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モイラ編幕間01-01 『大天使の涙 』

ーーー『さぁ、聖戦(ラグナロク)をはじめましょう。』

side レミィ


マイマスター。

現在の私がそう呼ぶのは若干十六歳の少年です。


その出会いから『十年前』のこと。


私は惑星『地球(アース)』の『裏世界』で監視任務に就いていました。

裏世界というのは『魔力』が存在する、現世とは対になる双子のような世界です。

余談ではありますが『裏世界』の事を夜行では『幻妖界』と呼ぶそうです。


監視任務といっても特定の監視対象はいません。

実際には『監視』というより『観察』に近いものでした。


ある日、私は奇妙な魔力波動を観測しました。

不思議に思いその場を観ると、ちょうど一体の魔物(モンスター)が『現出』しました。

極東の彼の地(・・・)では魔物を『(あやかし)』と、そう呼称すると聞きます。


そのモンスターの外見は齢四歳~六歳の、ひと目見て可愛らしい幼女でした。

肩の上で綺麗に切り揃えられた細い絹のような髪の毛と、くりっとした、髪と同じく黒く大きな瞳が茫洋(ぼうよう)としていたことがとても印象的でした。

魔力を観察できない者が見れば、人の子と区別がつかないのではないでしょうか。

私はしばらく観察しましたが、その時は特に動きがなかったのでその場を立ち去りました。


報告書を書きながら、私はあの少女のことを考えました。

モンスターは二種類います。

『いいモンスター』と『悪いモンスター』です。

それが主観によってカテゴライズされるのは当然ですが、私にとって、なにより私が所属する『西』にとって、あの子はどちら(・・・)なのかを確認する必要があります。


少女について調べました。

彼女は目撃例の少ない希少なモンスターで、その情報を集めるのには少なくない苦労がありました。


少女は『座敷童子(ざしきわらし)』という種族で、『部屋の子供』を意味するらしいです。

その異能は『少女が住む家屋に幸運が訪れる』という、なんともふわっ(・・・)としたものです。正直なところ私にはよく理解できません。

攻撃性を(ほの)めかす情報が全くなかったので、きっと大人しいモンスターなのでしょう。

実際に私が観察した印象とも合致します。


私は少女に『いいモンスター』の()を押しました。


私の任務の大半は少女の観察に費やされました。

()には「座敷童子に関する情報は希少であり、再調査を要する」そう強弁しました。

なんのことはありません。

詳しくは後述しますが、私は少女の在り様(・・・)に興味を抱き、いつしか惹かれていったのです。


数ヶ月観察しました。

少女は一度も家から出ていません。それどころか庭にすら。

なにもせず呆然としている時間が大半で、たまにふらっと動いたかと思うと縁側に座り込んでアリの巣を眺めていたりと、生産的な行動は一切ありません。

退屈な任務のように思われるでしょうが、なぜか時間が飛ぶように過ぎました。


かの屋敷について調べました。

裏関東関八州(かんはっしゅう)管領(かんれい)である夜行家の分家筆頭『風祭家(かざまつりけ)』と判明しました。

私は戦慄(せんりつ)しました。

あの(・・)夜行が関係しているなど、恐ろしくて堪りません。

ですが、そこはなんとか頑張りました。何故なら私は大天使ですから。


屋敷の人族は座敷童子が居ることを認識してはいますが、積極的に関わろうとはしていません。

私は『悪い家』の()を押したくなりました。

ですが、私の主観で判を押してはいけません。


ある日、屋敷に齢六歳ほどの少年が訪れました。

ちょうど座敷童子の少女と同じ年の頃でしょう。

屋敷の人族の対応から類推すると、少年は『夜行家(やこうけ)』の係累のようでした。

お察しの通り、この少年こそがマイマスターこと『夜行伊織(やこういおり)』様です。

