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花めく為に散る、  作者: 苫田 そう
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4. 入館

「お邪魔しまーす……」


 扉に鍵は掛かっておらず、俺が先頭で重い鉄の扉を押し開ける。

全員が入館すると、鉄の扉がきい、ばたんと重い音を立てて閉まる。

館を見回してみると、目の前から管理人がいきなり襲ってくる、なんてことは当然なく、綺麗な景色が広がっていた。玄関という概念は無く、床は一面赤いカーペットが敷かれていた。土足でいいのだろうか、と思わず思ってしまうほど清潔さが保たれていた。


 レンガの壁には有名なのかよくわからない絵画が掛けられていた。親子が並んで海を眺めている絵画だったり、親子が楽しそうに食卓を囲む絵画だったりと有名そうな(俺は知らないけど)絵画が多かった。壁際にはなんかよくわからない高そうな花柄の壺など様々なインテリアが置いてあった。

 魔王討伐へのスキルだけじゃなく、もっと芸術センスも磨いておくべきだったかな。


 また、扉から少し歩いた先には少し開けた広間があり、そこから右手にも左手にも道が続いているようだった。

 扉を開けて正面の開けた空間の真ん中には大きな女性の銅像が立っていた。剣を掲げ斜め上を見上げたその姿はまさに勇者といった姿だ。


 左右にぐるりと円を描き、二階へと伸びた階段がその像を囲っていた。

 階段を登ってすぐの二階部分は柵が敷かれており、二階からこちらを見渡せるつくりとなっていた。

 また天井からはシャンデリアのようなものが絢爛と降りていた。

この館を一言で表すとしたら「上品」だとか「高級」だとかそういった感じだ。

 と、ある程度室内の景色に意識を奪われたあと、あることに気づく。


 「あれ、というか管理人は?」


 俺が口にする前にノレナが疑問を溢す。

そう、この島に俺たちを招待した『管理人:ハグワ=オルチカ』の姿が見当たらない。というかこの人の姿をそもそも知らないんだけどな。

俺らは招かれてる者のはずだから、館に入ったら出迎えくらいは来てもおかしくないはずだ。それなのに管理人以外にも誰一人として俺たちを出迎えてくれる気配はない。


「んだよ、招待したんだったら出迎えるくらいしろや」

「しっ!エイダンくんダメですよ。出迎えていないだけで一応館の中に人はいるかもしれないので」


口が悪く、金髪を無造作に上へ持ち上げた、見た目も輩みたいなエイダンがまあまあ大きめな声で文句を垂れると、小柄でふわふわな髪を肩くらいの高さで切り揃えた少女、カサミラが人差し指を口元に持っていき、エイダンのボリュームを咎める。


「でも確かにあんだけ俺達をもてなすような雰囲気の手紙を書いてたのに、いざ入館して誰も出てこないなんておかしいよな」

と俺も一応疑問に思っていたことを口にする。


「何だろうな。管理人とやらは寝ているのか、それとも隠れているのか、はたまた別の事情があるのか。とにかく普通じゃないってのは間違いなさそうだな」

比較的小柄でキノコ頭でメガネをかけた、クルトも疑問を口にする。


 管理人というのがどういう人間か定かではないが、手紙の印象から右も左も分からない俺たちを放ったらかしにするような人ではない風に感じた。

 一旦ここに留まって様子をみるか……


「クルトもそう思うよな。しばらくここに留まって様子を窺ってみようとも思うんだが、みんなはどう思……」

「おお!なんだなんだ!?すごいなこの銅像は!」

「「バカ!」」


 俺がせっかくリーダーらしく警戒していたのにロキウのやつはスタスタ、いやドカドカと大股に歩いて、開けた空間の中央に位置する銅像を間近で見ていた。


管理人が居ないこの状況、本当ならもっと警戒するべきだと思うんだが……

結局みんなロキウを追いかけるように銅像の前へと集まる。

銅像を近くで見ると思ったより大きく、土台も含めたらおそらく三メートル以上はあるのではないかというくらい迫力満点だ。


一体この女性の銅像は誰なのだろうか。


「大勇者ヘレネの像か……」

と俺の思考に応えるかのように、土台に書いてあるネームプレートを見てクルトがそう呟く。

大勇者ヘレネか……

大勇者ヘレネといえば、勇者システム黎明期に、人類が希望を失いかけていた頃、一人で人類の領地を大量に取り戻したとかいう、確か赤髪ロングヘアの勇者だ。


 「これはすごいね。僕達はヘレネの姿を見たことが無いから、この像が本物の彼女の姿かはわからないけれど、もしこれが彼女だというならとても美しいね」

 女好きのサラサラ髪イケメンであるロサクも思わず像に見入ってしまっている。


 こいつ、銅像は流石に口説かないよな?

