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花めく為に散る、  作者: 苫田 そう
27/27

27. 花めく為に散る。

 「クルト、教えてくれ。お前がなんで、人を殺したのか」


 クルトは一度、口を開きかけ閉じる。


 そして一呼吸置いてから、また口を開き出した。


 「まず、ボクの今の本名は『船津丸 拓人』だ」


 「船津丸……卓人……」


 船津丸、珍しい苗字だ。


 これは本名を割り出そうとしても苦戦しそうな名前だ。


 「それで、ボクの以前までの名前が『川口 蓮』。ボクの父親の名前は『川口 春生』で、レオのいう通り、『勇者システム』の創設者であり、会社の社長だ」


 「以前までの……名前……?」


 以前までの名前とは一体どういうことだろうか。


 名前が変わったということなのだろうか。


 それに『レン』は俺と同じ名前だ。まあこれはよくいる名前だから被っただけだろう。


 「おかしいと思うだろ?」


 全員の困惑を見て感じ取ったクルトがそう云う。


 「ボクは一度間違って生まれ変わってるんだ」


 間違って生まれ変わってる?


 さっきからクルトは何を言ってるんだ。


 以前までの名前に、生まれ変わり。


 言っていることが無茶苦茶でイマイチ話が見えてこない。


 「わからない、よな」

 「すまん……全くわかんない……」


 俺は正直にそう応える。


 「いいよ、滅多にないことだろうしね。ボクの父親、川口春生はゲームが大好きな人間だったんだ。昔からゲーム一筋で、いつからか自分でゲームを開発してみたいと考え始めたらしい。それで、ゲーム開発の途中で母さんと出会ったんだ。父さんが死んだ時、ボクはまだ小学生だったから父さんと母さんの馴れ初めについては詳しく知らないんだけど、ボクの記憶では父さんと母さんの仲は良くなかった。母さんや母さんの両親は結婚の時に、『船津丸』という珍しい苗字を残したかったらしい。なんでも佐賀県かどっかの有名な漁師の家系で、父さんにも『船津丸』の名前で漁業を継いで欲しかったらしいんだ。だけど、父さんは自分の名前で、東京でゲーム制作をして発表したいという願望があったらしくて、結婚前に一度揉めたらしいんだ。結果として一旦その場は丸く治って、どうにか双方が和解して結婚することになったらしい。ボクとしてはそんなに揉めてるのによく結婚できたなって思ったけどね」


 クルトと初めて会った時、クルトのテンションは今よりもずっと低かった。


 それで、徐々に打ち解けていって後に知ることになったのは、俺と出会った時、クルトは数年前に父親が死亡したことをずっと悩んでいたということ。


 その時は、父親が亡くなっていて落ち込んでいたけど、俺たちとパーティを組んでバカやってるうちに乗り越えらえたと聞いた。


 父親の職業とか死因とかは聞かれたくないだろうから変に尋ねることはしなかった。


 ただ、父親が死亡している、それだけは知っていたが、その父親がまさか『勇者システム』創設者だったとは。


 「結婚してしばらくして、ボクが生まれた。ボクの名前に関することでも揉めたらしい。母さんはボクに卓越した才能を持つ子に育って欲しかったらしくて、『卓人』。父さんはボクに才能なんかなくてもいいから、とにかく蓮の花のように美しく咲いて欲しいという想いから『れん』という名前にしたかったらしい。蓮は極楽浄土をイメージさせるからこれから生まれるのに死後を想起させるのはよくないんじゃないかと母さんは反対したらしい。蓮って名前多いし、ただの母さんの思い込みだと思うけど。各々趣味趣向があるし、子供が一生背負っていく名前だから揉めるくらい話し合うのはいいことだと思う。それで、結局ボクは『川口 蓮』と云う名前で生まれることになったんだ」


