、考える。」


アリちゃむの親友ことブラちゃむが与えたのは『命と尊厳さえ残してくれればなんでもあげます』作戦だった。

全面降伏による一方的な土下座攻勢である。

今のアリちゃむは俎上の鯉(そじょうのこい)ならぬ俎上の妖精(そじょうのようせい)ではあり、事ここに至っては何ひとつできる事はない。

一世一代の大博打に打ち勝つのか、断頭台の露と消えるのか、エロ同人のようにされてしまうのか。

土下座状態のアリちゃむは静かに震えていた。


一方、伊織は伊織で流石にこの展開は予想できていなかったので、考える時間と意見を聞く時間が欲しかった。

伊織なりに思考を纏めたところでレミィに意見を聞く。


「レミィ、どう思う?」

「その前にサト様に質問を。

サト様は箱の中のダンジョンマスターと念話で会話していたようですが、内容を開示いただけますか?」


「構いません。先程その妖精が口にした内容そのままですよ。

時間を掛けたのは彼女を念入りに分析した結果です。

今のところ彼女に敵対の意思はなく、言っていることに嘘は感じられません。

(もっと)も、隠していることは多分にあるようですが。

私からは以上です。」


「私はサト様の感覚に全幅の信頼を置いています。

その上で妖精の提案を受け入れ、支配下に置くことを提案します。」


「皆はどうだ?」

「好きにするのじゃ。」

「可愛いし、いいんじゃマイ?」


「反対はないようだな。

アリちゃむと言ったか。前向きに検討しようと思うが、何分情報が少ない。

色々と聞かせてくれるか?」

「包み隠さずお話しするんだよ。何でも聞いて?」


「そうか、有難い。早速だが、ダンジョンマスターとは何だ?」

「ダンジョンを運営する者なんだよ。」

「その目的は?」

「えっと、できればでいいんだけど、言い触らさないで欲しいなあ。駄目?」


「ここ聞いた話は夜行の名に懸けて漏らさない。」

「うんと、私達はダンジョンで得たリソースを『妖精郷』に送るんだよ。」

「妖精郷というのはアリちゃむの仲間がいる場所という認識でいいか?」

「うん、そうなんだよ。」


「リソースというと、冒険者の死体とかか?」

「それはおまけだよ。メインは『魔力の残滓』と『侵入者の強い感情』だよ。」

「ほう、いきなり理解の次元を軽々と越えてきたな。

魔力の残滓とは?」

「魔法を使った後に残るエーテルだよ。」


「それは幽星体の事か?」

「ううん。エーテルは魔力の残滓でもあり、幽星体でもあるよ。

でも魔力の残滓と幽星体は別物だよ。」

「なるほど、何となく理解できた。

ダンジョンの魔物の生成には魔力の残滓を使って作るのか?」


「『残滓』と『感情』を回収して『エーテル』に変換するんだよ。

すると『ジェネレータ』がエーテルを使って魔物や宝箱を自動生成するよ。」

「それを上手く遣り繰りして故郷に仕送りしている訳だな?」

「そうそう。でももう離反しちゃうから、仕送りはできないね。」


アリちゃむはしょんぼりと項垂(うなだ)れている。


「仕送りを続けたいのか?」


そんなアリちゃむの感情を手に取るように理解している悪魔(いおり)は都合のいい方向への誘導を試みる。

頭の中に赤の首(みちざねこう)の通りゃんせがリフレインしていた。


「許してもらえるなら。少しだけでも、駄目かなあ?」

「それに答える前に疑問なんだが。魔力をエーテルに変換できないのか?」

「できるよ。」

「残滓と魔力ではどちらの変換効率が優れている?」


「そりゃあ、もちろん魔力だよ。」

「ここにマナジェネレータなる者がいる訳だが。」

「私、特殊(Ex)スキルでダンジョン内の侵入者のステータス情報とその詳細が見えるんだよ。

マナジェネレータを持ってる人がダンジョンの管理人になったら王様になれると思うんだよ。」


「王様とは随分だな。だがまあ、ふんわりとだが仕組みは理解できた。

まずは確認だ。

このダンジョンを表面上(・・・)、昨日までと変わらないように運用できるか?

