モイラ編02-21『ジョンドゥ』
翌朝。
いつものように皆で朝食を食べ、簡易的な報告会をすることとなった。
部屋に備え付けられた大きなダイニングテーブルの上には適当に摘まめるものが並び、各々の前にはカップに入ったお気に入りの飲み物が注がれている。
伊織はほろ苦い緑茶もどき、というよりも青汁に近い飲み物が気に入っていた。
村雨にも勧めたところ、彼女は匂いを嗅いだだけでギブアップしていたが。
「さて、最も報告が多いであろう俺から始めよう。」
伊織はコリンナ師の手紙を図書館で開示したところから時系列に沿って皆に話した。
所々でレミィや倉ぼっこが補足をしたこともあり、全員がほぼ正確な情報を共有することができただろう。
「しかしこっちにも悪魔がおるのじゃな。悪魔は悪い奴ではないのか?」
「まずは我らと悪魔の違いを理解する必要がある。
彼らは彼らの価値観で行動する。そして我々と彼らの価値観の乖離が最大の問題なんだ。
彼らは自らの行動が『悪いこと』だとは微塵も思っていない。
彼らは彼らにとって『当たり前』の事をやっているに過ぎんのだよ。
そんな彼らは契約に背くことが許されない。
ゆえに手綱を握って明確にコントロールすればいい。
考えようによってはそこらの悪人よりわかりやすいとは思わんか?」
一度話を区切ると、概ね納得がいったのか頷く者が多い。
「まあ、こちらにはその点に於いては悪魔の天敵たる覚がいる。
彼らに好き勝手にやらせることはないだろう。」
「はい。主様を欺くことをサトは許容しません。」
「ならば、次は王都の図書館に向かうんじゃな?」
「いや、そう急ぐ必要もなかろう。まずはじっくりと基盤を整える。
その計画の一端として、サト、報告はあるか?」
「ございます。
主様のご下命により、私は特許関連の統括責任者に任命されました。
百々目鬼の協力を基にまず町の様子を観察したところ、やはり文明レベルは中世ヨーロッパからルネサンス初頭ほどですね。
魔法があることで少々歪な形ではありますが。」
ここは予想通りなのだろう。特に皆の反応はない。
「計画の第一段階は『モイラ』に存在せず、かつ『モイラ』の技術で再現可能なものを流通させることです。
そしてそれ単体で完結させるものが望ましいです。
まずは細かくとも手軽に定期的な収入を得ることを念頭に置いています。
よって電池などのようなものは時期尚早ですね。
例として『青銅製の手押しポンプ』は現在の冶金技術でも簡単に作成可能で比較的安価です。
他にも数点羅列しますと、『洗濯板』『石鹸』『木炭』『保存食類』『農具類』『ネコ車』『算盤』『オセロ』は既に各方面との調整段階にあります。
第二段階は基幹産業の構築です。
『ガラス』『製糖』『紙』は経済基盤の根幹に成り得るので、水面下で慎重に進める予定です。
こちらに関しては事業として立ち上げることも検討しています。」
「迅速だな。長期的なものだとどういう物があるんだ?」
「第三段階としては『水車』や『風車』などの動力を利用し、『旋盤』『スライス盤』などの工作機械を動かすことを予定しています。」
「なるほど、大量生産に繋がる訳か。産業革命の幕開けだな。」
「はい。それ以前に腕のいい木工職人と専属契約が結べるようであれば『ジェニー紡績機』を皮切りに『紡績業』の展開も予定しています。」
「そうなると相当な人手が必要ではないか?」
「いずれは他の商会や工房などの吸収も検討したいところですが、さすがに時期尚早です。
そこで提案ですが、手始めに『奴隷』の購入を検討しては如何でしょうか。」
「いいだろう。覚が必要と思うだけ購入するといい。
だが、大々的に集めるのは家の完成を待ちたいところだな。一本だたら、そちらはどうだ?」
「もう大工と契約して基礎の工事が始まってるよ。」
「素晴らしい。完成時期と施工費はどうなんだ?」
「1か月。そしてなんと総額金貨100枚。(1千万円)」
