モイラ編02-17『クラと図書館』
受付でふたつの証明書を受け取った伊織はその足で医務室ヨーゼフを見舞うことにした。
というのも、もしかしたら会う機会がないかもしれないからだ。
「失礼する。」
「む、お前らか。ひどい目に遇わせやがって。」
「鍛え方が足りないのではないか?」
「鍛えるほど精度が上がっちまうんだよ。」
「いやそうではなく実力差を埋めればよいという話だ。」
「デスクワークのおっさんに無茶言うんじゃねえ。」
「まあ、元気そうで良かった。
一応、目的のものは貰えたから報告がてら来たんだ。」
言いながら『冒険者証明書(Bランク)』と『冒険者パーティ証明書(Bランク)』をヨーゼフに見せる。
裏書を見たヨーゼフは軽く目を見張る。
「へぇ、全部呑ませたのか。互いにとって良い結果だ。」
「そうだな。ヨーゼフ殿には世話になった。何か困ったことが有れば言ってくれ。エレオノーレ殿以外のことなら相談に乗る。」
「まさにそいつのせいで俺の毛髪が危ないんだよ。」
「色々と毟る気でいるようだしな。まあなんだ。ご冥福を祈る。」
「死なねーし。あ、いや、ある意味死ぬのか。毛根が。」
「抜け毛の敵はストレスと不摂生と聞く。お大事にな。ではまた機会があれば。」
「愉快な、ひと、また、ね?」
百々目鬼が妖以外の他者に自ら話し掛けるのは珍しい。
というよりも初めて目の当たりにした伊織は我が子の成長を喜ぶような気持ちを覚えた。
「あ、ああ。またな・・・」
「ふ、ふふ。」
対するヨーゼフは何かに緊張しているようだったが。
ともあれ、伊織は想定した以上の戦果に満足していた。
「お前達にも苦労を掛けたな。帰りに甘いものでも買って帰ろう。」
「当然の事をしたに過ぎません。」
「わーい、おやつ、おやつ。」
時間にすれば半日程度ではあったがなかなかに濃厚だったこともあり、今日は宿でのんびり過ごすことにした。
宿の受付でしばらく連泊する旨と預り金を渡して部屋に戻る。
理由も言わずにどこぞに出頭せよ、などという無礼な命令を忘れ、この日はゆっくりと骨を休めた。
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翌日、一本だたらから進捗予定の報告を受けた。
ざっくりとした図面を見せてもらったが、特に問題はなかった。
ただ、神棚だけは早急に必要なので、最優先で作成することを依頼した。
敷地がそれなりに広いこともあり、100人程度なら軽く収容できそうだ。
今日中に図面を仕上げるから現地の大工と繋ぎを取る許可が欲しいと言ってきたので、許可など要らんから好きにやれと金貨袋を放り投げたところ、小躍りしながら出て行ってしまった。
楽しそうでなによりだ。
さて、まだまだやるべき事はあるが何を優先したものか。
日課なりつつある『七色玉』の浮遊をやりつつ考えていると倉ぼっこがやって来た。
「ねぇねぇ、主様。」
「どうした、倉ぼっこ。」
「忙しくなかったらでいいんだけどね。クラと一緒に図書館に行って欲しいな。」
「いいだろう。たまには二人で遊びにいくか。」
「やったー。いくいく。」
「では、行くぞ。」
伊織は倉ぼっこを伴って宿の受付で図書館の所在を聞いた。
どうも複数あるようなので、アイリスの魔法書店の老婆に書いてもらった紹介状を見せることにした。
どうやら街で一番大きな図書館だったらしく、中央区、いわゆる貴族街にあるとのことだった。
分かりやすい場所にあり、しかも巨大ということなら迷子になることはないだろう。
伊織は受付にチップを渡して火車に乗り込み走らせる。
「図書館では何を見たいんだ?」
「まずは魔道具関連と土魔法についてかなあ。」
「そうか、クラは偉いな。」
「えー、普通だよ普通。」
倉ぼっこ顔を真っ赤にして俯いている。
褒められると照れてしまうようだ。
「時間があれば海洋生物について調べてみよう。脱け殻を探さねばなるまい。」
「主様覚えててくれたんだー。嬉しいなあ。」
「しかし、倉に入りきれないような大物だったどうするんだ?」
「うーん、困る。」
「最悪は割って一部を持ち帰るしかないだろうが。」
「もう少しレベルを上げるべき?」
「今後は拠点の倉庫に物を入れるようにすればよくなるが、大きな物を収納したいならそうすべきかもしれんな。」
「がんばるかー。といってもついて行くだけなんだけどねー。」
「土魔法で一網打尽にできるよう頑張れ。」
「そんなこと、できるかな?」
