モイラ編01-15 『アイリスの町へ』
やがて2つの魂は35の魂と合流し、群れを成すかのようにして高く昇っていった。
高く、高く、空よりも高く。
それらとすれ違うようにして、大きな水色の光の玉が降りてきた。
そして迷い無く伊織の元へ近づく。
流石は飼い主とでも言うべきか、伊織はそれが水精であること気づき、自身の頭の上を確認する。
当然ながらそこに居るはずの水精はおらず、目の前で鮮やかに輝く水精で間違いないと確信した。
「いつの間にか随分と太ったな。」
水精は伊織の言葉を理解しているかのように激しく明滅する。
まるで抗議しているかのようだ。
(レミィ、どういうことだ?)
[・・・]
(レミィ?)
[え、あ、すみません、マスター。
その、水精ですが、新種に進化しています。
ただいまシステムが解析中で・・・終わりました。
種族名が『聖水精』で水と聖の属性を司る中位精霊です。
2属性を司る精霊は他には存在しません。
ランクはD+からBに変化しており、魔法を得意とするようです。
聖属性を付与した水である『聖水』を精製することができます。
また祝福『水精の祝福』が『聖水精の祝福』に変化しました。]
「儀式を餌にしたのか。罰当たりなやつだな。」
『聖水精』は再度明滅して抗議している。
「まあいい、そろそろ戻すか。」
伊織の言葉に『聖水精』はびくりと震え、伏姫のほうへ逃げていった。
どうやら『妖牧場』に戻りたくないらしい。
伏姫がてくてくと歩みより、伊織の両足に抱きつく。
「最高の『祓』なの。きゅんきゅんしたの。」
「それはいいのですが、無茶振りはご容赦いただきたく。」
「敬語、めっ。」
残念ながら言質は貰えなかった。
「この『聖水精』、フセが預かっていい?」
「俺は構わんが、聖水精はどうだ?」
聖水精は神の頭の上に乗った。
一体誰に似たのか、やはり罰当たり者らしい。
「問題なさそうだな。好きに使ってくれ。」
「ありがとなの。」
去り際に「これで神薬が」とかいう物騒な言葉が聞こえた気がしたが、伊織は聞かなかった事にした。
出来てから考えればいいと深く考えていなかった。
疲れ果てていた事もあって、あまり考えたく無かったというのも大きな理由だったが。
「お兄ちゃん。お父さんとお母さんは天国にいった?」
「ああ。」
間違って『高天原』のほうに行ってなければいいがと思ったが、その時は『モイラ』の主神がなんとかしてくれるだろう。
などと罰当たり精霊の主に相応しいことを考えていた。
「さて、無事に御霊送りもできたことだが、ついでに村を綺麗にしてしまうか?このままでもいずれは朽ちるだろうが。」
「お願いしてもよろしいでしょうか。このままボロボロの故郷が残るのも忍びないです。」
「造作もない。持ち出したい物は他にないか?」
「大丈夫。金目のものは大体もらってきたよ。」
ナナの言葉を引き継いだのはネネだった。
逞しいものだ。
全ての憂いがなくなったところで、全員に《真空結界》を貼って事故に備えた。
「じゃあ、始めるぞ。」
「範囲は前方1km四方で充分です。」
「ふふ、さすがはレミィだ。助かる。」
伊織は神威に触れたことで自己の格が一段階上がったことを本能的に理解していた。
それによって伊織の本能が自らが奉ずる神に許しを願えと強く強く訴え掛けていた。
伊織に逆らう理由はない。
「《我、夜行の血を以て『月読命』に畏み畏み願い奉る者なり》
《神意ありてこそ人成るは 人ありての神になり》」
夜行家の妖術では『神の御名』を詠唱することは固く禁止されている。
それは畏敬による理由ではなく、単純に制御が極めて難しいからだ。
先祖による幾人もの尊い犠牲がそれが事実である事を物語っていた。
だが、伊織は実際に神威を肌に感じたことで躊躇い無く禁忌を破ることにした。
術式を強化する意味合いが半分、残り半分は示したかったのだ。
自らが奉じ、その御力を借り受けているにも関わらず、その御名を唄い上げることが叶わない。
忸怩たる思いを抱きながら伊織は恥じていた。
月読命を奉ずる俺はここにいると叫びたかった。
ただ、そんな青臭い理由だった。
そして伊織は初めて月読命との繋がりを感じた。
それは耳が痛くなるほどの静寂であり、全てを包み込む闇であり、闇を貫く一条の光でもあった。
(相性がいい気がする。)
そんな不遜ともいえる考えを抱くほどに、伊織は月読命に親近感にも似た、共鳴するような何かを感じていた。
(これならもう一段階いけるか?)
