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モイラ編01-02 『レッツ・サバイブ』

「オラァ!」


伊織は()を握りしめて狂ったように何度も()に打ち付けている。

突然不可解な行動を始めた伊織にレミィは戸惑った。


[マスター、何をしているのですか?]

「道具をな、オラァ!、作って、オラァ!、るんだ、オラァ!」


伊織は一心不乱に石を打ち付けている。


(これはそのまま使えそうだな。こっちはポケットに入れておこう。)

[礫器(れっき)でしょうか?]


(適当だけどな?とりあえす尖った石が欲しかったんだ。

簡易的なナイフ代わりだな。

槍を作ってもいいんだが・・・いや、今は邪魔になるだけか。

レミィ、観測のリソースを俺に集めてくれ。

いまから『妖術』を試してみる。)

[イエス、マイマスター。]


まだ病に倒れる前、齢8歳の伊織は『夜行家の鬼子』と呼ばれるほどの妖術と結界の才を示していた。


(今から枝に種火を点ける。)


伊織は適当な小枝を見繕い、岩の上に置いた。


「《神意ありてこそ人成るは 人ありての神になり》」


伊織は慣れ親しんだ『月読真言』を詠唱しながら事象をイメージする。


「《燃えよ》」


一瞬、目が眩むような青白い光が発生し、木枝が消えた(・・・)

岩の表面が赤く染まり、一部が溶けている。

[マ、マスター・・・今のは・・・]


「発動はしたが、しくじったか。こんがり焼けたというレベルじゃないな。

これは種族が妖人(あやかしびと)に変化した影響か?」

[差し支えなければご説明頂けますか?マスターの安全に関わる重要事項と判断します。]


(夜行(うち)の『妖術』だ。

月読命(ツクヨミ)』の『真言』に一節を乗せるだけの基本的な術式なんだが、想定したよりも遥かに強力だったな。)

[極小範囲であれだけの熱量を生み出す魔法は恐らくありません。]


(夜行にもないと思うぞ、多分。しかしこいつを調整するのは骨が折れるな。)

[マスター、こちらで解析した結果を踏まえて試していただきたいことがあります。]


(いいだろう。)

[種火を起こすイメージで『燃えよ』と口にして下さい。]


(やってみよう。)

伊織は別の岩の上に再度小枝を置く。


「《燃えよ》」


小枝に火が点き、勢いよく燃え上がった。


(ほぅ、真言抜きで燃えるのか。幻妖界(あっち)ではあり得ない現象だな。さすがは異世界。いや、さすがはシステムと言うべきか。)


[おめでとうございます、マイマスター。

異能『高速詠唱』が発現しました。

異能『高速詠唱』が『詠唱短縮』に進化しました。

異能『詠唱短縮』が『詠唱省略』に進化しました。

異能『火属性適正』が発現しました。]


(何やら色々とすっ飛ばしているように聞こえるが、大丈夫なのか?)


[問題ございません。

また、『モイラ』には今取得した異能『詠唱省略』の上位互換である、異能『無詠唱』というものがあります。

それから、『火属性適正』は炎属性の習熟や威力などのあらゆる事象に上方修正がかかります。]


(よしよし、試してみよう。実に楽しいなぁ、レミィ。)

[イエス、マイマスター。]

伊織は三度目の正直となることを祈りながら、岩の上に小枝を置く。


(無詠唱ということは念じればいいんだろうな。つまり。

《燃えよ》)


枝に火が点き、(くすぶ)るように黒い煙があがる。

どうやら上手くいったようだ。


(レミィ、君のおかげでうまく行ったぞ。)

[おめでとうございます、マイマスター。]

[異能『詠唱省略』が異能『無詠唱』に進化しました。]


(またおまけがついてきたか。)

[おまけというには貴重な異能です、マイマスター。]


(そうなのか?)

[『モイラ』での異能『無詠唱』の取得者は数えるほどしかいません。]


(そこまでのものか。あっさり取得してしまったが?)

[さすがはマイマスターです。

元々高いレベルで妖術を習得していた事で魔力(マナ)への理解が深いからでしょう。

それに、マスターには魔力(マナ)に関わる異能にも才があるようです。]


(精進するとしよう。

一般的には詠唱を省略するほど火力が下がるのか?)

[イエス、マイマスター。

正確には火力を含めた様々な効果が全体的に下がります。

ですが、習熟することで徐々にその差は失われるでしょう。]


(それこそ精進が必要なんだな。結構な事だ。

さて、色々と試してみたいところだが、そろそろ腹が減ってきた。魚でも捕るか。)


再び湖に戻ると色とりどりの沢山の魚が泳いでいる。

誰にも観測されない場所で沢山の命が逞しく生きている。

そんな当たり前の事がとても眩しく思えた。

そう。自信もまたその一人なのだ。

伊織は魚を獲る事が伊敷から抜け落ち、呆然と湖を眺めていた。


[マスター?]

(おっと、つい魅入(みい)ってしまった。

さて、必要分を捕るにはどうしたものか。)


[くれぐれも湖を干上がらせることがないようお願いします。]

(冗談に聞こえんな?)