当時の私の夜行に対する認識には大いに反省するところです。


少年は少女と出会います。

少年が反応の薄い少女に根気強く話しかけていた光景が、今でも目に焼き付いています。

あまり大きな声では言えませんが、私のデスクには一冊の本を仲良く読む彼らの写真が飾られています。


話を戻しましょう。

そんな少年の熱意に、少女は少しづつ心を開きます。

私はその光景を、憧憬にも似た感情で凝視していました。

ええ、このあたりで私は彼らの関係に心を惹かれていると自覚しました。


そんなある日。

いつものように二人は本を読んでいました。

そんな折、少年がまるで糸が切れるかのように倒れました。


少女が叫びます。

折悪く家の者が出払っていることが私にはわかりました。

少女は弾かれるように屋敷を飛び出しました。

彼女が家を出るのは初めてのことで、私は大いに驚きました。

私は慌てて少女の予想移動ルートを解析しました。

どうやら夜行本家に向かっているようです。


転んでは立ち上がり、走っては転ぶ。

足は血だらけで、ふらふらと今にも崩れ落ちてしまいそうでした。

何度も、何度も、立ち上がり、走ります。


私は頬を伝うもの(・・)の意味を知りたい、そう、渇望しました。


人の子は楽しいとき、悲しいとき、辛いとき、感情が大きく動くときに涙を流すと聞きます。

ならば私の感情は動いているのでしょうか。

かつてない程に魂が震えます。百年を越える生に於いて、未知の感覚です。

この魂の震えこそが感情というものなのでしょうか。

魂が痛い。魂が早鐘を打つように痺れます。耐え難いほどに。


その原因が彼女の行動にあることは明白です。

原因(・・)を取り除く。

(すなわ)ち少女を助け、かの少年を癒すことができればきっとこの痛みは消えるだろう。

私はそう確信しました。


ですが私に関わることはできません。たとえ血を吐くように魂が痛くても。

ここで僅かにでも関わってしまえば、私は『堕天(だてん)』してしまうのです。

我々天使にとって堕天とは死よりも恐ろしい永劫に続く罪咎(つみとが)なのです。


私はこの時に『心』というものを自覚できたのだと思います。

今にして思えば、私の葛藤など只の自己満足に過ぎなかったのですが。

他者を愛しなさい。

この短い神の言葉を初めて実感をもって理解しました。


結果、私は天使の枠を超え、変質(・・)してしまいました。


呆然と彼女を見送る私をよそに、少女はようやく目的の家にたどり着きます。

どう見ても瀕死の様相でしたが、その目だけはギラギラと輝いていました。

まるで私を睨み付けるかのように。

私は息をするのも忘れていました。ガンガンとひどい頭痛がしました。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・許して・・・」

私はそう、無意識に口にしていました。

詫びなければならない、なぜ詫びを口にしているのかわからない、そんな二律背反(にりつはいはん)に、私は混乱の極みでした。


少女は再び叫びます。その魂を削るような絶叫に私は震え上がりました。

ようやく家の者が出てきた瞬間、少女はついに倒れました。

私は祈りました。

無意識ではありますが、私の『加護』が少女には届いたと思います。

ですが私が本当に届けたいと願った祈りは届かず、少女は神により死を賜りました。


一方で、少年は一命を取り留め、治療を続けているようでした。

私は少女の死を受け入れることができず、長い長い間、喪に服しました。

また私には不相応な加護を与えてしまったことで、私は著しく体調を崩しました。

転属願いを出し、本部への異動が決まりました。

私は俗世と関わることをやめ、『モイラ』のシステム管理業務に没頭しました。


ある日、極東の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)様がノルン様のもとに訪れたと聞きました。

