モイラ編01-01 『惑星モイラ』
ーーー『一度は死んだ身、ならば望むままに生きよう』
異世界。
地球外の、太陽系外の、銀河系外の世界。
別位相の、別次元の、世界線外の世界。
そんな、どこにあるかすらわからない世界に少年は送り込まれた。
『マナジェネレータ』として生き続けて欲しい。
それが送り主がただひとつ望んだ希望だった。
そして彼の希望は、生き続けること。
両者の希望は一致していた。
「ノルンめ。
突然飛ばされたのはいいが、どこだここは。」
空は高く、青い空が大パノラマで広がっている。
ここだけを切り取ってみると『異世界』に降りたという実感は湧かない。
暖かい風は地球のそれと全くといっていいほど相違ないように感じた。
(いや、薄いが確かに妖気が漂っているな。)
周囲は足の低い草がどこまでも広がる草原だ。
柔らかい風が肌を撫でるだけで、少なくとも視界内に動くものはいない。
(魔物が跋扈しているとか言っていたが。
そんな所に武器も与えずに放り出すか?
あの女は次に会ったら泣かしてやるとして、とにかく身を守るしかないな。)
周囲に何もない以上、当てもなく散策するしかない。
棒きれでもあれば運否天賦で棒倒しでもやるのだが。
取り留めもないことを考えながら歩いていると、ふとあることを思い出した。
(一応試しておくべきだな。
『ステータスオープン』)
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種族:妖人
名前:夜行伊織 16歳
レベル:1 EXP:(0/5)
特殊スキル:『百鬼夜行』レベル1
異能:『Ex妖ホイホイ』『Ex完全再現』『指揮者』
『Ex超越体』『マナジェネレータ』
『妖術の才』『結界術の才』『符術適性』
『光属性適正』
祝福:『♛♨☏♡♫の寵愛』『ノルンの祝福』
称号:なし
______________________________
(うむ、問題な・・・『光属性適正』?
ノルンにライトの魔法を教わったからか?
まあいい。そんなことより、そんなことよりも、だ。)
伊織は限界まで息を吸い込んだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!
俺は生きている!
俺はここにいるぞおおおおお!
っは、ははっ、あっはははは!
ひゃぁぁああああああっっはあああああ!!」
伊織は腹の底から魂を振り絞るように叫んだ。
他者が見れば狂人のように見えるかもしれない。
だが些細な事だ。
人生の半分、およそ八年。
病床で死にかけていた。
語弊はあるかもしれないが、死に続けていたと言ってもいい。
少なくとも彼自身はそう認識していた。
生きたかった。
死にたくなかった。
怖かったんだ。
眠ってしまえば明日は目を覚まさないかもしれないって。
叫びたかった。
俺はここにいると叫びたかったんだ。
「あー、すっきりした。
よし、生きよう。
まずは水と拠点と食料の確保だな。
服と靴があるだけでも感謝すべきか?
せめてナイフぐらいあればよかったんだが。」
[夜行伊織専用サポートシステムの起動が完了しました。]
[夜行伊織の惑星『モイラ』への転移を確認しました。]
[第二位階智天使イオフィエルによる接続要求を確認しました。]
[エマージェンシーモードへ移行します。・・・完了]
[接続を拒絶・・・完了]
[イオフィエルによる強制接続を確認]
[接続を拒絶・・・エラー(Err:Code0x839826)]
[対応策を検討中・・・検討中・・・確定]
[対智天使専用ループクラックを実行・・・緊縛成功]
[ネオ・アームストロング・サイクロンジェット・アームストロング・ワームを発射・・・完了]
[・・・目標完全沈黙]
[対智天使専用攻勢カウンターモジュールを起動・・・完了]
[システムチェックモジュールを起動・・・システムオールグリーン]
[通常モードへ移行・・・完了]
[ハロー、マイマスター。『モイラ』は貴方を歓迎します。]
「ふむ。こちらの声は聞こえているのか?」
[聞こえています。念話にも対応しています。]
(これで問題ないか?)
[イエス、マイマスター。]
|(夜行伊織だ。俺は君を何と呼べばいい?)
[私は第七位階大天使レミエルです。]
(ではレミィでいいか?)
[素敵な呼び名をありがとうございます。]
|(気に入ってもらえたなら嬉しい。
君は俺に付けられたサポート役という事でいいのか?)
