モイラ編02-02『アイリスの町』
『女神の泉』に到着した一行は玄関先で止められることなくロビーに入った。
馬車は外でお利口にステイする。
服装コードなどというものが無くてよかったが、ロビー内の注目を一身に浴びることになる。
男1人に女7人。
そして伊織、村雨、伏姫はこの国の雰囲気を拒絶するかのような和装だ。
百々目鬼と覚に至っては服なのか布なのか紐なのか判然としない白黒である。
唯一比較的マシなのが三姉妹だったが、あくまで夜行組と比較してのことだ。
注目をされるのも頷けるだろう。
だが、伊織はそんな視線など気にも留めず受付へと真っ直ぐ歩く。
「8人が入れる大部屋は空いているか?」
「・・・」
「空いていないのか?」
「は・・・失礼しました!」
ここで受付の男を責めるのは酷だろう。
「7名様でございますと、『10名様向けのお部屋』と『スウィート』が空いてございます。」
「料金は?」
「人数に関係なく一泊朝食のみで銀貨24枚(24,000円)か金貨1枚(100,000円)でございます。
食事のオプションは一食あたり銀貨2枚(2,000円)です。
また、馬車の管理料金としてエサ代まで含めて別途に銀貨2枚(2,000円)いただきます。」
「両方泊まってみたいのじゃ。」
「そうか。皆もそれでいいか?」
一人の例外もなく目をキラキラと輝かせている。
幸い財布は分厚い。
「手間をかけてすまないが、それぞれ一泊づつというのは可能か?」
「もちろん構いません。順番はいかが致しましょう。」
「明日スウィートで頼む。風呂はないのか?」
「承りました。失礼ですが、風呂とはどういったものでございますか?」
「いや、異国の物だからな。ないならそれでいい。」
「それでは係の者がご案内いたします。」
受付の男は恭しく頭を下げた。
係の者は受付の紳士と顔立ちが似た少年だった。
「それでは部屋までご案内します!」
高級宿に相応しい調度品の数々を横目に見ながら、少年の元気な声に連れられて廊下を歩く。
どうやら階段を昇ったすぐ正面の部屋らしい。
「うむ、悪くないの。」
「ひろーい。」
「こんなに綺麗なお部屋に泊まれるなんて・・・」
どうやら皆には好評のようだ。
(レミィ。)
[イエス、マイマスター。いかがなさいましたか?]
(現代と比較するのは酷ではあるが、いかに高級とはいえ少々もの足りなくてな。
高級感云々ではなく、文明的にだな。
将来的には拠点を持つことを検討したい。)
[イエス、マイマスター。家具や寝具、お風呂等も含めて検討しましょう。]
(とはいえ世界情勢を知らないことには場所の選定すらままならんが。)
[天界でもう少し情報が集まればよかったのですが。]
(その分はこちらで足を使うさ。)
「さて、バザーを覗きつつ屋台で腹ごしらえしようか。
とりあえず金貨一枚づつ渡すので欲しいもがあれば好きに買うといい。」
「金貨!?」
「伊織様、バザーでは金貨は使えないと思いますよ。」
「なんだと?」
「小さな露店ですし、1つあたりもお安いですから。」
「万札を持って駄菓子屋に行くようなものか。どれくらい必要だ?」
「服や日用品あたりですと銀貨10枚(10,000円)もあれば十分です。」
「では、そうしよう。足りなくなったら遠慮なく言ってくれ。
全員荷物をいれる袋と財布ぐらいは買っておくように。
それから、着替えは複数用意しt」
「さあさあ、早く行くのじゃ。伊織は話が長いのじゃ。」
「皆、村雨が迷子にならないように気をつけてくれ。」
「なんでじゃ!」
「いつもの、こと、ね?」
「具合のよい紐が売っていればいいのですが。」
「妾は犬じゃないのじゃ。犬は伏姫なのj」
「滅ッ!」ゴスッ。
「ひでb」
一行は賑やかに『女神の泉』を後にして大広場のバザー会場へと足を向けた。
「その串肉は何の肉なんだ?」
「左から、コッコ、オーク、三ツ目牛だよ。」
「全部一本づつ頂こう。」
「まいどあり。しめて銅貨30枚(約300円)だよ。」
途中見かけた串焼きを三本購入してみた。
皆も思い思いに買っているようだ。
「伊織一口づつ欲しいのじゃ。」
「買わないのか?」
