モイラ編02-09『領都へ 1日目 戦闘?』
泉で行水を楽しんだ一行だが、夕陽が落ちようとしていることもあり、その場で夜を明かす事を選択した。
火車に多少の無理をさせれば夜を徹して走らせることもできる。
さらに覚の『完全空間解析』で治療すれば領都までならノンストップで直行可能だろう。
だがそれほど切迫した事情もない。
そんな訳で充分なマージンを取って夜営をすることにした。
とはいえ火車の中で睡眠を取るので、果たしてそれが一般的な夜営といえるのかは疑問が残るが。
「これで全部焼けたのじゃ。」
村雨が焼き魚が大量に乗った皿を持ってくる。
こんがりとした匂いが周囲を漂い、それだけで皆の胃を刺激した。
「では、頂くとしよう。」
「「「頂きます。」」」
意外に思われるかもしれないが、伊織達は食前食後、朝晩などの挨拶はきちんとしている。
早速影響を受けた三姉妹も一緒になって唱和していた。
「やはり醤油はいいものなのじゃ。」
「そうだな。」
倉ぼっこが持ち込んだ荷物には砂糖、塩、酢、醤油、味噌などの調味料が納められていた。
元々醤油の味を知る転移組はもちろん、三人娘も猫耳をピコピコと動かしながら食べていることから、どうやら気に入ったようだ。
マヨネーズを口にしたときには三人揃って尻尾がピンと真っ直ぐに屹立していた。
その後も黙々と食べ続けていたこともあり、恐らくお気に召したのだろうと伊織は判断した。
だが新たな疑問できる。
(レミィ、猫獣人は玉ねぎを食べても問題はないか?)
[マイマスター、動物の猫と違ってその点は問題ありません。]
(そうか、安心した。)
猫が玉ねぎを食べた場合、溶血したり、最悪の場合は急性腎不全を引き起こす。
伊織はそれ思い出したのだが、杞憂であったことに安心した。
「伊織・・・醤油は作れるのか?」
いつかは尽きてしまうと絶望したのか、村雨が切実に訴える。
「魚醤ならば簡単だろう。だが醤油は数年は覚悟する必要がある。」
「なんじゃとー!何とかするのじゃ!」
「何とかと言われても無理なものは・・・お前が時間操作系の魔法を覚えてくれれば作れるかもしれんな。」
「よし、覚えてやるからやり方を教えたも。」
会話をしながらも皿の上の魚の山はどんどん縮小していく。
「時空系ともなりますと、不可能とは言いませんが相応に難しいのでは?」
「だろうな。どうなんだ、レミィ?」
質問を予想していたであろうレミィの答えは淀みなかった。
「時間と魂に作用する魔法は共に最高難易度と言えます。
人族で習得している者は五指に満たないでしょう。
ですがその一因として習得方法が広まっていないという問題もあります。
そしてその習得方法については特に禁則事項に触れませんので、すぐにでもお伝えすることがが可能です。」
そういうことなら答えは一つだろう。
「さあ、早速教えたも。」
「魔法に関してお話したことがありませんので、まずは基礎から説明します。
魔法は『基本七属性』、『中位五属性』、『上位二属性』、『最上位二属性』、『特殊』の五種類に大別されます。
後者になるほど習得難易度が上がりますが、『特殊』は完全に別枠です。
『特殊』については独立した魔法と考えてください。
皆さんが使われる『妖術』や『身体強化』や『錬金術』など、様々な魔法が『特殊』に含まれます。」
「なるほど、『妖術』は魔法の一部なんだな。」
「はい、システムによる分類ですので全ての魔法はカテゴライズされています。
『基本七属性』は皆さんもご存じの『火』、『水』、『風』、『土』、『光』、『闇』の六種に『無』属性を加えて七属性です。
無属性は魔力そのものを物理現象に作用させるような、いわゆる念動をイメージして下さい。
マスターが『モイラ』に降り立っすぐに魚を移動させた魔法が該当します。」
「『中位五属性』とは『爆発』、『氷結』、『電撃』、『神聖』、『呪術』です。
これらを習得するには『基本七属性』を習得し、ある程度熟練する必要があります。
例えば爆発でしたら『火』と『風』の習熟が必要です。」
「俺が最初に使ったのは『燃焼』と『電撃』だったが、それはどうなんだ?」
