モイラ編01-04 『幼刀村雨』
火車はご機嫌で疾走していた。爆走と言い換えてもいい。
馬車にあるまじき速度ではあるが、『モイラ』では速度超過の切符を切られる心配はない。
だが、不思議なことに馬車の内部に振動はない。
そんな快適な馬車の中で、幼女は楽しそうに少年と話をしていた。
「じゃからな、そこで妾は言ってやったんじゃ。
木綿なのに『キヌ』は変じゃとな。」
「盛大に地雷を踏み抜いた訳だな。」
人化した村雨は長く延びた髪をひとつに束ね、七五三の女児のような格好をしている。
くりっとした大きく黒い瞳は楽しそうに見開かれ、身振り手振りを交えて伊織に話し掛けていた。
「『キヌ』はすべすべになりたいけん『キヌ』って名前ば貰ったとよ!
そげん言うなら村雨もざらざらにしちゃるけんね!
とか言うてまぁ、殴るわ蹴るわの大暴れでそれはもう難儀したのじゃ。」
「目に浮かぶ。
木綿には木綿の良さがある。そのままでいいとは俺も思うんだが・・・隣の庭は青いのだろうな。」
大袈裟に話をする村雨と話しながらも、伊織はレミエルと今後のことを詰めていた。
(レミィ、町で生活する上での注意事項はあるか?)
[マスターは新情報の塊ですので、情報の隠蔽が基本でしょう。]
(面倒事に巻き込まれかねんという訳か。それで、具体的には?)
[まず、衣服を整える必要があります。]
伊織は動きやいように工夫が凝らされた『羽織袴』を履いている。
黒に近い灰色を基調とした代々『夜行家』で好まれた衣装だ。
(変か?)
[中世ヨーロッパの町中で侍が闊歩するようなものです。]
(なるほど、違和感しかないな?
だが動きやすさとトレードオフになるのは頂けんな。
それに服を仕入れるにも金銭が必要だろう。
悲しい事に我らは文無しだ。
ところで『モイラ』の通貨はどうなっている?)
[各国が貨幣を発行しており、原始的な為替制度が存在します。
基本的にはどの国も銅貨、銀貨、金貨の順に価値が上がります。
それ以上のものは金塊や古代貨幣という古い時代の貨幣が用いられているようです。
詳細な物価に関しては現地で調査する必要があります。]
(古い時代の貨幣というと和同開珎のようなものか?)
[失われた技術により造られた希少金属の貨幣です。
『ミスリル貨』や『オリハルコン貨』等が該当します。]
(またしても胸が踊るファンタジーだな。
話が逸れるが、ミスリルやオリハルコンの加工技術そのものも失われたのか?)
[一部のドワーフが継承しているようですが、詳細は不明です。]
(話を戻そう。金を稼ぐにはどうすればいい?)
[マスターには身分を証明するものがありません。
そのため、まずは身分証の発行をしてもらう必要があるでしょう。]
(確かに。嘆かわしいことに実際無職だしな。)
[身分証には様々なものがありますが、マスターが得られそうなもので現実的なものは『冒険者許可証』『商取引許可証』『納税証明証及び家族証明証』の三種です。
『冒険者許可証』には技能試験が、『商取引許可証』にはまとまった金銭が、『納税証明証』には納税実績が必要となります。
これらのうち明らかにハードルが低いのは『冒険者許可証』でしょう。
マスターの実力であれば問題ありません。
『冒険者ギルド』と呼ばれる冒険者による互助組織が発行する許可証で、『町』以上の規模であれば概ね支部があります。]
(待て。関所や街の入り口で税を取られたりはしないのか?)
[首都や領都クラスの大都市では入税を取られます。関所は国によってまちまちですが、現在地周辺は辺境の大草原である可能性が高く、恐らくここは大陸です。
そうなると入場税の心配は不要でしょう。]
(うーむ、何か金銭に替えれるものを探しておく方がいいのか?)
[念のためそういった物も索敵対象にしていますが、これといったものは見つかっていません。]
(冒険者というのは魔物を倒して金を稼ぐんだよな?)
