モイラ編01-09 『獣人三姉妹 』
レミィが裏で手を回していたようだ。
獣人族の3人は火車がその中に保護している。
火車の馬が咥えて運んだのだろうか。
伊織は疑問に思ったが追求することを放棄した。
火車の内部に布団が常備してあったのが幸いし、彼女たちは辛うじて尊厳を保つことができていた。
とはいえ、毛布を巻き付けただけの格好ではあったが。
彼女達の印象を一言で言うと猫だった。
口に出したことは無いが、伊織は猫が大好きだ。
全ての造形が好きだし、全ての仕草が好きだ。
何時間眺めていても飽きないほどに好きだった。
そんな伊織だが、無表情の仮面の下では興味津々に3人を観察していた。
人の顔に猫の耳が乗っている。
ぺたんと伏せられた耳は地球の猫と同じならば不安な気持ちの現れかもしれない。
[肯定します、マスター。]
レミィの肯定を得られたところで軽く見回す。
全員の髪色が茶色でしかも顔立ちもそっくりだ。
おそらくは姉妹なのだろう。
伊織は種族が『妖人』になった影響で性欲が失われている。
裸の異性を見たところで劣情と縁はないのだが、人間であった頃の常識まで失われた訳ではない。
なので、異性の前で裸になると抱く羞恥心というものを、知識程度には弁えていた。
「失礼する。」
伊織が3人に近づくと、彼女たちはさらに怯えた。
伊織は全く意に介さず淡々と話をする。
「俺達は君達3人に一切の危害を加えることはないと誓う。そしてそれを信じて欲しいと願っている。まずは話だけでも聞いてくれないか?」
伊織には珍しく、彼なりに精一杯の努力が窺える気遣いだった。
伊織は一旦言葉を切って彼女たちの様子を見る。
正面に座った少女が最初に顔を上げて気丈にも返答を返した。
「・・・助けてくれてありがとうございました。」
体はすっぽりと毛布が覆っているが、顔には所々に青いアザがあり、栗色の髪も乱れて土がこびりついている。
「気にする必要はない。
本来は女性が応対すべきなんだが、生憎俺しかいなくてな。」
まず村雨一人で応対できるとは思えなかった。
そしてレミエルは伏せておかなければならない手札だ。
至極簡単な消去法であった。
「あの、ギルドの討伐隊ですよね?女性がいないというのは・・・」
(レミィ、『モイラ』では姓名の順はそのままでいいのか?)
(名姓の順ですので、マスターはイオリ・ヤコウとなります。)
「俺達は冒険者ギルドには所属していない。
俺はイオリ・ヤコウだ。一応代表と考えてくれていい。」
「お、お貴族様でいらっしゃるのですか!?」
娘は慌てて両手を床について頭を伏せる。
見えてはいけないところが色々とはだけてしまっているが伊織は気にも留めていない。
尻尾らしきものが見えた瞬間だけはガン見していたが。
チラチラと伊織を伺っていた他の少女達も慌てて、同様の姿勢を取る。
だが、一番小さな少女は爪の先を忙しなく噛んでいる。
典型的なストレス症状だ。
(レミィ、なぜ俺が貴族と勘違いされたんだ?)
(恐らく名字があるからではないか思われます。家名は貴族の証であるとする国は多いです。)
(ではレミィは何故、名字を名乗るのを止めなかったんだ?)
(夜行家は貴族ですよね?)
(日本に貴族はいない。)
(申し訳ございません。失念しておりました。)
(構わんよ。訂正すればいいだけ話だ。)
「頭を上げてくれ。普通にして構わない。
勘違いさせてしまったようだが、俺は貴族ではない。」
一般人かと問われると果たして一般とは、というところから擦り合わせる必要があるのかもしれないが。
幸いにしてそこまで突っ込まれることはなかった。
伊織の言葉に少しは安心したのか、少女は頭を上げ、恥ずかしそうに胸元へ毛布を手繰り寄せた。
「ところで、君の名は?」
「あ、失礼しました。私は『ナナ』です。」
「見たところ君達はとても似ているように見えるが、姉妹なのか?」
「はい、大きい方が『ネネ』で、小さい方が『ノノ』です。
あの、私たちは助かるのですか?」
姉の言葉にノノがブルリと身を震わせた。
「君達の身の安全という意味ならば我々が保証できる。
ゴブリン程度なら万で攻めてきても問題ないから安心してほしい。」
伊織としては事実をありのままに述べたつもりだったが、ナナの常識では受け入れがたかったようで口をぽかんと開けている。
「周囲1kmに生命はいないので心配しなくていい。」
「あ・・・」
ここでようやく安心できたのかナナの瞳から涙が決壊する。
それにつられたのか、3人仲良く泣き出してしまった。
何か気の利いた言葉でも言えればいいのだが、生憎と伊織の引き出しの中身をひっくり返したとしても、そんなものは入っていない。
結局、落ち着くのを待つという至極消極的な方法を取らざるを得なかった。
「ず、ずびばせん。」
「構わない。それで、君達は何を望む?」
ナナは躊躇いがちに二人を見て、やがて意を決したように口を開いた。
「あ、あの、私達には帰るところがありません。」
「どういうことだ?」
「・・・私たちは奴隷なんです。」
そう言って彼女は毛布をめくり、ほっそりとした足を露にした。
「この足枷が奴隷の証です。」
「妖気・・・魔力を感じるな。」
(レミィ、一般常識程度で構わない。『モイラ』における奴隷について教えてくれ。)
(イエス、マイマスター。
