20. 他者の考え
結局ミロのことで全く眠ることができず、気づけば朝になっていた。
ずっと頭の中でミロのことを考えていた。
ミロを思うたびに自分の情けなさに打ちひしがれる。
ミロは優しいから自分が牢屋に入れば全てが丸く収まると思っていたのだろうか。
ただ、もしこのまま俺がミロ以外に犯人候補を見つけられなかった場合ミロは……
ダメだ、そんなのは絶対にダメだ 俺が、俺が見つけなくちゃいけないんだ。
ロキウやロサク、ノレナ、ミロをこんな目に合わせてる奴を絶対に許してはいけない。
なんとしても突き止めてやる。俺が絶望することはきっと許されない。
地下の牢屋は俺以外のエイダン、クルト、フレア、カサミラの四人で交代交代で監視することになっていた。
俺は近づくことすら許されていない状況だ。
ミロが今どんな精神状態でいるかはわからない。考えるだけでも辛い、辛いけど、俺がミロに近づけない分、犯人特定に時間を割くことができる。
今はただ、ミロを信じて犯人の特定を急がなければ……
犯人の手掛かりを掴んでいって、もし犯人がミロになってしまったら俺は……
いや、そんなことはない。きっと。
とにかく今は足を動かさなければ。
「よし……」
重く鈍い足を動かし、まずは一つ目の事件があった塔へ向かう。
塔に行く途中の広間にある銅像の位置がずれていて地下室の扉は開かれていた。おそらく牢屋の前では今も誰かがミロの監視をしているのだろう。
俺は地下室に駆け込みたい気持ちを抑えて、塔へ向かう。
二日目振りに塔に入ると、前と同じ光景が広がっていた。
ロキウはもうおらず、誰も掃除をしなかった血がカーペットのように石畳の床を覆っていた。
俺は床などに何かヒントがないか隈なく目を向ける。
前と同様、特にこれといったヒントは見つからず、俺は塔の上へ登ることにする。
階段を登って行く途中も階段、手すり、壁とさまざまなところを観察したが手掛かりになりそうなものは一切なかった。
塔を登ってちょっとしたスペースがあるところも隈なく探す。
手すり、床、小窓、壁、こちらも全て一日目と変わっていないように思えた。
手すりから顔を少し出して、下を見る。中央に真っ赤な池が見えた。
今いるスペースは塔の円のうち半円くらいのスペースであるため、もしここから力無く落ちたら、ちょうど塔の下の中央、今血溜まりができているところあたりに落下するだろう。
そういった意味でも特に違和感はない。
俺たちが見えていない問題は、どう落としたか、だ。
しばらく塔の下を見ていると、一つの小さな影が塔に入ってくるのが見える。
その小柄でふわふわな見た目からカサミラであることがわかる。
一体何をしに来たんだろうか?
