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モイラ編03-07『踏破へ04 B7F~』

『アリストロメリアA級ダンジョン B7F』


ロクが轢き殺し、伊織が淡々と魔法で射殺する様相はもはや作業でしかなく、ほどなくB7Fへと辿り着いた。

ここではスライムとオークがそれぞれ一種づつ追加されるとの事だ。

しかもアルカリスライムというのが厄介らしい。

このまま特急進行で行こうと考えるほど伊織は楽天的ではなかった。

一旦、シェリーとアシュリーも含めた全員を下ろし、レミィ主導による作戦会議を開く。


「レミィ、まずは挨拶してくれ。」

「私は伊織様を音声にてサポートしているレミィと申します。姿はありませんが、よろしくお願いします。」

「・・・お、おう?よろしく?」

「・・・よろしくお願いします。」


そろそろ二人も慣れてきたようだ。


「早速ですが、まずは状況を確認します。

B7Fからはアルカリスライムとオークジェネラルが出現します。


マスターには一度お話しましたが、前者はアシッドスライムと比較すると極めて強力な腐食能力を持っており、液体に触れると骨まで溶かされる恐れがあります。

またそれなりにタフでもある為、強力な魔法師が必須となります。

マスターとタマ様の魔法ならば問題なく対処できるでしょう。

マイマイ様はどうお考えでしょう?」


「赤のオッサンの妖術と魔法で抜けない相手って考えにくいなー。

こういっちゃなんだけど、マイマイの見た限りだと主様より火力あると思うよ?」

「さもありなん。というより比較する事すら烏滸(おこ)がましいレベルではないのか?」

「二人の本気を見た訳じゃないから、マイマイわかんマイ。」

「まあ、一度試してみればよかろう。オークジェネラルはどうなんだ?」


「イエス、マイマスター。

実はオークジェネラルはB6Fでシェリー様とアシュリー様の両名と遭遇した際に殲滅しております。」

「何?やたら大きなハイオークがいると思ったが、もしやあれがジェネラルだったのか?」

「はい。そこで質問なのですが、シェリー様とアシュリー様はご存じでしたか?」

「あ、ああ。動転する余り、頭から抜け落ちていた。私達はB6Fを根城にしていたんだが、あそこでオークジェネラルと遭遇したのは今回が初めてだ。」


「ダンジョン内の生態が変わったということか?」

「可能性は三つ考えられます。

ひとつ目はスタンピード。大量の魔物がダンジョンの外に出て暴れまわる現象です。

ふたつ目はダンジョンマスターによる改変です。

みっつ目はモンスターの気まぐれです。(もっと)も、ダンジョンマスターがこれを許しては管理が難しくなるでしょうからね。こちらは除外して構わないでしょう。」


「その、レミィさんはダンジョンマスターが実在するとお考えなのですか?」

「シェリー様の疑問は尤もですが、私の手元の資料(どうが)によればその存在の裏付けは()れています。」

「あらゆるダンジョンに一人のダンジョンマスターが存在すると考えていいのか?」

「そちらについては断言はできません。

ですがダンジョンという構造物について考えた場合、ダンジョンマスターがいるという前提だとうまく説明がつくのは事実です。」


「さて、一気に危険度が増したと考えるべきだろうが、ここまでレミィが黙っていたという事は、レミィ自身は問題ないと考えているんだな?」

「ご賢察恐れ入ります。

スタンピードが原因である場合は階段付近に布陣することで入れ食い(・・・・)状態になるでしょう。

多くの経験値を稼ぎたい我々の目的と合致します。

ゴブリンの集落とはいえ、1,000体を一撃を以て全滅させた実績から、マスター単独でも余裕をもって殲滅可能と考えます。」


「え、それ後で詳しく聞かせてくれ。」

「マイマイも聞きたい!」

「タマも。」

「あれは村雨との協力技みたいなものだったから単騎ではないが。聞かせるのは構わんよ。」


アシュリーとシェリーは興味津々のようだ。ついでに新人組も。


「ダンジョンマスターが関与する場合は警戒が必要ではありますが、百々目鬼(メメ)様、(サト)様、そして私の警戒を掻い潜るのはそれこそ神々でもなければ不可能であると判断します。」


