モイラ編01-12 『スカベンジ』
ようやくゴブリンの集落での後始末を終えた一行は針路を東へと向けた。
『モイラ』に降り立って僅か三日しか経過していないにも関わらず、随分と濃い日々を過ごしている。
人里に訪れてすらいないのに、旅の道連れも七名にまで膨れ上がっていた。
そうなると食糧ばかりでなく、衣料や住環境なども早急に用意する必要がある。
文明の灯が恋しいが一体どこにあるのやら。
そんな切実な悩みの解決に一石を投じてくれたのは、やはりというか現地住人である猫獣人三姉妹だった。
話は少々遡り、村雨が目を回していた頃。
「そろそろ移動しようと思うのだが、その前に少し話をしないか?」
「はい、なんでしょう?」
会話担当は長女のナナだ。
「まずは俺と村雨の事情について聞いて欲しい。
なかなか受け入れられない内容だとは思うが、とりあえず聞くだけでもな。」
「はい。
どのような話かはわかりませんが、少なくとも私達はお二人を信頼しています。」
「そうか、ではそうだな。俺が三日前に『モイラ』に飛ばされた所から話をしよう。」
伊織は三人に向けてなるべく解りやすく話すよう努めた。
時折質問に答え、補足しつつ、彼なりに丁寧に。
外の世界から飛ばされてきたこと、『モイラ』の常識を知らないこと、着の身着のままで飛ばされたため日銭すらないことなど、レミィ存在を除いてほぼ正確に伝えた。
レミィについて話さなかったのは、直感が警戒しろ言っているので素直にそれに従っただけの事だ。
「こんなところだ。」
「すごいですね。お伽噺みたいです。」
三人娘は皆キラキラした目で伊織を見ている。
「自分で言うのもなんだが、信じられるのか?」
「だって、私たちを騙す意味がないじゃないですか。」
確かに、と伊織は頷く。
力が隔絶しているのだ。悪意をもって接するならこんな回りくどいことなどせず、暴力をチラつかせるほうが色々と早い。
「そこでお願いなんだが、こちらの常識を色々と教えてくれないか?」
「もちろんです。私に答えられることならなんでも聞いてください。」
「まずここが所属する国家は?」
「バーンガルド王国です。」
「では、ここから近い集落は?」
「えっと、私達が住んでいた村ですが、今はもう・・・」
「すまん、無神経だった。」
「いえ!ご存知なかったことですから!
えっと、次に近いのはアイリスの町です。」
「ねえ、ちょっといい?」
「ああ、どうした?」
黙って話を聞いていた次女ネネが何か思い付いたように口を挟む。
「伊織様はお金が欲しいんだよね。」
「そうだな。」
「なら取りに行けばいいじゃん。」
「ん?どういうことだ?」
「私達がゴブリンに捕まった所にお金が落ちてるんじゃない?
もしかしたら村にも何かあるかも。」
「なるほど、奴隷商人もいたなら期待できるな。よく言ってくれた。」
ネネは胸を張っている。
「だが、場所は特定できるのか?」
「ノノ、わかる?」
「・・・うん。」
「どういうことだ?」
ノノはとても恥ずかしそうにして俯いている。
「ノノは『マーキング』という異能を持っていまして、えーと、その」
「あー、印をつけた場所を把握できるということか?」
「あ、はい。そうです。」
何が印になっているのかは触れないでおこう。
すでにノノの顔が真っ赤になってしまったが。
「俺が幼い頃、ちょっと遠くに出掛けたことがあってな。
間の悪いことに、その日は腹の具合が悪かった。
だが運が悪いことに道が混んでいて、自動車が鈴なりにならんで一向に動かなくなったんだ。
そんなときにさらに折り悪く腹が痛くなって、我慢に我慢を重ねたが、結局たまらず盛大にぶちまけてしまった。
尊い犠牲になった爺さんからは次は外でやってこいと大笑いされたわ。
俺は辛いやら恥ずかしいやら、もう散々だったぞ?
