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花めく為に散る、  作者: 苫田 そう
19/27

19. 手がかり③


 ダイニングでの一悶着があったあと、俺たちはバラバラに解散した。


 それぞれの胸の内に怪しいと思う人物がいるのだろう。


 全員の他人を見る目には疑いの色が濃く出ていた。


 そんな気まずい雰囲気に耐えられず、一人また一人と出ていった。


 特に会話をして何かが進展するわけでもなく、空気も重たかったため俺も自室に戻る。


 自室に戻ると、壁際のベッドに仰向けになり、頭の後ろで腕を組み目を閉じる。


 瞼の裏を眺めながら、この島に来てからのことを思い出す。


 入り口には奇妙な指示があった。指定装備を箱に入れろとかいう指示だ。今思えば、それも犯人の罠だったのだろう。それにもうあそこに置いてきたものは取りにいけない。


 そして一応はその指示に従って館に入るも、俺らを招待したはずの肝心の管理人はおらず、変な置き手紙だけを残していた。


 それに、地下室も奇妙だった。あの牢屋だ。


 馬やら牛やら、動物の頭を被せ、服には斑らに血のようなものがついていたあの人形…


 思い出すだけでも寒気がしてくる。


 そして次の日、塔から落とされて死体で発見されたロキウ。


 昨日のことなのにもっと遠い昔のように感じる。


 ロキウの死についてはいろんな意見が飛び交っていた。  


 自殺説、他殺説、犯人は身内なのか管理人なのか、流石にあり得ないと思うが『転生者』なんて意見も出てた。

 ロキウはいつ殺されたか、どうやって塔まで運ばれたか、どうやって塔から落とされたか、武器を発見させるような真似をしたのはなんだか。


 結局そのどれもが未だ明らかになっていない。


 仲間として何とかロキウの死を解明してやりたいが、今のところ皆目見当も付かない。


 ロサクの死についても謎が多い。


 完璧なタイミングで殺害に成功した犯人。


『ミロ』と書かれた謎のダイイングメッセージ。


 犯人が俺たちを混乱させるために書いたのか、それとも本当にロサクが書いたのか。


 ミロは関係があるのかないのか。


 俺としてはやっぱりミロを犯人だと思いたくないというのが強い。

 ただそれはエイダンが言った通りただの贔屓でしかない。


 ミロを犯人候補から外して考えていたら肝心なとこを見逃してしまうかもしれない。


 でも……そんな……そんなこと……


 「無理だろ……」


 鏡を見なくても自分の顔が酷く歪んでいるのがわかる。


 ずっと昔から一緒だった幼馴染を、好きな女の子を犯人だと疑うなんて……


 ミロは純粋で、殺人とは無縁なんだ。ミロが犯人だというイメージが全く浮かばない。


 無意識にミロを除外しようとするとエイダンの言葉が思い出され、ミロを犯人候補に入れようとすると心が拒否する。

 自分でもわかってる。こんなのは贔屓でしかないって。


 一体どうしたら俺の心からミロを隠すことができるのだろうか。


 そんなことを何度も繰り返してる内にすっかり浅い眠りについてしまったようで、再び目を開けて、起き上がって外を見るとだいぶ夜中になっていた。雨はまだ止まない。


 「不便だな……」


 そう口にして俺はもう一度布団に戻る。ないものに期待してどうにかなるわけじゃないしな……


 すると、


 「きゃあぁぁぁぁーーーー!!!!」


 と甲高いミロの声が廊下から響き渡る。


 俺は布団を飛び出し、一目散に声の元へ向かう。


 まさか……。ミロが殺された、そんな最悪な想像が頭に浮かぶ。


 いや、それだけはやめてくれ、頼む。



 「縁起でもない……!」



 ブンブンと首を振ってその思考を振り払う。



 廊下に出て、声の方へ向かっていくと、ノレナの部屋の前で尻餅をつくミロが見えた。



