モイラ編02-10『領都へ 2日目 おかわり』
盗賊の塒を離れ、元のルートに戻る。
無傷なのは勿論だが獲得した戦果も上々だった。
所持金は三倍に膨れ上がり、金貨だけでもなんと1800枚(1.8億円)になった。
「盗賊とはこんなに儲かるものなのか?」
「こればかりは本人達に聞くしかありませんね。」
「首領だけでも残して情報収集する手もあったか。」
「なるほど、それは失念していました。申し訳ございません。」
「謝る必要はない。俺も気づかなかった。気が向いたら次の機会で試せばいい。」
「御意にございます。」
「倉ぼっこ、他に目ぼしいものはあったか?」
「サラマンダーの魔石、ランドタートル魔石、ヒュージスパイダーの魔石ってのがあるけど、価値はよくわがんにゃい。」
「レミィは何かわかるか?」
「全てBランクの魔物ですのでそれなりの価値があります。ですが金貨だけでも相当な額をお持ちですので売り払うより利用を検討してもいいかもしれません。」
「具体的には?」
「魔道具を作成するための素材にするか、魔道具を使用する際の燃料にするかですね。」
「なるほど。レミィの言に従うとしよう。」
「あとは地図があったよ。これ多分、他の塒が書いてあるんじゃない?」
「おかわりなのじゃ!」
「宝の地図という訳か。
ふむ、時間は十分あるし、稼ぎも期待できるか?皆はどう思う?」
特に反対する意見はなかった。
というより、今回が想定以上の稼ぎだったこともあって目が眩んでいるのかもしれないが。
「これではどちらが盗賊かわからんな?」
「盗賊狩り専門の盗賊なのじゃ!」
「それはいいな。名乗る必要があるときに使おう。
それで、特に反対もないようだし行ってみるか。
すぐにでも向かわなければ逃げられかねんからな。」
「マイマスター、一時の方向、距離90kmです。
領都への進路上に近いことから、幹線をターゲットにした大集団と思われます。
次の塒は先程より大規模でしょう。」
「何人いようが百々目鬼の餌食だろうがな。
ところで、レベルは上がったか?」
「イエス、マイマスター。
その前に、経験値の割り振りについて念のため報告します。
百々目鬼様は『麻痺』を掛けたことにより全体の1/2の経験値を得ています。
止めを刺した覚様と倉ぼっこ様は全体の半分の半分、つまり全体の1/4の経験値を得ています。
よって50%、25%、25%割合で振り分けられます。
そしてマスターの異能『指揮者』により全員の経験値が25%増加します。」
「概ね想像通りだな。理解した。」
「では長くなりますがご理解いただくために今回は詳細を報告します。
盗賊総勢36名。
獲得経験値から逆算した結果、35名がE~Dランク、首領がC+ランクと推定されます。
獲得総経験値が7,980です。
マスターの異能『指揮者』により25%加算され最終獲得総経験値は9,975となります。
これを先程述べた割合で振り分けると次のようになります。
百々目鬼様 4,987
覚様 2,493
倉ぼっこ様 2,493
多少誤差があるのはご了承ください。
最後にレベルアップの結果が次のようになります。
百々目鬼様 レベル89 EXP6,139/1,179,648
覚様 レベル1→29 EXP302/320
倉ぼっこ様 レベル1→29 EXP302/320
以上です。」
「覚と倉ぼっこは随分上がったな。
さすがに百々目鬼は上がる気配がないな。」
「ダメ?」
「いや、今のレベルが圧巻なんだ。気にするな。」
「わかった。」
「うわあ!」
「どうした、倉ぼっこ?」
「お宝蔵の広さが4倍になってるよ!」
「それはすごいな。レベルは3になったのか?」
「そだよ。」
「次に8倍になれば倍々になるのが確定するか。」
「うん。次の討伐で上がりそうだし、すぐわかるね。」
こうして一行はおかわりを求めて旅路を進めると、翌日を待たず盗賊の塒に到着した。