「何?なんでそんなに早くて安いんだ?」
「早いのは豆狸が昼夜問わずやるからな。
主様の遮音結界が役に立ってるよ。
金額については基礎の作り方と3F以上の建築方法にちょろっとアドバイスしてやったら喜んじゃってさ。すげー負けてくれた。しかも上等な建材を使ってくれるってさ。
あ、そういうの不味かった?」
「サト、どう思う?」
「問題ないでしょう。ただし、タラは施工法についてのレポートを図面付きで速やかに提出してください。こちらで早急に特許申請しておきます。」
「うひい、やらかしちゃったか。」
「気にしなくていい。よかれと思ってやってくれたんだろう?」
「いや、まー、そうだけどさ。」
「皆もそうだが前を向いている限り、失敗を恐れなくていい。何があってもサトなんとかしてくれる。だろう?」
サトがなんとかしてくれる。してくれる。
サトの返答は一つしかない。
「勿論でございます。それが主様の為に励んだ結果でしたら。全てこのサトにお任せ下さい。
それから今回の事で皆が学んだはずです。我々の知識を広める際は十分に配慮してください。
わからないことあれば遠慮無く私に尋ねるように。」
「頼りにしている。」
「あ、そうだサト。近いうちに工具や測量器具なんかの製作を外部にお願いすることになると思う。また声を掛けるからよろしくな。」
「承知しました。」
「他に報告はないか?」
「あ、あのー。報告じゃないんだけど、クラからもいいかなあ?」
「聞こう。」
「えっと、魔道具、錬金術、魔方陣を一通り勉強して、ベリトも手伝ってくれるからそろそろ試作しようと思うんだ。どういうのが欲しい?」
「すまん。まず、どういったものを作れるのかが俺にはわからんのだ。」
「えーっと、比較的簡単な家電製品ならいけると思う。」
「蓄音機、ね?ね?」
「蓄音機は如何でしょうか?」
序列一位と二位の声が仲良く重なる。
「だ、そうだが?」
「うん、多分大丈夫。ね、ベリト?」
「造作もないわい。多少時間はかかるし、量産は難しいがの。」
「そうか、何個作れる?」
「風属性のB級魔石が必要になるから5個までなら。でも失敗しちゃうかもしれないし、もう少し減るかな?」
「現在所有するB級魔石が20個だったか。採取か購入する目処が立つまでは無駄遣いできんな。
とりあえず2,3個作ってくれ。」
「わかった。なるべく小型化して持ち運べるようにするよ。でもカセットテープみたいに取り出しするのはまだ難しいかな。」
「ああ、それでいい。当面は欲しがっている二人に与えるぐらいでしか使い道はないしな。」
「やったー。」
「恐悦至極にございます。」
「皆も何か欲しいものがあれば、まずはサト申請してくれ。サトも無理がないようならすぐに申請を通して構わない。」
「それなら新居に色々とつけてはどうじゃ?」
「エアコンとか、ストーブとか、えーと、冷蔵庫も大丈夫。トイレの浄化と、んーと、お風呂もいけるかな。テレビは無理かなー。でも電話はいけると思うけど、B級じゃ出力が足りないかな?あとは・・・」
クラがゾーンに突入してしまったので、伊織はベリトに話を通すことにした。
「ベリト、クラとは上手くやれそうか?」
「ふん、理論だけならそれなりじゃな。ほんの数日しか学んでいないというのには驚いたが。」
「そうか、支えてやってくれ。それから村雨が言ったように新居の魔道具は好きなように作ってくれて構わない。魔石などが不足したらサトに申請してくれ。」
「あいわかった。それなりに楽しめそうじゃわい。」
「ナナ、ネネ、ノノは何か困ったことはないか?」
「何も不自由などありません。私達は引き続きクラの手伝いでよろしいですか?」
「そうだな・・・いや、手伝いは君だけでいい。ネネとノノは本を読んではどうだ?」
「あのそれだけで宜しいのですか?仕事をしながらでも・・・」
