モイラ編02-01 『アイリスの町へ』
三人娘の村を浄化し、火車に乗り込んだ一行はいよいよアイリスの町に向かうべく、さらに北東へと向かった。
道中はちらほらと遠目に魔物を見かけることはあったが、わざわざ出向いてまで仕留めようとはしなかった。
懐の暖かさは人の好戦的感情と反比例するのかもしれない。
ともあれ、異能により方角がわかる次女ネネとマーキングした位置を正確に把握するという三女ノノによる活躍により、ようやく町に至る目処がついた。
「マイマスター、同・・・アイン様との会談が終わりましたのでご報告を。」
「頼む。」
報告の内容は金策の目処が立ったことと、座敷童子をこちらに呼ぶ際はツヴェルフを指名して欲しいというアインの希望だった。
また、伊織はこの時はじめてツヴェルフが二度目の『一回休み』の最中にあることを知った。
相変わらず伊織の感情は外からでは分かり辛い。
だがモニタをガン見するほど集中して伊織を観察していたレミィはほんの僅かな表情の動きを見逃すことはなかった。
「そうか。ツヴェルフが二度も・・・それは報いなければ・・・?」
「マスター?」
「いや、何か違和感がしてな。
何かを思い切り殴り付けたような・・・
まあいい、ツヴェルフについてはそのようにしよう。」
動揺。
レミィは伊織の心の動きを捉えていたが、何故彼が動揺したのかまでは理解できなかった。
「では改めて招聘枠をご検討ください。」
「そうだな、当座の金も問題ないか。」
伊織の直臣と呼べる者は以下の通りだ。
序列第一位 百々目鬼
序列第二位 覚
序列第三位 鈴鹿御前
序列第四位 倉ぼっこ
序列第五位 一反木綿
序列第六位 獏
序列第七位 火車
序列第八位 村雨
序列第九位 舞首
序列第十位 雪女(内定)
序列第十一位 のっぺらぼう(内定)
序列第十二位 欠番
序列第十三位 天狐(内定)
十二位の欠番には以前から座敷童子を予定していた。
内定者三人については当人同士での意思は確認してあるのだが、諸事情により保留されている。
よって、すぐに招聘可能なのは『百々目鬼』『覚』『鈴鹿御前』『倉ぼっこ』『一反木綿』『獏』『舞首』の七名だ。
枠が残り八つあることから、全員喚んだとしても一枠余る。
「まずは百々目鬼にしよう。序列一位だしな。
もしかしたら姉上からの伝言があるかもしれん。」
「イエス、マイマスター。」
「『妖招聘』」
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『妖招聘』(2/10)
火車『六焔号』牛車の九十九神
村雨『村雨』刀の九十九神
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「よし、喚ぶぞ。来い、『百々目鬼』」
「『妖招聘』による要請に対し、『百々目鬼』が受諾しました。招聘を開始します。」
魔方陣が出現し、稲光と轟音を伴ってそれは出現した。
薄いクリーム色で腰まで伸びたぼさぼさ髪がゆらゆらと揺れている。
前髪で隠れてしまった両目を窺うことはできず、表情を読み取ることは叶わない。
真っ白の貫頭衣から出た手足はほっそりとしており、白粉を塗ったように真っ白だ。
総じて白い少女だった。
「主様?」
「ああ、久しいな。よく来てくれた。」
か細い声が不安そうに揺れる。
「メメは、寂し、かった、よ?」
「すまん。これからは側にいてくれ。」
百々目鬼はゆっくりと伊織に近づき、その袖を引く。
「一の臣、メメ、だよ?
今後、とも、よろしく、ね?」
「ああ、頼りにしている。」
百々目鬼の近接戦闘能力は見た目通り、つまり一般的な女子供と大差ない。
だが中距離以上の戦闘能力はうまく嵌まれば他の追随を許さない。
基本的に静かで大人しい性質だが、護衛さえしっかりしていれば一軍と対峙することすら可能だろう。
「ところで、姉上から伝言はないか?」
「ある。雪女、のっぺらぼう、天狐を、正式に、与力に、して、いいって、よ?」
「それは有り難いが、幻妖界の戦力は大丈夫なのか?」
「酒呑、茨城、あと、大江山?、もいっこ、山、傘下、ね?」
「伊吹山だろうな。まさか鬼を傘下に入れたのか。よく応じさせたものだ。
随分と無茶をしたんじゃないか?」
「あと、レミィ?と、アインで、連絡。
与力、なんでも、いってた、よ?」
「なるほど、レミィとアインを経由して連絡を取り合おうということだな。
しかし、随分と甘やかしてくれるな。」
「レミィ、誰?」
「第七位階大天使のレミィと申します。
伊織様のサポート要員とお考えください。」
「・・・また、新しい、女?」
メメの髪がうっすらと光を帯びる。
「レミィは俺のバディだ。」
「バディ?」
「相棒だな。冒険をする相棒だ。」
「メメは?」
「メメは序列第一位。一番だ。」
「うふふ、メメは、一番、ね?」
メメの髪の光が消えた。
「マイマスター、10km先に『アイリスの町』を確認しました。」
「そうか。ならば『覚』だけでも喚んでおくか。」
四人目ともなるとさすがに手慣れてきたのか、淀みなく招聘を成功させた。
眼帯で両面を覆われた少女だった。
少女は室内を一瞥することなく迷いなく伊織の元へ歩み寄って膝をついた。
「主様が二の臣『覚』、ご下命により推参致しました。
苦節十年、ようやくお仕えすることが叶い、恐悦至極にございます。