俺は乗り出していた頭を引っ込めて息を潜める。
カサミラだって犯人候補の一人だ。もしかしたら何か掴めるかもしれない。
犯人は現場に帰ってくるなんて言葉も聞いたことがあるし、バレないように観察しよう。
カサミラはしばらく、塔の下を見た後、階段を登ってこっちに上がってくる。
先ほどの俺と同じようにカサミラは階段も隅々まで観察して登ってくる。
コツコツと塔内に響く足音がこちらへと近づいてくる。
俺は迷っていた。カサミラは味方なのかどうか。顔を合わせたらどうするべきなのか。
いや、考えても意味ないな。
階段は一つしかないし、どうせ逃げも隠れもできない。
次第に近づいてくる足音に身構えていると、
「あれ、レオさん」
俺に気付いたカサミラが進むスピードを早めてこちらへ向かってくる。
そしてついに同じ床に立つ。
「レオさん、こんなところで何してるですか?」
「犯人を捕まえるために何か証拠はないか捜査をしてたんだ。カサミラは?」
俺は特に嘘をつくこともなく、正直にそう答える。
相手に考える隙を与えないようにすぐに質問も返す。
「実は私も同じなんです」
カサミラは特に焦った様子もなく、普通に応える。
「カサミラはエイダン側についたんじゃなかったのか?」
「ええと、あの場ではそうだったんですけど、どうしてもミロさんが犯人だとは思えなくて、私も私なりに調べてみようかなと……あ、エイダンくんには内緒ですよ」
なるほど……
あの場ではエイダンの言う通りミロを閉じ込める方に賛同したが、心の内では別に思い描いている犯人がいて、今内緒で捜査をしているということか。
「大丈夫だ、言うつもりはない。それより、何か手掛かりになりそうなものはあったか?」
「それが、まだ何も……そちらは?」
「俺も全くだ。本当に見当もつかない。今ロキウの件を調べ終わってこれからロサクとノレナについて調べようと思っていたんだが、一緒に考えを共有しておかないか?」
こちらとしてはエイダン側にいるカサミラがこっちに付いてくれたらとても助かる。
「良いですね。一人より二人のが視野が広がります。あ、でもレオさんと一緒にいることはエイダンくんたちには内緒ですよ」
「ああ、わかってるわかってる。ここじゃあれだし、移動するか」
「そうですね」
二人で塔を降りて、俺の部屋で会議を進めることになった。
昨日は味方がゼロかと思って心細かったが、今はカサミラがいてくれるから少しだけ心強い。
「ええと、それじゃあ今の私の考えを言っても良いですか?」
「もちろん」
カサミラは律儀に床に正座をしながら自分の意見を述べる。
「私はまず、私たちの中に犯人がいるとは思えません。その根拠は第一の殺人にあります。まず、私たちが全員揃っているときにロキウさんが塔から落とされました」
「そうだな」
これは揺るがない事実として存在している。
どういう方法を使ったかはわからないが、ロキウはとにかく死後塔の上へ運ばれて塔の上から落とされている。
そしてその瞬間、俺らパーティメンバーは全員ダイニングにいて、誰も怪しい動きはしていなかった。
「みなさんはアリバイ作りのために私たちのうちの誰かがロキウさんがあのタイミングで塔から落ちるようにしたなどおっしゃってますが、私はそうは思いません。どう考えても不可能だからです。だから、私たち以外の誰か、つまり管理人さんがあの時ロキウさんを塔から突き落としたのだと思います。」
「でもそれじゃあ普通すぎるっていうか、犯人が管理人一人に絞られちゃうだろ?」
「でも、現在犯人は一人に絞られていませんよね?犯人がどんな単純な手口を使おうと、その手口が単純過ぎれば過ぎるほど、皆さんは深読みをします。そしてその深読みは止まることを知らずにどんどん拡大していって捜査をより複雑にします。それこそが犯人、管理人さんの狙いです」
カサミラの意見に俺はハッとする。確かにそうだ。
例えば邪悪で凶悪な魔族が蔓延る大地で、なんの変哲もない、ただの子鹿がいたら逆に深読みをして警戒してしまう。
こいつは囮なのか?魔族の誰かが姿を変えているのか?と
このように、簡単で単純なものを前にすると、逆に様々な考えが浮かんでしまう。