 ここまではなんとなく想像できる。両親が名前で揉めるのもよくある話だろう。


 「けど、ボクが生まれてから最初は仲が良かったんだけど、教育方針とかで揉めて、一旦別居することに何ったんだ。それでボクは父さんに引き取られることになった。父さんはゲームが大好きで、仕事が忙しくて、ボクが家で一人の時もいろんなゲームをやらせてくれたから、ボクは寂しくなかった。一人でも父さんと繋がれている感覚がボクにはあった。しばらくして、父さんから一大プロジェクトがもうそろそろ完成しそうだということを聞いた。それが世界中を熱狂させた『勇者システム』だった。ボクは世界設定や難易度の高さの意図などを聞いて、子供ながらにとても興奮していたのを今でも覚えている。早く父さんの作るゲームをやりたいと思ってた。魔王討伐の難易度を高く設定し、オープンワールドでプレイヤーを飽きさせないようにいろんな資源やイベントを用意してたんだ。魔王を倒した後にはスペシャルなイベントが解禁される予定だった。それが現実のこの館でのイベントだった。夜な夜な一人が殺されていく館から脱出する、脱出ゲーム的なのをやろうとしたんだ。敵は魔王軍の残党で、ゲーム性はリアル人狼みたいな感じだったんだ。一人人間の格好をした魔王軍の残党が紛れていて夜な夜な鍵のない客室を襲う、他のプレイヤーはそいつを見つけて吊し上げるか、鍵を見つけて脱出するかをしたら勝ちだった。だからこの館にはあんな気味の悪い牢屋があるし、窓が極端に少ないし、内側からも鍵が必要だし、電子機器の持ち込みも禁止されていたんだ。でも、結局このイベントは打ち切られることとなった」


 なるほど、この館の奇妙な点にも納得がいく。


 元々はイベントで使用されるテーマパークのような役割を担うはずだったのか。


 それなら魔王が最後に放った言葉にも納得がいく。


 リアルイベントに繋ながるようなセリフにしていたのかも知れない。


 それに俺たちは実際に閉じ込められたんだから、脱出ゲームとして使うには抜群の館だろう。


 だが、それが一体どうして打ち切りになったのか。


 「ボクの父さんはゲームを発表する少し前に病気に罹ったんだ。父さんは余命宣告も受けて、長く持って三年から五年と医師に言われていた。父さんの中で、ゲームを発売してから魔王が倒されるまでに少なくとも十年はかかるように設定していたから、その時点で父さんはこのゲームのピークを見届けることができないことが確定した。父さんはひどく悔しがったよ。ボクも父さんっ子だったから一緒に悔しがったよ。なんでこんなに偉大な人が死ななきゃいけないんだって他にもっと死ぬべき人間はいるっていうのに。そう思ったよ」


 クルトは膝を強く握り締め、怨恨を込めた声色でそう言う。


 クルトにとって自分の父親は本当に大事な存在だったんだろう。


 大きな難題に立ち向かいながらも、息子との時間も大切にしていた。話を聞くだけでも人柄の良さが伺える。


 クルトは今、他に死ぬべき人間はいると言ったもしかするとそれが……


 いや、でも……当時クルトは小学生で……


 「クルト、他に死ぬべき人間ってのはもしかして……」


 「ボクは小学校の頃、ずっといじめられてたんだ。太っていて、チビで、メガネであんまり社交的じゃなかったから、かな。けどいじめられるようなことは何もしていないし、容姿で人をいじめていい理由なんてどこにもない。ボクはただ大人しくしていただけなのに、そいつらがボクをいじめ出したんだ。そいつらの名前は




 『鈴木 士郎』


 『黒田 輝久』


 『春原 紅奈』




 だ。


 まあ、本当はそれにあやかっていじめてくるやつは他にもいたんだけど、こいつらが主犯だったなボクを豚呼ばわりして廊下を歩き回らせたり、靴に画鋲を入れたり、ボクの顔でストラックアウトをやったり」 




 クルトは淡々とそう告げる。





 『スズキシロウ』




 『クロダテルヒサ』




 『スノハラクレナ』




 この名前を『勇者システム』のプレイヤー名に当てはめると、




 『ロキウ=シスズ』




 『ロサク=ヒテルダ』




 『ノレナ=クレハス』




 これは今回殺害された三人の名前と一致する。


 つまりクルトの動機はいじめられたことの恨みだったということか。

 クルトとあの三人に昔そういった関係があったとは全く気づかなかった。


 「だけど、ボクは大してこいつらを気に止めなかった。確かに辛かった。辛かったし、もう二度とあんな思いはしたくないと思った。だけど、ボクには支えがあったんだ。だからボクは耐えることができたんだ。ゲーム、父さんの存在、そして────ある女の子の存在だ」