 ロサクの言う通り、勇者システム黎明期に存在したとされているヘレネの姿を当然ながら俺たちは実際に見たことはない。


 しかし、赤髪で髪が長いという特徴は知っているため、この銅像がヘレネだと言われてもしっくりくる。

 ヘレナの特徴であるとされている赤色の髪は銅像であるため、異なる色になってしまっているが、剣を高く掲げ、その反対方向に靡かせた髪とマントは躍動感満点で、まさに大勇者といった感じである。この銅像を制作した者の技量も推しはかることができる。


 今まで勇者システムを設立したとされる管理人の存在に懐疑的ではあったが、もしこの銅像が本当のヘレナと同じ姿をしているならば、俺たちを招待した者は本当に勇者システムを作った者であるのかもしれないと俺は思った。


 「綺麗……」

とミロも大勇者ヘレネの像を見上げて感動しているようだった。


ヘレネの像はまじまじと見ていると長時間目を奪われてしまうような魅力があった。


「ん?」


 すると、先ほど館の入り口で宝箱に気づいたように、またしてもロサクが何かに気づく。


 「紙……?」


 ロサクの視線を辿ると銅像の足元、つまり像の土台部分に一枚の白紙が置いてあった。

 先ほどまで全員ヘレナの姿に見惚れていたため、彼女の足元にある紙には気づくことができなかったようだ。

 見たところ紙には何も書いていないように見える。


 胸元くらいの高さまである土台に乗っかった紙をロサクがひょいと拾い上げる。


 「こっちの面には何か書いてあるみたいだね。ええと、『諸事情により少々外しております。大変申し訳ございません。明日には帰る予定です。館内のものは全てご自由に使っていただいて構いません。管理人より』だってさ」


 ロサクは紙の裏側に書いてあった文字を読み上げこちらに顔を向けてくる。


 「なるほどな、そういう事情があったのか。それなら島に着いた時も、館に着いた時も管理人の迎えがなかったことに説明がつくな」

 と俺は納得する。


 予定があったならもっと早く言ってくれればよかったんだが、いや、それも難しいか。

 まあ何にしろ、管理人は運悪く外しているだけで、何か企んでるとかそう言うわけではないらしい。


 「いやいや、何納得してんだよ。諸事情をそういう事情で片付けてんじゃねぇよ」

 とエイダンが俺を睨みつけ突っかかってくる。


 「だから何か予定があるから俺らのこと出迎えられなかったんだろ。それがわかっただけでも良いだろ」

 と俺もやや強めに返す。


 管理人には予定があった、だから俺らを出迎えることができなかった。充分だろう。


 「だからその諸事情が怪しいっつってんだよオレは。大体こんなちっぽけな島で一体なんの予定があるって言うんだよ。しかも明日まで。この館以外に建物はねェし、周りも雑草ばっかだ。一体この島のどこで何の用事があるってんだ?ああん?」


 ガラの悪さに若干苛つきながらも、確かにこれに関してはエイダンが正しいかもしれないなと俺は思う。管理人は諸事情と言ったが、この島に何か予定があるのだろうか。この島は言うほど大きくなく、エイダンの言う通り建物もこの館しかない。もし実際この島の何かに予定があったとしても俺らに気づいて軽く挨拶や、手紙を介さずに館を外すことを伝えることができたのではないだろうか。それとも本当に何か外せない用事があるのだろうか。いや、だとしても明日までこの館に戻ってこないことなんてあるのだろうか。

いや、もう一つの可能性もある。それは、


 「管理人は島の外にいる可能性があるってことか。でも、そうだったとして本土からこの島まで、そんなに時間はかからないぞ。心配しなくても管理人の言う通り、明日には帰ってくるだろ」


 管理人は諸事情がある、とのみ言っていたがそれが島の中だけとは限らない。島の外で何か外せない用事に取り組んでいるのかもしれない。それに実際管理人は明日には帰ってくると手紙を残している。島の外なら、帰ってくるのが明日だとしても何ら違和感はないように思える。