「マスターはいきなり『例外』を引き起こしてしまいました。
一般的には魔法は『システムが補助する』形で発動します。
電気についての科学的知識があり、魔力操作を深く理解することでシステムを介することなく発動したのがマスターの『電撃』です。
話が少し逸れてしまいますが、システムはあくまで発動を補助するだけですので威力には影響しません。
また、実力次第では詳細な調整はシステムを介さない方が速く、そして正確になります。
また、システムに『魔法』として登録されていない現象を引き起こすことこそが最も重要かもしれません。
先程マスターが使用された『サンドウォール』のように。」
「システムは歩行器のようなものか。」
「イエス、マイマスター。本題を続けましょう。
『上位二属性』とは『重力』、『空間』です。
これらを習得するには『基本七属性』の全てを高いレベルで熟練する必要があります。
『中位五属性』を習得する必要はありません。
この情報が出回っていないこともあり、『上位二属性』は習得者がほとんどいません。」
「『最上位二属性』とは『時間』、『魂源』です。
『時間』を習得するには『上位二属性』の両方を高いレベルで熟練する必要があります。」
『魂源』を習得するには『上位二属性』の両方と『時間』を高いレベルで熟練する必要があります。
かつて『魂源』を習得した人族はいますが、現在は一人も確認できません。」
「難易度高すぎるのじゃ!」
「大人しく作った方が早いんじゃないのか?」
「いえ、マスターには高度な科学的知識があり、さらには卓越した魔力操作能力をお持ちです。
システムを介さずに習得することは現実的であると私は判断します。」
「ほう、醤油はともかくとして、それは興味深いな。
レミィ、折を見て指導してくれるか?」
「イエス、マイマスター。」
「馬鹿を言うでないわ!醤油のために頑張るのじゃ。」
「アミノ酸依存症は縄で括りつけておけば簡単に治癒するから心配するな。
責任をもって俺が完治させてやるからな?」
「やーめーよー!」
「そんなことより魚が無くなってしまったな。干し肉でも噛るか。
だがレミィ、『基本七属性』が必要となると適正がない者は習得ができないんだよな?」
「いえ、適正がなくとも習得そのものは可能です。ただし、相応の覚悟と時間が必要でしょう。
また、倉ぼっこ様のように全属性に適正がないにも関わらず空間と重力の適正があるといった、例外もあります。
村雨様に時間属性の適正があったとしても、驚くことはあれど有り得ないことではありません。」
「なるほどな。頑張れ、村雨。」
「いーおーりー。妾の為に頑張るのじゃー。」
村雨は強行策は無理と判断して泣き落としに切り替えた。
「お前の手段を選ばない生き汚なさにはある種の感動を覚えるが、甘やかさんぞ。
せめて一緒に学べ。」
「ぐぬぬ、わかったのじゃ・・・」
最後はいつも通り村雨を弄りながら食事を終え、夜は更けた。
レミィが警戒し、百々目鬼が目を待機させ、伊織が結界を貼る。
それで夜警の必要はなくなり、一行は清々しい朝を迎えた。
日の出と共に支度を始め、すぐに全員で火車に乗り込む。
旅行など一度も行ったことがない伊織はもちろん、それぞれの足取りは軽やかだった。
火車もすっかりリフレッシュできた様で快速に飛ばし続ける。
伊織は早速レミィに魔法指導を受け、周囲の皆もまた興味深く聞いている。
最初に飽きた村雨は御者台によじ登って流れる景色を楽しんでいたが。
そんな折。
「マイマスター、興味深いものを発見しました。」
「うん?どうした?」
超小型竜巻に炎を絡みつけながら、伊織は返事をした。
ノノはそれを興味深くジッと見詰めている。
「10時の方向、距離9kmに盗賊の塒と思われる洞窟を発見しました。」
「ほう。詳細は?」
「確認できる人数は8名ですが、内部が広いこともあり不鮮明です。
今のところ捕虜などは確認できておりません。」
「俺としては別に放置してもいいが・・・」
「当然やるのじゃ。悪は成敗じゃ!」
「まあ、そうなるよな。反対はないか?」
これも伊織の想像通り、反対者はいなかった。