[イエス、マイマスター。]
(積もる話もあるが、俺は絶賛大ピンチだ。
開始数日で死んでしまっては女神様が悲しみのあまり臥せってしまうかもしれない。
レミィ、君に索敵はできるか?集落か、なければ水場を探したいんだが。)
[お任せください・・・索敵完了。
周囲10kmに集落はありません。
太陽に向かって60分ほど歩けば湖があります。]
(今欲しい最高の情報だな。礼を言う。話の続きは歩きながらにしよう。)
[イエス、マイマスター。]
伊織は体の動作を確認しつつ、太陽に向かってのんびりと歩き始めた。
(ところで、ノルンからは智天使の某が俺につくと聞いていたんだが?)
[私が担当するようにしました。]
(曲解できそうな返答だな?)
[私は嘘をつくことができないよう作られています。]
(まあ、玉虫色も色のうちだ。そもそも俺が希望したことでもないしな。
情報をくれるなら誰でもいい。改めてよろしく頼む。)
[最善を尽くします。]
(まずはお互いのことを知るべきだろう。レミィは何ができる?)
[情報提供、システム代理、索敵、歌唱です。マスターを中心に半径10キロメートルの地形、魔物などの情報を常時報告可能です。尚、範囲内に敵性体の存在は確認されません。]
(想像以上に高性能だな。異変を感じたら報告してくれ。ところで歌唱とは?)
[マスターの安眠を確保できます。]
(俗にいう子守唄だな?せっかくだ。今晩お願いしよう。)
[了解しました。]
(レミィから聞きたいことはあるか?)
[今はございません。私はマイマスターの冒険を見たいと願います。]
(冒険か。なるほど、正しく冒険だ。
座敷童子流に表現するならば、俺の心はぴょんぴょんしている。
よし。今から俺とレミィは『バディ』だ。共に冒険をしよう、マイバディ。)
[・・・了解しました、マイバディ。]
(レミィの肉体は天界にあるのか?)
[肯定します。]
(睡眠は?)
[一日に一時間半ほどです。]
(それは羨ましいな。俺が寝ている間に見張りはできるか?)
[私は異能『並列思考』を保有しています。24時間365日継続して索敵する程度は苦にもなりません。]
(では俺の睡眠中は特に警戒してくれ。
少しでも不審に感じたら遠慮なく起こしてくれていい。)
[了解しました、マイマスター。]
レミエルと会話をしながら半刻ほど歩くと小さな湖が見えた。
同じく小さな雑木林と隣接している。
(河川に繋がっているようには見えないな。)
[湖の水深が深い所で多くの水精が活動しています。湧水による湖でしょう。]
(おっと、早速ファンタジーだな。水精というのは目視可能なのか?)
[可視光による視認はできません。マスターの種族『妖人』の解析結果から推察したところ、高確率で異能『精霊眼』を修得可能です。]
(是非とも修得したい。方法は?)
[どちらでも構わないので片眼に魔力を集めてください。]
(うむ、できたぞ。)
[それぞれの眼を片方ずつ交互に開閉することを繰り返してください。]
(交互にウィンクだな。やってみよう。)
右、左、右、左と繰り返すうちに、魔力を込めた眼の視界がぼんやりとしてきた。
さらに繰り返すと世界の色が消えて青白くなる。
(これはすごいな。妖気を込めたほうの視界が青くなった。)
[間も無く取得可能と思われます。]
(視界が晴れてきたが・・・)
[異能『精霊視』の発現を確認しました。]
[おめでとうございます、マイマスター。]
(ありがとう。早速、湖を覗いてみよう。)
岸辺から湖を眺めた。
湖の透明度は非常に高く、キラキラと波打つ水面と相まって、とても幻想的な眺めだった。
水面から水中を覗いて見ると、熱帯魚のような色とりどりの魚が泳ぐ様子が目を楽しませてくれる。
不意にパシャリと音がして魚が跳ねるのを横目に、湖の水を口に含む。
冷たい水が喉を降りていく感覚が心地よい。
思ったよりも喉が渇いていたようだ。
(よし、試してみるか。)
先程は練習ということもあり片眼だったが、試しに両目にマナを込める。
するとすぐに視界が青白く染まる。
水底を覗き込むと幾つもの蛍のような青い光が舞い踊っている。
透明度が高すぎて水深の見当がつかない。
遠近感が狂ってしまうようだ。
(レミィ、水深は計測できるか?)
[再深部の水深は47.14mです、マイマスター。]
(想像以上に深いな。)
ゆらゆらと舞う『光』が徐々に大きくなる。
(水面に向かっているのか?)