まさに俺たちは今その状況にあるのかもしれない。
「確かに塔から落ちた件はそれで納得がいくけど、どうやって塔の上まであの巨体を運んだんだ?それに管理人はいるとしたら今どこにいるんだ?」
「塔の上まで血もつけずに運んだトリックは私には分かりませんでした。なので先ほども足を運んで調べてました。それでも全く手掛かりはありませんでしたが……」
カサミラは少し残念そうにする。
「それと、管理人さんがいる場所は私たちはきっと見つけられません」
「それはどうしてだ?」
「管理人さんは玄関の鍵を持っているはずだからです。管理人さんが鍵を持っているなら、殺害をした後、私たちが寝ている隙に館の外に出るんです。だとしたら今この館を探し回っても見つけることはできません」
「でも、外はずっと大雨だぞ。そんな中、外に出るとは思えない」
「それは大した問題ではありません。大雨の中、外にいることは危険ではありますが、それでも死ぬわけじゃありません」
「まあ、それは確かに」
カサミラのいうことはどんどん説得力を増していく。
確かに大雨でこの島を出ることは死にに行くも同然だが、館を出ることくらいはできる。ずぶ濡れになるだろうし、視界も足元も悪いだろうが、死にはしない。
「後は隠し部屋とかですかね。もしかしたら管理人さんだけが知る、隠された部屋があるかもしれません」
「隠し部屋、か」
魔王城にもそんなのがあった気がする。どうみても壁なのに、魔族が出てきたり、合言葉を言うと扉が出てきたり。結局いつも壁をぶっ壊してたな。
でも魔王城の隠し部屋は明らかに魔法加工をしたもので、俺らがそれ真似しようとしても無理なことだ。
せいぜい作れても隠し部屋を完全に隠し切ることができない部屋だろう。
「それゆえに私は管理人さんが犯人だと考えています」
「なるほど……じゃあ武器を見つけさせるような真似をしたのは?」
「挑発のようなものではないでしょうか」
「挑発、か」
だとしたら随分と舐めた真似をしてくれたもんだ。
「じゃあ、ロサクとノレナの殺害についてはどう思う?」
「以前も述べましたがロサクさんのダイイングメッセージは私たちを混乱させるために管理人さん自ら書いたものだと思います。ロサクさんがノレナさんの部屋から出た後、私が起きるまでの短時間で殺害したのは外から窓を覗いていた、とかではないでしょうか」
「外から?」
「はい、私たちのいる客室は二階ですよね。二階は大した高さではありません。だから外から小窓を見ればある程度中の状況が見ることができると思うんです。実際に外から小窓を見たわけではないので本当に見えるかはわかりませんが」
「なるほどなぁ」
それなら説明がつくと言えばつくが、窓はかなり小さいし実際は難しそうだ。
「ノレナさんの場合はしっかり状況は把握できていませんが、玄関から見た時、遠目ですが特に不審な点はなかったように思えたので、管理人さんはノレナさんを殺害して部屋を後にして、その後にミロさんがノレナさんを目撃したのだと思われます。問題はなぜミロさんがあの時あそこにいたかですが、それはイマイチわかりません」
そうか、そういえばノレナの死体をじっくり見たのは俺だけだった。
そしてその俺が誰にも情報提供をしてないのだから詳しく知らないのも無理はない。
「カサミラ、実はノレナの死にも少し謎があったんだ」
「どんな謎でしょうか?」
「まず、ノレナがいるところまでの小廊下に椅子だったり小さい棚だったりが転がっていたんだ」
「そうだったんですんね。奥にいるノレナさんばかり見ていて、手前はしっかり見れていませんでした。一体なぜそんなことになっていたのでしょうか」
「それについては考えがある。俺たちのいる客室には物騒なことに鍵がないだろ?だからノレナは鍵代わりに扉の前に家具でバリケードを張っていたんだと思う」
「なるほど、バリケードですか……」
「おそらくそれを突破されたか何かで小廊下に家具が落ちていたんだ」
「なるほど、私もレオさんの言う通りだと思います」
「もう一つはノレナの指だ。指がこんな感じにダイイングメッセージを遺そうとするような形になっていたんだ」
俺は右手で人差し指を突き出す形を作って見せる。
