モイラ編01-03 『火車と村雨』
暗くなる前に塒を準備していると、レミエルが疑問の声を上げた。
[マスター、質問をよろしいでしょうか。]
(質問程度で許可はいらんぞ?)
[承知しました。就寝時の結界はどうするのでしょう?]
(透過式簡易結界に対物障壁と対魔障壁を付与するつもりだが、問題があるか?)
[耐用時間はどの程度でしょう。]
(なるほど、そういうことか。とりあえず明日の昼頃までは保つ様にするつもりだ。
明日は明け方から集落を探すとしよう。)
[イエス、マイマスター。ところでExスキル『百鬼夜行』は試されないのですか?]
(うん?レミィは発動条件を把握していないのか?)
[運命の女神様の指示でデータベース上の情報が最低限でしか登録されていません。ですので、私も把握できておりません。]
(そうか、ノルンには気を遣わせてしまったな。まあいい、軽く説明しよう。
百鬼夜行というのは本来、夜行家の当主だけが継承するんだ。
当主は彩葉だからな。俺にその資格はない。
そして発動には術者の『血』が大量に必要になる。
結果的に術者本人は戦闘中はろくに役に立たなくなるんだ。
下手をすればそのまま死ぬ。
まぁ、それらを差し引いても効果は絶大だがな。
ここまではいいか?)
[イエス、マイマスター。]
(第一の効果は『夜行家に所属する全ての妖への召喚命令』だ。
あくまでも命令だから妖側は拒絶してもいいし、ペナルティもない。
戦闘に向かないどころか家から出れない座敷童子のような者もいるからな。
尤も、妖は好戦的な者が多い。我先にと参加する者が大半だそうだ。)
(第二の効果は『召喚した妖の強化』だ。あらゆる能力が割り増しされるらしい。
そしてさらに『狂乱』する。とてもハッピーな気分になるようだ。
これを目的に参加する者も多いのかもしれんな。)
(最後の効果は『召喚した妖の不死化』だ。
厳密には間違っているが、端的に説明できる言葉がないんだよな。
まず、夜行家に所属する妖は例外なく百鬼夜行に『登録』される。
これだけでその妖は『一回休み』という能力を得る。
これは寿命以外で死んだ場合、いつか必ず復活する。
そして百鬼夜行中はこの『一回休み』からの復帰が即座に発動し、『召喚命令を受けた場所』で復活する。
そして間をおかず再度『召喚命令』が届く訳だ。
無限ループというやつだな。
繰り返すが、発動中のコストは術者の血のみで魔力は不要だ。
この術の恐ろしいところはまず、術者の血が続く限りいつ終わるかわからんという所だ。万を越える妖が無限に沸き続ける。
術者を仕留めようにも並の攻撃なら鬼一や金時による結界が弾くし、大陸間弾道弾なら・・・いや、鬼一あたりなら防ぎかねんな。
そして、二点目は『現世で発動可能』という事だ。大惨事どころの騒ぎじゃ済まないだろう。
長くなったが夜行家の百鬼夜行についてはこんなところだ。)
レミエルは静かに聞いていた。
あの夜行。
夜行に関わるな。
夜行に触れてはならない。
それらの風評は決して間違っていなかったと、改めてレミエルは確信した。
(そこで疑問だ。
俺の『百鬼夜行』は果たして何を喚ぶんだろうな?
間違って夜行すべての妖と繋がったらと思うと、軽々しくテストするのも憚られるんだよな・・・
レミィはどう思う?)
[マスターと同意見です。ですがそれでもテストすべきと考えます。マスターが危機的状況に陥ってから挽回するには向いていない切り札ですから。]
(そうだな。確かにレミィの言う通りだ。それに周囲十キロに人がいない今の状況は考えようによっては最高のタイミングかもしれん、か。
よし、レミィの案を採用する。)
[イエス、マイマスター。]
(朝一でテストするぞ。
暗くなったことだし、そろそろ寝よう。)
[マイマスター、子守唄はいかがいたしましょう。]
(そうだったな。頼む。)
[では・・・]
レミィの静かな歌声は伊織の神経を緩やかに落ち着かせた。
それが魔法の効果によるものなのか、レミィ異能によるものなのか、そんなこと考えているうちに伊織は落ちた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄
 ̄
翌朝。
目を開いた瞬間に意識も肉体も完全に覚醒し、それは最高の寝覚めだった。
(おはようレミィ、最高の朝をありがとう。)
[おはようございます、マイマスター。]
(レミィ、君の唄は素晴らしいな。
眠りにつく瞬間も、覚醒した瞬間も、最高に清々しい気分だ。)
[恐縮です。]
(よかったら今晩も頼む。)
[毎晩唄わせてください、マスター。]
(いいのか?)