伊織は把握していなかったが火車の悪路に対する適正はかなりのもので、障害物競走よろしくスイスイと進んでいた。
尤もこれは火車の適正ではなく『ロク』の性格と資質に依るところが大きいようだが。
「一旦、塒から距離を置いたところで休むとしよう。前回の戦術を踏襲するからな。わざわざ夜襲を仕掛ける必要もなかろう。朝日が出ると同時に襲撃を開始するが、今回の止め役はどうする?」
「私達はレベルをあげる利点が薄いのでやはり遠慮しておきます。」
「そうか、ではすまんがナナたちは待機しておいてくれ。
その代わり領都についたら小遣いには期待してくれ。
他は前回と同じでいいな?」
特に反対はでなかったので朝まで眠りについた。
翌日の襲撃に神経を昂らせる者はなく全員がしっかりと睡眠を取れたようだ。
夜明け前になるとちらほらと目を覚まし、皆で思い思いに朝食を摂りはじめた。
その間に火車は移動を始める。
「それにしても盗賊多すぎじゃろ?こんなもんかえ?」
「どうだろうな。この調子なら海賊なんかも期待できるな。」
「なんかボーナス扱いで哀れじゃな。」
「生かしておいても碌なことはせんだろう?」
「マイマスター、盗賊ですが使い道があります。」
「ほう、意外だな。」
「まず、懸賞金が懸かっている場合やクエストとして公募されている場合は冒険者ギルドから報酬が貰えます。」
「それは首を獲って持っていくのか?」
「もしくはギルドの調査員を伴って行動するかのどちらかになります。」
「ところで『お宝蔵』に首をいれ」
「や!」
「まあ嫌がるよな。となると余り気乗りはせんな。まあ、気が向いたらでよかろう。」
「あとは有象無象を捕らえて衛兵に引き渡すことでそれなりの褒賞金を得られます。」
「ああ、なるほど。どこぞの施設で強制労働させるんだな?」
「ご明察です。鉱山に永住権を得るようです。」
「碌な未来にはならんだろうな。
まあ、その辺りは次回以降に機会があれば考えよう。
纏まった金もある今は経験値の方が価値が高いからな。」
レミィが盗賊豆知識を披露していると、一行はほどなく盗賊の塒についた。
「さて索敵はどうだ?」
「61、いる、よ?」
「随分多いな。他に留意すべき情報はあるか?」
「罠、抜け道。」
「覚、罠と抜け道の探知は可能か?」
「恐らくは可能です。ただ、どうしても浸透速度は下がってしまいます。」
「そこはトレードオフだろうな。」
「百々目鬼も覚のフォローをしてくれ。」
「うん。」
「では、状況を開始する。
百々目鬼は前回と同様に全員を麻痺させてくれ。」
「すぐ、おわる、よ?・・・おわり。」
「よし。先頭から順に覚、俺、百々目鬼、倉ぼっこ、村雨の順で進むぞ。
罠の解除を最優先で慎重に行動してくれ。
行くぞ。」
カビ臭い洞窟の中をゆっくりと進む。
「カビ、きらーい。」
「カビは倉の天敵だからな。」
覚は時折立ち止まっては右手を上げて止まれを指示する。
何らかを調べているのだろう。
「10m、おとし、あな。」
「紐に足をとられたら落下するようですね。」
「帰りに村雨が引っ掛かっても面倒だ。発動させておくか?」
「はい、そうしましょう。」
「なんで妾なんじゃ!」
「得意だろう?」
「あんな子供騙しの罠なんぞに・・・多分かからんわ!」
「村雨は正直者だな。」
こんな調子で罠を発見、解除もしくは発動、といった流れを三度ほど繰り返したところで第一村人ならぬ第一盗賊を発見した。
「妙だな。今更だが見張りが居なかったよな。
レミィ、洞窟周辺に人影はないか?」
「半径10km内に敵性体及び人族は確認できません。」
「結界は万全だから大丈夫だとは思うが、念のためロク達を呼び寄せておいてくれ。入口周辺でいい。」
「イエス、マイマスター。」
「悪いが村雨は戻って火車を護衛してくれ。何もないとは思うが、自己判断で応戦していい。」
「しょうがないのじゃ。妾が守ってやろうではないか。」
これ以降は罠らしきものはなく、一行は順調に進み続けた。
「こいつは親玉か?」
