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モイラ編02-14『一本だたら』

「しかし、小汚ない建物だな。」

「正直に申し上げますと、主様のお住まいには相応しくありませんね。手を入れようにも限度があるかと。」

「木造だし、いっそ建て直すか?」

「御意にございます。そういことでしたら建築に向く者を招聘することも考慮されてはいかがでしょう。」


伊織は心当たりの妖を小考し、ピックアップする。


「専門ではないが、『一本だたら』ではどうだ?

デザインは任せられるし、本人の工房の間取りも好みのものにできるだろう。」

「よろしいかと。建築そのものは現地の方にお任せしてもよろしいでしょうし。」


『一本だたら』は鍛冶を得意とする妖だ。

刀などの武具から日用品に至るまで様々な金属製品を作ることを生業としている。


「では、早速喚ぶとするか。」

「御意。」


「『妖招聘』」

______________________________

『妖招聘』(5/10)

火車    『六焔号(ろくえんごう)』牛車の九十九神

村雨    『村雨(むらさめ)』   刀の九十九神

百々目鬼  『メメ』鬼族

覚     『サト』陰妖族

倉ぼっこ  『クラ』倉の九十九神

______________________________


随分と賑やかになってきたが、それでも一本だたらを除いてもさらに4人は喚ぶことができる。

次は誰にしたものかと考えながら、伊織は招聘のための術式を構築した。


「よし、来い。『一本だたら(いっぽんだたら)』」

「『妖招聘』による要請に対し、『一本だたら(いっぽんだたら)』が受諾しました。招聘を開始します。」

「あ、結界を貼り忘れていたな。『遮音結界』『遮光結界』」

魔方陣が出現し、稲光と轟音を伴ってそれは出現した。


「おっす、伊織様。一本だたら、推参だ。」

「おやっさんが来るかと思ったが、初めて見る顔だな。」

「親父は腰をやっちまっててさ、あたしが代わりって訳。

こう見えて『皆伝』は貰ってるから安心しな。」

「ああ、よろしく頼む。」


腰まで伸びる髪を束ね上げた少女の姿を一言で表すなら、健康的(・・・)だと伊織は思った。

鍛えているのか仕事柄なのかはわからないが、細身ながらも引き締まった体躯はアスリートのようにも見える。

あどけなさの残る笑顔と口元から覗く八重歯とのギャップが年齢を想像させてくれなかった。


「名前はどうする?」

「つけてくれるなら嬉しい。」


元々、妖は名前をつける習慣を持たない。

それが時代を経て主から与えられるものに変化していったという。

そしていつしか主から名を与えられることを誉れとした。

例外(ざしきわらし)もいるが。


「ではお前は序列十四位『タラ』だ。」

「ありがと!これからは主様って呼ばないとな。

あたしは一本だたらの『タラ』!

