モイラ編01-11 『降臨』
「レミィ、予定より遅れたが戦果報告を頼む。」
三人娘が身を清めている間にレミィから報告を受けることにした。
「イエス、マイマスター。
まずは伏姫神様からの報酬?といっていいのかわかりませんが、そちらから報告します。」
「頼む。」
村雨も興味があるのだろう。大人しくレミィの言葉を聞いている。
「まず、全員に祝福が届いております。
村雨様、火車様、犬塚様、そして私には祝福『伏姫神の祝福』が。
マスターには祝福『伏姫神の恩寵』が届いています。」
祝福には「祝福<加護<恩寵<寵愛」の4つの段階がある。
「全員にというだけでも有り難いのに、何故俺だけ二段階上なんだ?
それに天界のレミィに届けることが可能ということが単純にすごいな。」
「レミィはロクにも様をつけるけるんじゃな。」
村雨の感想はともかく、伊織の疑問にはレミィも答えることができなかった。
答えることが出来るとすれば、それは伏姫本人しかいないだろう。
「次は個別に頂いた異能についてお知らせします。
まず、村雨様には二つの異能が届いております。
一つ目。
異能『八房招聘』ですが、伏姫神が騎乗されている八房の招聘権限です。
八房側に拒絶されない限りいつでも招聘及び送還が可能です。」
「八房というと音に聞く『犬神』だな。
伏姫神の相棒のような存在だと思っていたが・・・村雨の護衛としては充分過ぎるな。」
「早速喚ぶのじゃ。『八房招聘』」
村雨は伊織が止める前に術式を発動させてしまった。
だが緊急時にいきなり使うよりはましなのかもしれない。
八房は白黒斑の巨大に過ぎる老犬だった。
火車の中で招聘していたら大惨事だったかもしれない。
老いて尚矍鑠であると主張するかのように眼光は鋭く、威風堂々とした佇まいであった。
朱色の太い首輪にはいずれのものか分からない『毛の束』が八つほど括りつけてある。
背には伏姫神が坐すのであろう、同じく朱色の見事な細工が施された『鞍』が設えてある。
「Aランク・・・いえ、Sランクに届き得る・・・?」
「ランク?」
「戦力判定法による分類です。詳しくは後程お伝えします。」
「わかった。」
レミィの呟きを拾った伊織をよそに、老犬は静かに、だが重々しく語る。
「ワレハ イヌガミ ヤツフサ コンゴトモ ヨロシク」
「妾が村雨じゃ。仲良くするのじゃ。」
老犬は静かに頷くが、伊織を見て一瞬、剣呑な目で睨み付けた。
「八房?」
「ナニモ ナイ。
ワレ タタカウ。
トウソウ コノム。
イツデモ ヨベ。」
話は終わったとばかりに八房は目を閉じる。
村雨はちょっと残念そうではあったが、素直に八房を送還した。
「続いて二つ目は異能『製薬直感』です。あらゆる薬を作る際に成功補正を受けるようです。」
「村雨が薬を作る?そんな恐ろしいことが現実になるのか?」
「伊織のくせに失礼じゃ!妾だって薬ぐらい作ってやるわ!」
「恐らく伏姫神様が神薬の精製を得意とされているところにより贈られた異能と考えられます。」
「なぜ、よりにもよって、村雨に、与えたのかという疑問が残るがな。」
「ほんとに失礼なやつじゃな!作ったら最初に飲ませて、ぐぅって言わせるからな!絶対に泡吹かせてやるのじゃ。」
なにやら慣用句を言いたかったようだが、それでは大変な目に遭ってしまう。
「つぎは犬塚信乃様へ、異能『伏風』が届いております。
これは村雨様の『玉散叢雨』発動が前提となっている少々特殊な異能です。
効果は『玉散叢雨』の圏内に極めて強力な暴風を展開するようです。氷槍や雹などと合わせると絶大な効果を得られるでしょう。また、マイマスターが成した神の怒りの如き《春雷》との相性も悪くないといえます。」
「想像するだけでも凄まじい事になりそうだな。」
「合体技じゃ!かっこいいのじゃ!」
「最後にマイマスターの『妖牧場』に『霊猪65体』が貸し出されております。
早速、一体呼び出されてはいかがでしょう。」
「『妖牧場』」
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『妖牧場』(66/66)
水精(1/1)
霊猪(65/65)
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「先日は百鬼夜行で試したが、一体だけ喚ぶにはどうするんだ?」
