モイラ編02-16『冒険者登録』
エレオノーレの執務室へと向かう道中、レミィから念話が届く。
[おめでとうございます、マイマスター。
祝福『月読命の加護(知性20)』を獲得、上書きしました。
異能『降神術適正』が発現しました。
異能『マナ変換の才』が発現、上書きしました。]
(今回はどれも心当たりがあるな。)
[降神術というのはマスターの故郷の、おたこですか?]
(惜しいな、『いたこ』だ。
まあ、あれは降霊だから厳密には別物だとは思うが。)
[マスターはどこまで行ってしまうのでしょう。]
(月読様の坐す月まで行くか?さて、そろそろエレオノーレ殿との会話に戻る。)
[イエス、マイマスター。]
「そういえばヨーゼフ殿はもう帰ったのか?」
「貴方達にあてられてそれこそ一回休みよ。
審判の仕事も放り投げて、情けないったらありゃしないわ。」
「そうか、ご冥福をお祈りする。」
「生きてるわよ、残念ながらね。
堅苦しいのは抜きでいくわ。まずは座って。」
さすがは領都ギルマスの執務室というべきか、革張りソファが鎮座している。
伊織が宿泊した上級宿にも置かれていない代物だった。
実際に座ってみると下半身を包み込むような柔らかさと程よい弾力を感じる。
(このソファ、凄いものだな。これは現世でも評価されそうだ。)
すかさず覚の過保護センサーが反応する。
「従者の身で失礼いたします。そちらのソファについてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ん?いいわよ。というか、貴方達も座りなさいな。何処にも潜んでないってわかってるんでしょ?」
エレオノーレの職業はエルフに多い『精霊魔法使い』だ。
伊織との戦いで見せた精霊を使役し様々な現象を発現させるというのがその特徴だが、不完全ながらも精霊と交信することも可能だ。
そして看破能力に優れた精霊が覚と百々目鬼探知能力の一端をエレオノーレにこっそりと告げていた。
二人がちらと伊織を伺うと、伊織は軽く顎を引いた。
それに応じて覚は楚々として伊織の右に、百々目鬼は嬉々として伊織の左に腰掛けた。
エレオノーレは対照的な二人に微笑みながら、先程の問いに答える。
「そのソファは『グランホエール』という海の魔物の革と・・・中身は何だったかしら、ウールだから・・・確か『金羊毛』の毛だったはずよ。革はS寄りのAランクで、毛はAランクね。
ランクってわかるかしら?貴方達、ギルドのない異国出身よね?」
「まずは情報に礼を言う。『裏関東』に冒険者ギルドはないな。ランクについてはその種類ぐらいしか知らん。」
「まあ、ざっくり説明すると対象の『強さ』『希少性』『特記』の3つで総合的に評価されるわ。まあ、評価してるのは『システム』なんだけど。前者二つはわかると思うけど、『特記』というのは遭遇難易度とかね。海の底にいる対象を狩るのは難しいでしょ?