珍しい組み合わせとは思いましたが、私は避けました。

極東とは、裏世界とは、夜行とは、妖とは、関わることから逃げました。

私を睨み付ける少女の瞳が、今も尚、私の魂に強く訴える(・・・)からです。

ですが運命は私を逃がしません。

きっとそれは、運命の女神であらせられるノルン様の思し召しだったのでしょう。


ある日、私はノルン様の扱うデータの整理を任されました。

そして『夜行伊織』に関するデータを見つけ、つい、中身を見てしまいます。

あれから四年以上が経過しましたが、彼は生きていました。ほっとしました。ああ、少女は報われたのだと。

ですが彼は未だに床に臥せっていると知りました。

気づけば私は付近の資料全てを貪るように目を通しました。

無意識にセキュリティを欺き、機密資料をも覗き見た私は知りました。


かの(・・)ルシファーの魂が彼の魂を侵食していると。

ツヴェルフという名の少女がなぜか(・・・)生きていると。

私はあの時、間違いなく彼女の死を観測しました。

ですが重要なのはそこではありません。

私は理性を総動員して絶叫したくなる本能をねじ伏せ、即座に天界を飛び出しました。




果たして少女は生きていました。




見るも無惨な様相で。




殉教者。




それがそのとき少女に抱いた印象でした。


庭にすら出れなかった彼女が今、病に臥せった彼のためにその身を灼熱に焦がしながら祈っている。

彼女は小さな祠に跪き、一心に祈り、屋敷に戻り、瞑想し、回復し、再び祠に向かう。

ああ、こんなにも一途な祈りがあるのかと、私は涙しました。




私は問いました。

私は何者であり、何を求める者で、何を為す者であるのかと。

天使とは、天の遣いとは、一体何なのかと。

彼女と私、一体何が違うのか、と


さらに数年が経過しました。

答えは未だに見えませんでした。

そんな無能の極みにある私を神が見捨てたのでしょう。


ある日、少女がまた家を飛び出しました。


私は選択を迫られます。

少女手助けし、今度こそ『堕天』するのか。

それとも無慈悲に少女を見捨てるのか。

私は少女を追いかけながら、葛藤の末にようやく決断しました。

遅すぎると笑って下さい。

ですがその決断は間違ってなかったと、今でも確信しています。




|私は自らの意思でツヴェルフを見捨てた。《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》




堕天(それ)は今ではない。




少女は二度目の死を受け入れ、そしてようやく私は理解しました。


神は少女に死を与えません。

少女に死を与えたのは()です。


神は彼女を救いません。

堕天すれば私に彼女の()を救う事はできたでしょう。

ですがそれだけでは彼女の()を救う事は叶わないのです。


吉祥天という女神が少女の体を傀儡化(かいらいか)しました。

無垢なる少女を(けが)すかのようなその蛮行に私は激昂しました。

ですがその後の吉祥天と夜行彩葉(いろは)の行動から察するに、私の勘違いと知りました。


彼女達は少女の為に傀儡化を行っていたのです。

彼女達もまた少女の心を救おうとしていると知り、私はまた涙しました。


そして吉祥天と夜行彩葉(いろは)の計画を知った私はこれしかない(・・・・・・)と思い立ち、そのための準備を開始しました。






そして時が来ました。

私は数年を費やし、全霊を以て準備しました。


第二位階智天使(ケルビム)イオフィエル


相手は私より『位階五つ分』も上位にある、まさに雲の上の天使。

挫けそうになったとき、私はデスクの上にある写真立てに祈りました。

そしていつしか、私は神に祈らなくなりました。

今では立派な不良天使と自負しております。


『専用の』サポートシステムを構築し、既存のサポートシステムに擬装しました。

いつでも切り替えられるようバックドアを仕込みました。

クラッキングモジュールも、ハッキングツールも、対智天使専用ワームも完成しました。

その後の対策も抜かりありません。


相手に不足はありません。ですが私の智天使対策は万全です。

あとでどんな目に遭わされるかわかりませんが、そんな事は知りません。

一切の手心なく、不意討ちで、二の矢を(もっ)て確実に仕留めます。

その後は恐らく、数年はもつ(・・)でしょう。

吉祥天と夜行彩葉(いろは)の計画を支える時間は、少女が『一回休み』から復活するまでの時間は、私が稼いでみせます。


私は必ずやり遂げます。あらゆる手段を以てやり遂げます。


『西』の全てが敵に回ったとしても。

この身に替える事になったとしても。

たとえ『堕天』することになったとしても。


貴女の良人(やこういおり)を守護します。


[夜行伊織専用サポートシステムの起動が完了しました。]


ギャラルホルンは鳴りました。

さぁ、一人聖戦(ラグナロク)をはじめましょう。

______

ちゃむだよ? >_(:3」∠)_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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