「いや、それには及ばない。子供は子供らしく学んで遊んで成長すればいい。
なんなら村雨も学んでいいんだぞ?」
「妾に振るでないわ!」
子供らしい幼少期など過ごしていない伊織が言うのも妙な話ではあるが、彼は心の底ではそういうものに憧れていた部分があったのかもしれない。
本人にすら自覚がないことではあるが。
「では、他に何もなければ解散する。サトと天照大御神は残ってくれ。」
特に声が上がらなかったこともあり、報告会終了した。
「サト、時間はあるか?」
「勿論でございます。」
無ければ作ればいいだけの話だ。サトはそう判断した。
「では、奴隷商館まで下見に行こう。掘り出し物、といっていいのかはわからんが、適切な人材数人程度なら連れ帰ってもいいだろう。ヒルメは外出訓練だ。」
「御意にございます。」
「うん。」
伊織は受付で奴隷商館について尋ねようかと思ったが、ふとした思い付きで保留した。
そのままサトを伴い火車に乗り込む。
なぜか百々目鬼も乗り込む。
「メメも来るのか?」
「うん、楽しそう、ね?」
「オキャクサン キョウハ ドチラマデ?」
「ロクが徐々に座敷童子化している気がする。情報屋まで頼む。」
奴隷商というとどうしても後ろ暗いイメージがつきまとう。
ならば金を払ってでも情報のプロに聞くべきだろうと伊織は判断した。
「伊織は奴隷についてどう思うの?」
「とても難しい質問だ。語り尽くそうとすれば丸一日程度では利かないだろうな。
誤解を恐れず端的に答えるなら、そこにいるなら使うだけだという事だな。」
ヒルメは伊織の目をじっと見つめながら話を聞いている。
「じゃあ、奴隷制度を無くさないの?」
「仮にそれができたとして、俺によいことは何もないからな。」
「伊織にとって、善悪って?」
「俺が納得するか否かだ。」
「伊織は自分が中心なの?」
「徹頭徹尾、その通りだ。
俺は人生の半分を病院のベッドの上で過ごした。眠ってしまえば明日は目を覚ますことはないかもしれない。毎日、想像したよ。いまでこそ恐怖自体をほぼ感じないが、怖かったという記憶は今なお鮮明に刻まれている。」
「・・・」
「全快してこの世界に降り立った瞬間に気づいたんだ。
俺はきっと、ここにいると叫びたかったんだ、と。
だから俺は俺の心の赴くままに生き、俺のまま死にたい。」
「ではどうして神々を敬うの?」
「神々だから敬う訳ではない。
俺は対価無く一方的にその力を借り受けている。
他にできる事が無いから、せめて敬うんだ。」
「でも私は貴方に何も貸してないわ。」
「これから借りるつもりだから前払いしているんだよ。」
「ふふ、うふふ。何それ。変なの。」
「変か?俺にとっては至極当たり前のことなんだがな。」
「じゃあ、敵対したら神とでも戦うの?」
「当然だ。俺は俺のために必要なら相手が何者であっても戦うよ。」
「伊織は強いなあ。」
「ただの我が儘だと思うぞ?傲慢だと言われても否定はしない。」
「私はどうすれば強くなれるだろ。すぐ逃げちゃうんだ。」
「自分で言うのもなんだが、俺の思考は偏っていると思う。直接的な参考にはならないだろう。
菊理媛神が下々の話を訊くように仰ったが、様々な考え方を知ることでそれを考える一助になるのではないか?」
「そう。少しだけ私がやるべきことが見えた気がするわ。ありがとう。」
「どうということはない。」
「伊織の考え方、私は嫌じゃないよ。私を敬ってね。そして私を使ってね。」
「さて、債務超過にならなければいいが。」
(なんか、いい、雰囲気、ね?)
(そうですか?ただの状況確認にしか見えませんが。)
(おメメ、せんさー、びんびん、よ?)
(一度メンテナンスをしたほうがいいかもしれませんね。)
「マスター、『天照大御神の守護(全能20)』を獲得しました。」
「早速債務が増えた訳だが。」
「うふふ、しっかり返してね?」
「善処する。」
(ほら、落ちた、よ?)