[マスターに完璧なサポートを提供することが私の使命です。]
(では、遠慮なく頼む。
さて、一日は短い。早速テストしよう。周囲はどうだ、レミィ。)
[10km圏内に敵性体の反応はありません。]
(ところでExスキルというのは一般的にはどう使うんだ?)
[Exスキルには『能動スキル』と『受動スキル』に大別されます。
受動スキルは術者の操作が必要ありませんので、今は割愛します。
能動スキルは術者が明確な意思をもって使用します。
無詠唱が存在する魔法とは異なり、スキル名を明確に宣言することが必須です。
ですので発動方法によって威力が変わるといったことは基本的にありません。]
(理解した。血は使わず宣言だけで試してみよう。想像通りなら発動するはずだ。それでいいか?)
[イエス、マイマスター。]
「『百鬼夜行』」
地面から浮かび上がるようにモンスターが出現する。
モンスターは機嫌よさそうに伊織の周囲を漂っている。
(やはり『夜行の百鬼夜行』と別物だったな。)
「水精、戻れ。」
水精は少し寂しそうに帰還した。
[マイマスター、朗報です。一度発動したことで『百鬼夜行』の最終解析が終わりました。]
(おお、現状は水精1体だが、いずれは切り札になりそうだからな。早速説明してくれ。)
[発動条件は宣言だけで、代償は『魔力』です。
対象は明確にマスターの配下であり、かつ『マスターと同一惑星上』もしくは『妖牧場』に存在することです。
つまり、『妖牧場』にいるモンスターはいかなる場所においても召還対象となります。]
[また、ノルン様から説明があったようですが、マスターのレベルが10上がる毎に『百鬼夜行』のスキルレベルが1上がります。]
そして『スキルレベルに10%を乗じた分』が全能力に加算されます。ここは本家に準じているようです。]
[そして極めて珍しいことに新しいExスキル『妖招聘』が発現しました。
取得タイミングが『百鬼夜行』の使用直後であったことから、何かしらの関連性があると推測します。
招聘対象者を念じることで、システムが対象者へ招聘を要求します。そして対象者の許諾が得られれば術式が起動し、対象者を招聘します。この招聘は不可逆であり、送還機能はありません。]
(なるほど、一方通行ということか。
うまく使えば伝書鳩がわりになると思ったが、残念だ。)
[なお、初期登録数は2となっており、マスターのレベルが10上がる毎に『妖招聘』のレベルが1あがり、登録数が2増えます。]
(招聘を拒否された時はどうなる?)
[これといったペナルティは特にございません。]
(よし、早速招聘しよう。)
[よろしいのですか?]
(まず、『足』が欲しい。できれば飛行や転移ができる妖がよかったが、生憎俺の直属にはいないんだよな。
火車か朧車が適任だろうが、さて。)
[確かに移動距離を稼ぎたいですね。私も賛成します。]
(よし、『火車』を招聘する。
幻妖界ではそれほど深い関係でもなかったし、受けてくれるといいんだがな。)
[『妖招聘』による要請に対し、『火車』が受諾しました。招聘を開始します。]
(よし、杞憂だったか。)
目の前に大きな魔方陣が出現し、ヴンッっという低い音とともに起動する。
伊織は意識を集中して召還陣を記憶した。
陣の直上に魔力が立ち昇り、ゆらゆらと陽炎のように揺らめく。
次第にその触れ幅が大きくなって魔力が奔流し、やがて凍りつくようにピタリと静止する。
突如、稲光とともに大地を揺るがす轟音が響き渡った。
魔方陣の上には中型バスほどの大きさの馬車のようなシルエットが鎮座していた。
徐々に煙が晴れ、懐かしい姿が現出する。
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『妖招聘』(1/2)
火車『六焔号』牛車の妖
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「ヒサシイナ ボッチャン
オット ワスレテイタ オヤクソク
オレサマ カシャ コンゴトモ ヨロシク」
片言の口調が懐かしく、意図せず伊織の口角が上がる。
「久しいな『六』。よくぞ招聘に応えてくれた。」
「お館様 イッタ ボッチャン キョウリョク」
「姉さんがか?先読みしていたのか?」
「ムズカシイ オレサマ ワカラン」
「いや、充分だ。『六』は俺の直属ではなかったが、これを機に仕えてくれるということでいいか?」
