モイラ編03-03『アリストロメリアA級ダンジョン』
『アリストロメリアA級ダンジョン』は街の南門から12kmほど離れた場所に位置する。
アリストロメリアに到達した時点でレミィの索敵にギリギリ引っ掛からない位置だった。
現地に到着する頃にはそれなりに日が昇っており、恐らく10時ぐらいではないかと伊織は想像した。
「時計が欲しいな。レミィ、現地時間で16時に知らせてくれ。」
「イエス、マイマスター。」
「アラーム代わりにするみたいで悪いな。」
「いえ、当然の役割です。」
ダンジョンの入口周辺は人がごった返している。
アリストロメリアの冒険者ギルドのギルマスであるエレオノーレによれば人が減ったとのことだったが。
かつてはもっと大勢の人がいたかと思うと、内部の様相も想像できた。
「他パーティと遭遇した場合は基本的には不干渉だが、場合によってはその都度話し合おう。
サトの報告次第では何でもありである可能性も頭の片隅に入れておいてくれ。」
伊織は当然、他パーティと揉める事も想定していたが、もしかしたら思った以上に遭遇率が高くなるかもしれないと思い直した。
その結果の指示だ。
順番待ちの列が縮まると、衛兵に声を掛けられる。
ふと思い付いた伊織は『冒険者証明書』と『冒険者パーティ証明書』を裏書が見えるようにして手渡した。
『冒険者証明書(Bランク)』の裏書には特記として「指名依頼を断る権利を有する」と記載されている。
また、『冒険者パーティ証明書(Bランク)』にも同様に「パーティメンバー及びダンジョンランクの制限を受けない」と明記されているからだ。
これには衛兵も眉を上げた。
「なるほど。おまえ達がギルマスから通達にあった連中か。通ってよし。
ギルマスからの伝言だ。
『くれぐれも殺さないでくれ』
良くわからんが、確かに伝えたぞ。」
「善処しよう。」
伊織は衛兵の言葉に気を留める事なく通過した。
彼にしては珍しいことに初めてのダンジョンに完全に気が惹かれていたのだ。
そんな伊織の様子にパーティメンバーの皆は生暖かい瞳で見守っていた。
B級冒険者パーティ『百鬼夜行』が入場した後、先程の衛兵が大声で怒鳴りあげた。
「今しがたダンジョンに入場したのはB級冒険者パーティの『百鬼夜行』だ。
アリストロメリア冒険者ギルド同ギルドマスター、エレオノーレから通達である。
彼らへの一切の手出しを禁ずる。万一これを破った場合は理由の如何を問わず冒険者資格を剥奪する。以上!留意せよ!繰り返す!」
衛兵のこの言葉にはダンジョン入口に屯していた冒険者達は仰天した。
この場にエレオノーレの名を知らない冒険者はいない。
数十年間アリストロメリアの冒険者ギルドを牽引してきたギルドマスターだ。
その信頼は篤い。
そんな彼女が一介の冒険者パーティをこのような形で贔屓するなどあり得ない。
例えそれが貴族パーティであったとしてもだ。
彼らは推測する。『百鬼夜行』なるパーティについて。
無責任な噂というものは得てしてそうやって醸造されるものだ。
曰く、オーガのように筋骨粒々で血も涙もない大男が群れを為すパーティである。
曰く、国が秘蔵していた勇者パーティである。
曰く、ハイエルフの美女集団である。
噂が噂を呼び、形を変え、収拾がつかないほどに混沌とした状況を作り出すのは時間の問題といえた。
後日エレオノーレはこの失策をしぶしながらも認める事となる。
目の前に置かれた新作美容液を見つめながら。
百々目鬼とレミィは入口の混沌とした状況に気づいていたが、特にコメントをする事はなかった。
下らない理由で機嫌良くダンジョンを見回すパーティリーダーの意識を戻すつもりがなかっだけの事だ。
ともあれ、その第一歩は確実に踏み出された。
「ダンジョンと聞くと暗くてジメジメしているだろうと想像していたが、そうでもないな。」
「イエス、マイマスター。