[私に冗談を司る異能は備わっておりません。]

(やれやれ。とりあえずピンポイントで雷撃を試すか。)


伊織は目を瞑り、極限まで細い糸のような雷を想像した。

威力はスタンガンぐらいでいいだろう。


目を開き、軌跡を何度も想像する。


(《雷糸らいし》)


ピシッ、という音と共に空から雷の糸が降った。

湖面へと目を向けると数匹の魚が腹を上にしてぷかぷかと浮かんでいる。

上手くできたようだ。


[異能『雷属性適正』が発現しました。]

(俺としたことが取りに行く手段を考えてなかったな。)

[『念動』ではいかがでしょう。]


(それも悪くないが調整を誤って潰し(・・)かねんな。いや、そこはうまくやればいいか。)

再び目を閉じ、透明な『箱』のようなものを想像し、ゆっくりと動かすよう想像した。

目を開き魚を想像上の箱に載せる。


(《キューブ》、《動け》)


魚はするすると湖面を滑るように動いた。


[異能『無属性適正』が発現しました。]

(上手くいったか。だが僅かではあるが精神的に疲れるな。それに、『文言』が増えると指数関数的に疲れる気がする。)

[そういった直感は大事にすべきでしょう。マスター、魔力の消費はいかがでしょうか。]


(そこは問題ないな。全く減った気がせん。

魔力と妖気では紛らわしいな。俺も『モイラ』の流儀に従い魔力と言うようにしよう。)


その後、伊織は更に数匹の魚を調達した。

早速とばかりに手際よく焚き火を作り、串刺しにした魚を焼く。

パチパチと跳ねるような音が耳に心地よい。


(さて、明日以降のことを考える必要がある。)

[その前に『夜行』お得意の『結界』を試しましょう。]


(確かに夜は結界内にいた方がいいか。さすがに結界が上手くいかなかったら傷付くな。)


夜行家は結界術の大家だ。幼い頃から叩き込まれてきたこともあって、全て伊織の頭の中に入っている。

ヒョイヒョイと石を四つ放り投げる。


(《透過式汎用結界》)


各『石』を頂点としたテント型の結界が展開される。

それは『透過』を軸にして消音・消臭・魔力遮断・気配遮断の効果を付与した、汎用と呼ぶにはあまりに高性能な結界だった。


[さすがは音に聞こえる夜行の結界ですね。

素晴らしい出来です、マイマスター。]

(念のため石を起点にしたが、無くても問題ないし、普段通りいけるな。

だが、こと『結界』に於いてはお館様(あねうえ)の腕前には遠く及ばんよ。)


ちょうど魚が焼けたようだ。

赤、青、黄色と信号機のような色合いの魚から香ばしい匂いが漂う。


(やはり消臭は必須だな。)


地球上でも同様ではあるが、炊事による匂いは動物を引き寄せる。

ましてモンスターが跳梁(ちょうりょう)する『モイラ』ならば、輪を掛けて用心する必要があるだろう。


(俺を『モイラ』へと送り込んだ運命の女神(ノルン)が言うには、俺には毒全般が効かないらしい。

だから問題はない筈だが、これらの魚に毒は含まれないのか?)

[イエス、マイマスター。

湖の魚は人族には全て無毒です。]


(そうか、わかった。とはいえ、塩ぐらいは欲しかったがな。)


そう思いながらかぶりつくと、想像を絶するような旨味が口腔内を蹂躙した。

同時にぐぅっ(・・・)と、腹からおかわりを要求する音が鳴る。


「ぶおっ、もぐもぐ、うっま、もぐもぐ。」


[マイマスター、お行儀が悪いです。]

(おっと、味覚以外のコントロールが吹き飛んでしまった。)


[マスターは魔力を含む物を食べたことがないのではありませんか?]

(・・・ないな、多分。地球上には魔力が存在しないし、『幻妖界』には人が食えるようなものはないからな。

魔力が含まれる食べ物は美味いのか?)

[概ねそう考えて問題ありません。]


もぐもぐ。

念話だと食べながらを会話できるのが便利である。


(ん?もしかして魔物も食えるのか?この魚は魔物なのか?)

[そちら魚は魔物ではありません。魔物を食べることは可能です。もちろん食に適さないものもおりますが。]


レミィと念話をしながらも、『箱』の上の焼き魚はみるみる数を減らす。


(おっと、先に聞くべきことを失念していた。レミィは飯を食わないのか?)

[現在、ちょうど夕食を頂いております。先にもお伝えしたように、異能『並列思考』によりマルチタスクに不自由はございません。]


(別に四六時中張り付いてなくていいからな?口に出すのは憚られるが、プライベートな事もあるだろう。)

[マスターが仰るのは排泄や入浴のことでしょうか?]


(そうだな。俺のささやかな気遣いを真っ向から台無しにしてくれた訳だが。)

[意志疎通に過不足があってはいけません。私はマスターを支えるシステムの一部です。どうぞお気遣い無く接してください。]


(前者は認めよう。確かに俺達の間で齟齬があってはならない。反省する。

だがそれ以外はは断る。なぜならレミィは俺のバディだからだ。バディとは二人で一つだと俺は思う。

冒険をするんだろう?二人で。)

[マイマスター・・・]


(ともあれ、俺とレミィの価値観の違いを見つけたことをまずは喜ぼう。)

[・・・申し訳ありません。理解と感情が追いつかないようです。]


(レミィは真面目だな。難しく考えすぎだ。一言で済む話じゃないか。)

[どういうことでしょうか?]


(好きにすればいいんだ。

俺を説得するもよし、忘れるもよし、流されるもよし。

俺を主体に考えようとするからそうなるんだ。君の人生は君が主人公だろう?)

[少しですが理解できた気がします。必ず解決しますので、少し時間を下さい。]


(長い付き合いになるんだ。お互いのんびりやろう。)

[イエス、マイマスター。]


実際のところ、とある事情によりレミエルは追い立てられるような焦燥感に駆られていた。

伊織の背後にいるあの少女(・・・・)への信仰にも似た想いが切迫感を生み、レミエルの心の余裕をガリガリと削っていた。

その結果、ある意味で伊織に依存(・・)しようとしていた。


冷静さを取り戻したレミエルは後日、この時の自身をそう評した。

______

ちゃむだよ? >_(:3」∠)_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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