「ソレデイイ ソンナ コトヨリ オレサマニ ノレ」
「成立だ。『六焔号』には序列第七位を与える。」
「ロクガ ナナトハ コレイカニ」
「『キヌ』が六位だからな。気になるならいつか『キヌ』と交渉してくれ。
それで、『変化』は可能か?」
『火車』は巨大な牛車のような姿をしている。
もっとも特徴的なのは、燃え上がる炎が車輪から吹き出しているように見えることだ。
この炎が動力の源ではあるのだが、実際のところ見た目とは裏腹に全く熱くない。
魔力が炎の姿を象っているのだ。
火車は妖気の操作、特に『変化』に長けている。
「ゾウサモナイ」
「ならば馬車に擬装してくれ。」
「ウケタマワリ」
これぞ妖、といったおどろおどろしい姿がみるみる一般的な馬車へと変化していく。
そして驚くべきことに二頭の立派な馬まで再現していた。
二頭の馬、そして馬車は三位一体で『火車』であり、馬は当然ながら生きていない。
「見事なものだ。」
「ソウダロウ? ハヤク オレサマニ ノレ」
「今から村雨も招聘する。ちょっと待ってくれ。」
「オレサマ ステイ トクイ」
「レミィ、もう一人の候補は『村雨』だ。
刀の『九十九神』で『人化』もできる。
単に使える武器が欲しいというのもあるし、人化した村雨も前衛戦力として頼りになるしな。
俺の二人目の剣の師でもあるし、腕は確かだ。腕だけは。」
[今のところサポート面は私がカバーできておりますし、戦力増強は急務といえます。
マスターの護衛という点でも前衛職の妖は適正が高いと判断します。
以上の理由により、私はマスターの考えを支持します。]
「マダカ?」
「すぐに始める。」
火車はうずうずしている。
伊織は『村雨』を対象に『妖招聘』を実行した。
[『妖招聘』による要請に対し、『村雨』が受諾しました。招聘を開始します。]
魔方陣が出現し、起動音が鳴る。
魔力が奔流が止まり、稲光とともに轟音が響き渡った。
魔方陣の上には鍔のない簡素な直刀が鎮座していた。
木製のように見えるのその鞘と柄は見事なまでに真っ白だ。
一見、鞘と柄の切れ目が見えず一直線であることから『ただの棒』のように見える。
見事な『仕込刀』だった。
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『妖招聘』(2/2)
火車『六焔号』牛車の九十九神
村雨『村雨』 刀の九十九神
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伊織は村雨へと歩みより、片ひざをつく。
「よく来てくれた、村雨。」
(・・・)
「村雨?」
(・・・)
「なんだ、むくれてるのか?」
(・・・むくれてなどおらぬ。)
「一言もなくいなくなって悪かった。」
(・・・心配したのじゃ。)
「すまん。これからは側にいて欲しい。」
(・・・ずっとか?)
「ああ、ずっとだ。」
(・・・許す。でも勘違いするでないぞ?妾の主は信乃じゃからな?)
「ああ、お前の主は犬塚殿だ。でも俺たちは友達だろう?」
(うむ、うむうむ、友達じゃ。伊織は妾の友達じゃ。)
「抜いていいか?」
(優しくするのじゃぞ?)
伊織は村雨を拾い上げ、腰の左に佩いた。
立ち上がり、近くの大岩に歩み寄る。
(伊織、鈍ってはおらんじゃろうな?)
「間違いなく鈍っているだろうな。欠けたらすまん。」
(はぁ!?この阿呆!絶対許さんからな!
そんなことをしたら尻から捩じ込んでくれるのじゃ!)
「なにをだ・・・まあ、大丈夫だろ。」
伊織は右手を柄に添え、軽く指を曲げる。
左手は鞘を握り、左足を半歩引いて、腰を落とす。
ゆっくりと姿勢を前に傾ける。
「ふっ!」キンッ
引き絞った弓から矢を放つように一息で切り上げた。
そのまま流れるように納刀する。
(ふん、全然だめじゃ。ちゃんと妾を使って訓練せんからだ。)
「そうだな、遅すぎるな。」
(よし、早速訓練するのじゃ。)
「いや、生活基盤を整えるのが先だ。」
(つまらんのじゃ。)
「まぁ、最低限落ち着いたら毎日訓練はするぞ。これ以上鈍っては敵わんからな。」
伊織が火車の方へと振り向くと同時、大きな音を立てて大岩がずり落ちた。
「マダカ?」
一方、火車のそわそわは有頂天だった。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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