モイラ編幕間01-03 『神々の宴01』『運命の女神様01』『大天使の交渉』
『神々の宴01』
とある『妖穴』にて。
三人男が席を囲んでいた。
席を覆うようにして見事な梅が咲き誇り、時折ウグイスの歌声が風情を届けている。
かの大宰府天満宮の一ヶ所を切り取ったかのような趣ある一室だった。
「おい、お前らも伏姫から届いた映像、見たか?」
「ふふ、なかなかに痛快であった。久方ぶりに心が踊ったわ。」
「麿もかの『十種大祓詞』には落涙を禁じ得なかったでおじゃる。あれは本当に良きものでおじゃった。」
筋骨隆々とした偉丈夫の問いに、二人は興奮冷めやらぬようだ。
「伏姫はアレを我らに見せたかったのだろう。だがその心は?」
「さて、色々と推測は立つが・・・我に続けと煽っておるように見えるな。」
「暇潰しの肴には具合がようおじゃるな。」
顎に手を当てて沈思する細身の男は梅に映える。
「ふん、我らはまんまと釣られた訳か。」
「然り。喰きつきのよい魚は多かろうよ。」
「さて、いかほどの釣果でおじゃろうな?ホホホ。」
仰け反るようにして上品?に笑う男の目は柔らかい。
「ここんとこ幻妖界、特に夜行の動きが活発なのも関係してそうだな。」
「夜行が『大江山』と『伊吹山』を押さえたという話か。」
「ようも『酒呑』と『茨城』が納得したでおじゃるな。」
「『天部』も飛び回ってやがるし、こりゃ何かありそうだな。」
「これで夜行が『大嶽』まで押さえるようなことがあれば幻妖界のパワーバランスが崩れるな。」
「いつの世も争いは絶えぬでおじゃるなぁ。驕る平家m」
「おい、今度は『モイラ』に流してやろうか、おじゃる野郎が。」
「情報が足りんな。続報を待つとしよう。」
「ああこわや、あなこわや。」
男達の宴は続く。
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『運命の女神様01』 side ノルン
私はノルン。『西』を代表する運命の女神様よ。
先日、とある『大天使』が離反するという大事件が発生したのよ。
被害にあった智天使は何が起こったかわからないなんて言って使えないし、なぜか現場にいたレシエルは笑い転げて話にならないしで発覚から事実確認までが随分と遅れたわ。
全く、第二位階智天使が第八位階大天使に負けるなんてあり得ないでしょ?
位階が六つも違うんだから。一体どんな手品を使ったのかしら?
あの智天使、イオフィエルとか言ったわね。
降格ね。何処に飛ばしてやろうかしら。
そんなことより。
犯人を見つけて部隊を編成して突入しても、そこはすでにもぬけの殻。
ご丁寧にトラップまで仕掛けてあって部隊は再起不能。
もう踏んだり蹴ったりよ。どう考えても釣りよね。
部下が無能なのか、相手が有能なのか。
間違いなく言えるのは、管理者である私が最も無能ということね・・・
伊織とコンタクトを取ろうにもシャットアウトされていてどうにもならないのよ。
夜行にお詫びの連絡をいれたら『しょうがないね、気にしなさんな』だってさ。
あの連中、絶対に何かを掴んでるわ。
まあ、聞いたところで答えてくれないんだろうけども。
まあ、そっちはいいわ。いや、よくないけど。
ああ、もう、お肌に悪いわね。
それより最新情報が飛び込んできたのよ。
モイラの管理神、というか私の眷属からなんだけどね。
なんでも異常な魔力の波動が検知されたんだって。
そしたら強大な『神威』が観測されたとか。
邪悪な儀式が行われて数十の魂が天に昇ったとか。
いや天に昇っただけなら問題ないんだけど、その儀式で不死戦士が生まれた痕跡があるのと、実行者の足取りが何故か追えないのが問題なのよ。
・・・夜行臭がするわ。
絶対あの男がやらかしてるに違いないわ。
まだ伊織がモイラに上陸して一週間も経ってないことに気づいて震えたわ。