「当たり前だろう。俺の序列第四位の従者だからな。」
「そう言われたら頑張らなくちゃ、ってなっちゃうよ。」
「なにも悪いことは・・・」
「どうしたの、主様?」
「倉ぼっこ、二人で合体魔法に挑戦してみないか?」
「なにそれ!かっこいい!」
「まだ思い付きの段階だがな。倉ぼっこが乗り気なら本気で考えてみよう。」
「いいね!」
「クラは土と空間、それから重力に適正があるよな。」
「うん、そうみたい。」
「そして『馬鹿と天才』による補正が期待できる。」
「何度聞いてもひどい異能だよー。」
「そう言うな。俺はとてもよい異能だと思うぞ?」
「むー、ならいいんだけどさー。」
「よし隕石を降らせよう。」
「え、メテオストライク!ってやつ?」
「多分な。」
「いやいや、大丈夫なのそれ。」
「当然わからん。初の試みというものはそんなものだろう。」
「主様はほんと度胸の塊だよねー。」
「一度死にかけてみると理解できると思うぞ。」
「それ、軽いんだか重いんだかよくわかんないよ。」
「そんなことよりだ。倉ぼっこ、お宝蔵に出し入れする条件はどうなっている?
具体的には対象に触れる必要があるのか、などだな。」
「あ、そういえばいつも触ってたけど、どうなんだろ。」
「重いものを遠くに落とせればそれだけで武器になるだろう?」
「なにそれ怖い。主様の頭の中どうなってるの?」
「何も難しいことは言っていないだろう?」
「ちょっと試してみるよ。」
そう言うと倉ぼっこごそごそと動き、火車の窓を開けた。
「じゃー、あの石!」
クラが元気よく声を出すと同時に石が消えた。
「へぇ・・・これは色々と悪用できそうだな?」
「絶対本来の使い方じゃないこと考えてるよね。」
「基本中の基本だが、妖術や魔法もそうだが対象の魔力が影響する範囲内に魔法を発動することは極めて困難だ。これは理解しているか?」
「えっと、相手のすぐ近くに魔法を使えない、で合ってる?」
「ああ、概ねそれでいい。ところで『お宝蔵』は魔法ではないな?」
「嘘でしょ主様。体に直接捩じ込もうとしてる?発想がサイコパスだよ。」
「失礼な奴だな。あらゆる可能性を網羅するだけだ。」
「えっと、さっきの石を主様の手の上に出せばいい?」
「それでやってみてくれ。」
「えーっと、ほい・・・出ないね?」
「なるほど、魔力を使っている自覚はないって以前は言っていたよな?」
「うん、妖気が減ってる感じはしないよ。」
「テーブル上に石をおいて、お宝蔵で回収、そしてまた出してくれ。」
「あいあ~い。」
倉ぼっこが一連の動作を実行する間、伊織はクラの魔力の動きを凝視した。
「変だな。体内を診た感じでは魔力が動いているし、発動の瞬間は消費しているんだがな。」
「体の中を見るなんてえっちだよ主様。」
「なぜそうなる。
袋小路だな。だが・・・
もしや、クラは生まれたときから俺とずっと一緒にいるからわからんのか?
火車、聞きたいことがある。」
「ドウシタ メズラシイナ」
「俺と直臣契約する以前と今とで妖気に変化はなかったか?妖気不足を感じなくなったとか、そういうことはないか?」
「アル オレサマ パワー ムゲンダイ」
「そういうことか・・・思わぬ副産物だな。」
「どういうことなの?」
「話はそれだけだ。ありがとう、火車。
倉ぼっこ、俺が『魔力の根源』にアクセスできるという話は知っているな?厳密には以前から繋がっていたのを先日認識できるようになったのだが。」
「うん、魔法を使い放題なんだよね。」
「そうだ。それがどうも直臣全員にも適用されているみたいだ。」
「うわー、すごいけどそれって大丈夫なの?いつか枯れちゃわない?」
「わからん。だが俺の感覚では総量が膨大すぎて見当もつかんといったところだな。しばらくは全く問題ない。というか『魔力の根源』を利用して世界中に魔力を撒き散らしているんだ。そう簡単には枯渇しないだろう。」
「そっかー、それなら安心だね。ということは『お宝蔵』が魔力を使ってても体感できない?」
「今はそうなるな。覚なら検知できそうではあるが。ではあとは最大射程だな。」
「試してみるね。」
倉ぼっこはまたごそごそと移動し、窓に張り付いて外を見ている。
小石を出し入れして射程を確認しているのだろう。
その間にクラとの合体魔法について考察する。
「岩自体はどこにでも落ちている。
何ならお宝蔵いっぱいに詰め込めばいい。
それを最大射程で落とす。
うん?俺は要らんな。何かしらブーストできるか?
