モイラ編幕間01-02 『三姉妹の水浴び』『伏姫様の憂鬱』『智天使の受難』
『三姉妹の水浴び』side ナナ
恐ろしいゴブリンから間一髪のところで村雨と伊織に救われた長女『ナナ』・二女『ネネ』・三女『ノノ』の三姉妹は馬車から少し離れた水場で体を清めていた。
三人の髪はレッドタビー、いわゆる茶トラのような特徴的な色合いだ。
それは一目見て姉妹であると理解できるほどに似通っている。
長女のナナはおっとりとした顔つきで睫毛が長く、その顔立ちはやわらかくも美しい。
水面に映る肢体はしなやかさと妖艶さが見事に融合しており、街中であれば多くの紳士が思わず振り返ることだろう。
水面にぷかぷか浮かぶのは二女のネネだ。
少し癖っ毛の髪が水中にゆらゆら揺れ、健康的でスレンダーな肢体がぱしゃぱしゃと水面を叩く。
普段は勝ち気な瞳はどことなく揺れており、不安定な心の動きを如実に表していた。
三女のノノは水場の縁に座り、ゆるゆると足を動かしながら、水面に映る自身の顔を見つめている。
だが可愛らしく大きな瞳の焦点は、水面の先のずっと先を見ているようで、その実なにも見ていなかった。
時折、自らの冷たい記憶に触れて体を震わせる様が痛々しい。
その見目麗しい三人の少女達の顔は、晴れた空模様とは対照的に灰色に曇っていた。
「どうなるのかなあ。」
ぽつりと呟いたノノの言葉はその場にいる全員の心の内を代弁していた。
だが立場がそれを許さないのだろう。二人の姉は意識して心を奮わせる。
「伊織様、悪い人じゃなさそう。・・・ちょっと怖いけど。」
ネネは表情が全くといっていいほど動かない伊織が正直、怖かった。
短い人生で一度も接したことがないタイプの人族だった。
「ええ、見ず知らずの私達にとても良くして下さってるわ。」
ナナもまた伊織の表情は気になっていたが、少なからず気遣ってくれていることに深く感謝していた。
だがそれがすぐにでも終わるのではないかという恐怖が勝る。
そういう意味ではノノの呟きはナナの心境を深く抉るものだった。
「お兄ちゃん、ずっと連れていってくれないかなあ。」
「お願いして聞いてくれるかな?」
「お願いするからには対価が必要よ。」
「ノノが結婚してあげる。」
「えー・・・じゃあ私もしなきゃだめ?」
「貴女たち・・・」
彼女たちは運がいいことにゴブリン達に体を汚されることはなかった。
ゴブリンは捕縛した者をまずはキングへと献上する。
そしてキングが飽きたら配下へと下げ渡される。
彼女たちが捕らえられた日、偶然にもキングは不在だった。
そのため、虐められはしたものの、致命的な暴力を与えられるには至らなかった。
このままキングが帰ってこなければ・・・そんな祈りは空しく、キングは夜中に戻った。
その場は何もなかったものの、明日が審判の日になるかもしれないと絶望した。
そんなときに訪れた白馬の王子様こそが村雨であり、伊織であった。
とはいえ詳しい事情を改めて口にするのは、やはり乙女として憚られる。
だが明確に伝えないことには穢れているという誤解は解けない。
そんな二律背反にナナは悶えていた。
だが二人の妹たちにそんな事情を理解するのはまだ早かった。
つまり。
(私がどうにかするしかないわ。)
ナナとしては妹たちが幸せになるなら伊織に体を差し出すことなど何ということはない、そう思っていた。
なんならそれを盾に生存権を勝ち取れれば安いものだとすら思っている。
奴隷契約をと言うなら、私だけで済むのならば受け入れよう。
このまま放り出されても妹たちに惨めな思いをさせるだけだ。
結婚結婚と無邪気に口にする妹たちを見て微笑み、そしてナナは決意した。
「そうね、でも結婚はお姉ちゃんからよ。」
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『伏姫様の憂鬱』side 伏姫
私が『村雨』を見つけたのがことはじまりだったと、今では思う。
私は人の子らの生活を覗き見たくて輪廻の八魂を村雨に埋めた。
いけないことだ思いつつも止めることはできなかった。
ある日、村雨が九十九神へと昇華した。
その姿は驚くほど人であった頃の私に似ていた。
黒くて艶のある髪も、大きな瞳も、身体の特徴の何もかもが。
私は子を成すことができなかった。
その思いが大きかったのだろう。
私は村雨を我が子の代替として認識し、依存してしまったのだと、今では思う。
そしてそれはいつしか我が子ではなく自身の代替として重ねるようになっていった。
六歳の少年との出会い。
一緒に鍛練した。ご飯も。お風呂も。勉強も。お布団も、いつも一緒だった。
友達のように。兄妹のように、いつも一緒だった。
いつしか、私は恋をした。
村雨に自分を重ねていたことはわかってる。
村雨から伝わる彼女の感情は決して私のものではないとわかってる。
彼が私のことなんて知らないことも。
でも好きなの。
いつしか彼は病床から離れられなくなった。
私は村雨を通してでしか彼を観ることができない。
側にいたい。看病したい。手を握りたい。抱き締めたい。
私には何も許されない。私には何もできない。
神とは?