とはいえ私の手からは離れてしまったから、『現地』でなんとかしてもらうしかないのだけど。
とにかく何があっても荒事は避けるようにとだけは指示しておいたわ。
でもアトロポスはちょっとやんちゃだから心配なのよね・・・下手に刺激しなきゃいいのだけど。
クロト達には悪いけれど、頑張ってもらうしかないわね。
お願いだから大事にならないでよ・・・
やーね、全く。よし、新しくできたケーキ屋さんにでも行こうかしら。
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『大天使の交渉』side レミィ
私はレミィ。
元々はレミエルという名前でしたが、今ではもうレミィとしか名乗っていません。
これからはレミィとしか名乗らないでしょう。
ほんの数日の話なんですがね。
さて、私は今、モニタの前で極度の緊張に晒されています。
先日、『西』の探索部隊による襲撃を返り討ちにしましたがその時とは比較にならない程に緊張しています。
というのも夜行の座敷童子達とのweb会議なのですが。
私が敬愛する座敷童子を思うと胸が張り裂けそうです。
早速、通話要請が来ました。
「はじめまして。こちらは伊織様より紹介に預かりましたレミィです。」
「あーい、アインだよー。今日は初めてだからふたりぼっちにしたよ。」
なるほど、こちらとしても問題はない。
「わかりました。本日はよろしくお願いします。」
「よろしくー。んで、伊織様からの紹介なんだよね?」
「はい。伊織様よりご紹介いただきました。」
「うふ、『異世界』かー。心がぴょんぴょんするなあ。
ところで伊織様の体調はどーなん?」
モニタに映るアインと名乗る少女は楽しそうにコロコロと表情を変えます。
普通にしていれば敬愛する少女と瓜二つです。
ですが、その性格は私の知るツヴェルフとは百八十度違うように感じます。
だから今はあまりツヴェルフを意識しないで会話を出来ることにほんの少し心が軽くなりました。
「今のところは完調といって差し支えございません。」
「そっかー、よかったなあ、ツヴェルフ・・・
んで、『お座敷童子ず』に何して欲しいん?」
アインの『ツヴェルフ』という呟きは私の心を大きく揺さぶりましたが、事前に覚悟を決めていたおかげで動揺を表面に出すことは押さえられた思います。
「端的に申し上げますと、伊織様の資金工作にご協力いただきたく。」
「あー、知識チートね。そんだけ?」
「すみません、知識チートとは?」
「先進文明のパワーで後進文明を殴り付けるだけだよ。」
「なるほど、言い得て妙ですね。」
「そんなんでいいんなら明日にでも報告できるよ?」
「そんなに早くですか?」
「まー、こういう手法って、もうノウハウが確立されてる分野なんだー。ぶっちゃげまとめるだけ。」
「それは頼もしいですね・・・よかったら他にもアドバイスをいただけますか?」
「いいよー、伊織様のためだからねー。でもさー、内々にお願いしたいことが
一つあるんよ。」
「伺います。」
「そっちで伊織様が招聘する妖なんだけどさ。
座敷童子枠をさ、ひとつ開けといて貰うよう伝えてくんない?
多分一年以上かかると思うけど。」
レミィは衝撃のあまり思考が止まりかける、が、なんとか理性で持ち直す。
聞くべきか?
少なくともアインはツヴェルフに同情的なものを抱いているようだ。
もしかしたら全てを打ち明けて同士とすることが可能かもしれない。
レミィは慎重に言葉を紡いだ。
「伊織様へ正確にお伝えしますので、差し支えなければ理由をお伺いしても?
戦力面、つまり伊織様の安全にも関わりますのでご理解いただければ幸いです。」
「まー、そうだよね。そこは理解してる。
座敷童子の十二号を『モイラ』の担当にしたいんだよね。」
ハレルヤ!
