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モイラ編幕間02-02『イーサン紙』『絶望姉弟』

『イーサン紙』side イーサン


領都アリストロメリア商業ギルド支部長、イーサンは心臓の高鳴りを抑えられずにいた。


『領都』と聞けば聞こえはいいがアリストロメリア領そのものは辺境の片田舎だ。

所詮はそこそこの規模の中堅地方都市に過ぎない。

国外にまでも展開する世界の(・・・)商業ギルドという視点で見れば、自身の支部は吹けば飛ぶような規模でしかない。

そのため、領主の息が掛からない準公共事業としての地場産業推進事業などの大規模な投資で立場を守ることは必須といえた。


端的に言えば金を稼ぐ必要があるのだ。

でなければ良くて左遷、最悪降格ということもザラ(・・)にある。


どうしたものかと頭を悩ませていたそんな折、部下からの悲鳴じみたSOSが届いた。

聞いてみれば、ここ最近の特許申請の数が多すぎて人手が全く足りないと言う。

特許申請を扱う部署は暇をもて余した窓際族というのが商業ギルドにおける共通認識だ。

田舎の地方都市にきれっきれの発明者などいないのだ、普通は。


報告書を上げさせて目を通したところ、常では考えられないほどの『量』の申請が持ち込まれていた。

訝しんで一枚づつ読み進めるうちに、次第にイーサンの手は震え出した。






これはとんでもない金になる。






量も多いが尋常ではないのはその()だ。

どれを取っても間違いなく金になるとイーサン判断した。


『洗濯板』、『保存食』、『農具類』はいいだろう。むしろなぜ今まで誰も気づかなかったのかとすら思う。

だが『石鹸(せっけん)』、『木炭』は作り方が簡単な上に消費量が莫大なものになるだろう。

そのまま『ネコ車』、『算盤』、『オセロ』と続き、先程から感じていた違和感に気づく。






「簡単すぎる。」






ぽつりと呟いた一言に全てが集約されていた。

そして戦慄する。






「これは、序の口では?」






技術的に難しい、あるいは材料がない。

ともかくすぐには製作、量産できないものがまだまだ控えているのではないか。

これは是が非でも確認しなければならない。

そして地場産業の中核足りうる事業立ち上げへの協力を打診すべきだ。

いや、話の内容次第ではむしろ主導して貰うことも検討すべきかもしれない。

イーサンは秘書を呼び、イオリ・ヤコウへの接触を命令した。




ーーーーー

ーーー




どうやらイオリ・ヤコウは随分とせっかちな男らしい。

面会を打診する使いを送ったその翌日には責任者を寄越して来たのだ。


「お初にお目に掛かります。主の代理でお伺いしました。(サト)と申します。」

「よく来てくれた。支部長のイーサンだ。」


事前情報ではどことも知れぬ異国人とのことだったが、なるほど確かにこのあたりでは見ない全身真っ黒な衣装だ。

盲目にも関わらず足取りに迷いがないのは魔法によるものか、それとも魔道具によるものか。


「貴女が持ち込まれた特許申請を拝見して、是非ともお願いしたい仕事がありましてな。

まずは話だけでも聞いてはもらえませんかな?」

「伺います。」


抑揚のない静かな声に多少鼻白みながらも、地場産業の立ち上げへの協力を打診した。

対してサトという少女の返事は事前に用意していたかのように簡潔で迷いがなかった。

もしかしたらせっかちなのは彼女のほうなのかもしれない。


「条件がございます。

ひとつ、我が主の名を出さない事。

ふたつ、アドバイザーとしての協力に限ること。

みっつ、特許料とは別に売り上げの一定額を頂くこと。

以上です。」

「当然の条件だとは思いますが、それだけで宜しいので?」