新しいダンジョンが発見されると冒険者ギルドにより『魔法苔』の胞子がばら撒かれます。
それらが発芽して最低限の光源となるようです。」
「てことは、新しいダンジョンは真っくらくら?」
「はい。」
「光魔法で光源を飛ばせばいいですが、奇襲される危険性が上がりますね。」
「サト、光、いらない、ね?」
「確かに、暗い場所はサトの独壇場じゃな。」
「右の部屋、豚人間?、いる、よ?」
「オークが一体ですね。」
「どのような魔物なんだ?」
「ゴブリンよりふた回りほど大きく、一般成人男性以上の膂力を持ちます。
極めて好戦的で、魔法職以外の者は一切の魔法を使いません。総じてゴブリンの上位互換ですね。」
「では、俺がやろう。近接戦闘能力を見ておきたい。」
伊織がふらりと部屋に入ると、それに気づいたオークがいきり立って襲いかかってきた。
右手に持つ巨大なこん棒が振り下ろされた。
伊織すでに薙刀二槍を油断なく構えており、こん棒の力に逆らわず、音もなく受け流す。
こん棒が地面を叩く鈍い音が部屋に響くと同時にオークの首がずり落ちた。
「レミィが言うように力はそれなりだが、それだけとも言えるな。
まあ、生身で貰ったら酷いことになりそうではあるが。」
伊織は魔力の刃を消しながらそう評した。
「マイマスター、興味深い事実を確認しました。」
「どうした?」
「先程のオークの経験値が全員に分配されました。」
「ほう、ダンジョン限定の仕様か?」
「幾つか可能性がありますのでこちらで調査します。
マスターの異能『指揮者』により経験値が25%上乗せされた上で分配されていますので、マスターに限ればダンジョン内経験値効率は外よりも高いと言えるでしょう。」
「ありがたい話だが、経験値なら集落を焼く方が手っ取り早いな。」
「発想が魔王じゃな。」
「マイマイの主様はやべー奴だった。知ってたけど。」
「ひどい言われようだ。空間魔法は使えないが、この豚はどうする?」
「肉が美味しいらしいし、食べてみたいのじゃ。」
「血抜きしようにも・・・水魔法でいけるか?」
伊織はオークの血を操作しようと魔力を込めてみる。
「やはり駄目か。オークの体内の魔力に弾かれるな。」
「適当に切り分けて凍らせてはどうじゃ?」
「魔力の『箱』を作っておくから村雨は切り分けと凍結を・・・
一つ試してみたい。」
伊織は切り飛ばしたオークの首を密封するように魔力の箱を生成した。
これで外部と内部の物理法則は遮断できたはずだ。
実験が成功した事を確認し、術式を解除する。
「俺が切り分け、村雨が凍らせて、俺が密封しよう。皆はロクに運んでくれ。」
黙々と作業をしているとレミィから声が掛かる。
「初戦闘をしたことですし、ギルドからの情報と『西』により情報を合わせてお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「うん?ここまで内緒にしていたのか?」
「さすがにこのフロアは楽勝と予想できましたから。
あまりネタバレをしてお楽しみを奪うのも忍びなく思いまして。」
「ふふ、気を使わせたな。わかった。頼む。」
「当ダンジョンは全10階層でオークとスライムのみで構成されます。
2階層毎にそれぞれの新モンスターが追加されるようですね。
最下層のボスはオークエンペラーです。
続いてランクと構成を説明します。」
レミィの説明を要約すると以下のようになる。
『アリストロメリアA級ダンジョン』
B01F スライム オーク ハイオーク
B03F ポイズンスライム オークスカウト
B05F アシッドスライム オークメイジ
B07F アルカリスライム オークジェネラル
B09F グランスライム オーククイーン オークロード オークエンペラー
Fスライム Eポイズン Dアシッド Bアルカリ Aグラン Sエーテル