「ではプランを練る前に討伐に参加したい者は?」
実際のところ単に殲滅するだけなら伊織だけでも過剰戦力といえる。
なのであえて皆に問い掛けて好きにさせようとしたのだが。
「やるのじゃ!」
「村雨、ゴブリン、やった。次、メメ。」
「ぐぬ・・・妾はあの時の失態をじゃな。」
「ダメ。」
百々目鬼は普段あまり自己主張をしない。
だが珍しいことに彼女としては強硬に主張していた。
「では、今回はメメに任せよう。作戦はどうする?」
「全部、おやすみ。」
「うむ、まあ、予想通りだな。」
「経験値、かせご、ね?」
「ほう。レベルが低い者に止めを譲るということか?」
「うん、だめ?」
「いや、百々目鬼なら可能だろう。緊急時には備えるから存分にやれ。」
「うん。」
「では、止め役は倉ぼっこと覚でいいとして、他の皆はどうする?」
「お二人に集めた方がいいと思うので、私達は遠慮します。」
「フセもいらないの。」
「今更だが伏姫のレベルは幾つなんだ?」
「乙女の秘密なの。」
そもそも神を戦闘で使うという発想がないので伊織はそれ以上は聞かなかった。
伏姫のステータスを確認しようとしないのもそこに理由があった。
尤も、緊急時にはそんなことを言っていられないだろうが。
端的に言うなら伏姫はお客様なのだ。
好きにやれと言ったからには伊織は一切の指示を放棄した。
とはいえこっそりと結界を仕込む程度には過保護ではあったが。
「サト、指揮、しよ?」
「主様に良いところを見せる機会ですが、本当にそれでいいのですか?」
「うん、向いてる、ひと、まかせる、よ?」
「承りました。主様はもちろんですが、今回はメメのためにも完璧に指揮してご覧にいれましょう。」
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side 覚
私は覚。
恩讐を重んじる主様と共にある者です。
百々目鬼に借りを作ってしまいましたが、勿論そのままでは居られません。
わたくしもまた、夜行の末席に身を置く者ですから。
「では、百々目鬼は洞窟内の様子を把握して下さい。」
「うん、半分、把握、ずみ、よ?」
しかし、百々目鬼がここまでやる気を見せるのは珍しいですね。
『モイラ』へ渡ったことが原因なのか、主様と再開できたことが切っ掛けなのか、それとも先日の夜の会話が発破をかけたのか。
ともあれ、よい傾向であるのは間違いありません。
「掌握、36人、魔力、ない、よ?」
「魔法を使うものはいませんか?」
「うん、楽勝?」
「捕虜らしき者はいませんか?」
「ない。」
「どの『眼』を使用しますか?」
「麻痺。」
「効果時間は?」
「一日。」
どうやら本当に楽勝のようです。
「倉ぼっこ、人を殺せますか?」
「やったことないけど、大丈夫だよ。」
「獲物は持ちましたか?」
「うん、風間御用達のサバイバルナイフがあるよ。」
倉ぼっこは甘いところがありますが、どうやら殺人への忌避感はなさそうです。
「では、状況を開始します。
百々目鬼は不測の事態が発生したらすぐに報告を。
全員を麻痺させた時点で突入します。
私と倉ぼっこで交互に仕留めましょう。」
「主様達はいかがされますか?」
「そうだな・・・レミィ、この場合は俺の異能『指揮者』は使えるか?」
「イエス、マイマスター。側に居るだけでメンバーへの経験値増加の恩恵は機能します。
補足しておきますと、状態異常を付与することは戦闘への関与とみなされます。」
「では今回は百々目鬼を含めて3名が経験値を獲得することになるんだな?」
「イエス、マイマスター。」
「よし、俺も覚の指揮下に入ろう。」
「では、突入は四人で参りましょう。」
「暇じゃし、妾も行くのじゃ。」
「わかりました。」
村雨は主様の目が届く所に置いておく方がいいかもしれません。
「全員、麻痺、した、よ?」
「早いですね。」
直接現地へ赴くことなくやってのけることに戦慄を覚えます。
ですがこれはメメだけの特権ではなく、敵対者に使われることも考慮せねばなりません。
頭の痛い話ですが、主様と百々目鬼が状態異常を無効化できるのは大きいですね。
「では、参りましょう。」