誰にも言ったことのない話だ。村雨にも内緒にしてくれ。」
話を聞き終わってノノはポカンと口を開けていたが、やがてケラケラと笑いだした。
話をうかがっていたレミィは、確かに昔の伊織は可愛げがあったなあ、などと思っていた。
他二人は生暖かい目で伊織を見ていたが、そんな視線に気づいたのか気づいていないのか、ともあれ伊織は淡々と話を進めた。
「ではノノ、方向を教えてくれるか?」
「あっち。」
「ちょうど東だね。」
「なに?ネネは方角がわかるのか?」
「うん、『方位知覚』っていうんだけど、ほとんど役に立たないんだけどねー。」
「いや、かなり有用な能力じゃないか?地図を作ったり、探索をしたり、条件さえ整えば迷うことがなくなるしな。」
「え、そうなの?今度詳しく聞かせて欲しい。」
「ああ、構わんよ。
では、まずはゴブリンによる馬車襲撃地点に向かおう。この馬車の馬は賢いから言葉を理解する。なのでそこの窓を開けて方向を教えてやってくれるか?」
「うん。」
ノノは素直に頷いてくれた。
「その後は、そうだな、君たちが望むなら一度故郷に戻って供養をしないか?」
「私達、置いてく?」
ネネは悲しそうな瞳で伊織を見ている。
「君達がついてくるというなら、それはそれで構わない。」
「ノノはパパとママに天国にいって欲しいなあ。」
ノノは涙目で俯いてしまった。
「では、それでいいか?」
「お気遣い感謝します。」
「ありがと、伊織様。」
「うん。」
ーーーーー
ーーー
ー
「マスター、馬車の残骸と見られるものを発見しました。」
レミィの報告を聞き、御者台へ上がると先客がいた。
「伊織ではないか。丁度なにか見えてきたのじゃ。」
「伊織様、こっちなの。」
仲良く座っていた村雨と伏姫の隣に座る。
すると伏姫は伊織の膝によじ登り、膝上にちょこんと腰かけた。
「フセ?」
「村雨にはしたの。」
伊織は実害が無いことに関しては基本的に無頓着だ。
無関心とも言える。
「そうだな。」
「私にもするの。」
「ああ。」
結局抵抗することなく、伏姫の好きなようにさせた。
そうこうしていると目的地へ到着する。
降りてくれないのでフセを抱え上げる。
「わー、高い高い。」
どうせなら、とそのまま火車の外まで抱えて降ろした。
「ありがとなの。」
「問題ない。」
神威をばら蒔いたのが原因で幼児退行したのかもしれないと、伊織は斜め上に解釈していた。
そういうことなら自分にも一因があり、気が晴れるのならそれにつきあうのも吝かではないと。
伏姫にとってはガッツポーズのひとつでも出そうな勘違いだった。
一方でレミィは危機感を抱いていた。
このままでは敬愛する座敷童子の良人が籠絡されてしまうのではないかと。
これまた明後日の方向に勘違いしていた。
「うーん、これは探すのに骨が折れるのじゃ。」
村雨が言うように五台あったと思われる大型の馬車は見るも無惨な姿を晒している。
現代ならば重機を必要とする場面だろう。
「伊織様・・・主様、霊猪を喚ぶの。」
確かに重機がわりになりそうだと、伊織は伏姫の言葉に素直に従う。
10匹ほど喚んで適当に均すよう命令すると、残骸はみるみるうちにその数を減らした。
伏姫は「伊織様より主様のほうが従属感があっていいの」などと呟いていた。
「おっきいねー。」
「あれ猪っていうんだ。」
ネネとノノは毛布をポンチョのように羽織って外に出ている。
ナナはさすがに恥ずかしかったのか、火車の中だ。
「そろそろいいだろう。使い物になりそうなものや金目のものを集めてくれ。
怪我をしないよう足元には注意するようにな。」
伊織の指揮のもと、皆は三々五々に散っていった。
年少組は宝探し気分なのか、目をキラキラさせながら探し回っていた。
「マスター、10キロ先から馬車が二台接近中です。」
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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