今現在魔力が不足しているなら俺が用意する。」

「造作もない事なんだよ。でもエーテルはすっからかんなんだよ。」


「その上で一般冒険者から得られる収入は今まで通りに仕送りして構わない。」

「いいの!?やったー!」

「喜ぶのは早い。ここからが命令だ。」

「はうっ。」


「まず、ここを訓練場として使いたい。そのための環境構築に協力してくれ。」

「よくわかんないけどできる事はやるんだよ。」

「それでいい。後日、鈴鹿御前(ぶか)を派遣するから詳細を詰めてくれ。

ああ、訓練の成果次第では報酬として魔力を提供する。」

「やったー!ボーナスなんだよ!」


「成果次第だからな?

あとは・・・皆からは何かあるか?」

「マイマイだよ!宝箱の中身ってどうなってるの?」

「宝箱には種類があって、種類によって中身の『テーブル』が決まるんだよ。

あとは『運』次第でテーブルから抽選されるんだよ。」


「特定のアイテムを作ったりできる?」

「無理なんだよ。」

「む、無念。」


「じゃが、魔力さえあればいいんじゃろ?

どんどん宝箱を作って、それを伊織が片っ端から開ければウハウハなのじゃ。」

「村雨天才!悪知恵女王だね!」

「そうじゃろう、そうじゃろ、う?」


「一日に生成できる宝箱は一個までなんだよ。」

「なんだってー!」「なんじゃとー!」


「今はどれぐらいのペースで生成しているんだ?」

「二日で一個なんだよ。」

「では追加で生成してくれ。

必要な魔力の倍を支払う。」


「さらなるボーナスなんだよ!大歓迎!」

「おお、伊織にしてはいい案じゃの。」

「村雨もたまにはいい案を出そうよ。」

「マイマイも人の事を言えんじゃろ。」


「では最終確認だが、本当に俺の配下になるんだな?」

「なるなる!いい事づくめなんだよ!」

「ではそうだな、初めての現地枠の配下だ。五十一位からにするか。

アリちゃむ、君には序列第五十一位を与える。」

「わかったよ。私は序列第五十一位の迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)アリちゃむなんだよ。

今後ともよろしくなんだよ。」


「ああ、俺の役に立て。その限りにおいて、俺はお前を全霊を以て守護すると誓う。」

「お役に立つんだよ。皆と同じように主様って呼ぶんだよ。」


「それでいい。

ところで他のダンジョンにもアリちゃむのような迷宮妖精がいるのか?」

「全部ではないけど、宝箱の出るとこにはいるはずなんだよ。」


「そういう事なら、今後は迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)が治めるダンジョンとは協調関係を築く方向で進めていく。

アリちゃむ、それらに営業をかけることはできるか?当面は宝箱の買取依頼だ。」

「できるよ。でもどうやって遣り取りするの?」


「今の所は直接回収に向かうしかないが、ロクが飛べるようになったし何とかなるだろう。」

「それなら近くてランクが高い所から声を掛けてみるんだよ。

ものすごく食い付くと思うんだよ。あ、ブラちゃむにも教えなきゃ。」

「協力関係を築く度にアリちゃむには臨時ボーナスを支給する。」

「やったー!ボーナス大好き!」


「ところで、奈落(アビス)もダンジョンなのか?」

「ダンジョンかもしれないけど、迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)はいないよ。

多分異界に繋がってるんじゃないかな。

というか、異界から繋がったんじゃないかと思うんだよ。」


「ほう。それは危険はないのか?」

「さあ、どうだろうね。

もう200年近く経ってるし、大丈夫なんじゃないかなあ。」


「しかしそうなるとA級を越える迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)のダンジョンはないのか。」