今後ともよっろしくー!」


一本だたら(タラ)はコロコロと表情が変わって楽しそうにしている。


「早速だが話がある。

この拠点を破壊して新築を建てる予定だ。

その指揮を任せたい。

工房は地下でも問題ないか?」


「熱と煙を妖術で処理してくれるなら。」

「符術は余り得意ではないがなんとかしよう。」

「なら問題ない。」


「高さはどこまでいける?」

「木造なら2F。鉄とコンクリが使えるなら5Fぐらいが無難かな。

豆狸(まめたぬき)』を呼んでくれるなら木造3Fでもいける。

施工期間も半減できるね。」


豆狸は建築、採掘、伐採などの幅広い作業が得意な妖である。

『こいこい』という能力を持っており、これを使うことで遠方の仲間を互いに召喚する。

一体を直臣登録することで数を揃えることができ、()海戦術が必要な場でなら非常に重宝するだろう。

とはいえ隠密能力こそ高いものの、その戦闘能力は人の子といい勝負だ。


伊織は即決した。


「木造3Fにしよう。豆狸はあとで招聘する。

ではB1を工房。B2以降が必要なら地下は好きにしていい。

1Fを売り場。空いたスペースは在庫用倉庫と従業員用スペースにしてくれ。

2Fは共用スペースと倉庫。余ったら居住区だな。

3Fは全て居住区だ。

居住区の間取りについては各個人と相談してやってくれ。」

「了解。工房はあたしの他に誰が使う?」


倉ぼっこ(クラ)伏姫(フセ)だ。

あとで紹介するから、色々と聞いて図面を引く参考にしてくれ。」


「図面を引くのは得意だから任しといて。

てか倉ぼっこ(クラ)こっち(・・・)来てたんだ。」

倉ぼっこ(クラ)と知り合いなのか?」


「うん、友達。煮詰まったときなんかに倉ぼっこ(クラ)のお宝を眺めて参考にしたりしてたんだ。」

「そうか。倉ぼっこ(クラ)には魔道具製作を、伏姫(フセ)には錬金製作を担当してもらう。ここは魔法の発達した世界だ。うまく取り込んでくれることを期待している。」


「そっか。倉ぼっこ(クラ)は物作りに向いてると思ってたんだよね。

こりゃあ遣り甲斐がありそうだ。早速二人と話をしたいんだけど。」

「待つのじゃ!妾もおるぞ!」

「なんだ、村雨も製作に関わりたいのか?」


耳聡く聞きつけた村雨が駆け寄ってきた。


「そうではない。妾は『製薬直感』なる異能に開眼してしもうたからの?

仕方なく伏姫(フセ)様の助手をやってやるのじゃ。」

()ッ。」ゴスッ。

「ひでb」


伏姫(フセ)から脳天にチョップをもらった村雨は白目を剥いて倒れた。

そんな村雨を無視して伏姫(フセ)が口を開く。


「もう。この子がどうしても『伊織の役に立ちたい』って言うから色々と教えてあげてたのに。

そんなことより倉ぼっこ(クラ)も連れてきたの。」

「たたら、久しぶり。」

「よっ。主様から『タラ』って名前を貰ったんだ。」


「よかったね。よろしく、一本だたら(タラ)

伏姫(フセ)なの。よろしくなの。」

「よろしくな、二人とも。」


「工房の責任者は一本だたら(タラ)とする。仲良くやってくれ。

それと、ここは今から更地(・・)にするから続きは宿でやってくれ。

宿には一人追加した旨を伝えて欲しい。

豆狸はペット枠になるのか?そこも宿に確認してくれ。

帰りは火車(ロク)を使って構わない。他の連中も連れ帰ってくれ。」

「あいあ~い。」


伊織は早速『妖招聘』を用いて『豆狸(まめたぬき)』を招聘し、序列十五位『タヌ』とした。

そしてそのまま一本だたら(タラ)の配下扱いとして預けた。

馬車(ロク)の窓からひょいと顔を出した一本だたら(タラ)が伊織に声を掛けた。


「あ、そうだ。これ伝えといた方がいいな。

先日、『臨時大評定』でさ、お館様(いろはさま)が宣言したんだ。

『我ら夜行万騎(やこうばんき)を以て『モイラ』への侵攻を企図(きと)するものであり、その総大将に夜行伊織を任命する。

ついては夜行伊織をモイラにおける夜行家当主名代とし、その全権を委任するものとする。』

だってさ。がんばってな、大将。」

「は?いや、待て。」


一本だたら(タラ)を乗せた火車(ロク)は伊織の制止に気づくことなく駆け出し、そのまま行ってしまった。

これを聞いた(サト)は口許を三日月に歪め、前髪で隠れた百々目鬼(メメ)の金色の双眸(そうぼう)は爛々と輝いていた。


「当主名代はまぁ、わからんでもない。夜行の妖を率いている訳だしな。

だが侵攻?その意図は?」


伊織は理解していなかった。

彩葉(いろは)はただ、異界へ身ひとつで飛ばされた双子の弟を(おもんぱか)り、居場所を作ってあげたかっただけなのだ。

ブラコンを拗らせた末の暴走と言ってしまえばそれまでではあるが。

(もっと)も、遠く離れた伊織にそれを理解しろと言うのも酷な話だった。


熟考した末、何もわからないと判断した伊織はその思考をあっさりと放り投げた。

そんなことよりも今はやるべき事がある。


「さて、どうしてくれようか。」

「お悩みですか?」

「そうだな。『火之迦具土神(ヒノカグツチ)』は火力が高すぎる上に制御に不安が残る。」

無詠唱(・・・)にされてはいかがですか?」


「頭から抜け落ちていた。さらに月読真言を省略しよう。」

「御意にございます。」

「まずは結界だな。念のためガチガチに固めるべきだろうな。」


「《我、夜行の血を以て『月読命(ツクヨミノミコト)』に畏み畏み願い奉る者なり》」

《神意ありてこそ人成るは 人ありての神になり》

《真空結界》《遮光結界》《遮音結界》《物理障壁結界》」


敷地内を覆うようにして四重結界を貼る。

月読命のその名と真言を口にするという、現状で伊織が為し得る最高の結界だ。


(《我、『火之迦具土神(ヒノカグツチ)』に畏み畏み願い奉る者なり》

《我は(こいねが)う。御身に宿る怒りの一片(ひとひら)を賜らんことを》)