「大きすぎじゃろう。妾は全部食べたいのじゃ。」
「わがままな姫様だな。ほれ。」
伊織が差し出したオークの串肉に村雨は躊躇いなくかぶり付いた。
「おお!じゅーしーじゃ!うまうま。これ買ってくるのじゃ。」
あっさりと前言を撤回して村雨は屋台に吸い寄せられていった。
「ところでオークというのはどんな魔物なんだ?」
肉に魔力が含まれていることから魔物であることは察せられた。
「豚の顔をした大きいゴブリンのような姿ですね。」
「ナナは見たことがあるのか?」
「はい。ゴブリンほどではありませんが、よく見かける魔物です。」
「二足歩行の生き物を食うのに思ったほど抵抗感はないな。」
オーク肉の最後の一欠片を口に放り込む。
「私達は幼い頃から食べてますからねえ。」
「なるほど、これも立派な食文化か。」
「ちなみにゴブリンは臭くて食べられたものではないらしいです。」
「それはそれで不思議なものだな。」
タレが染みたオークの肉は脂身が多い豚バラに近い食感だった。
魔力を含むことで味の方は比較にならないほど美味かった。
軽食で軽く腹が膨れたところでいよいよバザー会場内へと足を踏み入れた。
バザーそのものの雰囲気は地球のそれに似ているが、置いてある品物の数々は地球ではお目に掛かれないような、伊織にとっては珍しいもので溢れ返っていた。
「さあさあ、こちらはオーガの骨すら両断する逸品だよ!」
「この初級ポーションを買ってくれたら今ならなんと、毒消しも付いてくるよ!」
「あの大魔法使いキリエの弟子の子供が使ったとされる杖が今ならたったの金貨20枚だよ!」
一つ一つの疑問を解消しようとしたら途中で日が暮れてしまいそうだ。
興味深い品々を見回していると、キリエ云々の杖を見て皮肉げに薄く笑う覚を見かけた。
異世界にも詐欺は横行しているのだ。
覚にかかれば一流詐欺師も裸足で逃げ出すだろうが。
結局伊織は毒消し付きの初級ポーションと初級光魔法書を購入した。
魔法書は40ページほどペラペラにも関わらず銀貨30枚(30,000円)だ。
高過ぎる気もしたが伊織は躊躇なく買った。
皆も各々欲しいものを買えたらしく、ニコニコしている。
冷やかしながらいろいろな露店を覗いていたらあっという間に時間は過ぎた。
露天のひとつで昼間に衛兵が勧めてくれた『風見鶏亭』の場所を聞き出し、皆で向かう。
コッコ、コカトリス、テイルウィンドとかいう鳥系の魔物料理の数々に皆で舌鼓を打った。
魔物肉を食べることができただけでも異界に来た甲斐があったと伊織は思った。
辺りが暗くなったところで宿に戻る。
すると男湯女湯のように男女で区切られた部屋に通された。
どうやら手桶に湯を張ったもので体を拭くらしい。
元日本人としてはやはり風呂が恋しいものだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
新しい拠点を用意する際には風呂をつけようと、伊織は改めて決心した。
部屋に戻ると全員が揃っていた。
「さて、皆も揃ったところで何か報告がある者はいるか?」
「メメ、ある、よ?」
「頼む。」
「町に、『目』、放った。大体、把握、した、よ?」
「でかした。なにも指示しなくてもやってくれるとは、メメは成長したな。」
「今の、録音、欲しい、よ?」
「機材がないと難しいな。いずれ蓄音機でもできたらな?」
「待つ、ね?」
「サトからも報告がございます。」
「覚か、頼む。」
「宿内に敵対者はいません。
対象は我々ではないものの、町中で不埒な真似を働こうとしているものが複数名いました。
組織的なものではありません。」
「具体的には?」
「強盗やひったくりの類いです。」
「そうか、引き続き警戒を頼む。」
「サトは成長していませんか?」
「メメ同様、何も言わなくても自主的に動いてくれたな。よくやった。」
「サトも蓄音を所望します。」
「・・・ナナ、音を保存する術はあるか?」
「私は聞いたこともないです。そんなことが可能なんですか?」
「『科学』では可能だが、『魔法』ではどうかと思って聞いたんだ。
音波を保存してループさせることできれば・・・
いや、すまん。今考えることではないな。