「あるよ?」

「なに?エレオノーレ(ギルマス)が把握していないダンジョンがあるという事か。」

「多分、誤認してるんだと思うんだよ。」


「どういう事だ?」

「難易度を上げすぎると殺しすぎるから、長い目で見ると弊害が多いんだよ。だから意図的に下げてる所もあるんだよ。

何かしらの理由で本気を出したら難易度が跳ね上がるんだよ。」

「ダンジョン経営というのも一筋縄ではいかないんだな。」

「匙加減が難しいんだよ。」


「A級以上のダンジョンを支配する迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)にはサトの特徴を伝えておいてくれ。それから、絶対に迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)とは敵対しないし他言もしない旨もな。」

「うん。気を遣ってくれてありがとう。」


「友好関係を構築するため必要な事だ。問題ない。

概ね話は纏まったが、アリちゃむについては余り聞いてなかったな。

君はダンジョンの外には出れるのか?」

「出れるよ。でも危ないから出ないんだよ?」


「そうか。一時的にでも外に出たくなったら念話で伝えてくれ。

招聘も送還も可能だ。

それに知っての通り、俺は結界術が使えるからな。

並の術師程度には見破れないだろうし、護衛ぐらいはしてやる。」


「嬉しいけど、なんでそこまでしてくれるの?」

「配下の福利厚生は主の責任だ。」

「ふーん、配下っていいものなんだね。ブラちゃむに自慢しよ。」

「ブラちゃむも迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)なのか?」


「うん。親友なんだよ。」

「そうか。世話になることもあるかもしれん。よろしく伝えておいてくれ。」

「うん。わかったんだよ。」


「さて、改めて宣言する。

迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)については公言しないと約束する。皆もいいな?

悪いがアシュリーとシェリーも公言することは許可しない。」

「お約束します。」

「話した所でメンバーを失って狂ったとしか思われんよ。」


伊織はちらりとサトを窺うとサトはうっすらと顎を引いた。

伊織はその様子に満足した。

アリちゃむは伊織をじーっと見つめていた。


「あの、本来ならオークエンペラーを倒した報酬があるんだよ。

代わりの物を持ってくるから待っててね。」


そう言い残し、アリちゃむはふらふらと飛んで行ってしまった。


「あとは帰還するだけだが、アシュリーとシェリーに話がある。」

「遂に私達も奴隷落ちか。全くままならん人生だよ。」

「ここに至っては致し方ありません。」


「盛り上がってる所悪いが、今の所その予定はない。

君達を雇用できないかと思ってな。

迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)の秘密を共有する相手は貴重でもあるし、人柄も問題ないと判断した。」

「なるほど。首輪を付けておきたいよな。それで、何をやらせるつもりなんだ?」


「教育担当の鈴鹿御前(スズ)の部下にするつもりだ。職務はB級冒険者としての心得や実技の指導だな。

この迷宮(ここ)に来ることも多いだろう。

将来的には俺の故郷の連中が続々とやってくる予定だ。その指導官として期待している。

あとはまあ、空いた時間には鈴鹿御前(スズ)の元で訓練だな。」


伊織は『訓練』と言う際に少しだけ遠い目をしたが、二人は気が付かなかった。


「・・・それは君らのような実力者なのか?」

「そこはピンきりだな。条件面等はサトと詰めてくれ。

地上に戻るまでに返事をくれればいい。」

「わかった。前向きにシェリーと検討する。」


(サト、シェリーとアシュリーの収入は現状の三倍まで提示していい。

それを越えるならまた相談してくれ。)

(必ず囲い込みます。)


