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モイラ編01-13 『名もなき貴族』

レミィが二台の馬車が向かって来ていると言う。

恐らくは残骸になってしまった馬車の関係者だろう。


「概ね二時間前後でこちらへ到達するものと考えられます。」

「そうか、面倒なことになるかもしれんな。彼らが所有権を主張したらどうなる?」


どうにも最近はトラブルが寄ってくるようだ。

あの異能は妖ホイホイではなくトラブルホイホイではないのかと愚痴りたくなる程に。


「所有権を放棄したとみなされます。」

「所有者にとってはなかなか手厳しいな。」


「魔物が跋扈する世界ですからこういうことは身近にあるようです。所有者を特定することの難しさと手続きの煩雑さが要因であるようです。」

「世知辛いものだ。だが、それなら堂々としていいが、もう少ししたら村雨以外は馬車に返すとしよう。荒事になる可能性も否定できんしな。引き続き警戒してくれ。」

「イエス、マイマスター。」


使えそうなものを九割方収集したところで、(くだん)の馬車が到達する。


[対象の内訳を報告します。責任者1名、御者1名、兵士12名の計14名です。]

(三姉妹が乗っていた馬車の捜索隊といったところか。)


[恐らくはマスターの予想通りかと。]

(引き続き警戒してくれ。)


すでに結界は貼り終えており、三姉妹と伏姫は火車(ロク)の中に避難済みだ。

伏姫は戦うことが出来るのかもしれないが、そんなことをさせる気はさらさらなかった。

神威のほとんどを失ったとはいえ、それでも神は神だ。

おいそれと下々の争いなんぞに関わらせる訳にはいかないというのが伊織の主張だった。

見た目が子供ということも否定はできないだろうが。


つまり伊織は高確率で揉めることになるだろうと予想していた。

そういう悪い予感というものは得てして当たってしまうものだ、このように。


「おい貴様、何をしている。」

「落ちているものを拾っているだけだが?」


馬車から降りてきた男は有り余る贅肉を振り回しながら高圧的に接してきた。

こちらに若僧(いおり)小娘(むらさめ)の二人しかいないというのもその態度を助長させているのだろう。

対して伊織のは骨の髄まで『夜行教育』が叩き込まれている。

即ち、目には目を、礼には礼を。


「それは我々の物だ。すぐに引き渡せ。」

「断る。国法でも現在の所有権は俺にあるはずだ。」


豚の後ろにはニヤニヤと嫌らしく笑う兵士が控えている。

伊織はそんな兵士よりもひっそりとこちらを窺う御者(・・)が気になっていた。

御者台から降りて立つ姿に隙がない。

魔力は感じられないもののその視線にこちらへの侮りは見受けられない。


(村雨、交戦開始と同時に御者に仕掛けてくれ。始末していい。他は引き受ける。)

(わかったのじゃ。任せるがよい。)


村雨は敢えて御者には目を向けず、だがその挙動には細心の注意を払っていた。

普段はとぼけた小娘のように振る舞ってはいても、彼女の本質は刀の九十九神だ。

闘争こそが彼女の存在意義であり、生涯の生業だ。

口元がうっすらと三日月に歪むのも仕方のないことだろう。


「き、貴様!貴族であるこの俺に向かって何だその口の聞き方は!」

「知らん。生憎、無礼な豚への接し方を教わる機会はなかったのでな。」


伊織は当時『鈴鹿御前(スズ)』に叩き込まれた教育(ちょうはつ)を存分に発揮していた。

この様子をかつての教師(スズ)が見たら、さぞ教え子の成長を喜んだ事だろう。


「ぶ、ぶ、豚だと!もう許さん!泣いて謝っても絶対に許さんぞ!」

「そんなことよりも見た目によらず、随分と人の言葉がうまいな?」


「ぶっ、ぶひぃぃいい!殺せ!このクソガキをぶっ殺せ!」

「『百鬼夜行』」


伊織は用意していた特殊(Ex)スキル『百鬼夜行』の最後のトリガーをあっさりと引いた。


豚が攻撃を宣言すると同時に御者が伊織に向かって細長い何かを投擲した。

即座に村雨が反応して居合で切り飛ばし、御者に向かって飛ぶように駆ける。

御者は村雨の反応に唖然としていたが、すぐにこちらに背を向けた。


(典型的な忍だな。逃がしたら面倒なことになりかねん。確実に仕留めてくれ。)

(今度は妾が鬼なのじゃ。逃がしたことなど・・・伊織ぐらいしかないわ!)