「ノレナさんも、ロサクさんのように何かを書き遺そうとしたのでしょうか……それで途中で力尽きてしまったとか……それとも管理人さんが何かしたのでしょうか……」
「俺も最初はそう思ったんだけど、指先に何か書きかけの文字もなかったんだよ」
「文字を何か書く前に力尽きてしまったのでしょうか……」
「それもあるんだけど、何かを指で指してるようにも見えたんだ」
「何かを指で指す、ですか……」
「これだ、みたいな感じに……」
カサミラはうーんと首を傾げる。
「何かを『見ろ』ってことだったんでしょうか……」
「『ミロ』……?」
俺が思わずその言葉に反応してしまい俺とカサミラの間に少し気まずい空気が流れる。
「あ、違います違います!何か指の指し示す先に証拠または犯人の特定に至るものがあったんではないでしょうかってことです!」
カサミラが早口で弁明をする。
「なるほどな……」
「そうです!何か思い当たる節はありますか?」
「ノレナの指は左斜め前を指していて、左斜め前はベッドしかなかった。ベッドの下には何もなかった。それと、左斜め前の上には絵画が掛けてあったかな」
「あ、それ私の部屋にもありました。ベッドの足元の壁にありますよね」
「そう、俺の部屋にもあった。し、それと同じ絵だった。親子が山で流れ出す川を眺めている絵だ」
「私の部屋も同じものでした。何か意味があるんでしょうか……」
二人して腕を組んでうーんと唸ってみるが何も思いつかない。
まさか絵は関係なくて本当に『見ろ』で『ミロ』ってことじゃないだろうな……
いやそんなまさか……だとしたらノレナ殺害の動機もメッセージも全てミロと合致してしまう……ミロはノレナ死亡前に揉めて、第一発見者で、ダイイングメッセージにも記されていて……でもそんな単純に結びついてしまうのは逆におかしいだろう……
いや、単純だからこそ罠である可能性があるとカサミラもさっき言っていたはずだ……
俺はやっぱり、どうしてもミロが犯人であると思いたくないようだ。
全体を俯瞰して見なければ誰が犯人かという難題は解決しないことはわかっている。
しかし、どうしても心が邪魔をする。
論理的に、客観的に、合理的に物事を見れない。
俺の心からミロを隠すことができない。
ミロを犯人だと思いたくないから捜査から除外しようとする自分と、ミロも犯人候補に入れるべきだという自分が対立している。
その二つを行ったり来たりで肝心なとこは何も進まない。
俺は今ミロを牢屋から出そうとするために犯人探しをしているが、その犯人探しの行き着く先がミロだったら俺はどうすればいいのだろう。
だから、目を背けてしまう。
そしてそんな弱い自分に嫌気がさす。
俺はこのパーティのリーダーだから、本当は全員を平等に見なければいけないのに。
どうしてもミロだけを贔屓してしまう。
何度も何度も同じことを繰り返し考えている。本当にどうしようもない男だ。
「レオさんは、誰が犯人だと考えているんですか?」
と俺の心情を知ってか知らずかカサミラがそんなことを尋ねてくる。
俺の中の今の犯人候補、か。
「正直なところ、これといった人物を頭に浮かべられていないんだ……」
「そう、ですか……」
「みんなやエイダンが考えるとおり、客観的に見ればミロが一番怪しいのはわかってるつもりだ。でも、どうしてもミロが犯人だと思えない、いや、思いたくないんだ。でも俺は今ミロ以外を犯人候補にあげようと考えてこうやって捜査してるんだけど、それもミロに対するただの贔屓で、そこに正しさなんて全くないんじゃないかと思ってて、正直なところ、どうすればいいかよくわからないんだ……」
俺は正直に気持ちを吐露する。
もう、頭がゴチャゴチャなんだ。
とりあえずミロを救うために捜査をしているものの、もし辿り着いた先がミロだったら耐えられないし、怖い。
だからといってミロを贔屓するような真似はしてはいけない。
けど、俺はミロを牢屋から出すという動機で今動いてる。
なのに犯人はミロだという可能性も視野に入れなければいけなくて、でもそうすることを心が拒否していて。
ミロを想う自分と客観的に物事を見なければいけないと考える自分が頭の中で延々と渦を巻いている。