Dオーク D+ハイ Cスカウト C+メイジ B+ジェネラル Aクイーン、ロード A+エンペラー
「スライムとはどういう魔物なんだ?」
「不定形のゼリーのような魔物で、獲物に取り付いたり、液体を吐きかけて攻撃します。
ここでは毒、酸、アルカリの液体に警戒する必要があります。
物理攻撃に極めて強く、逆に魔法には弱い傾向にあります。
中央付近にあるコア粉砕することで無力化できます。
種類が豊富な事が有名ですね。
だた、非常に鈍足ですので、天井からの奇襲にさえ警戒すれば遠距離から一方的に攻撃できます。」
「なるほど。
天井に落とし戸のような罠があると察知しにくいな。
ちなみに罠は再生成されるんだろうが、位置は変化するのか?」
「マスターが仰った落とし戸や落とし穴などの物理系の罠の位置はギルドで貰った資料の位置で固定です。
ですが強制転移や爆発系罠など魔法系の罠はその時々で位置が変わるようです。」
「ということはこの地図さえあれば魔力探知だけでいいのか?」
「その地図を完全に信用し、かつ罠に限ればそうなります。」
「確かにこの地図を頭から鵜呑みにする訳にもいかんからな。物魔ともに警戒しよう。
サトに頼りすぎるのもよくない。皆も細心の注意払うように。
特に村雨は見たことのない物には触れるなよ。」
「ふん、ちゃんと斬るわ。」
「触れるなと言っている。」
会話をしながらもオークの肉を詰め込み、先へと進む。
その後は淡々と魔物を狩りながら恙無くB2Fへの階段へと到着した。
「手応えが全くないのじゃ。つまらんの。」
「まあ、最初はこんなものじゃないか?
それより、レミィ、時間はどうだ?」
「14時ぐらいですので余裕はあります。」
「ふむ。今日は引き返して、明日から一気に最下層まで行くか。
よし、帰って準備するぞ。反対はあるか?」
特に反対はなかったので、来た道とは別ルート通りながら帰還した。
討伐数はオーク24体、ハイオーク4体、スライム7体だ。
オーク系からは肉と魔石、スライムからは魔石だけを回収した。
「村雨がどうしても食べたいというから一体だけスライムを回収したが、本当に大丈夫なのか?」
「ゼリーみたいで美味そうなのじゃ。」
「まあいい。だが宿の厨房で断られたら素直に聞けよ?」
「わかっておる。じゃが、あのおっさん達なら上手いことやってくれるのじゃ。」
村雨は事ある毎に宿の厨房に顔を出してはおやつを貰っている。
厚かましい事この上ない村雨ではあるのだが、何故か大人達からのウケが非常によい。
さすがに保護者責任を問われると察した伊織は厨房の人々にこっそりと袖の下をばら蒔いていた。
「今回は全員でギルドまで行って肉を売るぞ。魔石は全部クラに渡そう。」
B級冒険者パーティ『百鬼夜行』の面々が冒険者ギルド入ると、一気に空気が張り詰めた。
こそこそと「あいつらが例の」などという声が聞こえるのは朝の衛兵の演説によるものだろう。
自分達が注目されているのは全員が理解していたが、それで萎縮するような可愛い妖はここには居ない。
ごく自然な足取りでカウンターに向かう。
「オークの肉を売りたいんだが、何分初めてなものでな。色々と教えて貰いたい。」
「・・・」
若い受付嬢は口をポカン開いて伊織を見詰めている。
「ん?ああ、冒険者許可証必要だったか?」
「あ、い、いいえ、『百鬼夜行』の皆様ですよね。失礼しました。
倉庫へ案内しますので、付いて来て下さい。」
「わかった。」
道中で受付嬢から注意点を幾つか告げられる。
「次回からは直接倉庫に行って頂いて構いません。
希少ドロップ品の場合は別室で鑑定する事もありますので、その際は職員の指示に従って下さいね。」
「わかった。」
「ところで荷物をお持ちではないようですが?」
「ああ、馬車に全部積んである。」
伊織はミニチュア化して随分と可愛らしくなった火車を見た。
現在のロクはポニーサイズの馬による一頭だての小さな馬車の姿をしている。