村雨と念話で遣り取りしながら伊織は初手から切り札を切った。

すでに豚と兵士12人は詰んでいる(・・・・・)

これは驕りとは言えないだろう。

伊織を守るようにして象のように巨大な猪が65体も出現したのだから。


「突撃。」


ただでさえ強力な霊猪(れいちょ)が『百鬼夜行』の効果で全ての能力が50%増しされている。

あとは戦闘とはとても呼べないような交通事故(・・・・)だった。


撥ね飛ばされ、踏まれ、蹴られ、刺され、散々な目遭った兵士達にできるのは断末魔を上げることだけだ。

豚はすでに挽き肉になっており、原型を留めていない。

伊織はその姿をチラリと確認すると、すぐに興味を失い村雨の元へと駆けた。

密かに招聘に応じていた水精は慌てて伊織の()に乗った。




ーーーーー

ーーー




思いの外、御者の足は速かった。

いずれ追い付けはするだろうが、時間がかかることを嫌った村雨は手札を切る。


「出ませい、《(ミヅチ)》!」


(ミヅチ)という妖がいる。

湖に棲む巨大な龍で、猛毒を吐いて水を操るという。

村雨の術は水に(みづち)という指向性を持たせたもので、蛟そのものではない。

当然ながらその強さという点では比較するのも烏滸(おこ)がましいほどに劣るが、この術の真髄は水が自立行動するということにある。

即ち・・・


「さあ!どんどんいくのじゃ!《(ミヅチ)》!」


魔力が続く限り、際限なく自動で追尾する移動砲台を産み出し続ける(・・・)

すでに蛟は十を越えており、それぞれが水の砲撃を加えながら御者を追尾していた。


御者はよくこれを回避し続けた。

当然ながら逃走速度は下がり、村雨は追い付きつつあったが決めきれないことに内心いらいらしていた。


「さあ、これはどう対処するのじゃ?