アシュリーとの会話が終わるとアリちゃむがふらふらと飛んできた。

何やら小さな鍵を抱えているようだ。

小さいと言ってもアリちゃむにとっては飛行に支障をきたすサイズなのだが。


「はぁはぁ。これ、あげるんだよ。」


伊織の手のひらに着地したアリちゃむは鍵を転がした。


「これは?」

「アリストロメリア迷宮のマスターキーの複製なんだよ。

これを握って念じると好きなフロアの階段に転移できるんだよ。」

「破格の性能ではないか。本当に良いのか?」

「うん、さっきの話がほんとなら迷宮をどんどん拡張できそうだし。」


「階層も増えるのか?」

「階層も、魔物の種類も、宝箱の種類も増やせるし、なによりランクを上げれるんだよ。」

「それはいいな。大陸一の迷宮にしようじゃないか。」

「がんばるよ。うちはA級の中では最底辺だからね。」


「ここから近い迷宮は」

「ドラゴン!竜がいるとこにしよ?」

「構わんよ。竜がいる迷宮はあるのか?」

「そんなのあるわけないよ。魔物の頂点の一角だよ?」


「えー。それじゃあ、強くて可愛い魔物は?」

「うーん。可愛い・・・思い付かないんだよ。」

「無念・・・」

「では、邪眼や魔眼を持つ魔物だとどうだ?」

「えーっと・・・」


アルちゃむ挙げてくれた魔物のうち、百々目鬼(メメ)が未取得なものは以下の通りだ。


『石化』メデューサ系

『魅了』ヴァンパイア系

『幻惑』ヴァンパイア系

『腐食』上位不死系

『封印』上位不死系

『盲目』上位不死系


「ヴァンパイアも不死系だよね?ほとんど不死系じゃん。」

「つまり不死系が多いダンジョンに行けばいいんだな?」

「うん。でもちょっと遠いし、そこにいるかわかんないんだよ?

ここから南に500kmぐらいのマスクル獣王国にあるシェリダンっていうSランク迷宮なんだよ。」


「ふむ。流石に国外に出るのは時期尚早だな。

しばらくはアリストロメリアで自力をつけるとしよう。

俺達がアリストロメリア迷宮に篭れば迷宮も育つしな。」

「アリちゃむは大歓迎なんだよ。」


「では今回の探索はこれで終了だ。約束通り、魔力(マナ)を提供する。」

「じゃ、これに魔力を注いで欲しいんだよ。」


伊織の手のひらの上のありちゃむは懐から小さな玉を取り出した。

ドングリほどの大きさのそれは内側がキラキラと輝くビー玉のようだった。


「おー、キラキラして旨そうなのじゃ。」

「飴ちゃんみたいだね。」

「食べちゃ駄目なんだよ?」


「どの程度注いでいいものかがわからんな。」

「満タンになっても壊れないから普通にしていいんだよ。」

「やってみよう。」


伊織は右手の人差し指で玉に触れ、糸状になるよう意識しながら少しづつ魔力を注ぐ。


「ほう、見た目の大きさはあてにならんな。結構入りそうだ。」

「わあ、すごいすごい。」


注ぐ魔力の量を増やすと玉の中の光もまた大きくなる。


「あ、もう限界だよ。」

「わかった。これでしばらくは維持できるんだな?」

「うん、十分なんだよ!ありがとうございます。」


アリちゃむは丁寧にお辞儀をした。


「このくらいのサービスは構わんよ。」

「サービス大好き!」

「さて、そろそろ帰還するとしよう。

ではな、アリちゃむ。今後ともよろしく頼む。」

「宜しくなんだよ!

・・・たまには遊びに来て欲しいんだよ。」


「近いうちにまた来る。

さっきの鍵は代理に持たせても構わないか?

訓練場の打ち合わせを詰める際には鈴鹿御前(スズ)に持たせたいんだが。」

「いいんだよ。」


「了解した。では皆帰るぞ。」

「マイマイも今度遊びに来るよ、アリちゃむ。」

「うむ。妾も来るのじゃ!」

「うん、待ってるんだよ。またね・・・」


命を繋いでほっとしたアリちゃむは今度は少しだけ寂しくなってしまった。


果たしてこれは吊り橋効果なのだろうか。

それともストックホルム症候群なのだろうか。

それとも初めて異種族と会話した効果なのだろうか。

それとも・・・


アリちゃむにはこの寂しさの原因がわからなかった。

______

ちゃむだよ? >_(:3」∠)_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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