(・・・考えすぎでしょう。)
やがて窓の外の景色の流れが止まる。
それを合図に伊織は火車から降り、皆も後に続いた。
前回ジェーンドゥと名乗った少女がが居た場所に、彼女より一回り小さな人影がポツンと座り込んでいる。
恐らくはジェーンドゥの弟、ジョンドゥだろう。
伊織はそうアタリをつけて歩みよった。
「情報が欲しい。」
あの日ジェーンドゥ告げた言葉をそのまま弟に告げる。
「・・・何が知りたい。」
返ってきた返答まで同じだった事は意外に思わなかった。
だが、目を合わせようともせず無気力な口調に伊織は軽い違和感を覚えた。
普段であれば気に留めることもないのだが、伊織の勘が何かを訴える。
こういった勘に逆らっても何もいいことはないと経験則で学んでいたので、伊織は正面から切り込んだ。
「君の姉ジェーンドゥから話を聞いたかわからないが、以前彼女から話を聞いた際にジョンドゥ、君の事も多少は聞いた。」
「えっ!?」
驚いて伊織を見上げるその表情は少女のものと瓜二つだった。
「なにやら元気が無いように見受けられたからな。悩みがあるなら相談に乗るぐらいのことはできると思うが。」
「いや、体調の問題じゃないんだ。あー、まあ、姉ちゃんを知ってるなら言ってもいいか?
あんたにゃ関係ないし、俺の愚痴でしかないんだが。」
「まあそう言うな。君の祖母とは同郷でもある。話ぐらいは聞かせてくれないか。」
「はぁ、わかった。情けない話なんだが、仕事でヘマをやらかしちまってな・・・」
あの日、姉から俺の話を聞いたジョンドゥはそれはもう驚いたと言う。
そして偶然にもウォルナット伯爵が領都アリストロメリアに滞在しているという情報を姉に伝えた。
後日俺がまた訪ねてくるだろうと予想した姉はウォルナット伯爵を探るべく跡をつけた。
その後、数日経過したものの戻って来ないと言う。
つまり。
「姉ちゃんは捕まったと思うんだ。体に大きな傷があるし、余程の物好きでもなけりゃ手籠めにはしないだろうけどさ。それでも十中八九、売られるだろうな。」
「こういっちゃ悪いが、生かされている保証は?」
「ウォルナット伯爵はドケチで有名なんだ。始末するより金にする方を選ぶだろうさ。今回はそのケチに助けられる訳だ。釈然としないがね。」
「売られるとすればそれは奴隷商館にか?」
「うん。それでどうやって買い戻すか悩んでたんだよ。とても俺に出せる額じゃないだろうしな。」
「その奴隷商館の目星はついているのか?」
「お貴族様が関わる奴隷商なんて限られる。まず間違い無く『スレブ商会』だ。」
「そうか。」
伊織はこれに関わるべきかを小考した。
否、最初から答えは出ている。あとは自分なりの正当性を理性的に確認するだけの作業だ。
まず、間接的であれ伊織が情報を求めたことが切っ掛けではある。
勿論、伊織に責任の所在などないだろう。法的にも常識的にも。
だが決して気分がいいものではない。
伊織が動くにはそれで充分だった。
「よし、気分が悪いから介入するぞ。君の姉を買う。情報料を払うから『スレブ商会』が経営する奴隷商会の所在を教えてくれ。」
「どういうつもりだ?」
ジョンドゥは伊織の意図が判らず困惑する。
「どうこうもない。人手が必要だから買うだけのことだ。」
「・・・俺もあんたに付いて行ってもいいか?情報料なんて要らない。」
「好きにしろ。」
伊織、覚、百々目鬼、最後にジョンドゥが火車へと乗り込む。
「あいえええぇえ!?」
普段からロクに乗り慣れている伊織達はすっかり失念していたが、ロクの内部は広い。
それはロクの異能『快適車』の能力の一部で、内部の空間は畳24畳広さを誇る。
「完全に失念しておりました。ジョンドゥ殿、この事はくれぐれも内密に願います。」
「あ、ああ。誰に言っても頭がイカれたとしか思われねーよ・・・」
ロクはジョンドゥの誘導に従いつつ、意気揚々と発進した。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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