(まわ)(めぐ)れ、水転毒(みずころびのどく)》」


いくら水の砲弾を回避し続けたとしても、舞い散る水ばかりは避けようがない。

濡れ鼠になった御者に放たれた術式は回避不能の狡猾なものだった。


「ぐぁああああ、ぁあっ、あ、っ・・・」


全身に浴びた水が極めて強力な毒へと転換し、全身から急速に吸収される。

アナフィラキシーに似たショック症状を起こした御者は僅か数秒後には絶命した。

御者は名の知れた凄腕の暗殺者であり、毒に高い耐性を持っていたが、それでも到底耐え得るものではなかった。


「はー、勝った気がせんのじゃ。」


村雨はガチ(・・)の近接戦闘を好み、本来は遠距離での攻撃はあまり好まない。

まして毒などのような搦め手には嫌悪感すら抱いている。

だが自身の好む、好まざる依らず最適解を選択し続けたのは、ひとえに例の(・・)失態からの反省であった。

これ以上失態を繰り返せば伊織に偉そうな態度を取れなくなってしまうという、どうにも締まらない理由ではあったが。

ともあれ、追撃に手を貸そうと走っていた伊織の到着を待たず結果を出したことには満足すべきだろう。


「よくやった。」

「ふふん、当然じゃ。じゃが、捕らえて尋問してもよかったのではないか?」


「こいつらは十中八九、駐屯地の(やから)だ。これ以上関わる必要もないだろう。駐屯地に恨みがあるでもないしな。」

「じゃが、お宝があるかもしれんぞ?」


「今のところ盗賊になる予定はないさ。」

「なるほど、それもそうじゃな。」


伊織と村雨は御者の死体を引きずりながら帰投した。

そして遺体と周囲の瓦礫を集め、魔法で纏めて消し炭にして埋めた。

これは別に(とむらい)をするという意図はなく、単に証拠を隠滅して第二の探索隊による追撃を回避しようという極めて冷徹かつ合理的な理由だった。

暴れまわってスッキリした様子の『霊猪』達を労い、送還する。


水精は密かにその様子を窺っていた。どうやら帰りたくないらしい。

伊織は当然、水精が頭に張り付いていることに気づいていたが、特に害もないので好きにさせることにした。


「さて、戦利品はどうだ?」

「銭と服と武具(ごみ)じゃの。食えそうな物は小鬼(ゴブリン)が全部喰ろうたんじゃろうな。」


刀の九十九神だけあって、村雨による他の武具に対する評価は厳しい。

そして伊織が身に付けるものともなれば、さらにその評価は理不尽なものとなる。

(もっと)も、今回入手した武具は軍に支給されたものの中でも最低に近い品質の物であり、あながち村雨の評価が不当とは言えないのだが。


袋の中に入った硬貨を確認すると金貨、銀貨、銅貨がそれなりの数があり、掌にずっしりとした重みが伝わった。


「レミィ、貨幣価値について聞かせてくれ。」

「イエス、マイマスター。

まずは1金貨、100銀貨、10,000銅貨が等価であるとご理解下さい。

そして1銀貨が概ね1,000円の価値を持ちます。

一般的な市民レベルですと一日に3~5枚程度の銀貨があれば余裕をもって暮らしていけます。」


「金貨1枚が100,000円という訳だな。」


魔力の箱を生成してその上に貨幣をバラ撒き、村雨と仲良く数える。

実のところレミィは一瞬で数を把握していたが、二人の様子を見て水を差さずにいた。


「これはバーンガルド王国の貨幣なのか?」

「はい。ここにあるのもの全てがそうです。」

「金貨は72枚なのじゃ。72万円かの?」


「当面はバーンガルド王国の情勢を調べてみるか。ゼロが一つ足りん。」

「承知しました。私の方でも何かわかりましたら報告します。」

「720万円か。そうとも言うな、うむ。しばらく菓子には困らんのじゃ。

おい、伊織。手が止まっておるのじゃ。」


そんなこんなで数え終えた結果。

金貨72枚、銀貨396枚、銅貨138枚だった。

銀貨換算で7597枚。日本円にして約760万円と、拾い物としては十二分にまとまった金額だった。


「とはいえ、三人娘の五年分の労働(・・)の対価が含まれる訳だよな。」

「そう考えると、人の命とはなんとも安いものじゃな。」


村雨の諸行無常が(にじ)み出る言葉に、伊織とレミィは静かに同意した。


武具(ごみ)はどうじゃ?」

「さっき襲ってきた連中も含めて大したものはないな。恐らく駐屯している軍の支給品だろうが、その質はお察しだ。火車(ロク)に放り込んでもいいんだが・・・いや、売ったところで()がつくかもしれんな。あとで埋めておく。」


「服は小娘達に配ってよいのか?」


と小娘が言っている。


「そうしてくれ。町についたら新しい服も買えるだろう。それまでは我慢してもらうしかないな。それより、村雨、レミィ。」

「なんじゃ?」

「はい。」


「三人娘の今後についてだ。彼女達は俺達に同行したいと言っているがどう思う?」

「別に構わんじゃろ。」

「特に問題はないと考えます。ですが、役目はいかがされるおつもりですか?」


「そこまで考えていなかったな。」

「何もさせないというのは、今後のことを考えるとお互いのためにもよくないでしょう。家事などを任せてみてはいかがでしょうか。」


「そうだな。本人たちと相談してみよう。」

「イエス、マイマスター。

続いて、戦果報告をしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、今の戦闘の結果だな。」

「イエス、マイマスター。

マスターはレベルが42から43に上がりました。

村雨様はレベルが29から35に上がりました。

村雨様の特殊スキル:『玉散叢雨(たまちりのむらさめ)』のレベルが3から4に上がりました。」


「村雨は一人しか倒していないはずだが随分上がったな。」

「相当高レベルだったのでしょう。

また、マスターの異能『指揮者』の補正により獲得経験値に25%の補正がかかっています。

経験値は討伐対象の『ランク』と『レベル』に依存します。

そして戦闘を生業とする者はランクとレベルが高い傾向にあります。」

「強いかどうかはよくわからなんだが、回避と足には見るものがあったのじゃ。」


「前にも言っていたが、ランクというのは?」

「ランクとは戦力判定法による分類で下からF、F+、E、E+と続き、最高はSS+とされます。

例えばゴブリンはF+、ゴブリンキングはB+ですね。

ついでに説明しますと、冒険者の能力の指標である『冒険者ランク』はF、E、D、C、B、A、S、SSで評価されます。」


「なるほど、強さの目安になる訳だな。」

「妾ほどになるとSSSランクであろうな!」

「冒険者ランクは登録時に制限がかかるため、最初は低ランクから始まります。」


「つまらんのじゃ。」

「何か理由があるのか?」


「冒険者ランクが上がることである種の特権が得られます。身近なものですと城門や関所での本人確認の簡易化や税金面での優遇ですね。」

「いくら強くてもどこの者とも知れないような者に特権は与えられないか。」

「伊織のようにな!」


「そうだな、村雨のようにな。」

「なんじゃと!」

「ついでにお話しておきますと、ランクが上がることによる本質的な弊害があります。というのもBランク以上になると『指名依頼』を強制されることがあります。拒否権はありません。」


「ランクを上げるかどうかは自由意思で決めれるのか?」

「はい。ギルドが認める条件を満たした段階で選択可能です。」


「ならばランクをCで止める者が・・・ああ、もしかして甘い特権(・・)があるのか?」


「ご明察です。例えばAランクになると『騎士』程度の準貴族的な扱いを受けるようになります。また高ランクということで名声が生まれ、割のいい『指名依頼』が発生したり、継続的な『パトロン』ができるなどの副次効果も期待できるようです。


場合によっては貴族により取り立てられるという立身出世の代表格とも言える道も夢ではありません。

さらには国に騎士に封ぜられる事もよくあるようです。

過去には竜を討伐した功績で正式な爵位を授与されたこともあるとか。


稼ぎという意味でもBランク以降で一人前と認められ、Cランク以下を大きく引き離しています。」


「なるほど、よくできているな。」

「マスターにおかれては既存技術にブレイクスルーを起こすことで大量の金銭を稼ぐことが可能です。その点も参考にして頂ければ幸いです。」


「そうするとしよう。村雨におもちゃを買ってあげられるぐらいには稼がないとな。」

「妾を子供扱いするでないわ!」


「いらんのか?」

「いるに決まっておろう!」


二人はいつものようにじゃれあいながら火車(ロク)に戻り、次の目的地へと向かった。






伊織の頭に乗った水精霊は静かにその様子を見つめていた。

______

ちゃむだよ? >_(:3」∠)_

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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