金銭に由来する『借金奴隷』、犯罪を犯した罪による『犯罪奴隷』、戦時捕虜の『戦闘奴隷』が一般的に言う奴隷で、『モイラ』ではいずれも合法です。また、非合法のものを『違法奴隷』と呼称します。
奴隷契約は奴隷商人の元で行われ、奴隷は契約内容に縛られます。その際は首輪や足枷などの『魔道具』によって管理されます。無理に外そうとすると、魔道具によっては爆発や呪いなどの影響が発生する可能性が高いです。
マスター、彼女たちに契約内容を聞くことを提案します。)
「それで、君達の契約内容は?」
「・・・駐屯地で5年間、娼婦として務めることです。」
娼婦。末妹のノノに至ってはその年齢は一桁にしか見えない。
伊織にわずかに残された感情は明確に拒絶反応を示した。
だが、表面上はそのような感情を一切窺わせない。
「駐屯地?」
「はい、辺境を開拓する兵隊さんが沢山いるところです。」
(なるほど、レミィが言うようにこの辺りは辺境だったということか。)
「契約執行日は?」
「あ、明日です。」
「何?このままだと不履行になるのではないか?」
「はい・・・明後日になると、足枷が、あ、あし・・・」
これまで気丈に振る舞っていたナナだったが、動揺で呂律が回らなくなっていた。
「難しいかもしれないが落ち着いて、ゆっくりでいいから聞かせてくれないか?」
「は、はい、あ、あしが、や、焼けるんです。炭に、なるって、ふぐっ。」
「充分だ。辛かったな。」
「うっ、ぐっ・・・。」
伊織は足枷を見つめながら思考する。
(レミィ、呪いとはどんなものだ?)
(それについてお話する前に、彼女の足枷に呪いが掛けられている可能性はありません。足枷に付与される術式は一種類に限られるため、今回は発熱系のものでしょう。)
(いい情報だ。呪いについては別の機会に尋ねる。)
(イエス、マイマスター。)
伊織がレミィと会話しているうちにナナは多少落ち着いたようだが、力なく項垂れている。
「心中察するに余りあるが、一つだけ聞かせて欲しい。
君達はどういう理由で奴隷になったんだ?」
「村が襲われたんです。」
ナナはぽつぽつと語り始めた。
それは要約するとこういうことだ。
彼女たち3人が住んでいた辺境の村は、村人が40人ほどのごく普通の村だった。
ある日の夜、大量の盗賊が村を襲った。
真夜中の襲撃だったこともあって録な対応もできず、村は呆気なく陥落した。
年若い女子供、つまり彼女達3人以外は皆殺しにされ、生き残った3人は奴隷に堕とされた。
つまり借金奴隷という皮を被せられた『違法奴隷』だ。
言うことを聞かないと足枷が発熱して足が焼け落ちる、と脅されたらしい。
そうして彼女たち3人は駐屯地へと移動していたが、その道中でゴブリンの大群に襲われた。
そして彼女たち以外は全滅した。彼女たちの契約者である奴隷商も含めて。
その後については伊織も知るところだ。
盗賊に村を破壊され、違法奴隷に堕ち、ゴブリンに囚われる。
大いに同情の余地がある話だろう。
だが伊織は同情するよりも先にやるべきことがあると考えた。
(レミィ、所有者を失った奴隷はどうなる?)
[契約内容によるので、彼女たちのケースについてお伝えします。
5年間の労務という取り決めがされた際に彼女達は金銭を得た事にされたでしょう。
結果、その時点で彼女たちは『対価』を得た。『契約魔法』はそう判断します。
よって、例え契約者を失ったとしてもその契約自体は反古にはされません。
尤も、その対価は某かに抜き取られているのでしょうが。
彼女達が違法奴隷であることを公の場で立証することができれば無効化できますが、それ以前に時間がありません。]
与えられた情報を吟味しながら結論を出す。
「君達3人には選択肢がふたつある。ひとつ、なんとか明後日までに駐屯地に着く。これを選んだ場合は目的地への到達を保証することはできないが、移動に関する最大限の協力を約束しよう。」
思い出したくもない記憶を蒸し返したからだろう。
ナナはしゃくり上げながらも、コクリと頷いた。
「ふたつ、足枷を外す。ちょっと怖い思いをさせるかもしれないが、こちらについては無傷で成功させることを約束しよう。その後、駐屯地に向かうも逃亡するも君達の好きにするといい。」
「お願いします!どうか、どうか、外してください!
あ、でも対価が・・・」
「必要ない。ああ、対価というわけではないが、終わったら色々と話を聞かせてくれないか?俺は異国人でな。君達が知る常識的な事を教えてほしい。」
ナナはしどろもどろになっているが、対価云々について伊織は全く興味を持っていない。
それは無関心といっていいほどに。
気に入らない。
伊織にとっての動機はそれだけで充分だった。
「一時間後、結論を聞こう。3人で話し合うといい。」
そう言い残し、伊織はあっさりと席を外した。
[マスターは彼女たちを救いたいのですか?]
(興味ないな。俺はやりたいようにやるだけだ。)
自分は座敷童子を救いたいと願った。
対象も状況も違うとはいえ、伊織は救うことに興味がないという。
一体自分と伊織で何が違うのだろう。
口に出して聞いてみたいが、それを聞くことは今の自分には許されない。
レミィの心はざわめいていた。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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