「失念しておりました。『妖牧場』の画面を出してイメージすれば喚ぶことができます。」
「霊猪一体招聘、うおっ、でかいな。」
それは伊織の知る猪よりも遥かに、象のように大きな猪だった。
牙も長く鋭く尖っており、生半可な鎧など軽く貫いてしまうだろう。
伊織はかつて伏姫神が霊猪と共に敵を打ち破ったという逸話を思い出していた。
「あ、もしかして実体化できるんじゃないか?」
霊猪は静かに頷き、半透明だった姿を実体化した。
村雨が駆け寄ってぺたぺたと手で触れる。
霊猪は大人しそうだし問題ないだろう。
「あはは、ざらざらじゃ。『キヌ』みたいじゃ。あはは、ちくちくじゃ。」
「いずれ呼び出すこともあるだろう。それまで鋭気を養っていてくれ。」
霊猪は静かに頷いて消えた。
「以上で伏姫神様からの報酬についての報告を終えます。」
「ついでにステータスを確認しておこう。『ステータスオープン』」
(右側の★は変化、新規取得したもの)
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種族:妖人
名前:夜行伊織 16歳
レベル:42★ EXP:(1951/2048)★
特殊スキル:『百鬼夜行』レベル5★
異能:『Ex妖ホイホイ』『Ex完全再現』『指揮者』
『Ex超越体』『マナジェネレータ』
『火属性適正』★『光属性適正』★『無属性適正』★『雷属性適正』★『無詠唱』★
『精霊視』★ 『立体視』★
祝福:『♛♨☏♡♫の寵愛』『伏姫神の恩寵』★ 『ノルンの祝福』★ 『水精の祝福』★
称号:『ゴブリンの天敵』★
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『妖招聘』(2/10)
火車『六焔号』牛車の九十九神
村雨『村雨』刀の九十九神
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『妖牧場』(66/66)
水精(1/1)
霊猪(65/65)★
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「村雨のレベルを抜いてしまったな。」
「一回の戦闘で中堅冒険者ほどになってしまいました。」
「レベルを効率よく上げるには纏めて始末するのが効率的か?収集品の回収が絶望的ではあるが。」
「魔物の集落を発見次第、報告します。」
「そうだな。やるやらないはその時々で判断すればいい。
『百鬼夜行』に変化はあったか?」
「『百鬼夜行』のレベルが1から5に上昇したことで被召喚者への強化率が10%から50%に上昇しました。また、『妖招聘』の最大数が2から10に上昇しました。」
「あの霊猪の能力が1.5倍になると考えると凄まじいものがあるな。それに『妖招聘』の招聘数が増えたのは非常に有り難い。とはいえ次の招聘はもう少し生活基盤が整ってからにしよう。」
「マスターの護衛だけでも招聘してはいかがでしょう。」
「いや、やめておこう。俺の直属で護衛として機能するのは『鈴鹿御前』ぐらいなんだが・・・ちょっと、いや、かなり癖が強くてな。生け贄を用意する必要がある。」
「生け贄ですか?」
不穏な言葉にレミィは思わず聞き返した。
「命を捧げるとか、そういうのじゃなくてだな・・・まあ、いずれ喚ぶつもりだし、そのときわかるさ。」
「了解しました。」
珍しく歯切れの悪い伊織の決断に疑問に思いながらも、レミィはとりあえず納得した。
「称号が増えたがこれはデメリットなのか?」
「いえ、トロフィーですね。ゴブリンが知ったら怒り狂うかもしれませんが、その機会はないでしょうし。
少々のメリットはありますが、いずれ機会を見て説明します。」
「そうか、ところであの木の下から覗いている小人は?」
伊織が目線を送る木の下には白い小袖を着た小さな小人がこちらを覗いていた。
腰まで延びたストレートの髪が艶やかに輝いて見える。
小人ながら高貴な雰囲気を醸し出していた。
そんな小人が木の影に隠れながら、こちらの様子をチラチラと覗き見していた。
「まさか私の索敵を抜けて・・・『神威』を計測しました!