 「大丈夫か!?怪我は!?」


 俺は急いでミロの元へ駆け寄り、ミロの安否を確認する。


 「う、うん……大丈夫……それより、あれ……」


 ミロは幸い無事なようでひとまずはそこに安心する。


 しかし、尻餅をついたミロの視線はずっとドアの先にある。


 そしてそのミロが指で指す方向には……

 「っそだろ……!」

 床にうつ伏せに倒れるノレナの姿があった。一瞬で事態を把握し、動き出す。


玄関からノレナのいる位置までの小廊下にはストゥールや小さめの箪笥が横たわっていて、それを跨ぎながらノレナのいる場所まで向かった。


 「ノレナ……!おい、ノレナ……!」


 俺は倒れ伏すノレナの元へ駆け寄り、声をかける。


 横には武器庫から取り出されたであろう剣がまたしても転がっていた。


 剣には血が付着しており、ロサクの時に使用された剣とは別物であるようだった。


 ノレナの長く伸びた赤い髪には赤黒い液体が付着していて、赤黒い液体はノレナを中心に床に広がっており、その出所はノレナの背中であることが見てわかる。


 ノレナはロサクと似たようなポーズを取っており、『ミロ』の文字が一瞬脳裏によぎったが、頭の前へ伸びた右手の先にはなにも文字は書かれていなかった。 


 しかし、文字を書こうとしたのか否か今となってはわからないが、ノレナの右手は拳を握り、人差し指だけ伸びていた。まるで何かを書こうとしたかのような……。


 急いで脈を測ってみて、手遅れであることがわかる。


 「そんな……」


 また、被害者が出た。三人目の被害者はノレナだった。


 ノレナは恐らくずっと俺らが追い求めている『誰か』によって殺されたのである。


 そして、今回は明確な第一発見者がいる。もしかしたら何か……


 「ミロ……」


 俺は玄関で尻餅をついていたミロの方戻る。


 すると、


 「レオ、なにがあったの」


 と慌ただしくしていたため、起きたのか、はたまた既に起きていたのかわからないが、フレアとカサミラがミロの元にいた。


 どうやら俺がノレナの様子を見ている間に集まっていたらしい。


 「フレア……その……ノレナが───」

 「レオ!なにがあった!」


 今度は別の方向からクルトの声がする。


 クルトの方をみるとこちらへ向かってくるクルトとエイダンの姿が見えた。


 全員がノレナの部屋の前に集まり、俺の言葉を待つ。


 「ノレナが……ノレナが殺された」


 俺の言葉に全員が息を呑む。


 「それも恐らく、ついさっきだ……」


 信じられない、といった風にカサミラが口元を両手で覆う。


 「オイ、第一発見者はどいつだ?」


 エイダンが一歩詰め寄り、威圧的に質問する。



 「第一発見者は───」



 第一発見者は、ミロだ。俺は一瞬出かかった言葉を呑み込む。


 夕食の時にノレナと揉めたミロ、ついさっき殺されたノレナ、第一発見者のミロ。


 ここで俺が第一発見者をミロだと言ってしまえば全員のミロに対する嫌疑は、ロサクのダイイングメッセージの件もあって、さらに濃くなるに違いない。


 それだけは絶対に違う。あってはならない。


 ミロの先ほどの狼狽具合を見るに犯人だとはとても思えなかった。


 本気で驚いているように見えた。


 もしミロが犯人だったらそんなに驚くわけがない。


 ただ、第一発見者なのは揺るぎない事実として残っていて……それを言わなければきっと全員で推理をまともに続けることが困難となる。


 いやでも、ミロを第一発見者だと知っているのは俺とミロだけだ。


 つまり第一発見者を俺に変えて、後からミロに色々状況を聞けばなんとか……


 「第一発見者は───」


 「私、だよ」


 「え、───」


 俺が第一発見者は俺だと告げようとすると、横からそれを遮るようにミロが自白する。


 「そうか、テメエか」


 「うん……」


 「こっちに来い」