ソファの素材2体は強さそのものは大したことないの。
でもグランホエールは大海原で探す必要があるし、金羊毛は希少性が非常に高いわね。
冒険者をやる上で大事なことの一つだから憶えておくようにね。」
「情報感謝する。」
「じゃ、手続きに入りましょ。
まず冒険者登録証を発行するのは『イオリ・ヤコウ』殿おひとり。
ランクはおめでとう、私のあらゆる権限を行使して『B』まで上げれるわ。
ちょっとした条件があるけどね。」
『冒険者ランク』はF、E、D、C、B、A、S、SSの8段階で分類される。
一般的には最初の試験でFかEに振り分けられるという話だった。
伊織としてはDでも充分だと思っていたし、よくてCだろうと想定していた。
指名依頼の強制などという煩わしい制約から解放されるのであれば、ランクは高いに越したことはない。
そう判断した伊織の返答は極めて端的なものだった。
そしてそれはやる気の現れともいえる。
「伺おう。」
「貴族の指名依頼を受けてもらいたいのよ。
これは本来CランクからBランクに上がる際に受けて貰う試験の代替ね。
冒険者のもっとも大事な資質は言うまでもなく『強さ』よ。
そこに議論の余地はないわ。」
「だろうな。」
そうでなくてはランクは意味をなさなくなると言い替えることもできるだろう。
「でもランクが上がるほど報酬が増える。そして高い報酬出すのは王侯貴族に代表されるような身分の高い人々か大商人よ。だったら最低限付き合いぐらいできないとね、って話。おわかり?」
「礼節と誠実は俺の得意とするところだ。何ら問題はないな。」
忠実なる従者達は一様に深く頷いている。
それは正面に座る女性の表情とは極めて対照的だった。
「いや貴方、貴族の遣いをあっさり昏倒させといてよく言うわよ。」
「あれはゴミだから俺の国ではノーカウントだ。」
「はあ、どうしようかしら。とんでもないを事やらかす未来しか見えないわ。」
「というか、強制的な指名依頼を受ける義務から解放されるんだろう?ならば問題ないはずだ。」
「いや、言葉遣いひとつ取ってもアウトでしょ。」
「左様でございますか。それでは相応に接することをお許しください。」
「うわ、気持ちわる。」
「遺憾ながらよく言われる。」
「まあ、こっちで相手を弾けばいいだけの話なんだけど。
さっき話は忘れて。もう無条件でBでいいわ。
そういえば拠点はどこにするつもり?」
「一応、アルストロメリアに家を建てる予定だが、ダンジョンにも行きたいんだよな。」
「何言ってるの?ここにA級ダンジョンがあるじゃない。」
「初耳だが?」
「ヨーゼフなにやってるのよ・・・
まあいいわ、ダンジョンについて理解して貰うためにパーティランクについて解説するわ。
パーティランクはパーティメンバーの冒険者の『平均ランクの切り上げ』が適用されるの。」
「ヨーゼフ殿が貴族にために云々とか言っていたやつだな。」
「そう。冒険者以外には主に『ポーター』という荷物持ちを連れて行くのよ。」
「そうか。魔物の死骸となると大きいよな。」
「ええ、そんな物を抱えてたら戦闘どころじゃなくなるわ。
だからポーターはランクには関わらない。
そして冒険者1人に対して2人まで連れていくことが許可されるの。」
「つまり現状では2人しか連れて行けない訳か。」
「本来ならそうね。貴方にはその制限は適用されないようにするわ。でも、だからこそ本来のルールは憶えておいて。」
「助かる。」
「気にしないでいいわ。貴族絡みでたまにあるから破りやすい横紙なのよ。
という訳で貴方は今日からBランク冒険者でBランクパーティのリーダーよ。おわかり?」
「ああ、パーティの名前は必要か?」
「もちろん。決めてある?」
「夜行だと捻りが無さすぎるか?おまえ達はどう思う?」
「主様が付けた名こそが至高でございます。」
「『いおり』、に、しよ?」
「百々目鬼、流石にそれはな。俺にも多少ではあるが羞恥心は残っている。
もう『百鬼夜行』にしよう。」
「名は体を顕すと申しますし、よい名だと思います。」
「違和感、ない、ね?」
どうやら贔屓目なく受け入れてくれたようだ。
「じゃ、名前は決まり、と。
えーと特例が3つ。
ひとつ、指名依頼を断る権利を有する。