「ミロさんを犯人候補に入れなくても、良いんじゃないでしょうか?」
犯人は誰だと考えているか、という問いに対して曖昧な返答をしてしまった俺に、カサミラはそう語りかける。
「ミロを犯人候補に入れなくてもいい……?」
いや、そんなのダメに決まっている。もうすでに三人が殺されているんだ。
その犯人は絶対に罪を償うべきだ。たとえ捜査の行き着く果てがミロであってもそれは同じことだ。
でも俺はミロを犯人候補に入れたくない気持ちがある。
だからこそそんな弱い自分に嫌気がさしている。
「はい。無理に犯人候補に入れる必要はないと思います」
「それはなんでだ……?」
カサミラの考えていることがイマイチわからない……
「それはレオさんがミロさんのことを大好きだからです」
「俺がミロのことを好きだから……?」
確かに俺はミロのことが好きだから犯人候補から外そうとしてしまっている。
でもそれは正しい理由ではないとわかっているし、エイダンからも指摘されていた。
だから俺は悩んでいるんだ。
自分のことだけを考えてミロだけを守る選択をするのはただのわがままで贔屓だ。
「はい。えーと、ちょっと話が戻るんですけれど、私はロキウさんの事件の時から一貫して犯人は私たちの中にいないと主張していますよね?」
「ああ、してるな」
でもそれは、さっきカサミラが説明してくれた通り、明確な理論の上に成り立っている考えだ。カサミラの管理人犯人説は俺も納得してしまうほどよくできていた。
俺みたいに感情優先で行き着いた答えではない。
「さっきはきちんと理論立てて説明させて頂いたんですが、実はこの考えを思いつくに至ったのは私たちパーティーメンバーの中に犯人がいると思いたくないという感情からなんです」
「俺たちの中に犯人がいると思いたくない……?」
「はい、そうです」
俺がミロを犯人だと思いたくないように、カサミラも俺たちパーティーメンバーを犯人だと思いたくなかったということだろうか……
「だって一緒に冒険してきた仲間に殺人鬼が潜んでいるなんて思いたくないじゃないですか」
カサミラは平然とそんなことを言う。
「まあ、それはそうだけど……でもそんな───」
「───自分勝手、ですよね」
俺が言おうとした言葉を見透かしたようにカサミラが云う。
「自分勝手だと、自分でもわかっています。でも、それがなんだって言うんですか」
カサミラはやや強く問いかけるように俺に云い、俺は少したじろぐ。
「でも……でも、もし犯人が俺たちの中にいたら?自分が的外れな考えをしていなければ救えた人もいたかも知れないんだぞ」
「それはわかっています。私たちはパーティメンバーでここに来ていて、一人ではありません。だから私は他人の意見もしっかり聞きます」
「……?」
カサミラの意図していることがよくわからない。
一体どう云うことなんだ。
「自分の中の考えを一つに絞る必要なんてありませんから」
「自分の考えを一つに絞る必要がない……?でも、カサミラは俺たちの中に犯人がいない、という明確な一本の自分の考えを持ってるんだよな……?」
「はい、そうです。私の『自分の考え』は犯人は管理人さんであるという考えです。しかし、『自分の中の考え』はいくつもあります。エイダンくんが言っていたミロさんを疑うに値する考えも私は完全に否定するわけではありません。他者の考えを聞いてしまった以上その考えは私の中に保管されます。それは『自分の考え』に影響を及ぼす、また『自分の考え』から影響を受けるものではありますが、あくまで『自分の中の考え』です。『自分の考え』は主に、私の感情や願望や思考を元に作られています。『自分の中の考え』は私が見聞きしてきた考え全てが保管されています。だから私は『自分の考え』を信じて、犯人を管理人さんだと考えていますが、『自分の中の考え』ではミロさんを犯人だと思う考えなど様々なものがあります。しかし今はまだ、ミロさんを犯人だと断定できるような証拠はないと考えています。だから『自分の考え』には反映されていません。しかし、『自分の中の考え』ではミロさんを牢屋に閉じ込める方が安全だという考えがあります。それについては『自分の考え』に少し反しますが、そうするべきだと思いましだ。ミロさんにはとても申し訳ないですが……。私は『自分の考え』を信じているので、犯人が管理人さんであると断定できるような証拠を探したり、理論を構築しています。その過程で、ミロさんが犯人である決定的な証拠が見つかってしまえば、それは『自分の考え』が間違っていたことを認め、『自分の考え』をミロさんが犯人であるという風に改めます」