 「ある、女の子……」


 「そうだ。その女の子の名前はあやねと云った。ボクとは別の小学校だったんだけど、家はそこそこ近くて、何度か近所の公園で顔を合わせたことがあったんだ。あやねとの出会いはボクがあいつらに顔にマーカーでいたずら書きをされた時だった。父さんには内緒にしたくて、近所の公園で顔を濯いでた時、あやねに声をかけられた。そこから、いじめのことを話したら、あやねは一緒に怒ってくれたんだ。ボクはそれが嬉しかった。それにあやねの方も家庭に問題があって二人で意気投合したよ。父さんにはいじめのことは話せないでいたから、初めていじめの件でボクの味方をしてくれる同い年の女の子が現れたんだ。そこからあやねとは定期的に公園で会うようになった。あやねの人格を一言で表すなら、ミロみたいなやつだった。真っ直ぐなやつだったんだ。ああ、でもミロよりは気が強かったかな」


 クルトは懐かしそうに微笑んでそう話す。


 ミロに似ている、かなんとなく想像がつくし、その人がクルトの心の支えになるのもわかる気がする。


 「だからボクは寂しくなかった。いじめられても公園に行けばあやねと会えたし、家に帰ればゲームがあった。休日になれば父さんともゲームができたしな。だからボクはあいつらのいじめがいつか終わることを信じて強く生きてたんだ。とはいえ、あいつらのことは当時も大嫌いだったし、本当に殺してやりたいと思ってた。それでも、少し反抗しようとすればさらにいじめはエスカレートするし、どうにもできなかった。ある日、公園であやねと遊んでいたら、仕事帰りの父さんに会ったんだ。父さんはすっごい嬉しそうだった。ボクがいじめられてるとまでは考えてなかったと思うけど、家にいても友達の話や学校の話は一切していなかったから、ボクが友達と遊んでるのを見つけて嬉しかったんだと思う。父さんはあやねのことを『ガールフレンドか?』とかいじってきたんだけど、ボクはそれが恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。それで、その時たまたま、奴らが見てたんだ。奴らは次の日学校で、散々ボクとあやねの関係をいじり倒したんだ。父さんにいじられるのとは訳が違った。愛も何もない、ただただボクを辱めたいだけ。だからボクは少しだけ反抗した。やめてくれって。そしたらあいつら一気に冷めた顔してあやねのことをいじるのをやめたんだ。ボクはまずいと思ったんだけど、その日は結局何もされなかった。問題は、いや、全てはその次の日から始まった。父さんは病気を患ってたって言っただろ?それが酷く進行していて、ゲームの発売や館の完成に間に合わないんじゃないかって言われてたんだ。だから館を作っていた現場の人たちやゲームを作っていた人たちは父さんに見せるために巻いたんだ。巻いて巻いて巻いて、未完成ではあるけど、なんとか館の外観と内観のはある程度完成させられたんだ。この館の外観にある塔と中にある部屋の数が合わないのはそれが原因だ。それでその日父さんはこの館を見に行く予定だったんだ。父さんはボクとあやねも誘ってくれた。それで父さんとボクたちは秘書さんに運転してもらって東京の竹芝まで行く予定だったんだ。だからまず竹芝に向かおうとしてたんだ。秘書さんが家に車で迎えに来てくれて、それでボクたちもそれに乗り込んだ。ほんの少しの距離を進んだ後、ボクたちが乗っていた車は大型トラックに追突された。それで、ボク以外全員が死んだ。ボクは当時は怪我がひどかったし、意識も失っていたけど、奇跡的に後遺症が残るようなものじゃなかったから、しばらくしたら完治して、今みたいに体が動くようになった。ボクは生き残ったから、わかってしまった。なぜ、その事故が起きたか。テレビのニュースでは親が子供を乗せてて、その子供のいたずらでなんて言っていた。そう、その子供の正体があいつらだ。トラックは基本二人乗りなのにあの時ボクが一瞬見た事故前最後の記憶では大人一人に加えて三人の子供が乗ってたんだ。実際には偶然か故意か分からなかったけど、ボクはあいつらなら故意にやりかねないと思った。だからボクはあいつらを酷く憎んだ。最愛の人を二人もあいつらに殺されたんだ。しかも父さんは自分が一生をかけて作っていたゲームも館も見届けることができなくて。どんなに悔しかっただろうか。だからボクは次にあいつらに会ったら絶対に殺してやる、そう思ったよ。だってそれが正しいことだと思ったから。けど結果的にそれ以来あいつらに会うことはなかった。それはボクが生まれ変わったからだ」