「はい、洞窟内で一番マシな部屋ですし、恐らくは。」
目の前には世紀末感を漂わせるむさ苦しい男が転がっている。
全く身動きが取れない状況にも拘らずこちらを睨み付けてくるのは胆が座っているのかただの狂犬なのか。
「まあ、どちらでも構わんが。」
「主様?」
「なんでもない。それより少し気になることがある。
覚、悪いがこいつの麻痺を解いてくれるか?できれば首より上だけで頼む。」
「尋問ですね。造作もないことです。」
覚は三つ数える間もなく指示を完了した。
ほんの少し得意気だ。
「お、お前ら何者だ。」
「質問をするのはこちらだけだ。」
「ふざけんな!ぶっ殺してやる!」
「まともに相手をするのも面倒だな。百々目鬼、『恐怖』与えて話したくなるようにできるか?」
「楽し、そう。」
「やり過ぎたら私が調整しましょう。」
「それはいいな。別に壊れても構わんから色々と実験してみてくれ。
気紛れで情報を探ろうと思っただけだからな。」
盗賊の首領にとっては残念なことに、ここにはマッドサイエンティストの卵しかいなかった。
「いえ、主様の勘による気紛れならば慎重に進める必要があります。」
「そうか?」
「経験則上、無視しても碌なことはありませんでしたから。」
「わかった。好きにしていい。」
「おい、テメーら、何好き勝手にくっちゃべっ、べっ、ひぃぃいいあああ!」
百々目鬼の瞳がうっすらと蒼白く光ると、盗賊の首領は恐怖に叫んだ。
体は麻痺しているため動かないが、その表情はありありと歪んでおり、ムンクの叫びを思わせた。
「直視、気持ち、いい。あ。」
「やり過ぎましたね。お互い微調整しながら慣れましょう。」
「ふふ、たのしい、ね?」
「そうですか?」
白目を剥いて気絶した首領を叩き起こし、二人は交互にいじくり回していた。
そして三度ほど気絶と覚醒を繰り返したところで、ついに折れた。
「なんでも喋る!だからもうやめてくれ!」
「思ったより早かったな。遠慮しなくていいんだぞ?」
「嫌だ!もう嫌だ!許してくれ!」
「では聞こう。入口に見張りが居なかった理由は?」
「し、知らねぇ!本当だ!どうせサボってやがったんだと思う!」
「残念ながら嘘は言っていません。」
「そんな馬鹿な理由があるか?それに、その見張りはどこにいった?10km圏内には・・・」
(村雨、最大限に警戒しろ。相手はレミィの索敵を掻い潜っている可能性がある。)
(む、承知したのだ。今は全員で火車の中におるから安心せい。)
(何かあったら連絡してくれ。こちらも早急に終わらせる。レミィにも伝言を頼む。)
(わかったのじゃ。)
(倉ぼっこ、予定変更だ。盗賊は全部お前が始末してくれ。『指揮者』のボーナスを捨てるのは惜しいが、やむを得んな。)
(あいあ~い。)
倉ぼっこはサバイバルナイフを片手に軽やかな足取りで部屋を出ていった。
とても首を刈りに行く姿には見えないだろう。
「では、これは何ですか?」
「そ、それは・・・」
首領の部屋を家捜ししていた覚が一枚の羊皮紙を目の前に置いた。
どうやら室内で見つけたのだろう。
字の見えない覚が何を感じたのかわからないが、何かしらのアタリを引いたようだ。
「なに、時間は沢山あるんだ。同じ実験だとお前も飽きるだろうから、より刺激的な」
「嫌だ!依頼されたんだ!」
伊織のハッタリは効果覿面だった。
「遠慮しなくてもいいんだがな。それで、いつ、誰に、何を?」
「依頼は今まで何度もあった。貴族だ。証拠もある。内容はその時々によるが、積み荷の襲撃や誘拐が多い。」
首領は開き直ったのか、べらべらと喋った。
「貴族が盗賊に依頼、ね。証拠というのは?」
「俺だって切り捨てられたくないからな。確実な証拠が必要だったんだ。
交渉時に馬車に張り付けてあった紋章だ。隠してあったが盗ってやった。
あとは、あとは、そうだ。
伯爵だ。チェスナット伯爵だ!」
(なあ、レミィ。確実な証拠とか言っているが、『モイラ』ではこの程度の状況証拠でも立証できるのか?)