「レミィにしては中々に過激な案だが皆はどう思う?」

「退屈しておったのじゃ。溶かされては敵わんからスライムは嫌じゃが。」

「レミィが言うのであれば私からは何も。」

「そろそろオッサン達にエサをあげないと、暇だ暇だってうるさいんだよ。」

「タマは今度こそ上手くやる。」


興味の無いことに百々目鬼(メメ)が反応しないのはいつものことだ。


「最悪の場合は戦場にメメを投入すれば通路に立たせるまでもなく一瞬で終わる(・・・)からな。」

「え、この子ってそんなにやばいの?」


メメは疑問を呈したアシュリーの隣でニコニコしている。

どうやら彼女の事が気に入ったようだ。


「マイマイはマスター相手なら結界さえ抜ければワンチャンあるかもと思うけど、メメは無理ゲー。勝負の土俵にすら立てマイ。

まー、条件次第なのかなー?少なくともよーいどん、の勝負なら秒で死ぞ。」

「うわー、こんなにふわふわしてる子が。すごいんだねぇ。」

「メメ、怖くない、よ?」

「はは。別に怖いって言ってる訳じゃない。意外に思っただけだよ。」


どうやらメメとアシュリーは相性がいいようだ。


「ともあれ、反対はないようだが・・・シェリーとアシュリーは大丈夫か?」

「今の流れだと私達は戦力に数えられてすらいないんだろう?いい加減あんた達の実力を信じるよ。」

「アシュリーの言う通りですね。私達とは根本から違うようですから。一旦、常識を投げ捨てる必要を痛感した所です。」


「それは重畳。依頼を受けた時点でお客様だからな。働かせるような真似はせんよ。

シェリーとアシュリーには緊急時にこそ指示をするが、普段は好きにしてくれ。

皆は通常運行だ。まずはアルカリスライムを確認しよう。」


伊織の号令で皆は歩き出した。

シェリーとアシュリーは邪魔にならないようにロクの側にいるようだ。

緊急時にはロクに飛び込む腹積もりかもしれない。

冒険者とはしたたかなものだと伊織は感心した。

そして色々な気づきを与えてくれる二人には心の中で感謝した。


(少々借りすぎか?まあいい。最後に帳尻を合わせるとしよう。)




時折オークの群れに遭遇するが、お目当てのアルカリスライムがいない。

奇妙に感じながら進んでいるとあっさりとB8Fの階段が見えるところまで来てしまった。


「なるほど、そういう事か。レミィも随分と演出してくれるな?」

「恐れ入ります。どうぞ冒険をお楽しみください。」


視線の先にはぱっ(・・)と見でも50を越えるアルカリスライムの()が鎮座していた。


「ひぃぃいい、なにあれ!きもっ!」

集合体恐怖症(トライポフォビア)には厳しいかもしれんな。

さて、これはダンジョンマスター説が濃厚になったか?」

「イエス、マイマスター。十中八九は。」

「挑戦には受けて立たねばご先祖様に申し訳が立たんな。そういう事ならば何としても引きずり出してやろう。」


俄然やる気になった伊織を見て、レミィは今回の演出が成功した事を嬉しく思った。


「もう、マイマイがとっととやるよ?あー、もう、鳥肌ぴよぴよだよ。」

「いいだろう。だが、コアにひっついた魔石を壊さないようにやってみろ。」

「どうせやるのはマイマイじゃないしね。安請け合いしてやんよ。がんばれオッサン達。」


マイマイはあっさりと青の首(まさかどこう)赤の首(みちざねこう)黄の首(さぬきいん)を召喚した。


「小娘が簡単に言いおって。我は細かい作業は苦手じゃ。お前らに任せる。」

「では俺がやろう。盛大に期待してくれているようだしな。」

「ほほほ。では麿が場を整えるでおじゃる。

これは下界で流行しているという『協力げーむ(MMORPG)』みたいで新鮮でおじゃるな。」

「ふん、それで操作するのが己の首か?そんなげーむがあってたまるか。」


黄の首(さぬきいん)はアルカリスライムの群れを見つめ、ゆるゆると唄った。


「《瀬を早み 岩にせかるる 滝川の  われても末に あはむとぞ思ふ》」


滝から流れる川の水の流れ(瀬)は速いので、川の水が岩にぶつかったら二つにわかれるがまた合わさって一つの流れになるように、離れ離れ(・・・・)になった私たちも、いつかまた逢いたい(・・・・)と思う。