 「なるほど、エイダンくんの言いたいことがわかったよ」

 と先ほど管理人からの言伝を読みあげたロサクはエイダンの言いたいことがわかったらしい。


 「雨だね?さっき船で空を見上げていた時、西の方から雲が近づいてきているのが見えたんだ」

 雨、か。

 「そーいうこった。ツラだけじゃなく、そこのバカよりちゃんと事情がわかっていやがるな」

 「雨……?」

 とノレナやミロなどは首を傾げているが、俺はそれを聞いて、エイダンがなぜここまで管理人の言葉を訝しんでいるか納得がいった。


 「僕の予想だと、明日の朝にはすでにこの島には雨が降ってるんじゃないかな。それにおそらくだけど、今回の雨は長続きしそうだった」

 「そうなると、もし管理人が本土にいるんだとしたら、雨の影響で船を使ってこの島に明日に帰ってくることは不可能ってことか」


 まさかただの人間であるはずの管理人が大雨の中、荒れた海を渡ろうとしているわけもあるまい。


 「管理人さんはこのことを知っていたのかな」

 とロサクが疑問をぶつける。


 「さあな。雨が降ることに気づいていながら、この島を渡ったんだったら明日に帰ってくるなんて普通は言わないと思うぜ」

 「じゃあ管理人は雨が降ることに気づかずに、この島から用事のため本土へ出て行ってしまったってことか」

 「そうとも言えるな」

 「そうとも言えるし、気づいていながら敢えてそういう言い方をしたという可能性もあるってことだね」

 「それは一体何のために……」

と管理人の行動と読めない思考に館内には緊張が流れる。


 この手紙を文字通り受け止めれば、管理人は明日には帰ってこれる用事で現在は外しているということ。


 しかし、天気の都合を考えれば明日にこの島に帰ってくるのは不可能であるということ。(もし島内にいるなら雨が降っても帰ってこないことはほぼほぼありえない)

 管理人は天気の都合を知ってか知らずか明日には帰ってくると手紙に残した。

 館一つ、島一つを管理しているような人間なら、天気が悪くなりそうなことくらい事前にわかりそうでもあるが、実際のところ管理人が何を考えて外出をしたかはわからない。


 ただ一つ言えるのはこの島には現在、俺たちインヴィクタスのパーティメンバーしかいないと言うこと。それが一体何なのだと言われれば答えることは難しいが、奇妙な状況であることは間違いない。

 招いた者がおらず、招かれた者だけがいる状況……

 と思い詰めていると、


 「ちょっとお前たち、難しく考えすぎじゃないか?」


 とロキウが沈黙を破る。


「ロキウ、難しく考えすぎと言ったって、こんな状況なら難しく考えてしまっても仕方ないと僕は思うよ」

 ロサクの言う通り難しく考えても仕方ない、むしろ難しく考えるべき場面である。

「俺はバカだからよくわからんが、管理人さんとやらも丁寧に手紙まで残してくれている。管理人さんがなんか企んでんならわざわざ言わないだろ!どっちにしろ、今日は管理人さんは帰ってこないんだからお言葉通り好き勝手やらせてもらおうぜ!」

とロキウは握った拳を高らかに掲げる。


「まあ、確かにロキウの言う通りでもあるかもな」

確かにロキウの意見も一理ある。管理人が何か企んでるなら、ただひたすら黙ってるだけでいい。わざわざ手紙なんて残す必要はない。

「だろ、レオ!」

共感者が出てロキウは嬉しそうである。


「ああ。さっきから俺たちは難しく考えすぎているのかもしれない。そもそも本当にこれから雨が降るかわからないし、管理人さんもそれに気付けずに島を出てて、後で本土の方で困りだすかもしれない。疑われるうえに本土で大焦りしている管理人さんは流石に可哀想かもな。それに、俺らは今、どうすることもできない。管理人が怪しくとも、俺らが乗ってきた船が出て行った以上俺らが島から家に帰ることはできないし、この島に留まる以上この館に留まるしかないと思う」


 「ははは、そうだろそうだろ!こんな些細なことにいちいち反応してたら楽しめるものも楽しめん!好き勝手やるどー!!」


 とロキウと何人かは気持ちを切り替えて早速探検をしようとしている。


 すると俺の隣から

 「よかったのか?本当にこれで」

 とキノコ頭のクルトが尋ねてくる。


 「正直、よくわからない。管理人がいないこの状況が奇妙であるということは一切改善していないから、俺は引き続き警戒を緩めるつもりはない」

 「ああ、ボクもそれがいいと思う。正直ボクも玄関入るまでは割と楽観視していたんだが、管理人がいないのは流石に妙だ。何も起きないことを祈るよ」

 「そうだな、特にロキウの監視。頼んだぞ、ノレナ」

 「げっ…なんでアタシが」

 ノレナは心底嫌そうにしている。


 「だってお前ら付き合い長いんだろ?」

 「付き合いの長さだけで決めないでよ」

 「いいじゃないか、ノレナ。実際付き合いの長さだけじゃないだろ?」

 「アンタは黙ってなさい、チビ」

 「いでででっっ」

 「ったく……」

 クルトがなんのことを言っているかわからない俺は二人のやりとりをぼんやりと眺めているのだった。


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