(不可能です。ですが、これだけの規模の盗賊ですから恐らくは懸賞金が懸けられているでしょう。その首領の証言と合わせれば調査の手が延びる可能性は高いと思われます。)
(つまりこいつを生かして領都に届ける必要がある訳か。気乗りはせんが・・・火車に頑張って貰えば明朝には着くか?)
(可能です。)
(まあ、ここまで関わって中途半端に終わらせるようでは座りが悪いか。
連れていこう。)
(イエス、マイマスター。)
「ではお前に選択肢をくれてやる。
一つ、衛兵に証言する。
二つ、このまま実験を楽しむ。二人が飽きたらいつか死なせてくれると思うぞ?
さあ、選べ。」
「ぐっ・・・選択肢なんてねえだろ・・・証言する・・・」
首領はがっくりと項垂れ、呟いた。
「ところでお前らのアジトは幾つあるんだ?」
「三つだ。ここから150km離れた所と領都にもある。」
「では残りは一つか。菓子折りをもって挨拶に伺うとしよう。」
「ちきしょう・・・」
「聞いての通りだ。こいつは領都に連行する。
倉ぼっこが全員始末しているから戻るまでは家捜しだ。
奥の部屋が宝物庫だろう。そこから調べるぞ。」
「承知しました。」「うん。」
「おい、この部屋の外にも貴重品はあるか?」
「大したもんはねーよ。だが、隣の副首領の部屋ならなんかあるかもな。」
「そいつはここにいたのか?」
「領都のアジトに詰めてるはずだ。」
「そうか。まあいい。そいつの部屋も探してみよう。」
三人でお宝をどんどん積み上げていると倉ぼっこが戻ってきた。
「うわー、すごいお宝だねえ。」
「結構な量だが、全部いけるか?」
「うん、レベル上がったし余裕余裕。」
「頼もしいな。では全部突っ込んでくれ。」
「あいあ~い。」
倉ぼっこ『お宝蔵』に収納する度に皆でどんどん手渡していくと部屋は空っぽになってしまった。
「お腹いっぱい!」
「それは何よりだ。覚、こいつの両足だけ麻痺を解いてくれ。」
「承知しました。」
「妙な動きをすれば領都まで楽しい実験タイムだ。」
「何もしねーよ・・・」
首領はすっかり消沈している。
覚が手際よく麻痺を解除すると、すぐに伊織は撤収指示を出す。
「捕虜の後ろには俺がつく。三人は前を進んでくれ。」
あとで聞いた話だが、隠し通路は避難用通路に過ぎないとのことだ。
当たり前だが帰りは罠もないため、外に出るのにさして時間はかからなかった。
そして伊織はあっさりと入口と隠し通路を崩落させて蓋をした。
「これでゾンビになっても問題ない。
火車に戻って出発しよう。
首領は足を麻痺させて簀巻にすればいいだろう。」
伊織の無慈悲とも言える宣告に対して、首領の反抗心はすっかり消え失せていた。
伊織は伊織ですでに首領についてはすでに片付いたものと見做しており、すでにその興味は失せていた。
全員が合流できたところですぐに火車を発車させ、御者台に乗り込んだ伊織が問いかける。
「火車、すまんが今日は夜通し走ってもらいたい。行けるか?」
「オマエハ オソイコ モット アニキヲ タヨレ」
「ああ、今後も頼りにさせてもらおう、兄貴。
ところでお前には何か希望はないのか?」
「オレサマ ユメガ アル」
「ほう、聞かせてくれ。」
「タイリク イッシュウ シタイ」
「いい夢だな。時間がかかるから今は無理だが、いずれは俺も連れていってくれ。俺も世界を見たいんだ。」
「オレサマ ミセテヤル スピードノ ムコウガワ」
火車はやる気を漲らせて駆け続ける。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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