洞窟突入後の戦闘については語るべきことは特にありません。
これを戦闘と呼ぶのが相応しいのかどうかは置いておくとして。
私と倉ぼっこは粛々と麻痺して動けない対象の首を刈ります。
哀れな末路ですが、己の選んだ道ですから受け入れていただくしかありませんね。
以前主様が仰っていましたが、刀化した村雨で刈れば村雨にも経験値が入るというのは面白いですね。
「これで36人です。遺体は焼きますか?」
遺体を長期に渡って放置したらゾンビになって動き出すそうですが、辺鄙な洞窟ではそれを心配する必要はないとは思います。
「最後に蓋をすれば放置でよかろう。」
「そうですね。お任せしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、最後は俺がやろう。」
「百々目鬼、回収が必要なものはありますか?」
「倉庫、あと、偉い人。」
「まずは偉い人の部屋へ案内してください。」
「こっち。」
血の匂いが漂う通路を抜け、少し手狭な部屋へと案内されました。
なるほど、溜め込んだ貨幣や宝石などが隠されていますね。
私の探知を掻い潜ることは許しません。
「貨幣、宝石、うん?これは宝石とは違いますね。倉ぼっこ、この石を『鑑定』できますか?」
「えーっと、『魔石』っていうらしいよ。魔物の心臓あたりにあるんだって。」
「胆石のようなものですか。他にも色々とありますが、盗賊の首領が隠しているぐらいですから価値の有る胆石なのでしょう。
倉ぼっこは全て回収して下さい。」
「あいあ~い。」
「主様。魔物に魔石があり妖にはないということは、別物と考えてもよろしいのでしょうか。」
「祖先のどこかで分岐した可能性はあるのかもしれんが、まあこじつけだな。
別物と判断していいだろう。どうなんだ、レミィ?」
「肯定します。」
歩きながら会話をしていると、すぐに倉庫に着きました。
埃まみれの薄汚れた部屋ですが無視する訳にも参りません。
「ここは物が多いですね。
回収するものを主様と倉ぼっこで決めて下さい。」
「了解した。倉ぼっこ、行くぞ。」
「あいあ~い。」
「村雨は私と手分けして盗賊どもの武器を適当に回収しましょう。」
「しょうがないのじゃ。」
「百々目鬼は賊どもの『目』を回収しなさい。」
「いいの?」
「ええ、主様を待たせる訳には参りません。速やかに願います。」
「うん。」
百々目鬼の異能『Ex共喰(眼)』は対象の目を食して能力と経験値を吸収します。
ですが実は触れるだけでも同様の効果を得ることができます。
百々目鬼自身が目を好物としていることもあって、普段は食しているようですが。
彼女とは数百年来の長い付き合いですが、彼女が調理をしているのか生で食しているのかは私にはわかりません。
というのも、目を食すところを見られるのはとても恥ずかしいというのが本人談です。
私には理解できませんが、気になるようでしたら本人にご確認ください。
尤も、命の保証は致しかねますが。
賊どもの武器を回収して回りましたが、当然ながら質のいいものは皆無でした。
とりあえずナイフなどはナナ達にも使えるでしょう。
他の物も鋳潰せばいい話ですしね。
そうして粛々と回収を進めました。
「とりあえず目ぼしいものは倉ぼっこの『お宝蔵』に収納したが、そっちはどうだ?」
「回収が必要なものはもうございません。洞窟を出て入口を封鎖しましょう。」
そうして四人は脱出し、主様が入口を崩落させることで簡単に封鎖しました。
「状況終了です。お疲れ様でした。」
「お疲れ様。」
「おつ、かれ。」
「終わったのじゃー、火車に戻るのじゃ。」
こうして初めての盗賊の拠点への襲撃は完封で終了しました。
百々目鬼が勲功第一なのは誰もが認める所でしょう。
総合的にも完璧な結果と自負できますので、私はほっと息を吐きました。
さあ、火車に戻ってお留守番組に戦果を報告しましょう。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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