役員を送り込まれるとか、経営権を寄越せだとか、そういった無茶な要求をされてからの交渉を覚悟していただけに、予想外の肩透かしだった。


「はい。お恥ずかしい話、人手が足りないものでして。

それで、どういった事業をお考えですか?」

「まずは・・・」


冒頭でも述べた通り、アリストロメリアは辺境であり、開拓地だ。

木材は腐る程ある。伐採した木材の利用と広大な土地を利用できないものか。

そしてそれらの木々の特徴を聞かれるままに伝えた所・・・


「では製紙業がいいでしょう。」


そう言いながら、鞄から羊皮紙を取り出してこちらに渡してきた。

その羊皮紙には植物紙を製作する工程が事細かに書かれていた。


記録物として最も安価なのは羊皮紙だ。

羊型の魔物から採取できるというのが大きい。

植物原料のパピルスによる紙は安定的な供給が行われておらず、非常に高価だった。


「これは随分と複雑ですが、本当にこれで紙ができるので?」


彼女からもう一枚の()が手渡される。

それを手に取って愕然とする。


薄い。

10枚重ねても羊皮紙より薄いのではないだろうか。


軽い。

羊皮紙とは比べるべくもない。


美しい。

羊皮紙にせよパピルスにせよ、その表面は凸凹があるため、筆が引っ掛からないように書くことに四苦八苦するものだ。

しかしこれは完全に均一だ。


開きっぱなしだった口を慌てて閉じる。


「そちらは我が国(・・・)にて作られた植物紙ですので完全な再現は難しいでしょう。

ですが、羊皮紙やパピルス紙とは比較にならない品質で作ることは十分に可能と考えています。

とはいえ、いくつか問題点もありまして・・・」


彼女から示された問題点の一つひとつを話し合った。

近くに川が必要とのことで地図を開いて共に検討する。

専用のインクを作る必要があると言いながら、業者に渡すサンプルとして紙の束を渡された。

樹木が枯渇することを想定して植樹(・・)も同時に研究することにした。

その他にも様々な事を打ち合わせ、また次の会合を設定して解散した。


イーサンは狐につままれた気分だった。

あれよあれよという間に話は進み、気がついたら終わっていた。

基本的には情報を渡し、返ってきた提案に頷いていただけだ。

変だな、検討するまでもなく主導されているのだが?


騙されたのではないかと思ったがそれも一瞬の事で、向こうには騙す理由がない。

彼女の申請している特許の数々もその必要性を否定している。

そもそも事業が失敗したら一銅貨も入らないのだ。意味がないとイーサンは断じた。


イーサンは深く考える事をやめ、秘書を呼んでインク業者と繋ぎを取るよう命令した。

イーサンは働き者であった。


一方で(サト)はというと商業ギルドトップに大きな貸し(・・)と影響力を作れたことに満足していた。

製紙業は一定の収益さえ上げてくれればそれでいい。

『ガラス』『製糖』『セメント』『製薬(化学)』等、予定している事業はいくらでもあるのだ。

イーサンを足掛かりに商業ギルド内部に食い込むことの方が余程重要だった。


ともあれイーサンは後年、『イーサン紙』を作り出した製紙業の父として歴史に名を残すことになるのだが、そのような未来が訪れる事に当の本人に微塵も気づく気配はなかった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

『絶望姉弟』sideジョンドゥ


「足を上げろ!顎を引け!なんだその不細工な姿勢は!

狸のほうがよほどマシではないか。

貴様には人族としてのプライドはないのか?

だから貴様らはいつまでたってもウジ虫なんだ!」


罵詈雑言を背中に受けながらふらふらとした足取りで何とか前へ進む。


「おい貴様ら!ウジ虫同士でおてて(・・・)繋いで仲良くピクニックか?