ぱっと見は御者台に一人と馬車内に一人しか乗れないようなミニマムサイズだ。
受付嬢は見たこともないほど小さい馬車を不思議そうに見詰めている。
「もしかしてダンジョン内に連れて行ったのですか?」
「そうだが、何か都合が悪いか?」
「いえ、珍しいと思っただけです。こんな小さなお馬さんなのに、魔物を怖がらないのですか?」
伊織はオークの頭をボリボリと貪り喰っていたロクを思い出した。
「こう見えて豪胆な性格なものでな。」
「はー、そうですかー。」
受付嬢は子馬がお気に召したようで、ニコニコしている。
無為に夢を壊す必要はあるまいと、伊織はそれ以上ロクについて触れなかった。
「おう、納品か?」
「はい。新規の方です。」
「B級冒険者パーティ『百鬼夜行』だ。許可証は必要か?」
「へえ、お前らが。受付で確認してんだろ?不要だ。
それより売り物を出してくれ。」
何故かパーティ名に反応されたが伊織は特に気にすることなく全員に命令した。
「全員でオーク肉を降ろしてくれ。ハイオークの肉は今晩焼いて貰う分だけ残して全部降ろしていい。どうせ明日も手に入るだろうからな。」
どんどんと積み上がる肉の山を見て倉庫のおっさんの口が少しづつ開く。
やがて顎が外れんばかり開ききった所で限界が来たのかついに叫んだ。
「おい、その馬車どうなってんだ!明らかに量がおかしいだろう!いつまでやってんだ!」
「企業秘密だ。」
「・・・あー、まあいい。よくねえが、まあいい。」
メメはオッサンの様子を見てキラキラと目を輝かせていた。
どうやらメメによる『面白い人枠』に無事当選を果たしたようだ。
「しかしすげー量だな。全部振り込みでいいか?」
「それでいい。」
オッサンが金額を言っていたが伊織はそれを全く気にせず引換証にサインした。
これで後日、ギルド口座に満額振り込まれるはずだ。
「ところで解凍する必要はあるか?」
「魔力を含む肉は腐りにくいとはいえ、この量だ。このままでいい。すぐに氷室に放り込むしな。」
「そうか、わかった。」
伊織が結界だけ解除すると、部屋中に冷気が溢れる。
「なあ!?何をしたんだ?」
「肉に触れないと困るだろう?箱から取り出しただけだ。」
「お、おう、そうか。・・・そうか。」
「では、また持ち込む事もあるだろう。その際は宜しく頼む。」
「お、おう、そうか。」
オッサンは魂が抜けてしまったようだ。
伊織は踵を返し、冒険者ギルドを後にした。
その後は明日以降のダンジョン攻略に向けて食糧と水を買い込み宿に戻った。
「レミィ、戦果報告が必要なものはあるか?」
「天狐様のレベルが10から26に上がり、Exスキル『二尾の狐』が『三尾の狐』に進化しました。
後は皆様のレベルが上がったぐらいです。」
「じゃーん。」
タマが巫女服をめくり上げると立派な尻尾が増えて三本になっていた。
「おお、こうやって最終的に九尾の狐になるのか。」
「むふー。母様に追い付く日も近い。」
普段はテンションの低いタマだ、がこの時ばかりは鼻息が荒い。
「しかし、巫女服の下に仕舞っていると窮屈ではないのか?」
「主様、エッチ。」
「何?もしかして尻尾を見せるのは恥ずかしい事なのか?その割には玉藻前は豪快に晒していたが。」
「まだ三本。恥ずかしい。」
「なるほど、そういうものか。どんどん稼いで立派な尻尾を見せびらかせるようになろうな。」
「むふー。」
タマはやる気に満ちた。
「明日以降は数日はダンジョンに籠る事になる。疲れを明日に残さないようにな。」
まだ昼過ぎではあるが、ここでパーティを解散し、明日に備えた。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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