他に報告は?」
報告はなさそうだ。
「では、明日の予定だが午前中にスウィートへ移動する。
午後までは自由行動だが宿からは出ないように。
皆で昼食を摂って、午後は二組に別れる。
俺と覚は商業ギルドで手続きをしてくる。
それ次第で明後日以降の方針を決めるつもりだ。
百々目鬼、後で商業ギルドの位置を教えてくれ。」
「うん。」
「俺と覚以外は自由行動だが、外出時は必ず村雨と行動するように。
任せたぞ、村雨。」
「わかっておるではないか。妾に任せるのじゃ。」
「それから、ナナ、ネネ、ノノ。
恐らく定期的に纏まった収入を得られるようになる。
そうなれば君達を雇用したいと考えている。
検討してくれないか?」
「是非、お仕えさせください。」
「話し合わなくていいのか?」
「はい。以前、水浴びをした際に意思は統一しました。」
「そうか、明日はまだ様子見ではあるが、無様な失敗はできんな。」
「以上だが、何かあるか?」
「ベッドが一つ余っておるし、誰か喚んではどうじゃ?」
「そんな理由で喚ぶのもどうかと思うが、だがそうだな。
荷物増えてくると火車が手狭になる。
倉ぼっこを喚ぶか。」
「のう、伊織。」
「どうした?」
「いつも同じ詠唱で詰まらんのじゃ。」
「ふむ、それで?」
「こういうのはどうじゃ?ごにょごにょ。」
「それに何の意味が?」
「かっこいいじゃろうが!」
「そう、か。まあいい、お前が喜ぶならそれでいいだろう。
さすがに光と音は不味いな。まずは結界を貼るぞ。」
「『遮光結界』『防音結界』」
伊織は息をするように連続して結界を貼った。
「『妖招聘』」
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『妖招聘』(4/10)
火車 『六焔号』牛車の九十九神
村雨 『村雨』 刀の九十九神
★百々目鬼『メメ』鬼族
★覚 『サト』陰妖族
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新しく招聘した百々目鬼と覚がリストに追加されている。
「では、村雨。やるぞ?」
「ワクワクするのじゃ!」
村雨のリクエスト応えた伊織は、指先に『ライト』の魔法を光らせながら指をそれっぽく振った。
当然ながらライトは村雨が所望した演出だ。
村雨だけでなく、何故かネネとノノも目をキラキラさせている。
子供はこういうのを喜ぶのかと、ひとつ、伊織は学んだ。
「Eloim, Essaim,
Eloim, Essaim,
Frugativi et appellavi
出よ、倉ぼっこ。」
[『妖招聘』による要請に対し、『倉ぼっこ』が受諾しました。招聘を開始します。]
魔方陣が出現し、稲光と轟音を伴ってそれは出現した。
「あ、伊織。おひさー。・・・ひうっ。」
倉ぼっこは青い顔をして伊織の後ろに隠れてしまった。
「倉ぼっこは人見知りがひどくてな。しばらくは許してやってくれ。」
「ご、ごめんなさい・・・」
「よう。あたしはネネだ。仲良くしてくれよ。」
「ノノです。なかよく、しよ?」
「あっ、はい。なかよく。」
空気を察したネネとノノが歩み寄ると、倉ぼっこも伊織の後ろから顔を出して頑張って返事をした。
「かっこよかったのじゃ!でもなんで予定より短くしたんじゃ?」
「いや、何か別のモノが出てきそうな気がしてな?」
「「「えっ?」」」
「変なイカみたいなヤツがクラと融合でもしたらクラが可哀想だろう?」
「え?なにそれ?そんな危ないことクラで試したの?バカバカ、伊織のバカ!」
倉ぼっこは伊織の背中をぽかぽか叩いている。
「いや、夜行ジョークだ。」
「全く笑えんのじゃ。」
「面白くないよ!」
「そうか、渾身の夜行ジョークだったんだが、ダメだったか。」
「伊織は罰として私のお宝を磨いてよね!」
想定外に不評だったらしい。
この後、伊織は滅茶苦茶磨いた。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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