警戒下さい!」
「いや、多分だが大丈夫だろう。」
伊織はゆっくりと小人に近づくと、静かに片膝をついた。
目を合わせないよう、伊織はほぼ俯いている。
「夜行伊織と申します。僭越ながら、伏姫神様とお見受けします。」
「あ、あ、あぅ・・・しゅき。」
「馬鹿な。あの伊織が敬語を使えるじゃと?」
『しゅき』とは何かよく分からなかったが、訂正を求めるのも憚られると判断し、伊織は聞かなかったことにした。
ついでに誰かの失礼なヤジも黙殺した。
そして誰かの尻叩きカウンターが一つ回った。
「伏姫神様の下々へのお心遣いにつきましては有り難く拝領致しました。
この場を借りて篤く御礼申し上げます。」
「いいの。」
伏姫神の体はもじもじと動いている。
目を合わせることは憚られるため、その表情は伺い知れない。
「せめて何か我々にできることはございますか?」
「ありゅ!あぅ。」
伊織はやはり顔を上げず、静かに待った。
「私も、連れていって?」
「それは・・・」
「伏ね、ほとんど神威ないの。
だからね、『天部』もね、大丈夫なの。
クロトもね、いいよって。」
『天部』というのは神々の所属の一つで、端的に表すなら神々に対する警察のようなものだ。
「天部は存じております。不勉強を恥じ入るばかりではございますが、クロト・・・様とはどなたであらせられましょう。」
伊織は話の流れからして恐らくクロトというのも神の一柱であろうと推察した。
「クロトはね、『モイラ』のね、主神のね、一人なの。」
彼女が言うには『モイラ』には『クロト』、『ラケシス』、『アトロポス』という三柱の主神が存在するそうだ。
そしてその長姉である『クロト』から滞在許可を貰ったとの事だ。
神々の間で問題がないのなら好きにしてもらってもいいのではないか?
元々伏姫に下界を好きに見て欲しいと思っての行動だったのだ。
直接見るのも大差ないだろう。
伊織は深く考えず、そう決めた。
そして自分も好きにすればいいと。
「わかりました。ですが臣より一つ、お願いがございます。」
「なあに?」
「端的に申し上げますと、道中では俺に従って頂くことになります。
ご希望に沿えない結果となることもあるでしょう。
ご理解いただけますか?」
「従属・・・?
いい!あぅ。
村雨みたいにね、して欲しいなぁ。」
「村雨みたいにとは?」
「撫でたりねー、抱っこしたりね?」
「・・・善処します。」
「じゃあね、私は伏姫神。今後ともね、よろしくなの。
|フセってね、呼んでね?」
「承知いたしました、フセ様。」
「敬語、メッ。」
「わかった、フセ。」
「んふふ、嬉しいなぁ。嬉しいなぁ。」
「伏姫様もこっちに来たのじゃな。」
「うん、村雨もよろしくね。」
横で話を聞いていた村雨が伏姫に話しかけた。
伊織は一足先に火車の中に戻ったようだ。
「伏姫様、なんか雰囲気変わったのじゃ。」
「異能をあげるのにね、神威を全部使ったの。」
「いや、そうじゃのうて口調もそうじゃし。
態度も・・・なんじゃ、伊織に惚れt」
「滅ッ!」ゴッ。
「ひでb」
村雨の頭から鳴ってはいけない音が鳴ったが、伏姫にとっては幸いなことに伊織に聞かれることはなかった。
そして村雨にとっては不幸なことに、白目を剥いて倒れていてもしばらく気付かれることはなかった。
一行に伏姫が加わったことでこの話は終わりと思われた。少なくとも伊織は軽くそう考えていた。
だがこの結果は『神々』に、そして遠く離れた『幻妖界』にまで大きな波紋を投げ掛ける事となる。
伊織がそれを知るのはもう少しだけ先の事だ。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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