私は呪った。
自ら神なるこの身を呪い、そして呪詛を返した。
伊織を蝕むものへ。
禁忌の術式を使用したことで、私は神威の半分を失った。
それでも伊織は回復しなかった。
ツヴェルフという座敷童子の少女がいた。
彼女の魂の叫びに私の心は震えた。激震した。
敵わないと、叶わないと、そう思った。
全部なくなればいいと思った。
神だから会えない、ならばそんなものは要らない。
愛するものを救えない、ならばそんなものは要らない。
再度、この身を呪おうとした時、伊織は異世界へと旅立った。
伊織は元気になり、異世界へと旅立った。
そして村雨が暴走した。
村雨が暴走したのは私のせいだ。
私がずっと覗き見したせいで玉が村雨に寄りすぎてしまった。
結果、『玉が保持していた信乃の記憶』と『村雨の中の信乃の記憶』が共鳴し、玉が村雨を支配してしまった。
このままでは村雨が壊れてしまう。
私は村雨と玉を分離した。
そして私は村雨に事情を打ち明け・・・ひとつだけ、嘘をついた。
自重すると言ったけど、最後にどうしても一目だけでも観たかった。
私の心は余りにも弱い。
座敷童子のような強さがとても眩しい。
村雨が伊織に私のことを喋っている。
心臓が破れそうだった。
顔が、体が、心が熱かった。
村雨が伊織の肩に頬を擦り付けた。
伊織は村雨を抱き上げた。
胡座の上に座らせた。
後ろから抱き締めた。
優しく撫で撫でした。
村雨は幸せそうに笑っている。
頬が濡れた。
声をあげて泣いた。
全身全霊で祈った。
もう枯れ果てても構わない。
結果、私はほぼ全ての神威を失った。
そして天啓を得る。
神威がないなら下界で過ごせるじゃない、と。
かつて私が神格を得た頃には度々地上に降臨してはやんちゃしていた。
『天部』とバチバチにやりあった記憶が懐かしい。
当時のじゃじゃ馬がむくむくと起き上がってくる。
やるしかない。もう私には失うものなどないのだから。
私は伊織のために何ができるかを考えた。
彼は神々の力を利用した術式を好む。
ならば彼に神々の注目を集め、彼に興味を持たせればいい。
高天原の神々は近年の信仰不足を憂いている。
『モイラ』は主神であるモイライ三姉妹以外への信仰はほぼなかったはずだ。
これは青い海では?
方針を決めればあとは走るだけだ。
輪廻の八魂は伊織の体内にある。
ならば玉の情報を受信する装置を作ればよい。
魔道具を作るのは得意とするところだ。
私は夜を徹して山のように受信機を製作し、高天原の神々に手当たり次第にばら蒔いた。
『天部』にもばら蒔いてやった。
どういう形であれ、あらゆる神々を巻き込んでやる。
あとは芽吹くのを待ちつつ、その時が来たら私が伊織をプロデュースすればいいだけだ。
計画通り。
八房は小さくため息をつき、そして私は今日も恋をする。
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『とある智天使の受難』side イオフィエル
私は第二位階智天使のイオフィエルだ。
こう言ってはなんだが、私はエリートだ。
天使の中の天使と言ってもいい。
なぜなら私は上から二番目の天使なのだから。
そんな優秀な私だが、ついに運命の女神様より直々に指令を賜った。
君のような下々の者には難しいかもしれないが、大変名誉なことだと理解しなさい。
この私への辞令であるということはその難易度は途轍もなく高いはずだ。
データを精査すると、件人物はあの夜行家の者だった。
ほぅ、君は夜行を知っているのか。下々の者にしては見所があるな。励みなさい。
ミンチにされかけた?
奴らはスマートさも騎士道精神もない、下劣な蛮族だからな。
くれぐれも気を付けたまえ。
そしてこの任務にはさらに裏がある。
それは夜行の秘術を探れというシークレットミッションだ。
私ぐらいになるとノルン様のお考えを読むのは造作もないことだ。
君も上司の命令の意図を正確に読めるように常日頃から意識したまえよ。
危険すぎる?
いくら夜行といえど、『モイラ』から『天界』に届くような攻撃手段は持ち合わせてはいまいよ。
だがその心配は有り難く受け取ろう。
ところで君の名は?レシエルか。私ほどではないが、なかなかに美しい名だな。
そろそろ始めるとしよう。
君は私の華麗なオペレートを見ておきたまえ。
今後の参考になることもあるだろう。
[サポートシステムの起動が完了しました。]
[夜行伊織の『モイラ』への転移を確認しました。]
まずはシステムへの接続要求だ。ちゃんとメモを取っておきたまえよ?
[接続要求が拒否されました。]
・・・たまにはこういうトラブルもある。
だが冷静に対処すれば実にイージーだ。
強制接続を開始する。
うむ、うまくいきそうだな。
ここは試験にも出るのでマーカーをつけておくように。
[第三者によるクラッキングが確認されました。対応願います。]
なに?夜行の仕業か?ふん、小賢しい真似を。
ウィルスチェックを実行するぞ。
[対智天使専用ループクラックを検知しました。対智天使専用ループクラックを検知しました。対智天使専用ループクラックを検知しました。対智天使専用ループクラックを検知しました。対智天使専用ループクラックを検知しました。対智天使専用ループクラックを検知しました。対智天使専用ループクラックを検知しました。対智天使専用ループクラックを検知しました。対智天使専用ループクラックを検知しました。対智天使専用ループクラックを検知しました。]
おい、なんだこれは。
くそ、入力を受け付けん。
やむを得ん、ここは落ち着いてシステムを再起動・・・馬鹿な、電源が落ちないだと?
[間も無くネオ・アームストロング・サイクロンジェット・アームストロング・ワームが着弾します。]
[Three.]
[Two.]
[One.]
[Amen.]
「なんだそれh、アッーーーー!!!!!
くぁwせdrftgyふじこlp」
「そこは入り口ではなく出口なのですよ、イオフィエル様。
何ですかこれ?・・・抜けないのです。」
レシエルと名乗ったかつて『夜行彩葉』と対峙して命の危険を乗り越えたことで一皮も二皮も剥けた少女は、落ち着いて救急部隊を呼んだ。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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