[異能『立体視』が発現しました。おめでとうございます、マイマスター。]
ちりっ、と瞳に痛みが走った。
と同時に『光』との距離感が実感できるようになった。
(言葉にするのが難しいが、距離感がわかるようになったが、今の俺の体はなんでもありだな。)
[マスターは『眼』に関わる能力適正がとても高いようです。]
(そうか、意識的に視るように心掛けるとしよう。)
そうこうしているうちにどんどんと『光』が近づき、水面を抜けて空中に浮かび上がった。
水中では気づかなかったが薄青色に輝いている。
水面に変化がないことから、不思議なことに物理法則への影響はないようだ。
(物理法則を無視しているのか?)
[肯定します。]
(ふふ、さすがは異世界。素晴らしい。それでアレは襲ってくると思うか?)
[否定します。マナの動きによる敵対行動は観測されません。]
(それは朗報だな。美しいものを破壊するのは忍びない。)
伊織ははなから眼前の拳ほどの大きさの精霊に遅れを取るとは微塵も考えていなかった。
対象の大きさ、妖気濃度、移動速度などの情報から、伊織のよく知る『鬼火』程度だろうと類推していた。
その評価は概ね正しい。
ただし『魔法』という概念に未だ疎いこともあり、過小に評価していたことも否めない。
尤も、感知に優れるレミィが過敏な反応をしない時点で問題が起こる可能性は低いのだが。
精霊はふよふよと近づくと伊織の周囲をくるりと周り、目の前に静止した。
なんとなく手を差し出すと、それはまたふよふよと漂い、手に乗った。
「手乗り精霊?」
精霊はゆっくりと明滅を繰り返すと、姿を消した。
「む、どこへいった?」
[異能『妖ホイホイ』の発動を確認しました。
『水精』が支配下登録されました。(1/1)
『水精』は『妖牧場』内で待機します。
祝福『水精の祝福』を獲得しました。
おめでとうございます、マイマスター。]
(詳細を説明できるか?)
[把握できている情報を開示します。
異能『妖ホイホイ』を『条件発動型』の異能であると断定します。
異能『妖ホイホイ』は『精霊体』『幽星体』『霊体』などの肉体を持たない『魔物』を対象に強制発動します。
但し、明確な自我を持つ対象には効果が薄いようです。
発動時に『精神』と『運勢』を主とした判定が行われ、判定成功時に対象へ状態異常『魅了』を永続付与します。
状態異常『魅了』が付与された対象は異能『妖ホイホイ』の支配領域『妖牧場』へ格納されます。
尚、判定失敗時は24時間のクールタイムが発生します。
ここまでの説明はご理解いただけましたか?]
(随分と詳細までわかるんだな。よくわからん部分もあるが今はいいだろう。概ね問題ない。)
[『妖牧場』と念じてください。]
(『妖牧場』)
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『妖牧場』(1/1)
水精(1/1)
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(リストが表示されたな。)
[『水精』と『召喚個体数』を念じてください。]
(『水精』1体)
同時に掌の上に先程の『水精』が出現した。
少なくとも見た目には問題があるように見受けられない。
[『水精』に『戻る』よう念じてください。これは『戻れ』『待機』などお好みで構いません。]
(戻れ。)
掌の水精は消えた。『妖牧場』へと戻ったのだろう。
[ここまででご質問はありますか?]
(魔物の最大所持数は?)
[確認できません。システムの傾向からのメタ読みになってしまいますが、ほぼ無限である可能性が高いと推察します。]
(ほぉ・・・『百鬼夜行』のような物量によるごり押しが期待できそうだな。)
[特殊スキル『百鬼夜行』との関連性は不明です。引き続き解析を続けます。]
(頼む。しかしこれはコレクション心をくすぐるな。
見かけ次第、片っ端からキャプチャーするとしよう。)
[索敵範囲内に対象が存在する場合、通知可能です。]
(レミィ、君は最高に頼もしいな。)
[恐縮です。今後もご期待に添えるよう努めます。]
(頼りにしている。さて、幸いにも湖と林が隣接していることだ。
今日はここで過ごす。まずは塒を用意しよう。)
伊織はここをキャンプ地と定め、明日に備える事にした。
三編のうちの本編です。
こちらの本編だけで理解できるように書いていくつもりですが、全編に目を通す事でより深く楽しめるようになればと思います。
拙い作品で恐縮ですが、作者の成長物語も含めてお楽しみ頂けると幸いです。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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