「え、なに、これ・・・魔法?」

「これは少なくとも今の俺には再現できんな。とっかかりすらわからん。」


黄の首(さぬきいん)が展開した領域が緩やかに広がると波打つように蠢いていたアルカリスライム達の動きが止まった。

その領域に存在するあらゆる生物は肉体と魂が離れ離れ(・・・・)になる。

アルカリスライム達の肉体と魂が逢いたい(・・・・)と願ったとして、それが叶うかどうかは赤の首(みちざねこう)次第だ。


「余計な事を。ここまでお膳立てをされてしまっては無様を晒そうとも言い訳できんではないか。」

「ほほほ。存分にその腕を披露されよ。雅な返歌を期待しておるぞ?」

「ふん、ならばその魂源魔法を利用して、たまには天神(・・)らしく振る舞うとしよう。」


「こ、魂源魔法って、実在するの?」

「レミィによると時間属性と同じく、最上位に位置する魔法らしいぞ。」

「時間属性・・・」


B級冒険者でもその存在が知られていないようではレミィの言うように『モイラ』に魂源魔法の習得者はいないのかもしれない、伊織はそう思った。


「俺が再現できないのもそう言う理由か。前提が整っていないのだろうな。」


伊織達がピクニック気分で見学している間に赤の首(みちざねこう)もまた詠唱という名の童謡(わらべうた)を唄い始めた。


「《通りゃんせ 通りゃんせ

ここは どこの 細道じゃ

天神さまの 細道じゃ》」


幼い頃によく聴かされた童謡(わらべうた)だが、透き通るような声色に思わず背筋が伸びる。


「《ちっと通して 下しゃんせ

御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに

お札を納めに まいります》」


間も無くクライマックスのはずだが、のんびりとした美声が響き渡るだけで今のところは何も変化は見受けられない。

これが嵐の前の静けさなのか、それとも。


「《行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも

通りゃんせ 通りゃーんせ》」


唄が終わるとアルカリスライム達の魂が空へと昇り始める。


「む、(そっち)ではないぞ。こっちだ。

ようよう仲良う細道を通って参れ。」


アルカリスライムの魂達はゆっくりと赤の首(みちざねこう)の方へ、否、伊織の方へ向かってゆらゆらとやって来た。

ちらりと赤の首(みちざねこう)を見るとなんとなく目が合った気がした。

赤い布に覆われて目は見えないが。


ともあれ、何か考えがあるのだろうと思い、伊織は状況を見守ることにした。

行儀よく一列に並んだ魂が伊織の胸に一体づつ順番に飛び込む。


「マ、マスター。

アルカリスライムが続々と『妖牧場』に登録されています。」

「ふふ。なるほど、魂を支配して取り込めばこのような芸当ができるのか。」

「そんな事はお主ぐらいにしかできぬよ。」


意外な言葉は赤の首(みちざねこう)からだった。


「そうか、『妖牧場』が必須条件なんだな?」

「然り。魂源へ至れ、若き夜行よ。俺に未知を見せてくれ。」


そうなると別の疑問が湧く。


「アルカリスライムを召喚したら魂魄(こんぱく)の状態で出てくるのか?