[『依頼』を受け、条件を達成し、報酬を得る。
魔物を倒し素材を冒険者ギルドに売却する。
基本的には以上の二通りです。]
(魔物を丸ごと投げ渡すのでは駄目なのか?)
[そのギルドに解体施設があるかどうかで違いがあるようです。解体手数料も取られるようですね。
のちほど魔物とその素材に関するデータベースを一通り精査しておきます。]
(ギルド外での売却は認められているのか?)
[『トラブル防止』を名目に禁止されています。ですが実態としてあまり機能していないみたいですね。ただ、希少物に関してはギルドが横槍を突いてくる可能性を考慮すべきでしょう。]
(町を見つけるまでに魔物を見かけたら仕留めて回収しておくか。うまい具合に火車のスペースは広いしな。)
[イエス、マイマスター。]
火車内部の空間は明らかに異常だった。
二十四枚の畳が敷き詰められているスペースは比べるまでもなく火車よりも大きい。
これは火車の特殊スキル『快適車』によるものだ。
室内が全く揺れないどころか慣性すら体感できないこともこの能力に由来する。
これは火車『六焔号』による『オレサマニ ノレ』という強烈な願望により発現した異能だった。
「伊織、ちゃんと妾の話を聞いておるのか?」
「もちろんだ。サトにこってり絞られたんだろう?
ところで、俺も村雨に聞きたいことがあるんだが。」
「おお?なんでも聞いてよいのじゃぞ?」
ニコニコと笑い、畳の上に行儀悪く放り出した足をパタパタと動かす村雨に言葉を重ねる。
「ステータスオープン、そう念じてみてくれ。」
「うん?わかったのじゃ。」
「なんじゃ!?」
「見たことない窓のようなものが開いただろう?上から読み上げてくれないか?」
「いいじゃろう。まずは・・・」
村雨が読み上げたのはこのようなものだった。
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種族:幼刀・九十九神
名前:村雨 307歳(8歳)
レベル:29 EXP:(17/288)
特殊スキル:『玉散叢雨』レベル3
異能:『自己修復』『刀の申し子』『水の才』『氷の才』『聖属性適正』
祝福:なし
称号:『人族キラー』
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「うーん、幼刀?よくわからんな。」
(レミィ、村雨にも聞こえるように話ができるか?)
「イエス、マイマスター。」
「ぬぉっ、だれじゃ!面妖な・・・」
村雨は飛び上がって周囲を威嚇する。
「私は第七位階大天使レミエルです。
マイマスターこと夜行伊織様のアシスタントとして派遣された者です。
レミィとお呼びください、村雨様。」
「むむ、なんで見えんのじゃ?」
「私の本体は天界におります。念話のようなものとお考えください。」
「ほほー、すごいもんじゃな!よろしく頼むぞレミィ!」
「はい、よろしくお願いします。」
「伊織はなんで黙っておったんじゃ?」
「単に機会がなかっただけだ。肉声で話ができるか知らなかったしな。」
「ふーん、まあいいのじゃ。」
説明が面倒だった、などと言ってしまえばもっと面倒なことになってしまう。
伊織はソツなく話を流した。
「レミィ、村雨のステータスについていくつか質問したい。」
「イエス、マイマスター。何なりとお尋ねください。」
「まいますたー、ってかっこいいのじゃ。」
村雨をスルーしつつ、レミィに質問する。
「種族の幼刀というのは?」
「種族はシステムによって自動的に登録されます。
どうやら新種族のようですね。」
「納得いかんのじゃ。普通、『妖刀』じゃろうに。」
村雨はぶつくさ言っているが、別にデメリットがあるでもない。
割と丼勘定な伊織は気にせずそう判断した。
「レベルが上がっているのは現世での成果ということでいいのか?」
「肯定します。」
「村雨を装備した俺が魔物を討伐したら、EXPはどうなる?」
「お二人に分配されます。」
「理解した。」
「履歴を遡ったところ、150体ほど撃破されているようです。」
「切った数など覚えてないのじゃ。」
何を、とは敢えて聞くまい。
「では村雨、特殊スキル:『玉散叢雨』に心当たりは?」
「そりゃ、妾の必殺技じゃからな。」
「具体的に聞かせてくれ。」
「いいじゃろう、とくと聞くがよい。