むしろ倉ぼっこ自身が重力魔法を使えばいいな。
もしくは燃やす?あまり意味がないか。
爆散させる?普通に地面を炸裂させればいい。
風・・・程度でどうにかなるサイズの岩ではないな。
質量を増加させる?どうやって?
となると発想を変えるか。」
「おわったー。」
「どうだ?」
「視界内はいけるよ。」
「ほう、想像以上に使えそうだな。だがデメリットとして命中率と発動速度が挙げられるな。」
「まー、当たんないよね。」
「大集団や巨大魔物を想定した魔法・・・魔法なのか?」
「感覚的には否定したくなるよ。」
「確かに。まあ、便宜上『倉魔法』とするか。」
「倉魔法!?かっこいい!」
「お前の琴線の位置がいまいちわからんが、気に入ってくれたならそれでいい。」
「最高だよ!」
「ともあれ、大集団や巨大魔物を想定するなら何かしら別の方法で足止めするのがシンプルで効果的だな。
所詮は落とすだけだから、誘導弾のようにはいかんしな。」
「うん、理解した。」
「最も相性が良いのはやはり百々目鬼だろう。」
「かちんこちんちんに固めてもらえばいいよね。」
「そうだな。」
「むー、主様との合体魔法じゃなくなったなー。」
「だめか?」
「倉魔法じゃなくていいから、共同作業みたいのしたいなー。」
「そうか、では別途考えておこう。さて倉ぼっこと喋っていたらもう着いたな。」
「おおー、おっきいねー。」
一目見ての最初のイメージは『神殿』だった。
大理石と思われる巨大な柱が何本も聳え立つ様子は壮観だ。
入口の大扉まで続く階段は屋外にも関わらず輝いている。
「かのアレキサンドリア図書館もこの様に荘厳であったのかな。」
「もうないの?」
「紀元前の建造物だからな。破壊されたと聞く。」
「勿体ないね。」
「全くだ。集合知の結晶を破壊するなど、知性ある人を名乗る資格はないな。」
「お兄さん、いいこと言うね。」
不意にかけられた声に振り返ると、数冊の本を抱えた妙齢の女性が立っていた。
ボリュームが目を引く三つ編みと理性的な眼差しが特徴的だ。
人見知りな倉ぼっこはすでにイオリの後ろに回り込んで息を殺して様子を伺っている。
「貴女は?」
「ここで司書をやっているペイパル・リブレよ。
貴方が余りにも良いことを言うものだから、思わず話しかけちゃったわ。」
クスクスと朗らかに笑う所作の一つを取っても高い教養が窺える。
「恥ずかしいところを見られてしまったな。だが、こちらとしてもちょうど良かった。」
「あら、本をお探し?」
「勿論それも目的のひとつだが、これを見ては貰えないだろうか。」
伊織はペイパルにアイリスの魔法書店の老婆からの紹介状を手渡した。
「え?この封蝋・・・貴方、コリンナ師とはどういう関係なの?」
「コリンナ師というのはその封書を書いてくれた御母堂のことか?」
「ええ、その物言いだと親しい訳でもないのかしら。」
「親しいもなにも、一度しか会っていないからな。
アイリスの町で俺達が魔法書店に伺ったらコリンナ師がいてな。
その場でいくつかの魔法を師事したところ、図書館を紹介してやるとその封書を手渡されたのだ。
そもそもコリンナ師がどのような方なのかも説明を受けていない。」
「コリンナ師は元魔法協会の役員で首都の王立図書館で筆頭司書を勤めていた方なのよ。」
「ほう、そんな人が何故そんな手紙を持たせたのだろうな?案外ただの伝言ではないのか?」
「さあ?開けてみればわかるわ。でもこんなとこじゃなんだし、ついてきて。」
ペイパル女史は伊織の返事を聞くことなく歩み始めた。
伊織と倉ぼっこは顔を見合わせながらも、よくわからないままに後を追った。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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