それだと戦力になりそうにないな。」

「何を呆けたことを。よく考えてみよ。」


50全てのアルカリスライムの魂が伊織に取り込まれた所で伊織は魂の抜けたアルカリスライム本体に目を向けると同時に閃く。


「なるほど。正解かはわからんが試してみよう。

『妖牧場』。出でよ、アルカリスライム。」


間を置くことなく先程のアルカリスライムの魂が伊織の正面に現れた。


「元の体に戻れるか?」

「・・・」


魂は無言で元の体らしきものの中に飛び込んだ。

しばらくすると止まっていた体が蠢きだす。


「階段の方へ移動しろ。」

「・・・」


元の肉体戻ったアルカリスライムは素直に階段まで移動した。

支配が解けたという事はないようだ。


「ここまでは予想通りだな。よし、戻れ。」


するとアルカリスライム瞬時に消えた。


「再召喚だ。『妖牧場』。出てこい、アルカリスライム。」


先程の肉体を得たアルカリスライムが現れた。


「すごいなこれは。俄然『魂源魔法』を習得する意欲が湧いたぞ。」

「結構!

手始めに基本七属性を極め、上位二属性の重力と空間を学びなさい。」

「ああ、必ずモノにしてみせる。」


伊織が『モイラ』に降り立って最もやる気に満ちたのはこの時なのかもしれない。


「伊織殿だけではないでおじゃる。

魔法は矢弾を振り回すだけでは三流、そしていくら自由自在に撃てても二流止まりと心得るでおじゃる。」

「じゃー、一流ってなんなん?」


「見たままでおじゃる。」

「無傷で制圧して一流って事?」

「一流半でおじゃるな。」


「えー、それ以上?配下に加えるとかは主様にしかできないっしょ?」

「そうでおじゃるな。」

「わかんマイ。」

「マイマイ殿には少し難しいかの。一流とは(みやび)でおじゃる。」


「ますますわかんマイ。」

「風流を知るでおじゃるよ。和の詫び寂びなど心を打たれるであろ?」

「詫び寂びじゃ敵を殺せマイ。」

「なんと野蛮な。マイマイ殿は心の余裕を持つべきでおじゃるな。」


「そういうのって合理性の欠片もないじゃマイ。」

「これは手強いでおじゃる。時間をかけてじっくりと教育する必要が」

「送還。」


黄の首(さぬきいん)は送還されてしまった・・・

その後も全ての首がぞんざいに送還され、50のアルカリスライムもまた肉体を得て帰っていった。


「ダンジョンマスターと対峙したらアルカリスライムをけしかけてやろうよ。」

「まだ何処にいるのかもわからんがな。

さて、あの動きを見た感じだと特急進行で構わんだろう。

全員、ロクに乗ってくれ。」


皆が伊織の指示を素直に聞いたが、天狐(タマ)は残った。

仁王立ちするその表情には決意が窺える。


「どうした?」

「タマも乗る。」

「1人乗りだぞ。」

「頑張れば乗れる。」


「ふむ。では俺は中に入るか。」

「駄目。私を見る。」

「どういうことだ?」

「私が倒す。主様は見る。」


「ほう。」

「タマを抱えて座る。」

「だが尻尾が大きすぎるな。大丈夫か?」

「問題ない。」


伊織はタマの言う通りに足を広げて御者台に座った。

伊織の足の間にタマが腰掛ける。

ギリギリ乗れなくもないが、全身が完全に密着して全く身動きが取れない。

どころか立派な尻尾が邪魔をして碌に前が見えない。


「前が見えん。」

「尻尾を抱っこしていい。」

「わかった。」


伊織は尻尾の付け根を握った。


「ひゃん!」

「痛かったか?」

「ない。でも、ちょっと、びっくり。」


五本の尻尾を纏め、腹に抱えるようにして撫で付ける。


「はうう。くぅん、くぅん。」

「狐返りしているぞ。」

「はっ・・・これは危険。」

「やめるか?」


「ううん。動かさなきゃ大丈夫。」

「難題だな。まあ、努力しよう。」

「ロク、進んで。」

「ミギヨーシ ヒダリヨーシ デッパツシンコー」


日増しに豊富になっていくロクの語彙は何処から仕入れられているのだろうと、伊織は不思議に思った。






「ひゃん。」

「む、すまん。」

______

ちゃむだよ? >_(:3」∠)_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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