モイラ編02-23『ジェーンドゥ姉弟/スチュワート父娘/妖三人娘』
スレブ奴隷商館の支配人イヴァン・スレブはイオリ・ヤコウを侮った事を素直に認めた。
その変わり身は迅速で、元上級貴族の使用人であった親娘の奴隷を無償で差し出す程だった。
その価値は金貨にして300枚(3千万円)を軽く上回るというからお驚きだ。
しかも非常に質のいい執事服やメイド服などの一式までサービスしてくれた。
スレブが今後の付き合いを如何に重視しているのかが見て取れる。
そして当然ながら彼等にはスレブの息は掛かっていない。
商館の一室を借り受け、伊織は彼等と今後について話をすることにした。
「ジェーンドゥとジョンドゥの二人は帰りに西区と南区の境に送ればいいか?」
「い、いや待ってくれ。何が起きたのか説明してくれないか?」
「スレブ氏が言うにはお前は手違いで送られたそうだ。奴隷契約も破棄されただろう?」
「それはあり得ない。俺はウォルナット伯爵に」
「そんなことはお前を所有していた氏にとってはどうでもいいんだ。」
「だが・・・いや、そのきっかけとなったのはお前なんだろう?」
「それこそどうでもいい。」
「借りは返す。俺にできるのは情報収集ぐらいだが、どんな情報でも持ってきてやる。」
「それで捕まっていたら世話ないがな。」
「うぐっ。」
「だがその気があるなら俺に仕える気はないか?」
「仕える?俺は何をすればいいんだ?」
「修行だ。」
「あ?どういう意味だ?」
「どうもこうもそのままだが。体を鍛えて知識を得る。とりあえず3ヶ月から半年ほどだろうな。ああ、その間も給金は払うから安心しろ。どうだ?」
「わかった。それで恩を返せるなら。弟もいいか?」
「構わん。」
「なんか流れでエライことになってんな・・・」
「エライことになるのはこれからだ。待遇諸々はあとで覚に確認してくれ。」
「「えっ?」」
「覚、覚悟が決まった。鈴鹿御前を喚ぶぞ。」
「それは重畳にございます。彼女らを預けるのですね?」
「そうだな。分家の『風間』を目標に鍛え上げて貰おう。」
「では『忍』部隊を?」
「ここは『日本』でも『裏関東』でもないからな。『諜報部隊』あたりがしっくりくるが、特に拘りはないから好きにしていい。」
「では、総長が決まり次第、『モイラ』の情勢に則した方針を決めさせましょう。見所のあるものは随時スズに投げ渡します。あとは勝手に育ってくれることでしょう。」
「ついでといっては何だが、戦闘要員を追加しようと思う。そろそろダンジョン攻略を意識したい。現状、前衛は俺と村雨だな。後衛はメメとサトだ。」
「主様の足手まといにならない者となると限られますね。前衛後衛ともにこなせる『舞首』か妖術特化の『天狐』と『雪女』でしょうか。」
「『舞首』は当確として・・・悩ましいところだが『天狐』でどうだ?」
「主様のレベルが上がれば2枠追加されますし、問題ないと思われます。」
「そろそろ一反木綿と獏が拗ねてしまいそうだ。
俺が意識を失っていた6年前、『妖羽化』までして俺に尽くそうとしてくれたからな。
それに報いないようでは夜行を名乗ることは許されん。」
「喜ぶ2人が思い浮かびます。」
「よし、まずは舞首と天狐にしよう。やはり後衛の安全を確保すべきだ。」
「我々の自衛に不安があるばかりに、申し訳ございません。」
「気にするな。お前達には多方面で世話になりっぱなしだ。大切な従者達を守るためにこれぐらいの事はさせてくれ。」
「くっ、主様・・・」
サトは感激のあまり震えている。
そしてメメは髪の毛ごとクネクネしている。
「三人の招聘は宿に戻ってからでいいとして、だ。
待たせたな。お前達の主になるイオリ・ヤコウだ。何分、俺たちは異邦人なものでな。この国の事情や常識に疎い。そこを念頭に支えて欲しい。」
「侯爵家に仕えておりました、セバスチャン・スチュワートと申します、主様。
娘共々、今後とも宜しくお願い致します。」
オールバックに綺麗に整えられたロマンスグレーの男はとても奴隷には見えない。
それもそのはずで、侯爵家に仕えていた事のみならず、彼自身もまた男爵家の出自だ。
当然ながらその所作に隙はなく、低く堂々としたバリトンも相まって、とても齢50を越えているとは思えないほどに若々しく力強い。
「同じく、メアリー・スチュワート申します、主様。誠心誠意お仕え致します。」
こちらもまた美しいお辞儀をするのはセバスチャン娘、メアリーだ。
父の教育の賜物だろう。彼女の所作も美しく品がある。