 ここで一旦クルトの言葉が途切れる。


 この部屋の空気はより一層重く、苦しいものになっていた。


 正直なところ、ロキウやロサク、それにノレナはいじめとは全く無縁な人間だと思っていた。少なくとも俺たちとは特に軋轢も生まれずに上手く関わっていた印象があった。クルトに対してもそうだ、昔いじめていたというような素振りは全く見当たらなかった。


 クルトは壮絶な過去を抱えていた。


 ずっといじめられてきて、辛かっただろうに、唯一の支えもいじめっ子に奪われてしまうとは。それにその当時のあいつらは子供だったから罪に問われることもなかっただろう。


 これが俺の立場だったらどうだろう。


 正気を保っていられるか分からない。


 クルトは再び口を開く。


 「父さんと母さんは離婚はしていなかったんだ。別居していただけで。だから、ボクは佐賀にある母さんの実家に引き取られることになった。母さんのことは嫌いではなかったし、生活をするのも不自由はなかった。ただ、父さんが死んだからこれ以上『川口』を名乗る必要がなくなって、『船津丸』になった。それで、名前も『蓮』から『拓人』に変えさせられたんだ。ボクはもう全てがどうでもいいと思ってたから、特に抵抗しないで、大人しく船津丸家に組み込まれていった。事故やいろんな影響もあってボクはどんどん痩せていった。事故前と事故後でボクは変わり果てたんだ。姓も名も見た目も。だからボクは『川口蓮』から『船津丸卓人』として生まれ変わったんだ。けど、名前や見た目が変わったからといって心は変わらなかった。ずっと暗いまま。小学校を卒業するくらいの頃かな、『勇者システム』が発売された。ボクは漁師の仕事の手伝いをする一方でずっと『勇者システム』に入り浸ってたよ。楽しかった。父さんがボクに見せたかったものはこれだったんだって。発売日から飽きることなくやってた。だからボクは強かった。館の方は島の所有権云々で揉めて結局船津丸家が所有することになった。だからボクには館への出入りが許可されていた。と言っても佐賀と東京は遠いから高校生になってから年に一度くらいの頻度で遊びに行っていた。それでレオたちと会って、ボクの心はだんだんと落ち着いていったんだ。あいつらのことは憎いけど、それよりもレオたちと父さんの作った『勇者システム』をやるのが楽しかった。あやねはどう思ってるかなとも思ったけど、きっとあいつは復讐なんか望んじゃいない。正しく生きて来世で豪遊するんだと昔から言ってたから、ボクはあやねの言う通り正しく生きた。あの時は本当に楽しかった。レオもミロもフレアも本当に良いやつで、心の底から楽しかったんだ。ただ、問題はその後に起きた。あいつらのパーティと合流することになったんだ。初めはボクは気づかなかった。ただ、パーティを組んでともに戦っているうちにあいつらの喋り方が昔自分をいじめていた奴と重なったんだ。ただそれでもまだ確信には至らなかった。確信したのは初めてのオフ会の日だ。去年だったなあれは。みんな遠くから集まって、初めて顔を合わせた。ボクやカサミラは社会人だったから落ち着いた格好だったけど、他のみんなは随分派手な格好だなと思った。ミロはアバター通り白髪だったし、フレアはその時ベージュとかだったか、とにかくみんな大学生だったから派手で垢抜けている感じがした。ただそれでも、あいつらの顔はすぐにわかった。髪を染めようが背が伸びようが、忘れるはずもなかった。家に帰って、名前を並びえてみたら昔ボクをいじめていた奴らの名前と見事に一致したよ。あっちはボクに気づくはずがなかった。だってボクは名前も変わって、見た目も変わっていたんだから。それは好都合だったし、ボクのことを覚えていないことに腹を立てることはなかった。ボクが一番むかついたのはあいつらが良い奴になってたってことだ。腹の底では何を考えてたかわかんないけど、表面上はボクみたいな陰キャにも優しく気さくに話しかけてくれる陽キャだった。ボクはとにかくそれにむかついた。どうしてそんな風に振る舞えるのか。過去に犯した罪を忘れたのか。お前らはもっとクズだったろ。クズはクズらしく生きとけよって。それで、ボクは思い出したんだ。あいつらが死ぬのは正しいことだって。だからボクはあいつらの殺害をすること決意した」