ふたつ、パーティメンバーの制限を受けない。
みっつ、ダンジョンランクの制限を受けない。
最終確認よ。同意する?」
「もしかして本来であればB級ダンジョンまでしか入れないのか?」
「あ、説明を忘れてたわ。その通りよ。ちなみに最高はS級ダンジョンね。」
「それは一番近いところでどのあたりなんだ?」
「そもそもの話、S級ダンジョンは大陸にひとつしかないのよ。
大陸中央にあるS級ダンジョン『奈落』はここから馬車で5~10日という所かしら。」
「思ったより近いな。」
「まあ、悪いことは言わないからダンジョンそのものに慣れてから挑戦しなさい。
超一流の冒険者PTでもあっさり全滅なんてよくある話なんだから。
そうね、もし奈落に挑戦するならA級ダンジョンを3つ踏破すること。
別に条件ではないけど、お姉さんと約束しましょ。」
「それほどのものか。先人の忠告は有り難く頂こう。約束する。」
「あら、素直じゃない。」
「礼には礼を以て遇するだけだ。」
エレオノーレは伊織とのつきあい方が少しわかった気がした。
筋さえちゃんと通せばそれほど酷いことにはならないだろう、と。
エレオノーレは呼び鈴を振って従者らしき者を呼び、先程から何やら書き込んでいた羊皮紙を手渡した。
従者は一礼してすぐに退出する。
「じゃ帰りに『冒険者証明書』と『冒険者パーティ証明書』を受付で受け取ってちょうだい。
裏書にさっきの三つの条件と立会人として私とヨーゼフの名前が書いてあるわ。
くれぐれも悪さはしないでよ!私の責任になりかねないんだから。」
「少なくともこの国に来てからというもの、一度も悪いことはしていないと胸を張って言えるな。」
忠実なる従者達は一様に深く頷いている。
「ま、こうなった以上、信じるしかないんだけどね。
難しい話は終わりにして、ちょっと雑談がてら貴方達のこと、色々聞かせてよ。
証明書ができる時間も少しかかるしさ。
言いたくないことは言わなくていいから。」
「構わんよ。隠し事など隠していることぐらいしかないからな。」
「構文ぶっこわれてるわよ。で、貴方達の国はどのあたりにあるの?」
どうやら『異国出身』であること自体は疑っていないようだ。
「一応、面倒ごとなりかねんから他言無用で頼む。」
「いいわ。ギルドマスターなんてやってると他言無用だらけだから慣れたものよ?」
「信用していいのか微妙にわかりかねるな。
まあいい、話が出回ったらココを建て直す手伝いをしてやろう。」
「絶対言いません!」
「俺は『地球』出身だがこれはわかるか?」
「え、まさか勇者の星?って貴方勇者なの?」
「初耳だな。勇者っていうのは何だ?」
「魔王が誕生して暴れまわると『地球』から勇者が現れて退治するっていうお伽噺よ。」
「ん?エレオノーレは200歳とか言ってたよな、ヨーゼフが。
一度も見たことがないような言い方だな?」
「ヨーゼフの前髪はあとで毟るとして、勇者なんて現実では見たことも聞いたこともないわよ。
魔王はちらほら沸いてるけどね。」
「では、そのお伽噺を作ったのは遠い昔の同郷者なのだろうな。」
「あー、そういうこと。もしかしたら大婆様なら知ってるかもしれないわね。」
「大婆様?」
「エルフの里長よ。千年近く生きてるらしいわ。」
「エルフは長命なんだな。」
「いや、普通知って・・・って、異邦人だったわね。」
「いや、それが『地球』でも『エルフ』や『ドワーフ』等は知られているらしい。
俺があまり詳しくないだけだ。
もしかしたら何らかの形で往来があるのかもしれんな。
エルフの薬草図鑑なるものが地球にあるようだし。
あ、ドワーフはいるのか?」
「いるわよ、山岳民族ね。ちなみにエルフは森。」
「君は森から出たのか?」
「単純な話、森って暇なのよ。『退屈はエルフを殺す』って言葉があるぐらいにはね。
若いエルフほど外に出たがるものよ。って、200歳はまだ若いんだからね!」
「人族の物差しでエルフを測ることはできまい。」
「あら、物分かりいいじゃない。」
「よく言われる。ところで折角だから依頼なんかの話を聞いてもいいか?」
「それもそうね。依頼と言っても様々なものがあるわ。
討伐依頼、収集依頼、護衛依頼、配送依頼、調査依頼あたりがメジャーどころね。字面でなんとなく内容がわかるでしょ。」