レミィは大声で唄いたい気分だった。
だがまだだ。まだ確認すべきことがある。
「ツヴェルフ様は確か『一回休み』中と伺っていますが、回復次第すぐにということでしょうか?」
「うん、即座に。きっとツヴェルフもそう望むだろうから。」
逸る気持ちを押さえられない。理性が悲鳴を上げている。
まだよ、まだ・・・
「失礼ながら、他の座敷童子の皆様もそのようにお考えで?」
「それなんだよ。みんなが行きたがってるからさー。まずは伊織様に根回ししておきたいんだよー。」
探りは充分だ。
彼女は信頼に値する。
「わかりました。少々長くなってしまうのですが、私事をお話ししてもよろしいでしょうか?そちらの件とも無関係ではございません。」
「うん?聞く聞くー。」
そして私は少女との一方的な邂逅を告白した。
気づけば私の頬は濡れていた。
アインは鼻水塗れで泣きじゃくっている。
「私の話は以上です。この件は全面的に協力させていただきます。」
「うえぇえええ。ツーヴェールーフぅううー。」
アインの大泣きっぷりに驚いたが、それだけ彼女が想われていると考えると、私は嬉しかった。
彼女は絶対に|報われなければならない《・・・・・・・・・・・》と、私は改めて誓った。
アインはようやく落ち着きを取り戻す。
「レミィも、ぐすっ、大変、ひくっ、やったねぇ。」
「いえ、私の方は全くどうということはございません。」
「あー、なんかすっきりしたー。そゆことなら、私も明日から本気出しちゃうよ。
自重一切なしで異世界ぶん殴ってやんよー。」
「ふふ、頼もしく思います。伊織様とツヴェルフ様のため、ご協力くださいませ。」
「うん!じゃあ私達は『ツヴェルフお助け隊』の同士だよ。他人行儀な話し方はもうやめよ?」
「わかりました、改めてよろしくね、同士アイン。」
「同士アイン!かっこいい!
こっちからもよろしくー、同士レミィ。」
「ええ。」
マスターは冒険を共にするバディだ。
だがツヴェルフに関しては今のところはまだ秘匿している。
そしてついにツヴェルフへの想いを同じくする同士に出会えた。
ああ、今日はよき日だ。
「では、改めて異世界を攻略する方法を教えてください。」
「まぁ、素が敬語ぽいしそっちはしょうがないか。では、世界を獲る方法を教えて進ぜよう。」
アインは私が思いもよらない発想をいくつも教えてくれた。
地球知識を特許に落とし込んで荒稼ぎする手法。これはレミィも考慮していた。
文明の利器をちらつかせて権力者を籠絡し、傀儡化する手法。
現地人を雇用し、ネットワークを構築することで情報面と利便性を確保する手法。
妖術を利用した宗教の創始と上記ネットワークとの融合。
冒険者ランクは当面上げすぎないこと。
どうにかして衛星をハッキングして地図を作ること。
付随して無人の島を探し出し、『妖らんど』を構築し、裏側から大規模な経済圏を広げること。
その為には陸よりもまずは海洋を支配すること。
などなど。
優先順位を振り分けてタスクに落とし込み、それを粛々と処理するのは私の得意とするところだ。
すぐにでもできることは早速はじめよう。
まずは情報収集だ。
私はアインに感謝を伝え、今後も水面下で定期的に連絡を取ることを約束しつつ別れを告げようとした。
「レミィ、『西』の追跡が厳しくなったら夜行に逃げておいで。
私がしがみついたら彩葉様なら必ずお願いを聞いてくれるから。守ってくれるから、ね?」
ずっと飄々としていたアインの真剣な表情に声が詰まりました。
「その提案はとても、とても嬉しく思うよ。でも『西』を離れてしまえばマスターへのサポートが滞るの。ごめんね。」
「でも捕まったら同じ事だよね?」
「いや、最悪の場合は堕天してでも時間を稼ぐよ。」
「堕天って・・・」
アインは天使が堕天することの意味を知っているようです。
「参ったな。そこまでなんだ。
わかった。レミィがこっちで伊織様のサポートをできるように検討してみる。
だから早まった真似はしないでよね?」
「有り難う。堕天は私も望む所ではないから大丈夫。」
アインの気遣いが身に沁みました。
ツヴェルフが復活する前に座敷童子を送り込まれることは想定していました。
ですがそれをどうやって阻止したものかとずっと思い悩んでいたのです。
そんな過去を笑いたくなるほど、私の気持ちは晴れやかです。
ついさっき知り合ったばかりだというのに、アインとは友人のようになれました。
そしてふと思ったのです。
実はマスターがモイラに降り立った直後に叫んでいたのを、私はこっそりと観ていました。
あの時は何をやっているのだろうと不思議に思いましたが、今ならその気持ちがわかる気がします。
ちょっと試してみようかな?
後に『夜行伊織の謎の懐刀』と呼ばれる『二人の少女』が自覚をもって動き始めたのはこの瞬間からだった。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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