20代前半若さに見合わないのは、出るべき所は出て引っ込むべき所は引っ込む完璧なプロポーションによるところも大きいだろう。
街中では多くの男性を振り向かせるに違いない。
「メアリー・スチュワート、『地球』或いは『スコットランド』という言葉に聞き覚えは?」
「いいえ主様、寡聞にして存じ上げません。」
「そうか、忘れてくれ。」
かつてスコットランドに君臨した女王とはどうやら無関係らしい。
ジェーンドゥとジョンドゥの衝撃もあり、少々気にしすぎたようだ。
「君達は父娘であるし、ファーストネームで呼ぶべきか。
セバスそれからメアリーと呼んで構わないか?」
「御意にございます。」「どうぞ御随意に。」
「では、セバス、メアリー。
お前達は今後、覚の指揮下に入る。サト。」
「私は主様の二の臣、サトと申します。
私は主様の知識を基に様々な特許を申請し、それを運用する任に関する総責任者です。
また主様は『B級冒険者』であり、パーティ『百鬼夜行』のリーダーです。
私はそちらにも所属しております。
貴殿方には前者における私の補佐を任せる事になるでしょう。
一刻も早く私の代理を任せられるよう期待しています。
それから、貴殿方の知識と教養を共有して頂き、逆に我々の知識を学んで頂きます。
脅すわけではありませんが、後者に関しては膨大な量になると覚悟して下さい。
詳細はまた後日として、まずは今後とも宜しくお願い致します。」
サトもまた完璧な所作で挨拶すると、スチュワート父娘は軽く目を瞠る。
どうやら彼等のお眼鏡に叶ったようだ。
するとメメが神妙な顔をして前に出る。前髪でその表情は見えないが。
どうやら『一の臣』であるという彼女のプライドが刺激されたようだ。
「うん?メメも自己紹介するか?」
「うん。メメ、だよ。
主様の、一の臣、ね?
えっと・・・うん。
よろ、しく、ね?」
スチュワート父娘はメメの拙い挨拶にも動じず、軽く会釈を返した。
メメは期待を込めて伊織を見る。
「自ら挨拶するとは、メメはいつの間にか成長しているな。俺も負けてはおれん。」
「一の臣、だから、ね?」
セバスは伊織の過保護ぶりに驚愕し、ふわふわした物が好きなメアリーはほっこりしていた。
もちろん両者ともに外面は完璧に取り繕っているが。
残念ながら心を読むという妖には筒抜けだった。
「以上だが質問は?遠慮はいらん。希望でもいいぞ?」
「「ございません。」」
「結構。帰るぞ。」
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その後ジェーンドゥとジョンドゥを送り届け、宿へと戻った。
宿には改めて一月ほど滞在する旨を伝え、セバスとメアリーには相部屋ではあるが部屋を用意した。
セバスはしきりに安宿に移ると主張したが、連絡が手間である事と年頃の娘の安全を言い聞かせてなんとか納得させた。
存外、強情な男だったがそれも責任感の裏返しだろうと伊織は好ましく思っていた。
そして伊織は早速、『鈴鹿御前』『舞首』『天狐』をまとめて招聘した。
「さあ、纏めて来い。『鈴鹿御前』『舞首』『天狐』」
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『妖招聘』(10/10)
火車 『六焔号』牛車の九十九神
村雨 『村雨』 刀の九十九神
百々目鬼 『メメ』鬼族
覚 『サト』陰妖族
倉ぼっこ 『クラ』倉の九十九神
一本だたら 『タラ』陽妖族
豆狸 『タヌ』古狸族
鈴鹿御前 『スズ』鬼族★
舞首 『マイ』陰妖族★
天狐 『テン』妖狐族★
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「序列第三位『鈴鹿御前』、現着!」
「序列第九位『舞首』だよ?」
「序列第十三位『天狐』、ここに。」
三者三様の挨拶に、伊織は懐かしいものが込み上げた。
「良く来てくれた言うべきか、待たせて悪かったと言うべきか。
ともあれ、皆、久しいな。」
鈴鹿御前が一歩前に出て大きく溜め息をつく。
彼女は大きな薙刀を抱えており、伊織にとっては師匠でもある。
古くから代々の夜行家当主に仕えていたが、現当主色葉の指示で伊織の直臣に収まっていた。
とはいえその役儀は彼女以外には替えの利かない無二のものであったため、伊織と共に行動をしたことは余りない。
「兵は神速を尊ぶ物。我は最初に喚んで欲しかったぞ。」
「お前を喚ぶと本家の軍備が疎かになりそうでな。信頼の現れだと思って許してくれ。」
「ふん。相変わらずよく口が回る奴だ。それより貴様、鈍っているのではないか?」