「なる、ほど……」
ちょっと難しいが、なんとなくわかったような気がする。
つまり、カサミラは自分の中に一本の筋を通して犯人探しをしているということ。
その過程で自分の考えとは違った意見や証拠が見つかっても、それを否定したり無視をしないで、自分の中に保管する。
他者の考えが正しいと思った時には採用するし、『自分の考え』にくくりつける。
決定的な事実が出るまでは自分の信じたものを曲げずに、思考し続ける。
ただ、それは他者を否定することではない。
他者を否定も肯定もしない。自分の中で二者択一を迫る必要はないということ。
なんともハイブリッドな思考だ。
「きっとレオさんの『自分の考え』はミロさんを犯人だと考えていないんです。それでも、エイダンくんの意見などが『自分の中の考え』としてレオさんの考えを囲います。だからレオさんは悩んでるのだと思います。どちらかを選ばなけれないけない、と。でもわざわざそうする必要はないと私は思います。中途半端だと言われても、間違っていると言われても、確固たる事実がなければ本人にとってそれは間違っているとは言えませんし、自分の中に一つの信念を通していれば、それは中途半端でもありません。なので、レオさんはミロさんを信じてもいいと私は思います」
「それでももし、揺るがぬ証拠が出て、ミロが犯人だという事実が出たら……?」
「その時はまず、ミロさんの話を聞いてあげてください。もしミロさんが犯人だとわかってしまったらレオさん以外の皆さんはミロさんの話に耳は傾けないと思うので。殺人は肯定されるべきではありませんが、話くらいは聞くべきです。自分の人生でもっとも大切なものを守ってあげられるのは自分だけなんです。守るということは手放しに肯定することでも、賞賛することでもありません。守る、というのは寄り添うということなんです」
カサミラの語る哲学的な思考は妙に俺の心を打った。
今、ミロを犯人だと疑いたくない気持ちと、ミロ犯人候補として疑うべきであるという考えが自分の中で対立していた。
俺がしたいのはミロを守ることで、俺がするべきなのはミロも含め全員を疑うこと。
この二つを無理に対立させて悩む必要はない。
並立させて、どちらからも目を逸らさずにしっかり事実を受け止める。
その上で俺はミロを守るんだ。
「じゃあ……俺は、俺はミロを疑いたくないという気持ちを持ってもいいのか?」
恐る恐る俺はそう聞く。
「もちろんです。たとえ法であっても、人が何を考えるかを縛ることはできません。誰も口にはしませんが、人の心には他者に対する優先順位があるはずです。本当はあのこよりあの子の方が居心地が良いとか。もちろん全ての人が全てに優劣をつけているというわけではありませんが、人間どうしても最も大切なものは優先してしまいますし、するべきだと私は思います」
カサミラは当然のことのようにそう云う。
俺はそれを聞いてスッと心が軽くなったような気がした。
「それは俺が優先順位をつけた結果、カサミラを疑うことになっても、か?」
「レオさんがそう考えるならそれはレオさんにとって正しいことであるはずです」
「わかった、ありがとう……いや、相談に乗ってくれた相手をいきなり疑うなんて失礼だな、ごめん」
「いえ、お気になさらず!上手く『自分の考え』を意識できていると思います。あ、ただ他人の意見もしっかり受け止めることは大事ですからね」
「ああ、わかった。少し気持ちが軽くなった。本当にありがとう」
「いえいえ、困った時はお互い様です」
今、ここでカサミラと話せてよかった。
俺は今からミロは無実である、という方向で捜査を進める。
ただ、バイアスがかからないよう、見たもの全てを受け止めるんだ。
結果がどうであれ俺は、最終的にミロを『守る』んだ。