 「なるほど、な……」


 「敬意を込めて父さんの名前を借りてみんなを招待して、物を箱に入れさせて、館に入って後は空いてる時間に鍵を閉めて誰も出れなくする。ああ、鍵の位置についてみんな気づいてなかったと思うけど、鍵はキッチンにあった。キッチンには料理好きのカサミラですらみたことのないような調理器具があっただろ。あの中に忍ばせて置いた。ちょっと変な形してて、あそこに入れとけばまずバレないと思った。レオが初日にキッチンの引き出しを開けてじっと見つめてた時はちょっと焦ったけど。で、後はほとんどレオの言った通りだ。ただ違うとすれば、ボクは不意打ちで殺したわけじゃない。不意打ちでまず、動けなくした。ドラマやアニメだと、殺されかけた時、悲鳴をあげるが、実際はそうもいかない。怖くて声が出ないんだ。出たとしても、『ア、ウ』とかそんな情けない声だけだ。だから動けなくした後、声の出ないアイツらに言ったんだ、ボクの正体を。そしたらアイツら心底驚いた表情をしてたな。で、何か最後にボクに言うべきことはあるか聞いたけど、特に何も返ってこなかったからトドメを刺した。ロキウだけは俺に気づいた様子すらなかった。それもむかついたけど、落下の偽造工作のために骨を何本か曲げたら、少しスッキリした。残りの二人をやるときはなんの感情も湧かなかった。ロキウの事件であんな回りくどいことをしたのもレオの言った通り、混乱させたかったんだ。そしたら見事にハマった。鍵の件で持ち物チェックが始まるかとも思ったけど、そんな簡単に見つかるわけないと思ったのか誰も言い出さなかったからよかった。まあ言い出したとしても、策は考えてあった。ロサクのダイイングメッセージには気づいてた。気づいていたけど、ボクは最初、『ミロ』だと思ったんだ。だからよくわかんないけど、犯人像がずれるならいいやと思って放置した。『川口』は昔の名前で最近は使ってなかったから気づけなかった。それに気づいた時はもうみんなに見られていたから、バレないことを祈るしかなかった。まあバレたとしても大した障害にはならないと思った。ノレナの指差しは知らない。殺害した後にスマホをみたら、ミロが動き出してたからもしかしたらこの部屋に来るかもしれないと思って、急いで部屋を出てたんだ。で、血のついた手袋や服は小窓から投げ捨てて着替えて、ミロのところへ駆けつけた。で、レオとミロに最後はしてやられた。ミロの動きは一つも見逃しちゃいけない、そう思ったんだ。結果的にはレオも見ておくべきだったんだけどな」

 

 「ボクは途中、全員殺すつもりだった。この場にいる全員、自分も含めて」


 クルトの言葉に一瞬全員が構える。


 「大丈夫、自爆とかそういうのはしない」


 その言葉に緊張が解ける。


 「ボクはロキウを殺してロサクを殺してノレナを殺して、それでほとんど何も感じなかったんだ。ロキウを殺すときは最初だから少し緊張したけど、それ以降は何も。殺人とはこんなものなのかと。だから、後の全員も殺してしまおうと。ミロが捕まって動きにくくなったっていうのもあるけど、やりようはいくらでもあった。だけど、できなかったんだ」