「それを言われると耳が痛いな。だが、間も無く解消予定だ。」
スズは不躾にジロジロと伊織を観察する。
その様子には伊織も馴れたものだ。
彼女はそれほど大柄ではないものの、そこは鬼族だ。
見た目以上の膂力を誇り、そして天狗と互する敏捷さを兼ね備えるオールラウンダーだ。
文字通りの意味で武芸百般を収めている。
どころか、どのようなルートを使ったのか某一流大学でスポーツ科学修士号を修得したり、レンジャー教育課程を修了していたりと、妖の中でも異例の存在であり、まして鬼の中では異端中の異端であった。
さすがに徽章は辞退したとのことだが。
夜行本家が何故彼女を手放したのか、伊織には未だに理解できなかった。
「そうか。それで、我の任務は?」
「基本は鍛練だな。教育対象は用意してある。」
「いいだろう。糞の役にも立たんウジ虫を立派なゴミ虫に育て上げるのは我の得意とするところだ。
まあ、今後とも宜しく頼む。」
「顔合わせは後にしよう。よろしくな。」
次に伊織の元に寄ったのは舞首だった。
妖らしからぬ現代風のファッションを好み、青いチェックのワンピース上に羽衣のような薄手のコートを羽織っている。
可愛い物好きを自称しており、自らの手で捥いだ首をお手製のぬいぐるみにするのが実益を兼ねた趣味と公言している。
事実、彼女が操る『首』による瞬間火力は凄まじく、伊織の結界があったとしても無傷では済まないだろう。
だが何より彼女の恐ろしいところは強力な首を入手するほどその戦力が跳ね上がる所にある。
操作できる首の数に限度があることがせめてもの救いだろうか。
「マイマイ、寂しかったよ?」
「すまんな、今後は共に在って欲しい。」
「・・・うん。嘘ついたら首を捥ぐんだからね。マイマイは何すればいい?」
「基本は護衛と戦闘だな。首の調子はどうだ?」
「まずまずかな?酒呑の首を捥いでこっちに持って来たかったけど、間に合わなかったよ。あいつマジ強すぎ問題。」
「酒呑童子の首を獲ったら茨城童子率いる『大江山・伊吹山』連合と大戦になるな。」
「まあ、両方とも彩葉様が懐柔したみたいだけど。」
「さすがは姉上だな。夜行本家の動きは後で報告してくれ。『モイラ』にもドラゴンやら魔王やらがいるらしい。マイの目に叶う首があればいいな。」
「マイマイ。」
「そうだったな。よろしく、マイマイ。」
「うん、今後とも宜しくだよ?」
最後に伊織に抱きついたのは天狐だった。
伊織の胸元ほどの高さの身長なのもあって、伊織はその頭をグリグリと撫でた。
完全に伏せ状態だった耳が徐々に元気を取り戻す様子が微笑ましい。
「間に合って安心した。生きててよかった。」
「よく九尾が許したな?」
「大喧嘩した。」
「お前らの喧嘩は洒落にならんだろう。」
赤と白を基調とした巫女装束からふわふわ尻尾がはみだしたテンは、かの『九尾の狐』とよばれる大妖『玉藻御前』の愛娘だ。
その溺愛ぶりは裏関東中に知れ渡るほどで、多くの妖が伊織と同じ感想を抱くことだろう。
大妖の娘だけあってタマの操る妖術は幼いにも関わらず図抜けている。
特に狐火を始めとする攻撃系の妖術を好むが、必要に応じて幻惑や魅了など多彩な手札があるのも大きな強みだろう。
そして伊織ほどではないにせよ結界術も使えるという賢者タイプの後衛だ。
「お館様が立ち会って結界を貼ってくれたから大丈夫。」
「姉上まで巻き込んだのか。いや、まさか、姉上が煽ったのか?」
「うん。」
「やれやれ。だが、タマが来てくれれば百人力だ。」
「ねえ、タマの尻尾、見て。」
「ほう、もう二本になったのか。随分頑張ったな?」
テンがおもむろに巫女装束をぺろんと捲ると大きなふわふわの尻尾が二股に分かれていた。
伊織は真剣な表情で見つめていたが、互いに年頃ながら劣情とは無縁だ。
天狐という種族は尻尾の数が戦力に直結すると言っていい。
種族の特性として『尾』に魔法をストックしておけるのだ。
そして必要に応じて無詠唱で減衰すること無く発動する。
単純に手数が加算されるとともに火力や範囲が跳ね上がるため、伊織としても優先してレベルを上げさせたい所だろう。
「狩りまくった。」
「そうか、頑張ったな。それから、よろしくな。」
「うん、今後ともよろしく。」
その後は全員で軽く顔合わせをして翌日を迎えた。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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