(《(ともしび)》)




光も音も遮っている為、伊織と百々目鬼(メメ)に中の様子は見えていない。

結界は無事に機能しているようだ。

だが(サト)だけは中の様子を確実に捉えていた。


「主様、今結界を解いてはいけません。中は地獄(・・)です。」

「わかった。詳しく聞かせてくれるか?」

「灼熱の灰が舞っており内部の温度は千度に達しております。」


「なるほど、このまま開けてしまえば大惨事になりかねんな。

上方の一部を解放して熱を逃がすか?」

「まずは灰が落ち着くのを待ちま・・・主様、魔法で冷やせませんか?」


「可能だな。やれやれ、魔法に慣れていないのもあるが、どうも俺は発想が貧困だな。」

「主様のことですからすぐに慣れるでしょう。」

「精進する。」

「御意にございます。」


「水を入れると水蒸気爆発を起こしかねんか。・・・やはり氷結でも危ないか?

いや、冷やす必要はないな。シンプルに分子運動を止めればいい。

空気中の80%は窒素だ。

窒素、元素記号N、元素番号7、電子配置1s2 2s2 2p3、電子殻2, 5。

目標は窒素分子N2。」


言葉に出しながらイメージを補強する。

止まれでは駄目だ。冷えすぎてしまう。


「あー、いまいち手応えがないな。

窒素分子の振動を止めるよりも、やはり空気全体の熱エネルギーを奪う方が早いか?

水を氷にできるんだ、できないという道理はないだろう。」


水は熱電導率が高く、熱を吸収することに優れている。

また、気化する際には周囲の熱を効率よく吸収する。

だが魔法ならばその効率を度外視することができるのではないか?というのが伊織の発想だった。

無論相応の魔力が必要だが、幸いなことに今のところ魔力量で困ったことは一度もない。


「ああ、くそ。それだけだと足りんか。

奪ったエネルギーをどうにか・・・・あ。」


魔法は魔力をエネルギーに変換することができる。

これは不可逆だと、伊織は思い込んでいた。

だが本当にそうか?

熱エネルギーを魔力に変換するのは本当に不可能なのか?


伊織は『マナジェネレータ』として召喚された。

惑星を魔力で満たすのがその目的だ。

だが考えてみれば妙な話だ。

伊織個人で惑星を満たすほどの魔力を生成できるとは到底思えない。

ならば何処か(・・・)からもってきていると考えるのが自然だろう。

それが何処なのかはここでは問題ではない。

魔力を無意識に持ってきているなら、意識して持ってくることも可能では?

さらには送り返すことも。


「エネルギーを魔力に変換し、然る後に魔力を送還する、か。

可能か?」


目を瞑り、体内の魔力の所在と動きを深く深く意識する。

1分、2分と経過し、不安を感じた(サト)声を掛けようとしたその時。


「見つけた・・・ふふ・・・魔法は素晴らしいなあ。」

「あ、主様!?」


感情をほとんど表に出さない伊織が、あろうことか恍惚としている。

(サト)は伊織の感情が戻ることを切望している。

思わぬ形でその一端に触れたことで、(サト)は喜びの余り身震いしていた。


「魔法では珍しいことではないのか?

だが上手くいけば妖術の歴史がひっくり返るぞ。

さあ、とっとと始めよう。」


まずは結界内の熱エネルギー(・・・・・・)魔力(・・)に変換する。


(《(もど)れ》)


「結界内の温度が緩やかに下降を始めました。

・・・け、結界内の魔力が増幅しています!」


(サト)が悲鳴にも似た声で報告する。

無理もない。少なくとも『幻妖界』ではあり得ないとされた現象が起きているのだ。

伊織はわずかに口角を上げ、最後の命令を下す。 


(《(かえ)れ》)