「ああ、勘違いしそうなものはないな。」
「そこそこ珍しいものだと『師事依頼』。これは何かしらを指南して欲しいという依頼ね。冒険者が依頼者なんて事も珍しくないわ。
ま、一言で言うなら冒険者なんて何でも屋よ。
低ランク依頼だと『掃除』『蜂の巣駆除』『草毟り』とかもちらほらあるしね。
あ、ヨーゼフの後頭部を毟るの忘れないようにしなきゃ。」
ヨーゼフの名が出る度に百々目鬼がニコニコしている。
この様子だと恐らくヨーゼフには百々目鬼の『目』が張り付いていることだろう。
「何でも屋か。言い得て妙だな。
緊急依頼というのはよくあるのか?」
「そうそうないわよ。一番多いのはダンジョンの魔物が逆流して『スタンピード』が発生して、その進路上に町があったりかな。」
「アルストロメリアのダンジョンはA級と聞いたが、溢れたら大事になるのでは?」
「想像力が働くのは冒険者のよい資質ね。
そうならないように定期的に巡察依頼を出したりするの。
やばそうだったら討伐隊を編成して間引きするわ。
それもあってアリストロメリアではここ10年はないわね。
あ、複数のパーティでコトの当たることを『レイド』って言うから憶えときなさい。
ランクが上がるほど関わることが増えるでしょうから。」
「アリストロメリアの最下層は攻略済みなのか?」
「攻略済みよ。最下層はB10ね。とはいえ最後に攻略されたのは200年も前だけど。」
「何か理由が?」
「うーん、一番大きい理由は強い冒険者は『奈落』に流れるからかな。
それでA級は割りと不人気なのよ。だから攻略するならチャンスよ?」
「それは最下層のボス倒すことで得られる報酬を言っているのか?」
「そうそう。」
「うん?ということはボスは復活するのか?」
「そうね。周期は概ね一週間程度かしら。」
「毎週通えばそれなりに稼げそうだが。それより奈落が魅力的ということか。」
「人気のダンジョンだとボスの奪い合いで血を見ることもあるわ。」
「欲望が渦巻く場という訳か。」
「貴方も欲はほどほどにね?」
「後片付けは得意とするところだ。問題ない。」
「殺すなって言ってんのよ・・・」
「善処する。そういう冒険者同士の揉め事はギルドで仲裁とかするのか?」
「いちいち子守りなんてしてたら受付がパンクするわよ、一日で。
ギルドは基本的に不干渉よ。ただし、明確な犯罪は別だけどね。」
「まあ、百々目鬼と覚が入口であれだけ威圧したことだし、そうそう絡まれる事もなかろう。」
「と思うじゃん?あの阿呆どもは『度胸試し』しなければ生きていけない生き物なのよ。
そのうち挑戦者が現れるだろうから優しく撫でてあげてね?殺しちゃ駄目だからね。」
「いちいち相手にする方が面倒だろう。壁をぶち抜くぐらいぶっ飛ばせば次は来るまい。」
「修理代は請求するからね。」
「いや、そこは絡んできた方に支払義務があるのでは?」
「両成敗よ。」
「理不尽だ。」
「まあ、実際は酌量余地があるかで割合は変わるけどね。」
「まあ、せいぜい世話にならんようにするよ。」
「そうしてちょうだい。」
「そろそろ『冒険者証明書』と『冒険者パーティ証明書』ができたか?」
「大丈夫でしょ。お見送りは必要かしら。」
「前哨戦を繰り返す必要はなかろう。」
「あら、つれないわね。
今後何かあったときは受付で私を呼びなさい。」
「ギルマスは暇なのか?」
「そん訳ないでしょ。毎日お肌との戦いなんだから。
イオリ・ヤコウ案件の担当者は私よ。残念だけど後々の面倒を考えたらこうなったわ。」
「まるで問題児の扱いのようだが、格別な配慮に感謝すべき所なのか?」
「もちろんよ。だからね。お願いだから問題を起こさないでね。」
「善処しよう。」
「監視員を送り込もうかしら。でも簡単に取り込まれる未来しか見えないわね・・・」
「ギルマスも苦労があるんだな。さっきは暇とか言って済まなかった。心中お察しする。」
「おまいう。」
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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