当初は自身にもっとも近しい『月読命』への接触に留めるつもりだったが、つい好奇心と言う名の魔が差してしまった。
「《我、原初の焔『火之迦具土神』に畏み畏み願い奉る者なり》
《不浄なる彼の地に、御身に宿る清浄なる灯の一片を賜らんことを》」
自身の制御を離れようとする暴風じみた魔力にしがみつくように歯を食いしばる。
血液が沸騰しそうなほどにその灼熱を感じた瞬間。
「もう、主様はやんちゃしすぎなの。」
背後に伏姫の暖かい体温を感じた。
一瞬の間をおき、引き金を振り絞る。
「《祓の灯》」
それは灯と言うには余りにも巨大に過ぎた。
村全体が蝋燭であるかのように灯った炎は一瞬で村全体を包み込み、瞬き一つの間で全てを灰にしてその短い一生の幕を閉じた。
念のためにと貼っておいた《真空結界》が大いに役に立ったことを喜ぶべきか悲しむべきか。
「え、村が消えちゃった。」
「伊織、なんじゃあれは・・・」
「神の怒り・・・」
言葉こそ様々ではあったが概ね全員の心境は一致していた。
「主様、やりすぎなの、メッ。」
「伏姫、助かった。反省する。」
「・・・伊織様、もう一回言うの。」
「反省する。」
「そこじゃないなの!」
反省するのは勿論ではあるのだが、伊織は手札が増えたことと、月読命との繋がりを得た事を純粋に喜んだ。
「マイマスターに報告します。
称号『異神の信仰者』を獲得しました。
称号『神の威を借る者』を獲得しました。
称号『神々の興味』を獲得しました。
祝福『月読命の祝福』を獲得しました。
『妖牧場』に『エインヘルヤル(猫獣人)』が37体追加されました。」
「詳細を頼む。」
「イエス、マイマスター。
称号『異神の信仰者』は月読命様への確たる信仰が認められたことで取得しました。」
「なるほど心当たりがあるな。だがそれが信仰と言う言葉で正しいのかは、正直なところその実感がないが。」
「称号『神の威を借る者』は自力で神威を観測できるようになり、かつ神の奇跡を行使する代替者として認められたことで取得しました。
これにより神の奇跡を行使する権利を得ました。ただし、対象となる神格との関係性に強く依存します。」
「これも月読命様だろうな。本当に有り難いことだ。」
「称号『神々の興味』は一定数の神々が興味を抱くほどの偉業を成した事で与えられます。例えば、勇者や英雄と呼ばれる偉人に多いです。神々への名声が高まった証とも言えます。」
「なんともコメントし辛いものだな。だが、俺の使用する術式とは相性がいいのか?」
「祝福『月読命の祝福』は月読命様に認められたことで獲得しました。」
「うむ。夜行家の末席に連なる者として誇らしく思う。」
「『エインヘルヤル(猫獣人)』についてお伝えする前に、まず村民の皆様は正しく天へと導かれたことをお伝えします。
その上で先程の大規模儀式により残留物が励起したとお考えください。よって個々にその人格はなく、マスターのために戦うだけの戦士、いわば霊的な『ゴーレム』です。実体化が可能で、個人戦闘力はCからC+ランクとそれなりですが猫獣人の特性を引き継いでおり連携力に期待できます。集団戦闘のプロフェッショナルとしてランク以上の活躍が期待できるでしょう。
伊織様に関する報告は以上です。」
「そうか、まずは無事に昇天できたことを改めて寿ぐとしよう。
そして『百鬼夜行』の強化は最優先事項だ。嬉しく思う。
ところで俺の報告は、ということは?」
「お察しの通りです。
伏姫様が異能『神宝創造』を獲得しました。
伏姫様がアイテムを製作する際に対象アイテムが『神器』となる可能性が発生します。
ただし、対象のアイテムは『日本』に由来するものに制限されます。」
「神器というのは?」
「あらゆるアイテムにシステムが『アイテム等級』を設定します。
『通常級』<『希少級』<『英雄級』<『伝説級』<『神話級』
以上の五種です。
基本的には大多数のアイテムが『通常級』であるとお考えください。
後者ほどレアリティが高く、その能力も跳ね上がります。
そして神話級のアイテムの通称を『神器』といいます。
また、これらのレアリティに当てはまらない例外があり、『唯一級』と呼称します。
村雨様がその例外に当たります。」
「ふふん、さすが妾じゃ。」
「はい、村雨様は世にも珍しい『成長する武器』ですから。レベルが上がるほどに武器としても成長する極めて希少な例です。」
「にゃはは、もっと褒めてたも。」
「概ね理解した。実に収集欲を刺激してくれるな。『クラ』が喜びそうな話だ。」
「そうじゃ。とっとと拠点でも作ってクラ達も呼ぶのじゃ。きっと待ち焦がれておるぞ?」
「だといいがな。招聘を拒否されたら悲しさの余り立ち直れなくなるかもしれん。」
「ふん、よう言うわ。どうせ、『ふむ、やむを得んか』とか抜かすのであろ。」
「お前は俺を何だと思ってるんだ。
そう言えば、ゴブリン戦の罰がまだだったな。尻を出せ。」
「もう終わった話であろ!ほれ!そんなことより早よう町へ行くのじゃ!」
三人娘達の生暖かい視線を浴びながら、村雨は全力で火車に飛び込んだ。
「全く、しょうがない奴だな。」
そうしてようやく、一行は『アイリスの町』へと旅立った。
火車「オレサマノ デバン マテ」
第一章 完
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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