 クルトの膝を握る手はかすかに震えていた。


 「ボクはお前らを殺すことがとんでもなく怖かった。考えるだけでも、震えが止まらなかったんだ」


 「クルト……」


 「それはお前らがいい奴だったからだ。レオやミロやフレアはこれまで長いこと旅を共にしてきて、そりゃ多少ムカつくことはあったけどさ、それでもそれをかき消すくらいいい奴で、一緒にいて楽しかった。カサミラは言わずもがな、丁寧で物腰の低い奴だなと思った。エイダンは口は悪いし、まあ性格も悪いけど、それでも魔王討伐のために誰よりも必死になってた。父さんの作ったゲームをこんなに愛してくれる奴がいるなんてボクは嬉しかった。だから、殺せなかった。とはいえお前らを巻き込んだのも巻き込もうとしたのもボクだ。すまなかった」


 クルトは複雑な思いを抱えた様子で頭を下げた。


 複雑な思いはクルトだけでなくこの場にいる全員が抱えていた。


 一緒に歩いてきた、仲間。その仲間を殺した仲間。


 すまなかったの一言で許せるわけはない。


 ただ、クルトの歩んできた道がどんなものだったか聞いてしまったから、何も言えずにいた。


 クルトは頭を上げて、また話し始める。


 「レオには感謝している。レオがこのままボクを見つけてくれなかったらボクは間違ったまま死ぬことになっていた。ボクは正しいまま死にたかったのに、オマエらに、一緒に過ごしてきた仲間に自分が殺人犯だとバレるのが怖かったからなんだろうな。だから、ありがとう」


 クルトは再び頭を下げる。


 俺はそれに何も返せずにいた。


 「ボクは今回自分が起こした事件は間違っていなかったと思ってる」


 クルトはそう、強く云う。


 「殺人事件を起こした犯人の懲役が数十年、早くて十数年程度であることがネットニュースで知らされるとネット民たちは『こんな奴を数十年で出しちゃいけない』『人を殺したんだから死刑にすべき』『同じ痛みを味合わせるんだ』とかそういった過激なリプライを飛ばす。これについてボクはその通りだと、思うよ。人を殺しておいて、のうのうとこの世界に戻ってくるのは甘すぎると。だから、現代の風習に則れば、あやねや父さんを殺したあの三人を殺すことは正しいことなんだよ。みんなはどう思う」


 クルトは俺たちをぐるりと見回す。


 「現代のこういった叩きたがりな流れは正しいとは、言えません」


 全員が言葉を探している中、カサミラが発言する。


 「じゃあ、あいつらみたいに人を殺しても数十年で刑務所から出てきてもいいのか?」


 「そういうわけでもありません、人を殺した者はそれ相応の報いを受けるべきだとは考えています、ただ……なんと言うか……」


 カサミラは自分でも何を言いたいかわからなくなってきているようだ。


 これは現代において非常に難しい問題だと俺は思う。


 今クルトは極端な話をしているが、例えば架空ではあるが、人間と魔族。これほど正義と悪が分かり易く提示されている立場はないだろう。人間が魔族を殺せば、賞賛される。


ただ、魔族が人間を殺せば、人間は敵討だと言って魔族を殺しまくる。人間からすると、魔族は人間を殺すから魔族は悪だとする。ただそれが通るなら、魔族からすれば、人間は魔族を殺すから人間は悪であるということになる。



 みんなこの現実世界で、きっとみんなは自分の中の正義を信じて生きている。



 だから自分とは違う正しさに触れると、悪にしたくなる。



 誰しも本当は、けっこうクズで、けっこう優しい。



 正義も悪も、どちらも持ってる。



 それを理解できる人がほんの少しでも増えれば、世界はきっともっと優しくなる。



 だからと言って、人殺しが許されるかというとそういうわけではない。


 あいつら三人は確かに人殺しかもしれない。だから到底許されるべきではない。どうなるのが正解だと思うか。クルトのようにあいつらを殺すのが正解だったのだろうか。


 今はアニメやドラマ、小説ではなく、現実で、自分に近しい存在が、の話だ。


 今度はエイダンが口を開く。


 「人を殺した奴は殺されるべきだが、それに群がって正義を振り翳したいだけのやつもオレは気に食わねぇなあ。言う必要もねぇことをペラペラと喋って自分は正義気取り、吐き気がするぜ」