誰が歩けと言った!脳だけでなく耳にもウジ虫が詰まっているんじゃないのか?」


隣から聞こえる姉ちゃん(バディ)のぜーぜーという喘鳴(ぜいめい)音と教官殿の応援(・・)にも不思議と慣れてくる。

初めは腹のひとつも立ったが、今はもうそんな事はどうでもいい。

休ませてくれ。水をくれ。誰でもいい、助けてくれ。


あと一歩進めば倒れてしまうかもしれない。

だが倒れたらまた頭から水を掛けられる。そうだ、水をくれ。

俺はなんでこんな事をやらされているんだ。


ぼんやりとする頭が地獄の始まりを思い出していた。




ーーーーー

ーーー




10日前。


明日から訓練を開始するということで俺と姉は主様が泊まる宿に呼ばれた。

大部屋には俺と姉、訓練教官、それから・・・狸獣人?が沢山居る。

ちょっと、よくわからない。


「ようこそ諸君。我は明日より君達の訓練教官を務める鈴鹿御前(すずかごぜん)と知りなさい。

我の事は親しみを込めて『教官殿』と呼んで構わない。」


領軍の軍服よりもよほどそれらしい(・・・・・)服装の女性だった。

きびきびとした無駄のない動作と怜悧(れいり)顔立ちがいかにも高級軍人を思わせる。

尊大な態度もその外見と雰囲気がそれを認めてしまう。


そんな人物が何故こんな所に居るのか。それ自体には違和感しかないのだが。

まあ、それを言ってしまえば主様の故郷の人達全員なんだが。

てかそれより何?狸?

そちらのほうが気になって仕方がない。


「明日からは楽しい楽しい訓練(ピクニック)だが、今日の所は顔合わせも兼ねた歓迎会である。好きに飲み食いして友好を深めなさい。では、乾杯!」


目の前に並べられているのは口にした事どころか、見た事すらない超高級料理だ。

もちろんそれも気になるのだが、それ以上にどうしても確認したい事があった。


「あの、そちらの人?は・・・」

「ん?ああ、アリストロメリアでは珍しいか。

彼らは伊織の部下で、まぁ、狸獣人(・・・)のようなものと知りなさい。

こう見えて気のいい奴らだ。今後は背中を預け合う事になる。仲良くしなさい。

タヌ、代表して挨拶を。」


「オラ、狸獣人のような(・・・)タヌだあ。仲良くしてしてなあ。」

「あ、ああ。ジョンドゥだ。こっちが姉のジェーンドゥ。こっちこそよろしくな。」


俺の知る獣人は、言ってみれば人族の顔に猫の耳や犬の耳がついているような姿をしている。

だがこの狸獣人?タヌの顔は明らかに狸だ。しかも全員が全員小柄だ。

少年のような体躯の首に狸の頭が乗っている。

だが、普通に挨拶も出来て意思の疏通できるのなら細かい事を気にする必要はないのかもしれない。

最低でも三ヶ月は続けるらしい訓練だ。同僚とは仲良くすべきだろう。


目の前に広がる豪華な料理を口にしながら、タヌや教官殿から色々と情報を集めた。

癖みたいなもんだな。一度気になったら確認せずには居られない性分なんだよ。

タヌたちは主様達の住まいを建てているらしい。『御殿(ごてん)』とかいう、なんか立派な建物らしい。

驚いたことに完成した暁には俺と姉ちゃんもそこに住むらしい。

へへ、新居ってすげーよな。主様に付いて来て正解だったかもしれないな。






「・・・君達の相棒バディについては理解したな?

互いの命を預ける家族であり、友人であり、恋人であると知りなさい。

今後3か月は極力共に行動し、相互理解を深めるように。」


俺のバディは姉ちゃん(ジェーンドゥ)だ。

実際家族だしな。だが恋人というのは勘弁願いたい。

そういえば主様の恋人は誰なんだろ。サトとかいう黒くて綺麗な人かね?


「では、明日の朝はバディと共に南門の外に集合するように。まあ、初日だからな。お前達次第(・・・・・)ではあるが、軽く流す程度にする予定だ。装備を支給するので武具は最低限で構わない。質問がなければ解散する。」


とにかく、主様が狩ったというオークジェネラルの肉はとんでもなく旨かった。

ていうか、やべーお方だとは思ってたが、オークジェネラルを単独討伐とか聞いたこともないわ。

聞いた話だと『百鬼夜行』のメンバー全員がぶっ飛んでんだけどな。類は友を呼ぶのかね?