改めまして、今後とも宜しくお願い致します。」
「よく来てくれた、サト。
見違えるほど言葉が上手くなったな。」
「恐縮です。」
「今から町中に入る。何事もないとは思うが警戒してくれ。」
「なんなりとサトにお任せ下さいませ。」
頭の先から爪の先まで黒で統一された少女は、夢にまで見た今日という日を噛み締めていた。
今日、この日の喜びは生涯忘れることはないだろう、と。
サトが合流している間にも馬車は悠然と歩を進める。
門に近づくにつれて町の姿が見えてくる。
町の全体が伊織の背の高さほどの柵で囲まれていた。
魔物対策だろうが、強力な魔物を相手にするには少々心許ない印象だ。
逆に考えると、この辺りでは危険な魔物はいないのかもしれない。
目の届く範囲では柵が傷付いている様子もないので、その予想は現実味を帯びてくる。
やがて守衛が近づいてきたところで、伊織は馬車から降りた。
「見ない顔だな。アイリスは初めてか?」
「ああ、初めてだ。身分証がないんだが手続きが必要か?」
「入町税を払えばそれでいい。馬車一台分で銀貨10枚(10,000円)だ。
積み荷は?」
「移動目的でしかないから特にないな。見るのか?」
「そうだな。扉を開けてくれ。」
「ああ。」
伊織が馬車の扉を開くとそこは美少女の楽園だった。
村雨、伏姫、百々目鬼、覚に加え、獣人三姉妹だ。
守衛はその光景に絶句してしまう。
「お、お前『奴隷商人』なのか?」
「いや、身分証がないといったはずだが。」
「そ、そうか。売り物もないようだし、金額はさっき言った通りだ。」
「一人辺りの分は不要なのか?」
「なんだお前、妙な服装だとは思ったが国外からか。王国では馬車の場合は人頭税は取らないんだよ。」
「田舎者なものでな。ついでに馬車を預けることができる宿を教えてくれないか?」
「高級宿なら『女神の泉』で、それなりの宿なら『眠り猫の宿』が無難だろうな。
お前は綺麗な嬢ちゃんを沢山連れているし、金が許すなら『女神の泉』のほうがいいだろうな。」
「それは安全面でか?」
「それもあるにはあるが、むしろ大部屋を借りきった方が安いと思うぜ。余計な世話だがな。」
「いや、有り難い。礼を言う。支払いはこれでいいか?」
「えーと・・・一枚多いぞ?」
「情報量だ。異国の風習と思って受け取ってくれ。」
「へぇ、そりゃ素晴らしい風習だな。是非とも我が国でも採用して欲しいもんだ。
追加情報だ。飯を食うなら『風見鶏亭』と『金の小麦亭』を探してみろ。結構大きな個室があってそれなりに旨いぞ。」
「重ねて礼を言う。」
「行っていいぞ。ようこそアイリスへ。」
「ああ、ご苦労様。」
気のいい守衛に少しだけアイリスの評価が上がった気がした。
「まずは宿を探そう。部屋は大部屋でいいか?」
伊織の問いに反対の声は上がらなかった。
大通りを道なりに進みながら町並みを眺めると、大広場が人で溢れていた。
どうやらバザーをやっているようだ。
「ナナ達の服も改めて調達する必要があるか。」
ふと三人娘を見る。
現代人の感性では少々哀れみを覚えてしまう服装だ。
伊織は脳内の予定表にバザーで買い物と書き込んだ。
「あれが『女神の泉』ではないかの?」
村雨の言葉に周囲を観察していた目を正面に戻す。
一目見て周囲の建物より大きく、高級感溢れる宿が見えてきた。
「とりあえず今日はあそこでいいだろう。」
「お城みたいなの。」
確かに、ノイシュヴァンシュタイン城に似ている。
無論あれほど巨大ではないが。
「お姫様に満足いただける宿だといいな。」
「私は伊織と同じお部屋ならどこでもいいの。」
伏姫が爆弾を放り投げた。
「残念ながら夜行の家訓に『男女七歳にして席を同じゅうせず』とあるんだ。」
「そのようなものはありませんし、夜行家は儒教とは無縁ですし、私は主様と同室を希望します。」
伏姫がこじ開けた穴に覚が飛び込んでしまった。
「それだと大部屋の意味がなくなるだろう。」
「うん?全員同じ部屋ではないのかえ?」
「常識的に考えて、俺が一人部屋で残りで大部屋だろう。」
「まあ、妾はどっちでもいいがの。」
どう説得したものか伊織が考えていると、どういう訳か覚に続けとばかりに続々と特攻隊が突撃してくる。
「私も一室でいいと思います。お金もかかりますし。」
「ナナ、お前もか。」
伊織は少しだけユリウス・カエサルの心境を理解した。
「反対はいないのか?」
正直なところ、伊織自身はどっちでも構わない。
妖人になったことで性欲に無縁となったのも大きいのかもしれない。
「まあ、それでも構わない。
ナナ達には念のため知っておいて貰いたいんだが、俺の種族は『妖人』という新種だ。
寿命はないらしく、性欲を感じたことはない。
そういう意味では安心して欲しい。」
淡々と語る伊織にナナは逆に頭を抱えたくなった。
さすがに大部屋でコトに及ぶなどとは考えもしなかったが、ここでアピールして三姉妹の地盤を固めたいと決意していたのだ。
作戦が根本から瓦解してショックを隠せないナナに疑問を感じて伊織が口を開こうとしたとき、馬車の足がピタリと止まった。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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