 エイダンは座り込んだミロの腕を無理やり持ち上げて立たせる。


 「おい待て!なにをするつもりだエイダン!」


 その行動を見て俺は反射的にエイダンの向かう先を遮るように立つ。


 「なにもクソもあるかよ。コイツを地下のあの牢屋にぶち込むんだよ」


 「はぁ!?お前なに言ってんだよ!」


 「テメエこそなに抜かしてんだよ」


 「ミロはただの第一発見者だろ!?」


 「ただの第一発見者?ああ、そうかもなァ。ダイイングメッセージに名前を書かれて、被害者と直前に揉めただけのただの第一発見者だよなァ」


 「っっ……!!」


 俺が危惧していた点が綺麗に突かれる。


 「テメエも気付いてんだろ。今の状況じゃどう見てもコイツが怪しすぎる」


 わかってる。わかってるんだ、でも……


 「まだ……決定的な証拠が……ない……」


 「決定的な証拠は確かにねぇよ。ただ、現状一番怪しいのは間違いなくコイツだ。だからコイツを牢屋にぶち込むってことでテメエら全員異論はねぇよなァ」


 エイダンは全員の顔を見遣る。


 全員複雑そうな顔をしながらも、決してエイダンの方針に異を唱えようとはしない。


 「わかった、現状ミロが一番怪しいのはわかった……!でも、何も牢屋に入れることはないだろ……!そんなのあんまりだろ……!なぁ、どう思う、クルト……!」


 俺は唯一味方してくれそうなクルトに賛成を求める。


 「確かに、レオの言いたいことはわかる」


 「だろ、な?」


 「塔でのロキウの殺害は誰にでもできたし、誰にもできない状況だった。二つ目のロサクの殺人に関してはダイイングメッセージの件でミロが一番怪しい。今回も直前にノレナと揉めて、第一発見者のミロが怪しい。でもボクはミロが犯人だと思いたくは、ない。ただ、全員の安全を確保するためだったら、間違いなく牢に入れるべきだと思う」


 「なんで……お前まで……!」


 「ミロは犯人に一番近い存在。ミロがもし犯人だった場合、ミロを閉じ込めたことで殺人は止まる。それに、ミロがもし犯人じゃなくても、真犯人は最も疑いがかかっているミロの動きが止められている間に殺人はできない、と思う。だから、ミロを牢屋に入れたらこの殺人は止まると思う。殺人が止まる可能性があるなら、ミロは牢屋に入れるべきたというエイダンの考えにボクは同意だ」


 「そんな……!」


 クルトの考えは合理的で正しい。おそらくエイダンも似たことを考えた上で今の決断に至っているのだろう。ミロが犯人でも犯人じゃなくても殺人が止まる可能性がある。


 でも、あの薄暗く気味の悪い牢屋に、これから何日もミロを一人で閉じ込めるなんて…


 まるでミロが本当の罪人みたいじゃないか……


 「フレアは……!?カサミラは……!?何か他に考えはないのか!?あるはずだろ!!こんなことしなくたって絶対に───」


 「もういいよ、レオ」


 「……ミロ……?」


 「ありがとね、私のためにここまで怒ってくれて。けど、私は大丈夫」


 「大丈夫って……」


 これから長時間酷い仕打ちを受けるミロの表情は傷ついているのを押し隠して、無理に平静を装っているようだった。


 「私が、この島を出るまでずっと牢屋に居ればいんだよね……」


 臆せずにエイダンの方を見てミロはそう云う。


 「まぁそうなるな。その後は本物の牢屋に入ることになるだろうけどなァ」


 そんな、本物の牢屋って、コイツまさか本気でミロを……


 「私はこの島を出るまでは容疑者で、この島を出たら犯人ってことだよね」


 「ああ、そういうこった」


 「……わかった……」


 ミロは観念したような覚悟を決めたような表情で牢屋に連れられていった。


 俺は、何もすることができなかった。


 ただただ、その場に崩れ落ちる以外、何も。


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