こんな生活が続くなら訓練というのも悪くない。

そう、思ってたんだ。この日までは。

笑ってくれ。






翌日、南門を抜けて集合場所へ向かうと予定時刻より大分余裕をもって出てきたはずが、教官殿らはすでに現地にいた。

どうやら昨日言っていた支給品を用意していたみたいだ。


「全員時間内に集合したな。結構!ジョンドゥ前へ!」


突然名前を呼ばれて慌てて前へ出る。


「これが貴様の装備だ。中に入っているリストで間違いがないか確認するように。」

「はい。」

「返事が小さい!腕立て伏せ20回!用意!」

「はっ?」

「ほう、20回では不満か。貴様は頑張り屋さんだな。よかろう。腕立て伏せ40回!用意!」

「は、はい!」


このままでは60、80と、どんどん増えてしまいかねない。

俺は急いで地面に伏せた。


「おい、貴様!昨日バディとは一蓮托生であると教えたが、聞いていなかったか?貴様の耳は飾りか?」

「え、あ、はい!」


後ろで姉が動く音がした。


「腕立て伏せ60(・・)回!元気よく声を出すように!」


くそったれが、また増えてやがる。

教官殿の号令に合わせ、大声で数を復唱しながら腕立て伏せをする。

普段からそれなりに鍛えていたので60回程度ならどうにかなる。

だが40を過ぎたところでそれは起きた。


「声が小さい!腹から声を捻り出さんか!

おい、クソ狸。何おかしい?馬鹿野郎が、貴様も前に出ろ!

腕立て伏せ80回!用意!」


おい、ふざけんじゃねえ。なんで最初からなんだよ!

だが逆らおう物ならあのサディストは嬉々として20回追加(おかわり)するだろう。


「69!70!小休止!

お前達ウジ虫は腕立て伏せが好きで好きで仕方ないらしいが、いつまでもこうしてはおれん。

おい、貴様!開始からどれぐらい経った?」

「20分ほどであります!」

「そうか20(・・)か。思った程は経過していないな?

腕立て伏せ用意!再開!21(・・)!」


はぁぁああああ!?

なんでそうなるんだよ!21じゃーねーよ!どっちが馬鹿だ鳥頭が!


結局170回ほどやらされて腕がパンパンになってしまった。

震える腕をなんとか動かして備品を確認する。

俺が武装を確認している間にも、あのサディストは狸獣人達に難癖をつけては満遍なく平等に(・・・)いびり倒していた。

『目が死んでいるから腕立て伏せ』って何だよ。唖然としたわ。


「よーし、不備は無いな?

これから貴様らウジ虫を3ヶ月で立派なクソ虫に鍛え上げてやる。

感謝の言葉はいらんぞ?訓練中に貴様らに許される言葉は二つだけだ。

はい(イエス、マム)』か『わかりました(イエス、マム)』だ。理解したか!」


「「「イエス、マム!」」」


「ちっとはマシになったか?では休憩は終わりだ。

これより基本教練を開始する!まずは基本姿勢だ!ジョンドゥ、前へ!」

「イエス、マム!」


「直立不動!胸を張れ!視線は正面!眼球を動かすな!手の平を握って真っ直ぐ伸ばせ!

次は足!(かかと)をつけ、爪先を60°開け!

ほう、ウジ虫のくせにやれば出来るじゃないか。そのまま絶対に(・・・)動くなよ?

全員、気を付けぇえ!」


やればわかるが、この姿勢は辛い。

いや正確には動かない(・・・・)事が辛い。


「おい、貴様は何故動く?そんなに動きたいならいいだろう。腕立て伏せ20回!用意!」

「イエス、マム!」


目を動かせないから正確なことはわからないが、多分震えたんだろう。

正直な所、体の色々な場所が小刻みに震えている。

ん?今の声は女だったな?


「おいおい、貴様らは姉弟だろう?そんなに簡単にバディを見捨てるのか?」


くそっ、何てこった。

姉ちゃんがやらかしたのかよ。てか、女は一人しかいねーし。

あれ?狸獣人は全員男だよな?いやそうじゃねえ。駄目だ、頭が回ってねえ。


「注意力が足りんな。腕立て伏せ40回!用意!」

「イエス、マム!」


このあとは休めの姿勢、体の向きの変え方、行進時の姿勢などをひたすら叩き込まれた。

途中から数えるのを諦めたが、多分500回は腕立てをやらされたと思う。

その日はそれで終わりだったが、翌日以降も似たような訓練(いじめ)だった。

ひたすら走り、腕立てをして、短剣を振って、腕立てをして。






なあ、誰でもいいから教えてくれ。俺は一体、何をやらされているんだ?

______

ちゃむだよ? >_(:3」∠)_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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