「結界内の魔力・・・消失・・・主様、これは?」

「熱エネルギーを魔力に変換して捨てた、といったところだ。」

「妖気、いえ魔力は不可逆ではないのですか?」

「違うらしいぞ?俺も今知ったところだ。

だが、実際にやってみた感じだと、俺以外には難しいかもしれん。

うまく説明はできないが、マナジェネレータの資質と関係しているのは間違い無さそうだ。」


伊織は機嫌を良くし、(サト)は驚愕し、百々目鬼(メメ)はニコニコしている。

百々目鬼(メメ)は何が起こったのかよく理解していなかったが、伊織の機嫌がいいのが嬉しかった。


(サト)、どうだ?」

「結界内の温度に異常無し。同様に魔力量にも異常ありません。」

「そうか。内部で毒性の高い物質が発生した可能性がある。

最後は風で上空に散らす必要があるか。

現世でこれをやったら大目玉を食らうだろうがな。」


「灰、どうする、の?」

「そうだな。集めて倉ぼっこ(クラ)にチョークを作って貰おう。」

「お絵描き、できる?」

「ああ。だが紙をどうにかしないとな。まあ、何枚かならいいぞ。」

「わーい。」


三人で仲良く話をしていると時間はあっという間に過ぎ去る。


「主様、灰はほぼ落ちました。」

「よし、術式を解除した。

結界上面の中央部を一部解放し、軽く空気を撹拌(かくはん)する。」


(《そよげ》)


「どうだ?」

「緩やかに上部の空気と混ざっています。灰もほとんど吹き上げておりませんので成功かと。」

「やれやれ、想像した以上に面倒だったな。」


「ご苦労様でした、マイマスター。」

「レミィか。何かあったのか?」


「今回の件について幾つかご報告を。

マスターは二つの偉業を為されました。

ひとつは不可逆であるとされた魔力とエネルギーの関係を、可逆であると実証したこと。

もうひとつは机上の存在であった『魔力の根源』へのアクセス権を獲得したこと。」


「以上により称号『根源接続者(知性40)』を獲得しました。

また、異能マナジェネレータが《マナコントローラー》に進化しました。

《マナコントローラー》はシステムがマスターの為に新規作成した異能です。

今回マスターが成し遂げた偉業が広まれば、魔法分野に激震をもたらすでしょう。」

「『西()』でも発見されていなかったのか?」


「イエス、マイマスター。

続けて異能《空間適正》及び《マナ変換適正》を獲得しました。

《マナ変換適正》はシステムがマスターの為に新規作成した異能です。」


「続いて複数の祝福を獲得しました。

火之迦具土神(ひのかぐつち)の祝福(筋力5)』

天照大御神(あまてらす)の祝福(全能5)』

宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の祝福(幸運5)』

菊理媛神(きくりひめ)の祝福(幸運5)』

『坂東の虎の祝福(体力5)』『飛梅の加護(知性20)』『讃岐院の祝福(精神5)』

を獲得しました。」

「待て待て・・・何かの間違いではないのか?」


「間違いございません。」

「これは拠点に神棚を(こしら)える必要があるな。

火之迦具土神(ひのかぐつち)様は俺を認めて下さったという喜びがある。

だが天照大御神(あまてらす)様は何故だ?余りにも畏れ多いのだが。

宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)様は俺の魂を救うだけでなく祝福までも・・・有り難いことだ。

菊理媛神(きくりひめ)様は商売と縁結びを司る神だが、接点に心当たりがない。

『坂東の虎』『飛梅』『讃岐院』というと不吉な予感しかしないんだが?

レミィ、正直に言うと俺は混乱している。一体何が起きているんだ?」


「申し訳ございません、私も驚いている次第でして・・・

恐らく『極東』の神々はマスターの動向を観測していらっしゃるのではないでしょうか。」

「タイミング的にもそうだろうな。

だがまぁ、それでも好きにやらせてもらうよ。

天罰で死んだら皆には悪いとは思うが。

兎に角、疲れた、帰るぞ。」


伊織は火車(ロク)がいないことに気づいて己の迂闊さに天を仰ぐと、遠くから蹄の音が聞こえてきた。


「マタセタナ キョウダイ サア ノレ」


伊織は出来のよい兄ができたことを頼もしく思った。






レミィはいずれ魔法分野に激震が起きると口にした。

だとすれば真っ先に被害に遭うのは当然ながら震源地だろう。

だが疲れ果てた伊織に気づく由もなかった。






そして宿では自称プロデューサー(フセ)が喜びのダンスを踊っていた。

______

ちゃむだよ? >_(:3」∠)_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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