 それに対し、フレアが手を上げる。


 「私は、人を殺したらそれ相応の罰を受けるべきだと思ってるけど、犯人の辛い過去とか知っちゃったら意見が変わっちゃうかも……。今までずっとDV受けてて、とかだったらしょうがなくない?それだったら被害者は加害者で、加害者は被害者なんだし。で自分の意見をリプ欄で言うのも別に悪いことだとは思えないなー。だってそうやってみんなが声を上げることで、色々変わってくことってあるじゃん?」


 「あ?承認欲求が強えだけだろうが」


 「いいや、違いますー」


 「と、こんな感じに。いつまで経っても論争が終わらないことがある」


 クルト二人の喧嘩を遮って話し始める。


 「ボクが思う最も適切な回答は自分の正義を信じること、だ。ボクは、人を殺した人は死ぬべきだと思う。だから、ロキウやロサク、ノレナなんかも死んで当然だと思ったし今も思ってる。だって父さんやあやねを殺したんだからな。あいつらは当然の報いを受けたんだ。そうだろ?人を殺しておいてのうのうと生きてるなんてむしが良すぎる」


 ロキウ、ロサク、ノレナが人殺しであるということを誰も否定できない。


 三人はいじめという残虐非道なことをし、大型トラックでクルトたちに突っ込んだ。


 子供だから、で済ませられるようなことじゃない。


 だから凶悪犯が死刑になるべきだというのと同じで、あいつらは死んで当然だと、クルトは思っている。


 「殺人犯を殺害するということは社会規範に則るなら正しい行いってことだ。そしてボクは正しいことしたということだ。もし、ボクと同じ考えを持っている人がいるのなら、ボクの行いを肯定するだろう。ただお前らを巻き込んだ、巻き込もうとした。それは正しくないとわかってる。でも、今ならボクはまだ大丈夫だと思う。ボクはまだ、正しい」


 クルトの発言に少し違和感を感じる。


 クルトは一体何を考えているのか?


 人を殺したあの三人が死ぬべきだというクルトの一貫した発言は分かった。


 「ボクは生まれ変わりたかったんだ。ボクはいじめられて生きてきて、最愛の人たちを失ってどん底まで落ちた。それでも真面目に生きた。だって、人を殺したやつはそれ相応の罰を受けるべきだってみんな言ってるだろ?だから、ボクは正しいってことになる」


 クルトの狂気じみた発言を誰も止められずにいた。


 だってそれを否定する材料を誰も持ち合わせていなかったから。


 俺だって『人殺しは良くない』と言いたかった。


 でも、そんなぼんやりとした正義感で、今のクルトの発言に勝てるとは思えなかった。


 ただただ、黙って聞くしかなかった。


「ボクは生まれ変わったらとんでもないくらいイケメンになって綺麗な青春を過ごすことができるんじゃないかなぁ。一回生まれ変わりに失敗してるわけだし。来世でいい思いをするために、ボクは正しいまま死にたい。でも、人を殺したやつは死ぬべき、これに則るならボクは矛盾している。ボクは今間違っているのかもしれない。一つ大きな間違ったことをしていちゃ、来世で輝けない。ああ、あやね、今の俺を見て君はどう思うだろうか。正しいことをしたって、よくやったって一緒に笑ってくれるかな。生まれ変わっても二人で、世界が傾く中、あの公園で、また明日って言いたいなぁ。だから、俺は正しく死ぬために?……いや、違うな…なんて言うんだろうな……そうだな……あ、ここで……」



 クルトはポケットからナイフを取り出す。



 それが正しい、正しくないを決めるより先に体が動いた。



 クルトは自殺をする気だ、すぐにわかった。



 止めなければならない。ただ、おそらくもう間に合わない。



 ナイフの刃はすでにクルトの喉元に触れている。



 ここは異世界でもアニメの世界でもない、正真正銘、現実だ。



 今からじゃもう、クルトの手を止められない。



 クルトは最後に笑顔を見せて、こう言い遺した。










 「花めく為に散る。」





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