雨を降らせて、槍にしてびゅーんじゃ。」
「ほぅ。」
「反応が薄いのじゃ!全方位からじゃぞ!回避不能じゃぞ!痛いんじゃぞ!」
「いや、侮った訳じゃない。想像していただけだ。
雨が降っていたり水場から近いと使い易かったりするのか?」
「そりゃもう乱れ撃ちじゃ。」
「なるほど、参考になった。
レミィ、村雨の異能について聞かせてくれ。」
「イエス、マイマスター。
『自己修復』は本体が破損した際に自動発動します。
火車も同異能を保有していることから、種族『九十九神』の特性と推察します。」
「次に成長可能な異能の格について申し上げます。
『適性』<『才』<『申し子』<『真髄』<『神髄』の順に強力になります。
村雨様は質も量も素晴らしい適正をお持ちです。」
「そうじゃろう、そうじゃろう。」
褒められて悪い気がしないのか、村雨は機嫌よく頷いている。
ちょろい。
「あとは、例えばマスターがお持ちの『炎属性適正』同様、水にも『水属性適正』というものもあります。
ですがこれらはあくまで魔法に対する適正です。
『水の才』にはそういった括りはなく、あらゆる水に適用されます。」
「完全上位互換という訳だな。」
「また、マスターは少々特殊です。
異能『Ex超越体』が発現時にそれまでお持ちであったはずの異能の大半を吸収しています。
なくなったわけではありませんが、ステータス上では確認できません。
そして『聖属性適正』ですが、これによって不死族や霊体への特効が期待できます。」
「運命の女神から処置を受けた際に統合してしまったという事か。」
「イエス、マイマスター。
最後に、村雨様について総括します。
村雨様は敏捷型の『魔法刀士』として適正が非常に高いです。
水、氷、聖の属性を付与することで物理攻撃に耐性のある相手でもカウンターすることができ、非常に汎用性が高いです。
今後は他の属性を取り入れるとさらに幅が広がるでしょう。
反面、防御面に不安があり、特に土属性に警戒する必要があります。
属性適正も決して低くない水準ですので危険な相手には無理をせず遠距離から攻撃することも考慮すべきです。
以上ですが、不明点はありますか?」
「俺からは特にないな。とても参考になった。村雨はどうだ?」
「レミィが妾をたくさん褒めてくれたのじゃ。いいやつなのじゃ。」
「恐縮です。」
「そうだな、仲良くしてくれ。」
「うむ、心得たのじゃ!」
「マイマスター、『ゴブリン』のものと思われる大規模な集落を確認しました。」
「ゴブリンとは?」
「マスターの認識では『小鬼』が近いでしょうか。
身長80~100cmほどで集団戦闘をする知能はありません。
稀に魔法技能を習得している個体も居ますが、その実力は最低限に過ぎません。
このように個体戦闘能力は低いのですが、集団となると数の暴力で押しきられることがあり、村落や商隊などが深刻な被害を被ることもあります。」
「『ホブゴブリン』という上異種もおり、こちらは人族の一般成人男性並の戦力です。
また、今回のような大規模な集落ですと『指揮個体』の存在が確定的でしょう。」
「指揮個体にも様々なものがおり、一概には言えません。
『ジェネラル級』は平均的冒険者では太刀打ちできず、パーティ推奨と評価されています。
『王級』は上位冒険者の複数パーティに依頼されるか、ギルドが舵を取って大規模な討伐を行うこともあります。」
「予想はつくが、人族とゴブリンの関係は?」
「まず、意思の疎通が取れません。
またゴブリンは人族を認識すると即座に敵対行動を取ります。
そしてゴブリンは人族の女性を、子を産む雌と認識しています。」
「異種間交配が成立するのか。」
「はい、しかも的中率は100%近いとのことです。」
「ゴブリン算式に増える訳だ。
元人族として調伏するのは吝かではないが、さて・・・」
伊織は天井を眺めながら暫く黙考する。
「死体を持ち帰っても売れないよな?」
「処分手数料を取られるだけでしょう。
ですが指揮個体の特定部位ならば『魔法触媒』として使用できますので、その限りではありません。」
「よしレミィ、二人で冒険をしよう。」
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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